- 最初の挨拶
- BBC制作、現代版シャーロック・ホームズのドラマ「SHERLOCK」ファンのブログです。 正典/聖典(原作)と比較しながらドラマを観て、元ネタ探しをしております。 ネタバレ満載ですのでお気をつけください! ★原作の文章を引用する際、主に新潮文庫版(延原謙・訳)を参考にさせていただいております。 ★全ての記事は、推測やこじつけを基にしており、たまに妄想も入っております。ご了承の上ご利用ください。 ★このサイト及び記事へのリンクは、どうぞご自由になさってください。 「あの場面の元ネタは?」という時はこちらへ →ブリキの文書箱
ワトスンと最新医学
本が届いた!今日はいい日……どころじゃないよね本日は何の祝祭⁉︎⁉︎⁉︎ pic.twitter.com/F4pHJT29gs
— ナツミ (@723221b) June 22, 2019
「夢遊病なんだ」
「なんですって?」
「寝ながら歩いてしまう、それだけのことだ。これは実にありきたりの疾患だ。君は医師だと思っていたが!」(後略・訳は書籍本文より)
この部分に対する解説にはこうあります。
ジョンは医師だが、Somnambulismを知らない。それ故すぐにユースタスに怒鳴られたわけだが、この病名が辞書に登録されたのが1797年※となっていることを考えると、作品の舞台となっている1895年には、この病気がまだそれほど認知されていなかったのだと考えられる。
※原文ママ~1897年の誤り?(ナツミ)
「夢遊病」という病名を知らなかったジョン。知らなかったことを隠しもしないところに『瀕死の探偵』のこの場面を思い出しました。
「君の善意はわかっているんだ」病人は泣くようなうめき声をだした。「君の無学ぶりをさらけ出さなきゃならないのかい?タパヌリ熱って何だか知っているかい?台湾の黒爛病って何だか知っているかい?」
「そんな病気は聞いたこともないね」
そもそもホームズがでっちあげた存在しない病気なので、ワトスンが「聞いたこともない」のは当たり前。このお話の終わりでホームズが「僕が医者としての君の才能を、それほど見くびっているとでも思うのかい?」と言いますが、知ったかぶりをしなかったことでも、ワトスンの医師としての誠実さが窺われます。
また、ワトスンには最新の医学研究に興味を持っている描写があります。
「私はパーシイ・トリヴェリヤンと申す医者で、ブルック街四○三番に住んでおる者です」
「朦朧性神経障害に関する論文をお書きになったトリヴェリヤン博士じゃありませんか?」
自分の労作が私に知られていた喜びで、彼は青じろいほおをぽっと染めた。
「まるで反響がありませんので、あの論文はもう埋もれたものと思っていました。それに出版社に売れゆきの具合をたずねてみて、すっかり失望させられました。そうすると、あなたもやはり医学の方をおやりですか?」
「私は退役の外科軍医です」
「私の道楽はずっと神経科でして、何とかしてこいつを独立した専門に育てあげてやりたいと思うのですが、むろん人はまずやれることから手をつけてゆかなきゃならないので……(後略)」
ワトスンは外科医なのに、神経障害に関する論文をちゃんと読んでる。
ちなみにトリヴェリヤンは「反響がない」と言ってますが、この論文で「ブルース・ピンカートン賞とメダルを獲得」しています。ただし、専門医としてやっていくには、開業後しばらく無収入でも良いくらいの金額が必要だと言って、資金を貯めるために一般医として開業しています。当時はまだ、神経科という分野がひろく一般には注目されていなかったわけですね。でも、意識の高いお医者さんたちはちゃんと評価していた、ということかな。
『入院患者』の発表は1893年。朦朧性障害と夢遊病の研究にどれほどの時間差があったかはわからないのですが、原作のワトスンに沿うならば、1895年のジョンに夢遊病に関する知識があっても、そう不自然ではない気がします。
ただし『忌まわしき花嫁』19世紀パートのジョンはシャーロックの頭の中で作られたジョンなので、原作のワトスンどころか本物のジョンともちょっと違う感じがします。この時点での「シャーロックの中のジョン」は鈍くて愚かな人っぽい描写が多いのですが、21世紀のジョンはどうだったんでしょう。先進医療に興味を持っているのかしら。
ビジュアルの伴う二次創作では、どうしても「頭脳担当はホームズ、ワトスンはそれ以外(腕っぷしだったり、ボケ役や癒やし役だったり)担当」にしたほうがコンビとしてバランスよく映るわけですが、このように原作のワトスンには知的な面も描写されています。
映像化作品でも、たとえば『Elementary』のジョーンは、性別でホームズとの対照を見せられる分、知的で落ち着いた性格がよく描かれていると思います。
(原作からの引用はすべて延原謙訳)