最初の挨拶
パンダとジョン

BBC制作、現代版シャーロック・ホームズのドラマ「SHERLOCK」ファンのブログです。
①正典/聖典(原作)と比較しながらドラマを観て、元ネタ探し
②ドラマでまだ出てこない原作の事件は、SHERLOCKだとどんな話になるのかな?と妄想する

…を一人で(主にトイレとかお風呂で)楽しんでいたのですが、
さまざまな方にご意見をいただけたら楽しいだろうなあ、と思って始めました。
ネタバレ満載ですのでお気をつけください!
★原作の文章を引用する際、主に新潮文庫版(延原謙・訳)を参考にさせていただいております。
★全ての記事は、推測やこじつけを基にしており、たまに妄想も入っております。ご了承の上ご利用ください。
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レンスター・ガーデンズの冒険

シャーロックがメアリを呼び出したレンスターガーデンズ
リンク先にある通り、ロンドンに実在する場所です(放映翌日には、きっちり『SHERLOCKで使われた』という情報が付加されてた!)。劇中ではthe empty housesとも表現されていますが、ホームズで空き家といえば、もちろん第3シリーズ1話のタイトル元ネタにもなった、ホームズの復活譚「空家の冒険("The Adventure of the Empty House")」。
ここで言う「空き家」とは、ベーカー街221Bの向かいに位置するカムデン・ハウス(Camden house)。

ホームズがロンドン市内のぬけ道に明るいことは、真に驚くべきものがあった。この晩も彼は何のためらうところもなく、私なぞは存在すら知らなかったような厩舎のあいだをぬけて足ばやに歩き、古い陰気な家のたち並ぶ小さい通りへ出たと思ったら、そこからマンチェスター街へ、そしてブランドフォード街へ出た。と思ううちまた素ばやく狭い通路へとびこんで、木の門を潜り、人けのない裏庭に入ると、鍵をだしてとある家の裏戸をあけ、二人がなかに入ると急いであとを閉めた。
(中略)
「ここがどこだかわかるかい?」
「おお、ベーカー街じゃないか!」私はほこりだらけの窓からそとをのぞいてみた。
「その通り。ここはカムデン・ハウスだよ。そら、僕たちの家のま向かいにあったろう?」



この記述をもとに、多くの人たちがカムデン・ハウス及びベーカー街221Bを見つけ出そうとしたのでしょうね。(私も横浜に住んでいた時、馬車道で「あの窓がきっと御手洗・石岡の住居」と勝手に設定したりしてたので、気持ちはよくわかります……)

外壁にメアリの顔を映し出すシャーロック。美人のメアリならともかく、アレをやられたらそれだけで死ねます、私。
"Sorry, I never could resist a touch of drama."(『すまない、芝居がかりにやらずにはいられなくてね』)というシャーロックの台詞は「海軍条約文書事件」から。劇的な演出が過ぎて、依頼人を卒倒させかかった場面。

「こりゃどうも!」ホームズはフェルプスの肩をやさしくたたいて力づけながら、「こりゃどうも、薬をきかせすぎて、悪いことをしましたな。ワトスン君はよく知っていますが、私はとかく芝居がかりにやらないじゃいられない癖があるもんで……」



原作でメアリが出てくる「四つの署名」では、「僕は芝居がかりは嫌いだ」って言ってるんですけどね。総合的に見て、やられるのはともかくやるのは好きなんだと思います。
外壁にメアリの映像を映し出すには、おそらく投影機を通りの反対側に据え付けたと思うのですが、これは221Bにいるホームズを通りの反対側から狙撃しようとしたセバスチャン・モランを連想させます。(まったくの余談ですが、「撃つ」と映画を「撮影する」が同じshootなのが、感覚的に納得いかない私。何かをこちらから向こうにすばやく移動させる、というイメージなら、撮る(映像を取り込む)んじゃなくて投影する(映像を放出する)方がshootなんじゃないか?といつも思っちゃいます。たぶん『こちらから向こうに』というとこに誤解があるんでしょうね。)

「空家の冒険」つながりで、「ダミー人形のトリック」にもちゃんと触れられてますね。
原作でモランが撃ったのは、ホームズ本人ではなくその胸像。「マザリンの宝石」にも似たトリックが出てきます。
リンク先にあるように、「マザリンの宝石」はもともとドイルの手掛けた戯曲。この戯曲が書かれたのは「空家の冒険」より前ですが、犯人はモランだったそうです(その後、『空家の冒険』でこの名前を使ったため、正典版『マザリンの宝石』の犯人は『シルヴィアス伯爵』に変更されています)。モランとホームズ像はワンセットなんですね。
メアリはモランにも劣らない射撃の名手のようですが、「空家の冒険」の中で、自ら編集した「伝記便覧」の中からモランの名を探しながら、ホームズはこんなことを言います。

「 Mの部は秀逸ぞろいだな。モリアティは全巻を通じての大ものだが、そのほか毒殺業者のモルガンがあるし、ここには思い出しても胸の悪くなるメリデューがあるし、マシューズがいる。こいつはチャリング・クロス駅の待合室で、僕の左の犬歯をたたき折った奴だ。それから、ああ、ここに今夜の先生がいた」



一番の強敵はメアリ・モースタン(Mary Morstan)だけどね!
……という読者からのツッコミは、この120年間いい加減使い古されてると思うのですが、ここに来て具体化した感じ……。

さて、このレンスター・ガーデンズ、ドラマ世界ではシャーロックの所有物となっているようです。

"'Hmm, I won it in a card game with the Clarence House Cannibal."
「『クラレンス・ハウス の人食い』から、トランプで勝ち取った」(拙訳)


クラレンス宮殿はチャールズ皇太子の住居。続く台詞から、その「人食い」が女性であることがわかります。

"Quite a gambler, that woman."
「あの女、 生粋のギャンブラーだった」(拙訳)


この情報で、ロンドン市民はピンとくるのかな。追及は自粛するとして、「人食い」が比喩でないとすれば、食人が出てくるのは「四つの署名」。ジョナサン・スモールの仲間・トンガの出自を調べるため、ホームズが当時最新の地名辞典を紐解く場面です。

「(前略)彼らは難破船を襲撃してその生存者を石頭の棍棒で殴殺し、毒矢を放つのでつねに航海者に恐れられる。これらの虐殺により彼らは食人肉祭を行うをつねとする」



食人は関係ないと思いますが、毒矢を使う犯人は"The Sign of Three"の回想シーンにちょこっと出てきました。
過去記事:「毒の巨人

検索したら、最近の「人食い」にまつわるニュースや、SNSで出回っていたらしい「見ると寿命が縮むイギリスの人食い女画像」とか出てきたのですが、リンクは控えます、ていうか、したくないです……

カードで勝った、ていうのにも、やっぱり「空家の冒険」のロナルド・アデヤ卿事件を思い出しますね。

「(前略)調書によれば、ロナルドは大佐と組んで、かなりの金額を勝っている。大佐はカードでインチキをやるのだ。そのことはずいぶん前から僕は気がついていた。思うに殺された日、ロナルドはそれを見破ったのだ。(後略)」



(原作からの引用はすべて延原謙訳)
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メアリ・モースタン

マグヌッセンに並んで、第3シリーズの最重要人物といえるメアリ・モースタン(ワトスン)。
彼女に関してはまだ謎も多いのですが、とりあえずS3終了時でわかる範囲で、原作と現代版の比較をしてみたいと思います。(お話への疑問なども書いています。一通り元ネタ探しが終わるまでは、ファンの方のご感想やご考察、製作者のコメントなどをなるべく見ないようにしているのですが、更新のペースが遅いので、既に議論し尽くされていることや、私だけが気づいていないことに言及することもあるかと思います。ご容赦の程お願い致します。よく理解できていないことに関して、ご教示をいただければ幸いです。)

まず、物語への登場の仕方。
原作のメアリは、ホームズの依頼人として現れます。

モースタン嬢はしっかりした足どりで、臆したふうもなくはいってきた。ブロンドの若い女性で、小柄でなよやかなからだつきに、衣服の好みも上品であった。しかし上品とはいっても質素であっさりしているところからみて、さして裕福な家庭の人とは思えなかった。来ているものは地味なグレイがかったベージュで、飾りも襞もなく、頭には片がわに申しわけばかりの白い羽根をつけたおなじ色あいのターバンをつけていた。顔だちもとくによいというではなく、色も冴えてはいなかったが、表情には愛嬌があってかわいかった。そして大きな青い瞳が不思議に知的で、やさしかった。これまでに見た多くの国々や三大陸の婦人のうちでも、これくらい垢ぬけのした利発な顔をもつ婦人を私は知らない。(『四つの署名』)


長い……
三大陸の女を知っていると豪語する割には、初恋する少年のような興奮ぶり。
現代版では、ジョンとの出会いの経緯はまだはっきりわかりません。偶然だったのでしょうか?誰かの、何らかの意図が働いていたのでしょうか?
出会いから同居、プロポーズに至るまでにあまり時間がかかっていない様子から察するに、ジョンは原作のワトスンと同様に、あっという間に恋に落ちてしまったのだと思います。

"The thing about Mary,she has completely turned my life around. Changed everything."
「メアリーは僕の人生を完全に変えた。すべてをだ」(拙訳)



対照的なのはその順番。ホームズの依頼人→冒険を共にする仲間→ワトスンの婚約者 という「原作ルート」を無視しているかのように見せて、逆に辿ってみせた脚本は見事ですよね!これ、公開時期がかぶっていたガイ・リッチー版を意識しているんじゃないでしょうか。メアリとワトスンの出会いがぼかされているところ、レストランでシャーロックと顔を合わせるという演出、メアリがやたら強くて「わけあり」なところが似てる。
まあ最後のに関しては、女性キャラを男性キャラに並び立つような存在にしようとして、同じような演出になってしまってるのかもしれないです……話が逸れてすみません、この問題は結構私の中で深くひっかかっていたりします。アイリーンにも同じような感想を抱いているので、個人的な感想としていつかどこかで触れたいと思います。

キャラクターの話題が出たところで、それぞれのキャラ付けを比べてみます。

原作のメアリは家庭教師。
当時、中流階級の女性が就ける職種は限られていたという事情もあり、ホームズシリーズには家庭教師がいっぱい出てきます。ヴァイオレット・ハンター(『椈屋敷』)、ヴァイオレット・スミス(『美しき自転車乗り』)、 グレイス・ダンバー(『ソア橋』)などがそうですね。
これらの女性たちに共通する性格は、頭の回転が速くしっかり者、ということでしょうか。メアリも、証拠品を保管して持参していたり、冒険の間も気丈に振る舞ったりと、頭の良さと芯の強さを見せ、ホームズをして「あなたは模範的な事件依頼者ですよ。まったくいい直覚力です」「あの人なら僕らの仕事を手つだってもらっても、ずいぶん役に立つと思う」と言わしめています。
(ちなみに『僕らの仕事を手伝ってもらっても~』から『僕か、僕にはコカインがあるさ』への流れは、『これは新しい章の始まりだ』から『もう僕がそばにいる必要はないな、本物の赤ん坊ができたんだからね』の流れにかぶせて観るとますます辛いのでMの方にはお勧めです)

現代版のメアリは看護師。こちらもまた、知性と気働きが必要とされる職業ですが、メアリは来院した患者の病状を診察前に見抜くという、シャーロック張りの「推理力」まで披露します。
"SHERLOCK"といい、三谷幸喜版といい、メアリとホームズの類似性(頭の良さ)に注目する流れが最近「来て」いるみたいなんですが、私はメアリとワトスンの類似性にも着目したいです。

「あら!」と妻は泣いている婦人のヴェールをあげてみていった。「ケート・ホイットニーさんじゃありませんか。私びっくりしてしまったわ。だって、はいってらしたとき、すこしもわからなかったんですもの」
「私どうしたらよいかわからなくて、何より先にあなたのところへ駆けつけてきましたの」
それはいつものことである。悲嘆にくれる人たちは、まるで鳥が灯台へ集まるように、妻のところへやってくるのである(『唇の捩れた男』)


セシル・フォレスター夫人の家へ着いたのは二時にちかかった。召使いたちはもうとっくに寝室へさがっていたが、夫人だけはモースタン嬢の帰りを案じて、寝もやらずに待っていた。彼女はみずからドアをあけて、私たちを迎えいれてくれた。夫人は中年のしとやかな人柄で、やさしくモースタン嬢を抱きよせ、慈愛にみちた声で話しかけるのを見て、私はこのうえもなくうれしく思った。それらの様子から、モースタン嬢が家庭教師という単なる雇人ではなく、友人として手厚く扱われていることが察しられたからである。(『四つの署名』)



穏やかで包容力のあるメアリ。昔からの友人に頼られたり、雇用主に絶大な信頼を置かれていたりと、皆から愛される人です。ホームズとワトスンの交友関係の傾向について以前に記事を書いたのですが(過去記事:『ホームズの友人たち』『ワトスンの友人たち』)、少なくとも対人関係においては、メアリはどちらかというと「ワトスンの要素」を持ってると言えるんじゃないかと思います。人形劇のメアリの造形を見ても、髪の色はホームズと同じだけど、丸い目や頬のまろやかなラインはワトスンなんですよね。
SHERLOCKのメアリも、友達がたくさんいたり、ご近所さんに頼られたりする社交性と、窮地に立たされているショルトーを救おうとする行動力を持ち合わせています。
シャーロックとジョン、二人に似ているからこそ二人をいっぺんに掌で転がせるし、二人共から愛されるのだと思います。
現代版のメアリは現在ジョンの娘(まだ、男の子の可能性もあるのかな?)を身ごもっていますが、ある意味では彼女自身がシャーロックとジョンのハイブリッドなんですね……。

もう一つ比べてみたいのは、それぞれのメアリの来歴。
現代版メアリは、いわゆる殺し屋としてCIAの汚れ仕事を引き受け、フリーの仕事もこなしていました。その名前自体が借り物で、本物の「メアリ・モースタン」はすでに亡くなっている、という設定。
これは、原作のメアリの亡くなった年がはっきりしない、という事実に由来していると思います。原作中では、メアリと結婚していたワトスンはホームズの帰還後221Bに戻っています(『ノーウッドの建築士』)。「空家の冒険」でその死が仄めかされているものの、メアリがどうなったのかは明言されていません。更に、ワトスンが結婚のために221Bを出ていたと言う時期は、作品によってばらつきがあります。
また、CIA絡みの仕事をやっていたということは、アメリカ人である可能性も。 (過去記事『5月の結婚式』のコメント欄でのれすとらさんがプロポーズの場面に関するご指摘に、そのヒントがあるかと思います。)原作でも、「踊る人形」「花嫁失踪事件」「黄色い顔」など、アメリカからやってきた花嫁がトラブルを持ち込むケースがいくつかあります。

原作のメアリは、軍人の娘で、父が海外で関わった犯罪に巻き込まれる形になります。
しかし彼女はあくまで無欲で冷静。

「財宝は、なくなっていますのね」モースタン嬢は騒ぎもせずにいった。
この言葉を聞き、その意味をはっきりと意識したとき、私は一つの大きな黒いかげが、魂のなかから飛びさってゆくのを感じた。私はその瞬間まで、アグラの大財宝がそれ程までも私の心を圧えつけているとは気づかなかった。いまになって私は知った。それは私の勝手ずくであった。不実であった。よこしまな心の影であった。だが二人のあいだの障壁だったこの財宝は、おかげで空に帰したのだ。
「神さま、ありがとうございます!」私は心の底からこう叫んだ。
彼女はちらりと私のほうを見ながら、訝しげな微笑をうかべていった。
「あらなぜでございますの?」
「なぜって、あなたがまた、私がふたたび近づくことができる人に戻ってきたからです」私は彼女の手をとっていった。「私はあなたを愛しているからです。どんな男にもまさって、私は心からあなたを愛します。この財宝のあるあいだは、それを言い出せませんでしたけれど、財宝がなくなったとわかったいまは、私がどんなにあなたを愛しているか、うちあけてよいことになりました。それだから、神さまありがとうと申したのです」
「では私も神さまにお礼を申しあげましょう」
彼女のささやくのを聞いて、私はぐっと彼女を抱きよせた。財宝など失うものは失うがよい。私はこの夜、世にもまれなる至宝を手にいれたのである。(『四つの署名』)



「空の宝箱」の前での二人の会話は、「USBメモリを火にくべて無にかえしたジョンの決断※」とつながっています。原作の「アグラの大財宝」は、そこに書かれた現代版メアリの名前"A.G.RA."の元ネタですが、それが彼女の過去であれ、膨大な金銭であれ、愛し合う二人には必要のないものだった。ワトスンがメアリに求婚した場面は、ジョンの2度目のプロポーズによって、初めて二人が偽りのない夫婦になれた場面にシンクロしています。

……で、愛の前には些細なことかもしれないんですけど、例によって重箱の隅をつつきたい欲が頭をもたげてくるのをお許しください。
シャーロックは「メアリは自分の命を助けてくれた」と主張してますけど、本当かなあ……
あえてシャーロックの命を救ったのだとしたら、どうしてシャーロックが助かって自分の名を口にしたと聞いて暗い顔をしたのか(生かす意図があったのなら、遅かれ早かれそうなる準備をしていたはずです)。病室に忍び込んで「ジョンには言わないで」と懇願したのか(冷静に交渉する気があったのなら、あの時点でそうする必要はないですよね)。
私には、メアリが「撃ちそこなった」のをシャーロックが無理やり庇っているように見えます。殺意があったとまでは言いませんが、シャーロックを撃ったのも、救急車を呼んだのも、病室に忍び込んだのも、常に完璧な彼女には珍しく「後先考えない」「なりふり構わない」行為だったのではないでしょうか。

すべてを知ったジョンがメアリと婚姻関係を続けていけるかどうかは、ジョンの気持ち一つにかかっています。自分を騙していた妻、親友を撃った妻を許せるか、というのは難しい問題です。マグヌッセンも指摘したように、ジョンの気質から言って「別れる」選択をする可能性がむしろ高かったんじゃないでしょうか。
でも、メアリは何としても逃げのびる必要があったし、シャーロックはメアリを庇う必要があったし、ジョンは二人に騙されてやる必要があった。それは、メアリのお腹にいる子どもを守るためです。
子どもを守るためなら、母は何でもする。そんな母と子を守るために、シャーロックとジョンは、少しずつ嘘をついている。真実に薄々気づいていながら、それぞれが、メアリに騙されたふりをしている(といっても、正体をジョンに知られた以降のメアリには、二人を騙すつもりはないでしょう。『私はシャーロックを庇った』とは一言も言っていません。にも関わらず、シャーロックもジョンも、メアリの殺意を『なかったこと』にしている。)。
そう解釈すると、現代版もまた「犯人は二人」という名訳にふさわしい話ではないでしょうか。
(原作でミルヴァートンを撃ったのが誰だったのかという問題にもこのドラマは切り込んでいますが、その話はまた別の機会にするとして)神様の前では、嘘をつくこともまた罪であるとすれば、シャーロックとジョンは共犯です。ホームズとワトスンがそうであったように。
そしてメアリも、シャーロックとジョンのさまざまな思い、愛や憎しみ、信頼や不信を感じながら、あえて真実に蓋をして、母として生きようとしているように思えます。彼女とジョンの関係、またシャーロックとの関係は、相手への献身をベースにしたシャーロックとジョンのつながりとは全然違うけれど、彼女もまた、彼らと互いに生かし生かされる、強固なつながりを持った存在として描かれています。

原作では、ホームズはワトスンの結婚に賛成しないんですよね。メアリが気に入らないわけではなく、自分の主義の問題だ、ということをはっきり言ってます。でも、よく考えると、自分が結婚しない主義だからって、友人にそれを押し付ける道理はないと思います。
ワトスンがいないと困るとか、単に寂しかったとか、果てはワトスンに対して同性愛的な感情があったんじゃないかとか、いくらでも解釈はできますけれど、現代版を見てから振り返ると、原作でも「メアリとホームズの間に、ワトスンに言えない秘密があった」という可能性を感じてしまいます。

(原作からの引用は、すべて延原謙訳)
※ジョンが火にくべたUSBはメアリが渡したものとは別物である、と教えていただいたことがあるので、一応カッコに入れておきます。

シャーロックの隠れ家

★この記事は、「ユリイカ」掲載用に書かせていただいたものを加筆修正しました。

劇中に登場したレンスター・ガーデンズ以外にも、ロンドンにかなりの数の隠れ家を持っているシャーロック。周りの人たちの証言によると……

パーラメント・ヒル
カムデン・ロック
ダグマー・コート
キューガーデンの温室
ハムステッド墓地の傾いた墓
モリ―のベッドルーム
ビッグ・ベンの時計の後ろ



どんな場所なのかお伝えするために、できるだけリンクを貼ってみました。
Wikipediaで日本語のものがあればそこに、なければ英語版に、英語もなければGoogle Mapにしてみたのですが、旅行案内のサイトでも紹介されているところが多いので、ご興味のある方は検索してご覧になってみてください。
シャーロックの隠れ家巡りだけで、数日間のロンドン観光ができそう。
あらためて、このドラマは英国大使としての役割を負っているのだなあ、と思います。
(関連記事: 『 5月の結婚式』)

何げに、モリ―の情報が衝撃的だったんですが……(いつから!? まさかシャーロックへの告白前から!? だとしたらそりゃ、モリーも期待しますよ!)ここ、ユリイカで「スペアのベッドルーム」と書いちゃいましたが(ほんとすみません)、ドラマを見直したらシャーロックの予備の寝室=モリーの寝室ということですよね?

原作でも、ホームズにはたくさんの「隠れ家」があったようです。

この年七月の第一週に、ホームズはしばしば長時間単独で外出したから、また何か事件を手がけているのだなとわかった。留守のあいだに人相のよくない連中が幾人も、ベージル船長はいるかと訪ねてきたので、ホームズはまた例のいくつもある変名と変装の一つに身をやつして、仕事をしているなと思わせた。彼はロンドン市内の各所に少なくとも五カ所の小さな隠れ家を持っていて、自由に姿を変えられるのである。(『黒ピーター』)



マイクロフトの情報「傾いた墓」は、「バスカヴィル家の犬」で古代人の遺跡に潜伏していたホームズを思い起こさせます。

しかしともかくも私は見当を誤ってはいなかった。そこには人間の住んでいることを証するにたる材料がいろいろあった。確実にこれは怪人物の巣である。新石器時代の人類が寝台に用いたといわれる石板のうえに、防水布でまいた毛布がころがっているし、そのほか粗末な炉には火を燃やしたあとの灰がのこっている。そばにはこまごました台所道具のほか、半分ばかり水の入ったバケツもある。缶詰のあき缶の散乱しているところからみると、相当前からここにいるのだろう。なお、とぼしい光線に目がなれてくるにつれて、小皿や半分ばかり残った酒のびんがすみのほうにあるのも見えてきた。中央にはもうひとつ平たい石があって、食卓の用をなしているらしかった。



ワトスンによる貴重な「隠れ家目撃情報」ですが、これは長期滞在用なのでちょっと特別かも。ロンドンの隠れ家は、用途に応じてさまざまなものが用意してあったのでしょうね。ガイ・リッチー版では、その中の一つをワトスンも把握していて、訪ねてくる場面があったと思います。

キューガーデンの温室、というのもありますが、この"His Last Vow"のもとになったお話、「犯人は二人」では、ホームズとワトスンはミルヴァートンの温室から侵入しますね。

「あれがミルヴァートンの温室なんだよ」ホームズがささやいた。「このドアのなかがすぐ書斎なんだから、ここからはいるのがいちばんよいけれど、かぎをかけたうえボルトまで差しこんであるから、開けようとすると相当の音をたてることになる。こっちへきたまえ。ここに温室があって、客間につづいているのだ」
温室の入口にも鍵がかかっていたが、ホームズはガラスを丸く切りとって、手をさし入れて簡単にあけてしまった。そしてなかへはいると、急いでドアを閉めたが、これで私たちは法律的にはりっぱに罪人になったわけである。むっとする温かい空気の中に、エキゾチックな植物のむせぶような芳香がまじって、息づまりそうだった。暗いなかでホームズは私の手をとって、ぐいぐいと進んでゆく。私は木の小枝に顔をなでられたが、ホームズは暗中で物が見えるという特殊の能力を、長年の注意深い鍛錬によって作りあげていた。



はじめにあった恐怖感はきえて、法の反逆者ではなく守護者であったときに味わったよりも、はるかに大きな歓喜にぞくぞくする思いだった。私たちの使命のけだかさ、己れを空しゅうする騎士精神のあらわれであるという自覚、相手の性格の下劣さなどがあるから、その夜の冒険のスポーツ的なおもむきはひとしおである。よからぬことをしているという観念などは少しもなく、その危険のなかにあって胸もときめくばかり興じたものである。私は感嘆の眼をもって、細密な手術をする外科医の沈着さと科学的正確さで、道具箱をあけて工具を選んでいるホームズを見まもった。



ワトスンの描写は、どことなく背徳的というか、陶酔気味というか……
不法侵入という違法行為に高揚しているせいでしょうか。ホームズも、いつもの二割増しくらいかっこいい気がします(※個人による感想です)。
温室という場の持つ、エキゾチックな雰囲気が効いてますよね。原作のワトスンには、穏やかな常識人という印象を抱いている方も多いのではないかと思うのですが、こういうの読むと、危険中毒者・ジョンの「元の人」なんだよな~、と思い知らされます。
マグヌッセンの邸宅・アップルドアについては別に記事を書きたいと思いますが、この温室がモチーフのひとつになっているようですね。ガラスを多用した作りですし、マグヌッセンのソファの後ろには熱帯の植物が見えます。

それにしても、「ビッグベンの時計の裏」は眉唾ものという気が……(何のためにそんなとこに……?)
シャーロック本人がハドスンさんにそう語ったのだとしたら、本当に隠れ家があるのかな?高いとこ好きだし(関連記事: 『高いところに…』)……ビッグベンをお訪ねになる方は、マインドパレスに入れておいてください。

しかし、過剰に映画的、という感もあります。
果たしてシャーロックは、ハドスンさんに本当のことを言ったんでしょうか。

これまでに書かれてきた多くのパスティーシュと同じように、"SHERLOCK"は、原作の記述を疑い、「本当に起こったこと」を想像することから作られています。
そして、「ジョンのブログ(表向きに発表されていること)」と「ドラマ(実際に起こったこと)」の対比が、ホームズシリーズという作品の中だけでなく、原作とそれを取り巻く現実世界のパロディーを成立させています。
アンダースン率いる「空の霊柩車」は、原作に対してのBSIの位置を占めているのでしょう。
もちろん、現実のファンが作品の中の名探偵にインタビューをするのは不可能で、だからこそ自分で調べ考える、という知的遊戯が成り立つわけですが、アンダースンたちもシャーロックに直接聞かずに尾行で確かめてるのが偉い。シャーロックに気づかれてるかどうかはおいといて、その姿勢が非常にシャーロッキアン的だな、と思います。
まあ、主催者がアンダースンなだけに、シャーロックの言葉は全然信用してないんでしょうけど……

(原作からの引用はすべて延原謙訳)
プロフィール

Author:ナツミ
シャーロック・ホームズが好きです。どちらかというとワトスンがより好きです。

2017年エイプリル・フールお片付けしました。お付き合いありがとうございました!片付けきれてないところがあったらお知らせいただければありがたいです。

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