最初の挨拶
パンダとジョン

BBC制作、現代版シャーロック・ホームズのドラマ「SHERLOCK」ファンのブログです。
①正典/聖典(原作)と比較しながらドラマを観て、元ネタ探し
②ドラマでまだ出てこない原作の事件は、SHERLOCKだとどんな話になるのかな?と妄想する

…を一人で(主にトイレとかお風呂で)楽しんでいたのですが、
さまざまな方にご意見をいただけたら楽しいだろうなあ、と思って始めました。
ネタバレ満載ですのでお気をつけください!
★原作の文章を引用する際、主に新潮文庫版(延原謙・訳)を参考にさせていただいております。
★全ての記事は、推測やこじつけを基にしており、たまに妄想も入っております。ご了承の上ご利用ください。
★このサイト及び記事へのリンクは、どうぞご自由になさってください。
【お願い】 ★記事における間違いは、できる限り修正したいと考えております。お気づきの点がありましたら、ご教示いただけるとありがたいです。
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幸せ太りの内訳

"Time you got out of the house, John. You've put on 7lbs since you married and the cycling isn't doing it."
"It's actually 4lbs. "
"Mary and I think seven. "
「そろそろ家から出る頃合いだ、ジョン。結婚してから7ポンドも太ったぞ。自転車は効果ないようだな」
「4ポンドだよ」
「メアリーと僕は7ポンドだと思ってる」(拙訳)



もとは、「ボヘミアの醜聞」で、ワトスンの結婚以来顔を合わせていなかったホームズの台詞。

「君には結婚が合っているんだ、と見える。このまえから見ると、七ポンド半は肥ったぜ」
「七ポンドさ」
「フーン、もうすこしよく考えてからいうのだった。もうちっとだけね。」(延原謙訳)



シャーロック、第一シリーズでは同じ台詞をモリーにも言ってました。(関連記事:『太った?』)

" And domestic bliss must suit you, Molly. You’ve put on three pounds since I last saw you."
"Two and a half."
" Nuh, three."
「そして恋愛は君に合ってるようだね、モリー。前に会った時から3ポンドは太ったようだ」
「2.5よ」
「いや、3だ」(拙訳)



domestic blissは家庭のもたらすよろこび、というような意味。つまりは、幸せ太りってことですよね。
しかし私もここで指摘したい。空気読まずに指摘したい。
そう言うシャーロックも、ジョンと暮らしていた頃はちょっと太ってた と!(具体的には第二シーズンのあたり)

結婚したり恋が実った人が太ると、「幸せ太り」などと皆が冷やかしますが、その理由をホームズ流に散文的な事実のみを用いて推理するなら(『中の人の事情』はこの際おいといて)、

一人暮らし→自分が食べたい時、食べたい物のみ食べる
同居人がいる→同居人が食べるタイミングで食べることもある。食べる物の種類も増える


という感じで、食べる機会や量が増える、ということなんでしょうね。
もちろん、パートナーの愛情こもった料理という要因もあるでしょうけれど、シャーロックとジョンの場合は、ハドスンさんがあれこれおいしいものを出してくれていたんでしょう。

とはいえ、「幸せ太り」という現象を否定したいわけではありません。
恋愛ではないにせよ、シャーロックにも(原作のホームズにも)、ご飯を作ってくれる人がいて、一緒に食べてくれる人がいるという状況があったわけで、それもひとつのdomestic blissと呼んでいいのかもしれません。
ジョン(ワトスン)の結婚によってその疑似家庭は失われ、新たな家庭が生まれた。
「太った?」とストレートに聞くシャーロックは、ダイエッターの私としては小憎らしいですが(そういえばマイクロフトにも言ってたな)、今までそばにいてくれたジョンやモリーに「置き去りにされた(『白面の兵士』)」状況で出てきた言葉だと思うと、なんだか胸を突かれます。
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蛇から鮫へ

"Now, Magnussen. Magnussen is like a shark. It's the only way I can describe him.
Have you ever been to the shark tank at the London Aquarium, John? Stood up close to the glass?
Those floating, flat faces,those dead eyes. That's what he is."
「よし、マグヌッセンだが、まるで鮫のような奴だ。それ以上に的確な表現はない。
ロンドン水族館で鮫を見たことがあるか、ジョン?ガラスの前で立ち上がっているところを?
あのぷかぷか浮いてる、平たい顔に死んだ眼。 奴そのものだ」(拙訳)



"Hum! He’s about due. Do you feel a creeping, shrinking sensation, Watson, when you stand before the serpents in the Zoo, and see the slithery, gliding, venomous creatures, with their deadly eyes and wicked, flattened faces? Well, that’s how Milverton impresses me."
「ふむ、ではもう来るころだな。ワトスン君、きみは動物園へいってへび―あのくねくねと毒をふくんだ動物のまえに立って、悪意ある平べったい顔に怖ろしい眼を光らせているのを見たら、思わずぞっとしないかい?僕はあの男からそういう印象を受けるんだ。(後略)」



チャールズ・オーガスタス・マグヌッセンは、第3シリーズの中でも、またシャーロックとジョンの関係の変遷においても、非常に大きな意味を持つ人物だと思います。何度かに分けて書きたいと思っていますが、まずは上記の「印象」について、現代版と原作を比較してみます。(私はまだコメンタリーや公式ガイドブックを参照していません。自分なりに一通り謎解きを楽しんでからにしよう、と思いつつ、その段階で時間が経ってしまっています。とっくに『公式解答』の出ている問題で悩んでいたら、お目汚し申し訳ないです。ご指摘、ご教示をいただければ幸いです。)

この場面を観てまず思ったのが、「どうして蛇が鮫に変わっているのか」ということでした。そこでいくつか仮説を立ててみました。

1:俳優さん由来説

マグヌッセンを演じるのは、ラース・ミケルセン。デンマークの俳優さんで、デンマーク女王からナイトの称号も贈られているそうです。
淡い色の髪、眼や肌、すらりとした長身。いかにも北欧の雰囲気。
蛇はもっと南の土地を思わせますから、同じ「危険な」印象を与える動物でも、鮫の方がふさわしいかもしれません。(もっとも、調べてみたところ蛇も鮫もほぼ世界中に分布しているようです。)

2: 鮫の方が似てる説

次に、二人とも実体験をもとに語っているということに着目してみました。
シャーロックは「ロンドン水族館」、ホームズは「あの動物園」の名前を出しています。
The London Aquariumの正式名称は、"Sea Life London Aquarium"。「21世紀版ホームズ」の背景画像にしばしば効果的に使われている観覧車、ロンドンアイのすぐ近く。リンク先は公式サイトですが、トップページからめっちゃ楽しそうな少年とサメのコラボレーション(2014年11月現在)。オープンは1997年ですが、シャーロックが言っている"The shark tank(鮫の水槽)とは、2009年の改装で設けられた"Shark walk"、もしくは2012年新設の"Shark Reef Encounter"のことではないかと思います。



……シャーロックが何しに行ったのか知りませんが、サメとタイマン張ってる姿が目に浮かぶようです。まあ、アラサーでも楽しいものは楽しいです(←雑なまとめ)。

一方、ホームズが言っている"The zoo"とは、ベーカー街からほど近いロンドン動物園のことと考えて間違いないと思います。
1848年に一般公開された、世界で最初の「科学的動物園」(単に動物を見世物とするのではなく、教育・研究施設としての役割を持った動物園)。動物園は英語ではzoological garden(s)(動物学的庭園)と言いますが、これを縮めてzooと呼ぶこともロンドン動物園から始まったそうです。(Wikipedia「動物園」の項より)

ホームズの時代にロンドン動物園がほぼ唯一の動物園だったことを考えると、彼が生きて動いているサメを見たことがある可能性は低い。一方で、二人の蛇と鮫の描写(平たい顔、死んだ目)はたいへん似ています。もしホームズに鮫を見た経験があったら、蛇ではなく鮫を比喩に使ったかもしれません。

とはいえ、ホームズが鮫を知らなかったわけではないんですよね。「マザリンの宝石」では、悪役のシルヴィアス伯爵を鮫に例えています。

「シルヴィアス伯爵というのがその魚の一匹なのかい?」
「そう、それも鮫だね。かみつくよ。そのほかボクサーのサム・マートンという男もいるけれど、こいつは大したことはない。伯爵が手先に使っているだけだ。鮫という柄じゃない。体こそ大きいが、のろまでおろかなカマツカにすぎない。いずれにしても網の中でばたばたしているだけだよ」



その凶暴性、そして、魚に例えられる悪人たちとの格の違いゆえに、シルヴィアス伯爵は鮫に例えられます。


3、動機由来説

シャーロックはマグヌッセンを「脅迫界のナポレオン(the Napoleon of blackmail)」と表現します。
これは、原作でホームズがモリアーティ教授を「犯罪界のナポレオン」と表現したことに呼応します。
モリアーティの名を「聞いたこともない」というワトスンに、ホームズがその怖ろしさを伝えるために使った名称なのですが、現代版のジム・モリアーティにこの表現が使われたことはありません。シャーロックはジョンと共にジムに出会い、その怖ろしさを共有しているので、比喩を使う必要がなかったのでしょう。

では、どうしてマグヌッセンは「ナポレオン」の名にふさわしく、ミルヴァートンはそうでないのか。
ミルヴァートンとマグヌッセンでは、犯罪の動機が違うように思えます。
ミルヴァートンは脅迫そのものを生業にしています。

"An exposure would profit me indirectly to a considerable extent."
「(前略)暴露は間接に大きな利益を私にもたらしてくれるのです。(後略)」



ミルヴァートンの目的はあくまでも金銭で、情報収集は個人のそれを引き出す手段に過ぎないように思えます。
一方、新聞社のオーナーであるマグヌッセンは、「情報」の力をより大胆に利用しようとします。
「情報」は人を屈服させることができる。情報を掴むことで人を、ひいては世界を意のままにする。金銭よりも、そこから得る優越感が彼の望みのように思えます。
この二人の人物像を掘り下げるにはもう少し「粘土」が必要ですが、少なくともミルヴァートンには、世界を脅迫相手にしようという野心は見られません。狙った相手に忍び寄って、ピンポイントで攻撃を仕掛ける様が蛇をイメージさせるのではないかな、と思います。
その一方で、マグヌッセンは悠々と世界を泳ぎまわり、個人の心情など歯牙にもかけません。彼の行く手を邪魔する者が現れると、容赦なくなぎ倒していく。その姿を動物に例えるなら、巨大な鮫がふさわしいのかもしれません。

(原作からの引用はすべて延原謙訳)

ホームズ兄弟の奇癖

"He's straightened the knocker. He always corrects it, it's OCD, doesn't even know he's doing it.
"Why do you do that?"
"Do what?"
"Nothing."
「兄はノッカーをまっすぐに直す。いつもそうするんだ。強迫性障害だな、やってる自覚すらない」
「君はどうして曲げるんだ」
「何を?」
「なんでもない」(拙訳)



玄関ドアのノッカーがまっすぐになっていることから、マイクロフトの来訪を知るシャーロック。
昔から、「シャーロックが曲げ、マイクロフトが直す」のイタチごっこを延々とやってるんでしょうな……
OCD(Obsessive Compulsive Disorder)は「強迫神経症」と記憶している方も多いと思いますが、今は「強迫性障害」というのですね。
OCD研究会主催の「小さなことが気になるあなたへ」というサイトが、とてもわかりやすかったです。直リンクは控えますが、OCDとはどんな状態か気になる方は、検索の上ご参照ください(そして、可愛らしいキャラクターたちとホームズ兄弟のギャップによるビミョーな気持ちを味わってください……)

強迫観念によるものかどうかはわからないのですが、原作のマイクロフトにも、変わったところがあります。

「おや、おや。何なのだろう?兄のマイクロフトが来るというよ」
「かまわないじゃないか?」
「かまわないじゃないかって、それはまるで田舎みちで市電に会ったようなものなんだ。マイクロフトにはちゃんと軌道があって、それからはずれたことがない。ペルメルの家からディオゲネス・クラブ、それからホワイトホールの役所、これを循環するだけなんだ。一度、たった一度だけここへ来たことがある。どういう風の吹きまわしで脱線することになったのかな?」(『ブルース・パティントン設計書』)



「一度だけここへ来た」というのは、ディオゲネス・クラブでワトスンと初めて会った日のことですね。

話しながら歩くうちに、ベーカー街の家までたどりついた。さきにたって階段をのぼっていったホームズは、私たちの部屋のドアをあけてみて、ぎくりとした。その肩ごしにのぞいてみると、おどろいたことに、兄さんのマイクロフトがひじ掛けいすにおさまって、タバコをふかしているのである。
「さあお入り、シャーロック。ワトスンさんお帰りなさい」おどろく私たちの顔を見あげて、にこにこしながら穏やかに言葉をかける。「僕にこんな気力があろうとは思わなかったろう、シャーロック?だが妙にこの事件には心をひかれるもんだからね」(ギリシャ語通訳)



原作のマイクロフトは運動嫌いで肥満体。ホームズの言う「家と職場とクラブの循環」以外のことはめったにしません。
221Bにもしょっちゅう顔を出し、休日もトレーニングに励む現代版マイクロフトとはだいぶ違いますね。

弟に「強迫性障害」と診断されたことを知ってか知らずか、中で麻薬捜索中だったマイクロフトはこんなことを言います。

"The siren call of old habits.How very like Uncle Rudy.Though in many ways, cross-dressing would have
been a wiser path for you. "
「悪癖の再発か。ルディおじさんそっくりだな。色々な意味で、悪癖なら服装倒錯のほうがまだましだが」(拙訳)


誰、ルディおじさんって。調べたらそういう俳優さんはいらっしゃるようなんですが……

有名人の名前でないとしたら、文字通り兄弟の親戚で、異性装の習慣がある方ということでしょうか。
だとしたら、これはシャーロックの変装のことを揶揄してるんでしょうね。捜査のためだと思いますが、"A Scandal of Belgravia"でちらりと見えた彼のクローゼットには、さまざまな服がありました。"The Great Game"では、実際に警備員に変装していましたね。

原作でもホームズはさまざまな変装をします。聖職者、老人、労働者などバラエティ豊かなのですが、老婆に変装したこともビリーの口から語られています。

「誰かを追いまわしているんです。きのうは職さがしの労働者になって外出なさいました。今日はお婆さんでした。私まですっかり担がれてしまいましたよ。先生の手はよく知っているはずなんですがねえ」といってビリーはソファにもたせかけてあるぶくぶくのパラソルを指さした。
「あれがお婆さんの小道具の一つです」(『マザリンの宝石』)



一方アイリーン・アドラーには、男装して散歩する習慣があったようです。

でも、ご存じのとおりお芝居には慣れていますし、男装をいたすのなど造作もございません。これまでにもよく、そのおかげで気ままにふるまったものでございます。私は御者のジョンにあなたさまの見はりをさせておき、二階へ駆けあがって、散歩服と呼んでおりますが、急いでそれを身につけて降りてみますと、ちょうどあなたさまはお帰りになるところでございました。(『ボヘミアの醜聞』)


異性装にはさまざまな理由があり、苦しみが伴うこともあると思いますが、ホームズやアイリーンのように必要に応じて異性の服装も選べるというのは、とても自由な感じがします。特にアイリーンは、世間の目や窮屈なドレスから解放されて、伸び伸びしていたのでしょうね。
「散歩服」( my walking-clothes)という呼び名に彼女の柔軟な感性と茶目っ気が感じられて、そういう女性を肯定的に描いたドイルの筆致もいいなあと思います。

どこまで本気かはわかりませんが、シャーロックとマイクロフトはお互いを「精神的な疾患がある」と見なすことで、自分と切り離して考えようとしていると思えます。それは、仲の悪さの表れにも見えますが、相手をよく観察して、客観的に理解しようとしているとも言えます。
愛の反対は無関心、と言ったのはマザー・テレサでしたっけ。この兄弟は、少なくともお互いへの関心は尽きないようです。
(原作からの引用はすべて延原謙訳)
プロフィール

Author:ナツミ
シャーロック・ホームズが好きです。どちらかというとワトスン君がより好きです。

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