最初の挨拶
パンダとジョン

BBC制作、現代版シャーロック・ホームズのドラマ「SHERLOCK」ファンのブログです。
①正典/聖典(原作)と比較しながらドラマを観て、元ネタ探し
②ドラマでまだ出てこない原作の事件は、SHERLOCKだとどんな話になるのかな?と妄想する

…を一人で(主にトイレとかお風呂で)楽しんでいたのですが、
さまざまな方にご意見をいただけたら楽しいだろうなあ、と思って始めました。
ネタバレ満載ですのでお気をつけください!
★原作の文章を引用する際、主に新潮文庫版(延原謙・訳)を参考にさせていただいております。
★全ての記事は、推測やこじつけを基にしており、たまに妄想も入っております。ご了承の上ご利用ください。
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降霊会?

放映直前、トレイラーにも使われていた、シャーロックの生存を信じる人々が集うこの場面。
なかなか衝撃的な妄想が繰り広げられています。(ホームズとモリアーティが同一人物とか、モリアーティがホームズの妄想の産物という説は聞いたことがあるのですが、ホームズとモリアーティが結託してワトスンを騙していた、という説もあったのでしょうか。ちょっと読んでみたい!)

トレイラー公開時は、ドラマの外側のファンである私たちも、もちろん大騒ぎしました。その模様は「#SHERLOCKLIVES」という記事で見ていただけるのですが、あの時コメント欄でトビィさんが「ドイルの真似をして降霊術をしているのかしら」とおっしゃっていましたね。

ドラマ本編を見た今、トビィさんはやはりご慧眼だったと思います。
まるで霊媒師のようなローラの雰囲気、輪になった座り方、秘密めいた小規模の集まり。19世紀にロンドンで流行したという、降霊会を彷彿させます。


彷彿しても実際見たことがあるわけじゃないので、手元にあるパスティーシュ「ロンドンの超能力男」(ダニエル・スタシャワー著・日暮雅通訳)から降霊会の場面を引用してみます。

「さて」クレッピーニはテーブルに両手をのせた。「みんなで手をつなぎ、一緒にあちらの世界と交信しましょう。一緒にわれわれは、われわれの世界と彼ら死者の世界を隔てる、はるかなる溝を越えるのです」クレッピーニは目を閉じて、口の中でうなり声を出しながら頭を前後にゆり動かしはじめた。「偉大なる霊魂よ、闇の存在よ、聞くがよい!われクレッピーニ、生者の国よりなんじを招かん!」
うなり声が大きくなり、クレッピーニの頭は大きく揺れた。「偉大なる霊よ……偉大なる霊よ……待て!」クレッピーニは背すじをぴんと立てると、部屋の反対側を見つめた。「存在を感じる!霊がここに来ているのがわかる!おお、霊よ、われを通じて話したまえ、われをなんじの声とさせたまえ!」さらに大きなうなり声を上げると、クレッピーニはテーブルに頭をがっくりと落とした。
私たちは、手をつないだまましばらく黙ってテーブルの上の頭を見つめていた。「死んじまったんじゃないのか」と若いセールスマンが口を開いた。
「静かにして!」連れの女の子が言った。「霊と交信しようとしてるんだわ」彼女はクレッピーニの身を気づかうようにかがみこんだ。「クレッピーニさん、大丈夫ですか?なにかお役に立てることがありますか?
と、その瞬間、クレッピーニはぱっと身を起こして、しわがれた笑い声をあげた。「わしはクレッピーニではない!」ほえるようなどら声だ。「わしはもはや、善良なクレッピーニではない!マグリン卿だ!死者の世界より、おまえたちに会うためにやってきたマグリン卿である。わしの出現により、この部屋も身震いしておるぞ!」
まるで恐怖に震えるかのように、灰色の幕が揺れ、テーブルがかたかた鳴った。
「まやかしだ」とセールスマンがささやいた。「自分でテーブルを揺らしてるじゃないか。幕を揺らしているのは女房のほうだ」



アンダースンやローラたちは、シャーロックの魂を呼び出そうとしているわけではなく、シャーロックが生きていると仮定(ていうかアンダースンは断定)して、その偽装死のトリックを考えよう、という集まりのようです。
"The Empty Hearse"という言葉は、「死体は存在しない=シャーロックは生きている」という彼らの主張を表しているのですね。そこにいないシャーロックの考えをなぞり、(それはある意味『死者との対話」と言えるのかも)復活を信じる。まあこれも降霊会の一種と言えないこともないような、あるような……

ホームズ・シリーズの作者、コナン・ドイルが心霊主義に傾倒していったのは有名な話です。(自ら降霊術を行ったかどうかはちょっとわからないのですが)

参照:wikipedia 「アーサー・コナン・ドイル」「心霊主義活動の本格化」の項

リンク先のwikiには、「後世にもシャーロック・ホームズの名は不朽の物として輝いているが、その生みの親であるコナン・ドイルの名は心霊主義のせいでどこか暗い影を差している。」という評があります。
この一文には、アンダースンの姿が重なって見えます。

アンダースンは「シャーロック生存説」に固執するあまり、いろいろなものを失ってしまいました。具体的にはヤードの職ですが、自身への社会的な評価もではないかと思います。
晩年のドイルもそうだったのでしょう。しかし、「コティングリー妖精事件」は偽りだったと判明したものの、ドイルが全面的に間違っていたかどうかは、まだ立証されていません。
アンダースンも、「偽装の方法」は推理しきれなかったものの、「シャーロックが生きている」という、ジョンやレストレードなど「まともな」人々が見抜けなかった真実にたどり着いていたのですよね。

こういう人に出会うと、「ホビットの冒険」の最後の章、冒険を終えて帰ってきたビルボを思いだします。

まもなくビルボは、自分のなくしたものがさじどころではないことを、はっきりとさとりました。ビルボは、まともな評判をなくしてしまいました。なるほど、そののちもずっとかわらずに、エルフの友でしたし、ドワーフ族や魔法使いの仲間や、この道を通っていく旅人たちからは、ふかい尊敬をうけましたけれども、もはやふるさとでは、ちゃんとしたひとではなかったのです。トックの家すじの若いおいやめいからは、変に思われませんでしたが、そんな若い者たちも、年上の者から、ビルボと仲良くするといい顔をされませんでした。
それでもビルボの方は、いっこうそんなことを気にかけませんでした。ビルボはすっかり満足していました。だんろにかかった湯わかしのわく音は、あの思いもかけない集まりの日よりむかしには、感じなかったほど美しい音色にきこえました。(瀬田貞二訳)



アンダースンが今後どうなるかわかりませんが、彼にしろ、ドイルにしろ、ビルボにしろ、私はうらやましく感じます。
社会の中での立場や、世間の評判を投げ出しても構わないくらい、自分にとって重要なものごとに出会えたら、それだけでも幸せな人生といえるのではないでしょうか。

アンダースンが「ライヘンバッハ」以前よりも幸せを感じているかどうかはわからないのですが、少なくともとても生き生きとして見えます。
そして、シャーロックとの関係も以前と違って見えます。アンダースンを小馬鹿にしていることは変わらないのですが、少なくともきちんと彼に向き合って、名前を呼んでいます。

シャーロックの思惑も、はっきりとはわかりません。アンダースンはシャーロックを『死』に追い込んだ一人でもあり、シャーロックをおびきだすために稚拙な策を弄して「やりすぎ」てるわけですから、慇懃に接しているのは皮肉と解釈するべきなのでしょう。
しかし、力の差はあっても、人の目を気にせず自分の推理を追及するという点において、二人ははじめから似ています。アンダースンをファーストネームで呼ぶようになったのが、それぞれの「行きて帰りし物語」を終えた上での、シャーロックなりの敬意が(ちょっぴりでも)あってのことだったらいいなあ、とアンダースンのために願っています。
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Author:ナツミ
シャーロック・ホームズが好きです。どちらかというとワトスン君がより好きです。

『高名の依頼人』のこと書きましたが、6月24日までグラナダ版がGYAOで無料で観られるそうです。
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