最初の挨拶
パンダとジョン

BBC制作、現代版シャーロック・ホームズのドラマ「SHERLOCK」ファンのブログです。
①正典/聖典(原作)と比較しながらドラマを観て、元ネタ探し
②ドラマでまだ出てこない原作の事件は、SHERLOCKだとどんな話になるのかな?と妄想する

…を一人で(主にトイレとかお風呂で)楽しんでいたのですが、
さまざまな方にご意見をいただけたら楽しいだろうなあ、と思って始めました。
ネタバレ満載ですのでお気をつけください!
★原作の文章を引用する際、主に新潮文庫版(延原謙・訳)を参考にさせていただいております。
★全ての記事は、推測やこじつけを基にしており、たまに妄想も入っております。ご了承の上ご利用ください。
★このサイト及び記事へのリンクは、どうぞご自由になさってください。
【お願い】 ★記事における間違いは、できる限り修正したいと考えております。お気づきの点がありましたら、ご教示いただけるとありがたいです。
★コメントを歓迎しております。初めてコメントくださる方は、こちらの記事をご一読いただければ幸いです。
→「コメントをくださる方へ
「あの場面の元ネタは?」という時はこちらへ
記事索引「ブリキの文書箱

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

ジョンの孤独

先日、ある方からメールをいただいたのですが(ありがとうございます!)その中に"The Reichenbach Fall"のラストシーンのジョンの台詞についての疑問がありました。以下に引用させていただきます。

第2シーズン第3話の最後、シャーロックのお墓の前でジョンが
「僕はずっと孤独だった」と言いますが、それが凄く謎なのです。
(中略)
友達がすぐ出来るタイプに見えるのですが、どうして孤独だったのかが気になります・・・



ご指摘のように、アフガニスタンからの帰還直後を除けば、ジョンはとても親しみやすい人物に見えますよね。
また「ブラックヒース」の元チームメイトや、心配してくれるスタンフォードなど、良い友達にも恵まれているようです。

"I was so alone..."
「僕は、ほんとうにひとりぼっちだった」(拙訳)



ファイルを読み返すと、鑑賞直後の私はこう訳していました。

「ぼっち」って…ショックのあまりジョンがおっさんだということを一瞬忘れていたようですが、まあおいといて、台詞だけ見ればジョンが指しているのは帰還直後("A Study in Pink"の時点)の状態だけとも受け取れるのではないかと思います。
現代版では、脚に心因性の障害を抱えていたり、カウンセリングを受けていたりと、戦場で得たPTSDの問題にも触れているのですが、原作でも、シリーズ全体を見ると大らかで人の良いワトスンが、第一作の「緋色の研究」ではささいなことでイライラしたり、静かな環境を望んでいたりします。これは、普通に考えれば「ドイルの設定が甘いから」なのですが、あくまでワトスンを実在の人物として議論するシャーロッキアンの人々は、アフガニスタンでのトラウマが癒えていなかったからだ、という説をとっているようです。

でも、日本語訳には「ずっと」がついていたのですね。
翻訳なさった方が原作を頭においていたかどうかはわかりませんが、原作のワトスンはホームズと出会った時、「天涯孤独」に近い状態だったようです。以下に、ワトスンの家族に関する情報を並べてみます。

・イギリスには一人の親類も友人も持たない(『緋色の研究』)
・父はかなり前に亡くなっている。長兄は酒で身を持ち崩し、借金を繰り返したあげく亡くなっている。(『四つの署名』)
「四つの署名」ではワトスンがホームズに出会ってから6年が経っていますが、ホームズが言い当てるまで、ワトスンは兄の存在をホームズに話していません。ホームズが兄の人となりを言い当ててみせた時、ワトスンはひどく動揺しています。兄のことは、ワトスンにとって触れられたくない、彼の中の深いところにある問題だったのでしょう。
・「ボヘミアの醜聞」では、メアリ・モースタンと結婚して「一家の主」となったことをたいへん喜んでいる。

ワトスンが抱えていた「家族の問題」は、現代版のハリエットとジョンの姉弟も受け継いでいますね。
ここから先は私の勝手な妄想になってしまうのですが、もしかしたらジョンは、かなり以前から誰にも言えない孤独を抱えていたのではないでしょうか。

ジョンには、自らの意志よりも人が自分に望むことを優先する傾向があるのではないかと思います。
もちろん、本人としても「そちらの方がより重要」という判断があってのことでしょうが、「どんな時も自分の意志を通す」ような人に比べると、ジョンのような人は、ついつい人の問題に協力することが多くなってしまい、自分の抱えている問題を人に話す機会があまりないのではないでしょうか。

その問題は、「人に話すようなことではない」という判断の下に、誰にも見せないまま心の奥深くしまいこまれてしまい、しまいこまれたがゆえに痛みを保ったまま、その人の人生に影を落とすこともあると思うのです。特に、虐待や不和などの「家庭の問題」はそうなるケースが多いのではないでしょうか。
ジョンがずっと抱えてきたそれを、あっさりとシャーロックが「暴いて」しまった。大抵の場合、「秘密を暴かれる」ということは気持ちのいいことではありません。でも、ジョンにとっては、明るい「表向きの自分」の陰に隠してきた問題を見抜いてもらうことが必要だったんじゃないかな、と思います。

ジョンが、シャーロックに共感して欲しかったとか、なぐさめて欲しかったとは思いません。
でも、自分の心に重くのしかかっていたことでも、淡々と事実として言われると、「そうか、客観的に見ればそれだけのことだったんだ」と、すっと心がラクになることってありますよね。それにシャーロックは次から次に人様の秘密を暴きまくるので、相対的に自分の問題が「たいしたことない」と思えたりもするのかもしれません。
また、シリーズ1の3話でマイクロフトが来訪した時、シャーロックと兄の不仲を目の当たりにしたジョンは、"Sibling rivalry"という言葉を使っています。ホームズ兄弟に姉と自分を重ねて、弟としてのシャーロックに共感していると思います。
シャーロックが兄への反感をはっきりと表すのに対し、ジョンがハリエットに「電話してあげなきゃ」「会いに行ってあげなきゃ」と責任のようなものを感じているのは、二人の性格の大きな違いですね。

というわけで、私としては、ジョンが「(シャーロックに出会う前の)僕は孤独だった」という理由は二つ考えられると思うのです。

ひとつは、「戦争で負った心の傷による孤独」。心的・身体的外傷を負って戦場にい続けることができず、生きる気力を失くし、その苦しみを誰にもわかってもらえないと思っていたということ。

もうひとつは、「ずっと抱えていた孤独」。家族に関する心の傷をずっと抱えていたけれど、それが自分にとって重いものであるということをなかなか吐き出せなくて、結果として「明るい外向きの自分」を演じてしまい、その陰で孤独を感じていたということ。

といってもほとんど妄想なので(すみません…)、ジョンのこの台詞をみなさんがどう受け取られたか、教えていただけたら嬉しいです。



関連記事
スポンサーサイト

この記事へのコメント

天涯孤独 - へしこ - 2013年03月23日 09:57:30

こんにちは。
S2E3放映後、S2E3→S1E1を繰り返しぐるぐる見ていた自分を思い出して、ちょっと懐かしくなりました。ロンドンオリンピックの頃ですから、そんな昔の事でもないのですけれどね。

私も「孤独だったジョン・ワトソン」は、S1E1でマイクと再会したときの会話で出てくる「ぼく(マイク)の知ってるジョン・ワトソンじゃない」ジョン、だと解釈してました。
日本語訳の「ずっと」には注視していなかった…というか、初回視聴以外は英語音声にしていたので覚えていないだけかもしれません(笑)。

原作でのワトソンさんは、懐中時計からのお兄さんの推理でひどく取り乱していた場面は非常に印象的でよく覚えているのですが(ホームズさんもちょっと慌ててましたよね)、書き出していただいた境遇を見るに、こんなにも「天涯孤独」だったのかあ…と、改めて。
そういえば、現代版でのシャーロックはS1E1の現場に向かうタクシー内での会話で、ハリーに関する事以外に、ジョンが「近しい親戚がひとりもいない」ことにも触れてるんですよね。それが「ロンドンにはいない」と言うことなのか、存在そのものが「いない」のかはちょっと分からないのですが…。

それにしても、日本語訳の「ずっと」の1語からこんな風にいろいろ考えられるなんて楽しいです。そして何度見返しても、S1E1のマイクは「神」だと思うのでした。

ジョンにとっての「かつての自分」 - ゆい - 2013年03月23日 13:06:43

こんにちは!
「ジョンの孤独」……戦争に関わる傷と家族への複雑な感情。そういったことをこれまで誰にも見せられずに抱えてきた……女好き(?)なのも、もしかしたら家族とのかかわりの中でのさみしさが関係しているのかもしれない、そんなことを思ったり。

ということで、ナツミさんの解釈にすごく説得力を感じています。私も基本的には、へしこさんも書かれている「『あの』ジョン・ワトソンじゃない」をここでの「孤独」に結びつけて考えていました。(「ずっと」という訳は、私も意識してなかったです…)

ただ、ある時にちょっと考えたことなのですが、ここでの「僕は孤独だった」は、シャーロックと暮らして、彼を失った「今」のジョンが、過去を振り返ってそんな風に感じた、と、そんな風に思ったりもします。(例によって、勝手な妄想100%ですが)

誰かと一緒に暮らしたり、その人といるのが当たり前というぐらい長い時を誰かと共に過ごすと、「その人と一緒にいるのに最適な形」に「自分」がいつのまにか変形してしまっている、そういうことがあると思うのです。その形は「その人と一緒にいる」状態が「普通」なので、その人がいないと、まるで自分の身体の一部がないみたいに心もとない気持になったりする。

シャーロックが飛び降りるのを目の当たりにしたジョンは、何とか立ち直ろうと、いろいろ考えたんじゃないかと思うのです。友達を失ったショックはショックとしても、あまりにも参っている自分に、ちょっとびっくりしていたかもしれない。シャーロックと出会う前、自分は普通に生きていたのだから、今だって、悲しみさえ癒えれば普通に生きていけないわけはない。そう考えて、「シャーロックと出会う前の自分」、たくさんの友達がいて、それぞれとそれなりのかかわりを持って、たまに集まって騒いだりするような、そんな人間関係の中にいた自分を思い出して……そうしてそれが「普通」で「平気」だった自分の気持が、「今の自分」には分からない、そんな風に思えて愕然とした。誰ともあんなに深いつながりを持っていなかった自分は、「今の自分」にはあまりにも孤独に思えて、耐えきれないと思う。自覚がなかったけれど孤独の状態にいた自分は、シャーロックによって「救われた」んだ……なんというか、「君がいない状態で生きていけない」と(ゲイ疑惑を嫌うジョンは決してこんなこと人前では言えないだろうけど、あんなにも唐突にひどい形で「自分の半身」を失ったらそんな気持になったんじゃないかと)シャーロックのお墓の前で、思わず本音の弱音が出てしまった感じというか。その思いがそのままあとの「Please……」のせりふに繋がっていく、けれど吐き出し終わると「大丈夫な自分」をこしらえて、お墓を離れる。

……我ながらほんとに勝手な妄想なのですが(笑)
あまりにも深い人間関係を知ってしまったジョンが、それを知らなかった頃の自分を「孤独だった」と思った、そんな解釈もありえるのかな、と思ったりしています。

- 星宿 - 2013年03月23日 22:11:27

はじめまして、星宿と申します。
数週間前に偶然こちらを見つけて楽しみに拝読させていただいています。
いきなり書き込んで失礼かしら、などと迷っていましたが
やっぱりコメントさせてください;

英語は得意ではないのですが、私なりに。。。
ちなみに、吹き替えは見ていません。

私の場合、
“I was so alone” → 僕は、とても孤独だった

って勝手に思っていて、原作のDrワトソンの身寄りの少ない半生に重ねて(SHERLOCKの)ジョンの同じように身寄りの少ない半生を想像し、
彼はごく幼いころから自分の居場所を求めて「精神的なさすらい」を続けていたんじゃないかなぁ・・・って、これまた勝手に想像していました。
スタンフォードの知っていたジョン・ワトソンも、ブラック・ヒースの仲間達と同じ青春の時を過ごしたジョン・ワトソンも、彼が安らぎとくつろぎと生きている実感を得られる「居場所」の中で演じていたジョン・ワトソン。

うまく表現できなくてもどかしいのですが、私達だって普通に日々生活してゆく中で人間関係を円滑にするために有る程度の「いい人」を演じている場面、ありませんか?
肉親が少なくて孤独な生い立ちのジョンが、たくさんの良き友や良き先輩を得たいと思えば、なおさらそのように振舞ってしまうような場面が多々有ったのではないでしょうか。
家庭→学校→チーム→戦場。
属している場所がどこであろうと人はもともと孤独です。
「素の自分」でいられる瞬間っていうのは自分ひとりの時だけではないでしょうか。

でも、ジョンにとってシャーロックと出会ってからの日々は「素の自分」のままで過ごせた日々だったのかなぁ。
しかも彼は刺激の中に身を置いていないといられない性格になってしまっている。
これは戦場で培われたものなのか、もともとそういう性格が隠れていたのか、もっと考えないとわかりませんが。

続く言葉の“and I owe you so much” → これも「たくさんもらった」とか「借りがある」って、勝手に解釈してました;

そんな自分(ジョン)の過去も現在もひっくるめて、心の闇も空虚さも埋めてくれたのがシャーロックとの出会いで、それは長く続くものだと思っていた(希望していた?)
それが一瞬で壊れてしまった衝撃と悲しさ。

ジョンの言葉、重いです。
何度も見てしまいます。
そして何度見てもやはり「?」
長くなっちゃいそうなので、この辺でとりあえずおしまいにします。
支離滅裂でごめんなさい&迷惑でしたら消しちゃってください。

これからも楽しみに拝読させていただきます。

ありがとう、マイク - ナツミ - 2013年03月24日 21:50:37

へしこ様

> 原作でのワトソンさんは、懐中時計からのお兄さんの推理でひどく取り乱していた場面は非常に印象的でよく覚えているのですが(ホームズさんもちょっと慌ててましたよね)、書き出していただいた境遇を見るに、こんなにも「天涯孤独」だったのかあ…と、改めて。

そう、ホームズが真摯に謝罪するんですよね!ワトスンが取り乱すのを見て、内心「やっちゃった!」って大いに慌てたんでしょうね。
シリーズ2でシャーロックもジョンに謝っていたけれど、ホームズは偏屈に見えても、自分が悪いと思ったら素直に頭を下げられるんだなあ…

> そういえば、現代版でのシャーロックはS1E1の現場に向かうタクシー内での会話で、ハリーに関する事以外に、ジョンが「近しい親戚がひとりもいない」ことにも触れてるんですよね。それが「ロンドンにはいない」と言うことなのか、存在そのものが「いない」のかはちょっと分からないのですが…。

いつもながらへしこさん、ドラマをよく観ていらっしゃる…!
シャーロックはジョンに帰る家がないところから、近しい親戚はいないと見抜いたんですよね。
ドラマでロンドンにいないのかどこにもいないのかは、確かにわかりませんが、原作には「故国には一人の親戚も友人も持たない」とあること(緋色の研究)、その後兄の描写が出てきたこと、オーストラリアで金の採掘を見た経験があること(四つの署名)から、家族はオーストラリアにいるという説があるらしいですね。「故国」というからには、イギリスにも親戚くらいいてもいいような気がするんですけどね。どんな事情があるかはわかりませんが、いずれにしてもそれほどにぎやかな環境ではなかったのでしょうね。

>そして何度見返しても、S1E1のマイクは「神」だと思うのでした。

ほんとうに、神というか天使というか…!ネクタイは変ですけど!
第2シリーズでも引き続き、ジョンと仲がいい様子なのもうれしいですね。一緒に夜遊びしたり、ブログのコメント欄にちょこちょこ現れたり。
そのせいで、意外な性癖も明らかになってしまいましたけどね…。

悲しい「大丈夫」 - ナツミ - 2013年03月24日 22:03:12

ゆい様

> 誰かと一緒に暮らしたり、その人といるのが当たり前というぐらい長い時を誰かと共に過ごすと、「その人と一緒にいるのに最適な形」に「自分」がいつのまにか変形してしまっている、そういうことがあると思うのです。その形は「その人と一緒にいる」状態が「普通」なので、その人がいないと、まるで自分の身体の一部がないみたいに心もとない気持になったりする。

なるほど、シャーロックと出会って一緒に冒険したあととそれ以前では、ジョン自身が変化しているのですね。

> 誰ともあんなに深いつながりを持っていなかった自分は、「今の自分」にはあまりにも孤独に思えて、耐えきれないと思う。自覚がなかったけれど孤独の状態にいた自分は、シャーロックによって「救われた」んだ……なんというか、「君がいない状態で生きていけない」と(ゲイ疑惑を嫌うジョンは決してこんなこと人前では言えないだろうけど、あんなにも唐突にひどい形で「自分の半身」を失ったらそんな気持になったんじゃないかと)

「半身」ですか。
そういう風に感じられるようなつながりを持ってしまった場合、それを喪ったら本当に人生が変わってしまうのでしょうね。

たとえば私には羽がなくて、それを別段不便とも思っていないですけれど、一度羽を持って生活してしまったら、それを無理やりにもがれるのはひどく苦痛で、不都合で、悲しいことだと思います。羽がなくても大丈夫だった頃の自分には、二度と戻れないと思います。
たとえば私に子どもができたとして、その子を喪ったら、「あの子がいなかった時の自分に戻るだけだ」とはとても思えないのでしょうね。きっともう、その自分は今の自分とは違う自分でしょう。なかなか上手に例えられなくて、もどかしいのですが。

以前、RMさんとお話した時、ジェレミー・ブレットが亡くなった奥様のことを「ソウルメイト」と表現していたということを伺いました。星宿さんが「人はもともと孤独」とおっしゃっていましたが、「半身」や「ソウルメイト」に出会うまでは、人は自分がどんなに孤独か、気づかずにいられるのかもしれません。

>けれど吐き出し終わると「大丈夫な自分」をこしらえて、お墓を離れる。

「大丈夫な自分」は、昔は確かにいたはずの自分だけど、今はもういない。
だから「こしらえて」なのですね。ゆいさんのコメントを読ませていただいた後でこの場面をもう一度観たら、また違う涙が溢れてしまいそうです。ジョンの小さな後姿と、力強い足取りがとても悲しいものに思えます。

「いいひと」の孤独 - ナツミ - 2013年03月24日 22:17:42

星宿さま

はじめまして。コメントをありがとうございます!

> 彼はごく幼いころから自分の居場所を求めて「精神的なさすらい」を続けていたんじゃないかなぁ・・・って、これまた勝手に想像していました。
> スタンフォードの知っていたジョン・ワトソンも、ブラック・ヒースの仲間達と同じ青春の時を過ごしたジョン・ワトソンも、彼が安らぎとくつろぎと生きている実感を得られる「居場所」の中で演じていたジョン・ワトソン。

なるほど、シャーロックが初めての「本音を出せる相手」だったのですね。

> うまく表現できなくてもどかしいのですが、私達だって普通に日々生活してゆく中で人間関係を円滑にするために有る程度の「いい人」を演じている場面、ありませんか?
> 肉親が少なくて孤独な生い立ちのジョンが、たくさんの良き友や良き先輩を得たいと思えば、なおさらそのように振舞ってしまうような場面が多々有ったのではないでしょうか。

ご指摘を受けて思ったのですが、ジョンってどの人に対しても「等距離」であろうとするような気がします。
第2シリーズ1話のクリスマスの場面で、マイクロフトに「今夜はシャーロックと一緒にいてやってくれ」って言われて、彼女の方を断ろうとしますよね。
あそこを見て、「あれ、ジョンってそれほど女性関係に器用なわけじゃないんだな」と思いました。普段から彼女の方を「味方」扱いして、シャーロックを「あいつは本当にしょうがない奴なんだ。仕方なく面倒みてるけど、本当に大切なのは君なんだ」と「二人の敵」にしてしまえば、ああなってもそんなにはこじれないような…

でもガールフレンドは「私とシャーロックホームズを争わせないで」みたいなことを言ってたから、ジョンはそういう根回しをしてないんですよね。少なくとも彼女の方では、自分とシャーロックがジョンから同じくらいの距離、もしくはシャーロックの方が近いと感じてる。
ジョンは、マイクロフトに対しても同じ距離を持とうとします。いいように使われていると感じていても結局は突っぱねないし、シャーロックが兄を遠ざけようとするのに同調しない。
ジョンは徹底して周りの人に公平なんですね。それって外からみたら、星宿さんのおっしゃるところの「いい人でいようとする」ということですよね。本人に自覚があるかどうかはわかりませんが…

> でも、ジョンにとってシャーロックと出会ってからの日々は「素の自分」のままで過ごせた日々だったのかなぁ。

ジョンが(過剰なほど)誰からも等距離であろうとするのに対し、シャーロックはものすごく遠慮なくジョンに近づいてると思います。ジョン個人が好きだからというのはもちろんあるでしょうが、それ以前にもう、ジョンが人類全体の代理人みたいな…とりあえずジョンでいいや、みたいな…(ひどい解釈ですみません)。
一方で、嫌いな人には本当に冷淡ですし、どうでもいい人はどうでもいいんですよね。アンダーソンとか、アンダーソンとか。(あれ、アンダーソンだけか?)

ジョンの立場になって考えると、人にこんな風に近づかれるのは珍しいことだったのではないでしょうか。
「いい人」として接しようとすれば、大抵の場合相手も「いい人」で返して来ますし。
シャーロックがまったく飾らずにぶつかってくるからこそ、ジョンも素のままでいられたのかもしれませんね。

> しかも彼は刺激の中に身を置いていないといられない性格になってしまっている。
> これは戦場で培われたものなのか、もともとそういう性格が隠れていたのか、もっと考えないとわかりませんが。

やはり、もともとそういう性格があるから軍医という道を選んだのでしょうか?しかし「刺激なしではいられない」中毒になってしまったのは戦場で、かもしれませんねえ。

> そんな自分(ジョン)の過去も現在もひっくるめて、心の闇も空虚さも埋めてくれたのがシャーロックとの出会いで、それは長く続くものだと思っていた(希望していた?)
> それが一瞬で壊れてしまった衝撃と悲しさ。
>
> ジョンの言葉、重いです。
> 何度も見てしまいます。

本当に、言葉以上に重い言葉だったのですね。この場面とカウンセリングの場面はジョンの表情が痛々し過ぎて、思わず目を背けたくなるのですが、星宿さんや皆さんのお言葉を拝見して、すこしジョンと言うキャラクターに近づけたような気がします。
迷惑なんてとんでもないです!書き込み、本当にありがとうございました。
またゆっくり遊びにきていただけたら嬉しいです。

マイクの性癖(笑) - へしこ - 2013年03月25日 23:00:29

>意外な性癖
あはは、アイリーンの名前に反応して、ジョンに突っ込まれてた件ですよね?
でも実際、アドラー様の存在とかHPとかって、一般の方はどうやって知るんでしょうね?サイトは会員制のような気がしますし、お客様は紹介者がいないとムリとか、そんな雰囲気が。マイクはバーかクラブで噂だけ耳にしてたんでしょうか。…あ、でもバッキンガムでのマイクロフト兄さんの言い方だと、ゴシップネタとしてはその存在が明かされているのでしょうか。
S1E1で、出会ったばかりのシャーロックとジョンが丁々発止のやり取りをしてる傍らでのマイクの表情は何度見ても微笑ましいと言うか…(笑)。ジョンに対してもシャーロックに対してもドヤ顔してるような感じで。聖典のマイクは「かりにその人とうまくゆかなかったからといって、わたしを責めては困りますよ」なんて、少し及び腰な雰囲気があるのですが、現代版のマイクは、ジョンとシャーロックが上手くいくと最初から思ってる感じがありますよね。
それにしても、対シャーロックといい、対マイクロフトといい、謎の相手(当時)に対して一歩も引かないジョンはなんとも格好良いです。

どこまで知ってるの、マイク - ナツミ - 2013年03月27日 06:24:08

へしこ様

> でも実際、アドラー様の存在とかHPとかって、一般の方はどうやって知るんでしょうね?

アドラー様(笑) ぴったりですね!
「シャーロック」と「ホームズ」みたいな現代版と原作の呼び分けが欲しかったんです。これからは彼女のことを心の中でそう呼ばせていただきます!

裸の女をPCで見てる(シャーロック談)ジョンが知らなかったし、ゴシップネタに詳しいハドスンさんがコニー・プリンスの時みたいに浮き足立つ描写がなかったところを見ると、やはりそっち方面に興味がないと知らないような、「知る人ぞ知る」お方なんでしょうかねえ。
「性癖」という言い方も大げさですが、マイクの「ちょっと聞いたことがあるだけだ!」という慌てぶりからいって、「噂を耳にした」に加えて「名前をネット検索」くらいはしてる気がします!

>聖典のマイクは「かりにその人とうまくゆかなかったからといって、わたしを責めては困りますよ」なんて、少し及び腰な雰囲気があるのですが、現代版のマイクは、ジョンとシャーロックが上手くいくと最初から思ってる感じがありますよね。

聖典ではちょっとマイクの立場も違って、ワトスンの元助手なんですよね。現代版では対等、というか、ジョンとシャーロックよりもすこし精神的にオトナな雰囲気ですね。しっかり地に足をつけて社会を渡っているというか…(でも、原作のしゃあしゃあとした感じは受け継いでいますね。)
原作が有名な作品なので、二人が名コンビになるのは視聴者にも分かっているのですが、それに近い視点を持っているように思えます。彼のおかげで、ベタベタの名場面にならず、ちょっと茶化すような感じになっているのが好きです。

> それにしても、対シャーロックといい、対マイクロフトといい、謎の相手(当時)に対して一歩も引かないジョンはなんとも格好良いです。

全くです!
シャーロックはジョンのさまざまな過去を一目で見抜いたけれど、どうして同居を即決するほど気にいったのかは明確にされていないし、原作でも謎なんですよね。
マーティン・フリーマンの演技のおかげで、今は憔悴しているけれど実は意志が強いところとか、お人良しなようで批判的だったり鋭い面もあるところが、いちいち「推理」されなくても視聴者に「見える」のが素晴らしいと思います。映像化の醍醐味ですね。

トラックバック

URL :

プロフィール

Author:ナツミ
シャーロック・ホームズが好きです。どちらかというとワトスン君がより好きです。

ご閲覧やRSS登録ありがとうございます!まだ廃墟じゃありませんよ~!亀の歩みですが、過去の振り返りも含めてのんびり元ネタ探し続けていきたいと思います。

メールはこちらへ

Twitter
最新記事
最新コメント
カテゴリ
月別アーカイブ
索引
このブログで考察した「元ネタ」を、ドラマの時系列に沿って探すための索引サイトです。 順次更新致します。 「21世紀探偵・ブリキの文書箱」
最新トラックバック
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム
QRコード
QR
blog mura
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。