最初の挨拶
パンダとジョン

BBC制作、現代版シャーロック・ホームズのドラマ「SHERLOCK」ファンのブログです。
①正典/聖典(原作)と比較しながらドラマを観て、元ネタ探し
②ドラマでまだ出てこない原作の事件は、SHERLOCKだとどんな話になるのかな?と妄想する

…を一人で(主にトイレとかお風呂で)楽しんでいたのですが、
さまざまな方にご意見をいただけたら楽しいだろうなあ、と思って始めました。
ネタバレ満載ですのでお気をつけください!
★原作の文章を引用する際、主に新潮文庫版(延原謙・訳)を参考にさせていただいております。
★全ての記事は、推測やこじつけを基にしており、たまに妄想も入っております。ご了承の上ご利用ください。
★このサイト及び記事へのリンクは、どうぞご自由になさってください。
【お願い】 ★記事における間違いは、できる限り修正したいと考えております。お気づきの点がありましたら、ご教示いただけるとありがたいです。
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【事件の重要なネタバレ】ヴァチカンのカメオ(S3編)

"Can't stand it when I finally get the chance to speak for once. Vatican cameos."
「ついにこの話をする時が来ました……『ヴァチカン・カメオ』」(拙訳)



かねてからコメント欄でご指摘いただいていた、「ヴァチカンのカメオ」再登場。
初めてこのセリフが出てきたのは、第二シリーズ"A Scandal in Belgravia"でした。

関連記事「ヴァチカンのカメオ」

元ネタについても、リンク先をご参照いただければと思います。

「ヴァチカン・カメオ」とは、シャーロックとジョンの間で使われている合言葉。……というところまでは、間違っていないと思います。
上記記事内では「姿勢を低くしろ」という意味ではないか、とも考えたのですが、今回ジョンの解説によってその意味が明らかになりました。

"Battle stations, someone's going to die."
「戦闘だ。これから誰かが死ぬ」(拙訳)



ところで、リンク先の記事を書いてしばらく経ってから、さまざまな方にメールやコメントで「ヴァチカンのカメオとは、英国軍で使っている符牒」だと教えていただきました。これだけたくさんの方がおっしゃっているのだからそうなんだろうな、と思って記事中に追記もさせていただいたのですが、その情報源がどこなのか、納得のいく証拠は掴めないままです。もし、ご存知の方がいらしたら、ご教示いただければ幸いです。

もしそうだとすると、CIAの面々やメアリには通じず、ジョンにだけ通じたことには納得がいくのです。
しかしひっかかるのが、ショルトー少佐の反応が描かれていないところ。
「ヴァチカンのカメオ」が英国軍の符牒だったら、ショルトーもぴんとくるはずなんですよね。スピーチに織り込まれていたので、彼にも聞こえていたはずですし、あれだけ軍への思いが強い彼なら、無反応なのは不自然です。
少なくともドラマ内で「軍の符牒」であるなら、シャーロックは、ショルトーが聞いていることを考慮した上で発言したはずです。
この時点ではまだ標的がショルトーだと絞り込めていませんから、招待客の中でショルトーだけに危険を知らせるのはどうかと思いますし、ジョンだけに知らせたいのなら、別のやり方を選ぶんじゃないでしょうか。
いずれにしても、ショルトーはシャーロックが「殺人ゲームをしましょう」と言った上で"It's you"(ターゲットはあなただ)という決定的なメモを渡すまで、行動を起こしません。「符牒を理解しながらも、黙って様子を見ていた」可能性もゼロではないですが……ジョンとのアイコンタクトくらいあってもいいような気がします。

そんなわけで、「ヴァチカン・カメオ」で検索してこのブログを見つけてくださった方には謝らなくてはいけません。
私にとっては、未だに謎めいた言葉なんです……
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救うということ

"But a word to the wise, should any of you require the services of either of us, I will solve your murder, but it takes John Watson to save your life.
Trust me on that, I should know, he's saved mine so many times and in so many ways."

「言うまでもありませんが、もし、あなた方の誰かが我々どちらかのサービスを受けるとしたら、事件の解決なら僕ですが、あなたを救うのはジョン・ワトスンです。
その点は僕が保障します。だって、彼は僕にそうしてくれましたから。何度も、さまざまなかたちで。」(拙訳)



とっても泣ける、シャーロックのスピーチ。彼のジョンへの友情も、感謝も、信頼も知っていたつもりでしたが、こんな風に言葉にされると、ああ、シャーロックはこんなにも愛情深い人だったんだ、私たちが想像するよりずっと深く、ジョンをわかっていたのだなあ、と改めて感じ入ります。

でも思えば、シャーロックの視点からこんなに長くジョンについて語られたのはこれが初めてで、視聴者が「シャーロックには人の心がわからない」と思いがちなのは、これまでは主にジョンの眼を通してシャーロックを見ていたからかもしれません。
原作でも、語り手がホームズに交替して初めてわかるワトスンへの思いがあります。

ワトスンの話が出たから、この機会に述べておくが、私が今日まで多くのつまらない事件にこの古い友人であり伝記作者でもある男と行動をともにしてきたのは、感傷や気まぐれからではない。ワトスンにはワトスンなりに著しい美点があるからであって、彼は謙譲な性格から、私の実績を誇張して評価するのあまり、自分のことにはあまり思い至らないのである。
自分で結論を出したり、これからの行動を予見したりするような男と行動をともにするのは、つねに危険であるが、事件の展開するごとに眼をみはるような男、さきのことは何一つわからないような男こそは、じつに理想的な協力者というべきである。(『白面の兵士』)


シャーロックのスピーチに比べると「ビミョー」かもしれませんが……(特に後半)

日頃から、ホームズはホームズなりに、彼独特のやり方で「心」を表現していたのかもしれません。

「これは失礼しました。じつはあの絵に見とれていたのです」と彼は向こう側の壁にずらりとならぶ肖像画をさしていった。「ワトスン君は私のことを、絵が全然わからない人間だといって笑いますが、それは偏見です。私たちはめいめい見地を異にしているだけのことで、私だって絵はわかるのです。(後略・『バスカヴィル家の犬』)」



物語の前半で、ワトスンとホームズが「ボンド街あたりの画廊」で近代ベルギー画家の絵を見ながら時間をつぶすくだりがあるのですが、そこではホームズの美術眼が「きわめてお粗末」で閉口させられた、とワトスンが語っています。
ホームズの美術論が具体的にどのようなものだったかは触れられていないのですが、バスカヴィル家に飾られた肖像画から、ホームズは犯人を導き出します。
ホームズとワトスン、言いたいことには多少のズレがあると思います。まさに「見地を異にしている」んですね。
ホームズは時に「自動人間」「計算機」とワトスンに呼ばれてしまうような言動をしてしまいますが、まさにこのズレが彼をそう見せているだけで、本当はホームズも、シャーロックが言葉にしてみせたような愛情を持っていたのかもしれません。

ホームズの真心は、むしろ言葉よりも態度にあらわれる、とワトスンも言っています。

私の孤独の悲哀については、いくぶんきき知っていたらしい。彼の同情は言葉よりもむしろ態度のほうにそれが現れていた。
「悲しみには仕事が最良の解毒剤だ。今晩これから二人でやれる小さな仕事がある、これが成功すれば、一人の男がこの世に生き永らえていた意義が見出せるというものだ」(『空き家の冒険』)



ここでのワトスンの「孤独の悲哀」とは、メアリとの死別を意味すると言われています。
ホームズは直接そのことには触れず、言葉による慰めではない形でワトスンを救おうとしています。
そして、ホームズがそうしようとしていることを、ワトスンはしっかりと受け止めています。

「三人ガリデブ」でワトスンが撃たれる場面、「悪魔の足」で命を助けてくれたワトスンに礼を言う場面でも、ふと覗かせたホームズの人間らしい感情にワトスンは感激しています。
シャーロックほど滔々と語る機会は「正典」中ではなかったですけれど、ワトスンもホームズの真心をよくわかっていたのでしょうね。原作にもこのように言葉にならない心の触れ合いがあったからこそ、冒頭で引用したシャーロックの言葉が生まれてきたのかもしれません。

さて、シャーロックが紹介した「血まみれの衛兵事件」で、ジョンは被害者ステッペン・ベインブリッジの命を救っています。
原作でも、事件中にワトスンに命を救われた人はたくさんいます。「フランシス・カーファックス姫の失踪」では仮死状態にさせられたフランシス姫を蘇生させていますし、「ぶな屋敷」では犯人まで救っています。
ステッペンのケースでは、そのトリックや「傷口を圧迫しろ」という台詞から、被害者がワトスンの医院に担ぎ込まれてきた「技師の親指」を思い出します。

「ほう、これはひどい!」と私は叫んだ。「ずいぶん出血したでしょう」
「ええ、かなり出ました。やられたときは気が遠くなりました。そしてだいぶながく失神していたようですが、気が付いてみるとまだ出血していましたから、ハンカチの端で手首をしばって、小枝で締めつけました」
「それはよろしかった。あなたは外科医になれますよ」
「なアに水力学の問題ですよ。私の専門ですからね」



この事件は、被害者はまずワトスンの治療を受け、それからホームズが謎を解く、という流れです。
医療行為によって救われる命もあれば、真実を解き明かすことによって救われる命もある。
二人とも、根本的には同じ行動をしているのだなあ、と再確認できます。
もちろん、戦闘や知略やおいしいごはんで人を救うこともできるわけで、シャーロックの協力者たちは、みんな似た立場にあるのですね。

(原作からの引用はすべて延原謙訳)

結婚と友情

「シャーロックのために」結婚式準備から捜査に連れ出さなきゃ、と考えるジョンと、「ジョンのために」同じことを考えるシャーロック。すべてお見通しのメアリ。
原作でも、ワトスンが仕事を投げ出してホームズとの冒険に出かけるのに、メアリは決して反対しません。

「あら、患者ならアンストルザーさんに代っていただけばいいわ。近ごろお顔の色がすこしよくないようよ。気分が変れば、きっとよくなりますわ。それにあなたは、シャーロック・ホームズさんのお仕事といえば、あんなに興味を持っていらっしゃるじゃありませんか」(『ボスコム谷の惨劇』)



世間では、夫が仕事や家庭を置いて「道楽」に出かけるのに妻はいい顔をしない、というのが定説のようで、原作でこんなに寛容なのにも関わらず、パロディなどにおいてメアリはしばしば「ホームズの敵」扱いされている気がします。
(いしいひさいち先生のメアリが強烈過ぎてそう感じるのかもしれませんが……)

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「夫を連れ出すホームズを嫌うワトスン夫人像」は、読者が「原作に書かれていないこと」を読みとった結果ですが、"SHERLOCK"ではまったく別の読みとり方をしたわけですね。
自分が女性だからかもしれませんが、私は"SHERLOCK"の解釈、すごく好きです。
原作にはたくさんの女性が登場しますが、主人公のホームズが「女は信用できない(『四つの署名』)
」と言っているにも関わらず、短所だけではなく、賢さや思い切りの良さ、信念の厚さもしっかり描かれていると思います。
メアリは、「まったくよい直覚力」「僕らの仕事を手伝ってもらってもずいぶん役に立つと思う」とホームズに評価されるほどの能力を持ちながらも、それをひけらかすことはありません。
聡明で行動力のあるヴァイオレット・ハンターや、大胆でいたずらっ気を持ったアイリーン・アドラーとはまた違うタイプで、穏やかで控えめながら、事件の展開における自分の役割を自覚し、押さえるべきところはきちんと押さえている。まぶしい太陽やきらめく星々ではなく、優しい月光のような輝きです。(そういえば現代版メアリの香水はClaire de la Lune でしたね。これ、実在の香水なのかな?と調べてみたら、似た名前の物はありました。瓶が可愛いのでClaire de la Luneも商品化してほしい!)原作のメアリも、案外ホームズやワトスンを掌で遊ばせていたのかもしれません。

結婚式準備を抜け出して(実は当事者のジョンのほうが飽き飽きしてそうなのも、なんだか面白いですね。『専門外』と言いつつ始めてしまえば徹底的に凝るシャーロックと違って、ホントに興味ないんだろうな、ジョン……)
依頼人のもとに駆けつけたものの、待機時間ができてしまうジョンとシャーロック。

ショルトー少佐がジョンの「(シャーロックの)前の上官( Previous commander)」か「元上官(ex-commander )」かで軽く揉めますが、ホームズが自分をワトスンの上官になぞらえるのは、「バスカヴィル家の犬」にもありました。ワトスンとホームズが話しているところに、ヘンリー卿が入ってくる場面です。

「ホームズさんおはよう。そうしていると幕僚をしたがえて戦略の研究をしている大将軍のおもむきがありますよ」
「その通りなんです。いまワトスン君が僕の命令を受けていたところですよ」



よく、ワトスンはホームズの「助手」と言われるんですが、全体的に見て私はこの二人に上下関係を感じません。きちんと数えたわけではないのですが、「友人」「同僚」という表現を使っていることが多いんじゃないかと思います。
上記の場面では、実際はワトスンが寝ているうちに色々報告や連絡を済ませてきたホームズがそのことをワトスンに伝えていただけで、ちょっとずれたところのあるヘンリー卿をからかった発言のようにも受け取れます。
このほかにも「突然の裁判官と陪審員ごっこ」(『アベ農園』)とかもありますけれど、まあ深い意味はないんじゃないかしら。もっとも、深層心理のレベルでは、話は別かもしれません。

近ごろ私は、ホームズにはさっぱり会わなかった。私の結婚が二人のあいだを遠ざけたのだ。私としてこのうえない幸福、はじめて一家の主人となった者が、身辺に発見する家庭中心の団欒気分は、私の心を奪いさるに十分であった。(『ボヘミアの醜聞』)

などというワトスンの述懐や、"The Hounds of Baskerville"で若い兵士に命令をして「久しぶりに上官風を吹かせた(拙訳)」と呟くジョンの表情を見ていると、やっぱりホームズ(シャーロック)といる時、ワトスン(ジョン)は自分を抑制してるんだろうな、と思えたりもします。メアリといる時は、それをしなくても良いのでしょう。

マイクロフトやハドスンさんが「結婚したら全てが変わる」と言うのに対し、ジョンとメアリは「結婚しても、自分たちとシャーロックの関係は何も変わらない」とシャーロックに訴えようとします。
シャーロックの出した結論はラストシーンで痛いほどわかるのですが、原作でのワトスンも同じように考えていたようです。

「君のお手並を拝見するのもこれが最後だと思う。モースタン嬢は僕の妻になる承諾をあたえてくれたからね」


この寿引退発言、女性ですら「結婚=仕事の引退」とはならない時代に生まれた私は、子どものころはよく意味がわからなかったのですが、よく考えてみると、この時すでにワトスンは医院開業の意志を固めていたんだろうなあ。事件の捜査をしながらも、女性を養えるような立場ではない自分を顧みては、ホームズのもとを離れて自分の力だけで生きていくことを検討してたんでしょうね。

これを聞いたホームズの方では「あの人なら、僕らの仕事を手つだってもらってもずいぶん役に立つと思う」などと若干抵抗を見せるのですが、

「それはいささか不公平のようだな。この事件はみんな君がやりあげたんだ。僕はおかげで妻まで得るし、ジョーンズは名声を博する。それで君自身はいったい何を得るんだい?」
「僕か、僕にはコカインがあるさ」



というラストシーンから見ると、最終的にはワトスンの冒険引退発言を受け容れた様子。

でも、結局「ボヘミアの醜聞」でワトスンのほうからホームズを訪れて、一緒に犯罪捜査するようになるんですよね。もちろん、今までとまったく同じというわけにはいかず、冒頭でかならずホームズが医院やメアリを気遣う様子が描かれるのですが。

結婚すると何が変わるのか、または変わらないのか。
人によっても異なることかもしれませんが、ホームズとワトスンの友情は多少形を変えつつも、根本的なところは変わらなかったようです。
シャーロックとジョンは、どうなっていくのでしょう。

(原作からの引用はすべて延原謙訳)

愛を込めてない手紙

披露宴の席順を決める、新郎新婦とシャーロック。
ジョンにいとこがいることが判明しました。原作のワトスンには、イギリスに親戚はいなかったはず。

故国にはひとりの親戚もひとりの友人をももたなかった私は、まるで空気のように自由の身であった。(『緋色の研究』)


きっと、ワトスンの式はもっと規模の小さいものだったんでしょうね。
ところで、シャーロックによればそのいとこ、どうもメアリのことが気に入らない様子。

"Second class post, cheap card. Bought at a petrol station.
Look at the stamp, three attempts at licking, she's obviously unconsciously retaining saliva."
「遅いタイプの郵便。カードは安物だ。ガソリンスタンドで買ったやつだ。
切手を見ろ、3回も舐めてる。無意識に唾までけちってるのは明らかだ。 (拙訳)」



後半はほぼ言いがかりという気もしますが……(ここの訳、ちょっと自信がないのでご教示いただけたらありがたいです。強い臭いがしたのなら、むしろ無意識にカードに唾を塗りたくったのかな?)

"Second class post"って何だろう、と思って検索してみたら、こちらにわかりやすい表がありました。

ロンドン留学センター「イギリスの郵便について」

"Second class post"だと届くまで3日。本日(2014年6月8日)のレートですと、最低料金で63円。カードならそんなに高くないでしょうから、確かにお得ですが、結婚式の招待状の返信に使ったら、失礼にあたるんでしょうか?

原作「四つの署名」でもメアリに郵便が届くのですが、こちらはガソリンスタンドで買ったカードではありません。

「はい、けさほどのことでございます。こんな手紙を受け取りましたので、そのためにこうしてご相談にあがりましたのです。まあご覧くださいませ」
「どれ、いや封筒もどうぞ。――ロンドンの南西区局の消印で七月七日付か。ふむ、男の親指の指紋が隅についている。たぶん郵便屋のだろう。最上質の用箋に、一束六ペンスの封筒だ。文房具にこる男だな。(後略)」



それにしても、ジョンとメアリが知り合ってからもそんなに長くないのですから、ジョンのいとことメアリが顔を合わせる機会も少なかったはず。ジョンのいとこがどこに住んでいるかにもよりますが……
数回会ったくらいで、あんなに人好きのするタイプのメアリを、嫌いになるものでしょうか?

いとこは女性ですから、もし妙齢の方だったら、ひょっとしたらジョンのことが好きだったりして……というのは、ジョン派の私の妄想が過ぎるでしょうか。結局トイレの近くの席にされてしまったようですが、どんな女性なのか、ドラマを観て確かめてみるのも楽しそうです。

(原作からの引用はすべて延原謙訳)

ウィリアムとヘイミッシュ

何だか順番がめちゃくちゃですが、放映日に間に合うように記事を書くのはすでに諦めたので、かねてメールをいただいている件を先に書こうと思います。 まちるださんからいただきました。お許しを得て引用させていただきます。

「三の兆候」で、ジョンがヘイミッシュという名前を嫌っていて、シャーロックに聞かれても教えなかったのはなぜでしょう。

このお話の回想シーンには、シャーロックがジョンのミドルネーム"H"がどんな名前かしつこく知りたがり、ついには出生証明書まで取り寄せる(!)エピソードがありました。
一度考え始めると解決まで止まれない彼らしい挿話ですが、確かに、どうしてジョンはヘイミッシュという名前に触れたがらないのでしょう。

まちるださんは、「スコットランド系の名前だから、オーストラリアやイングランドで育ったジョンは、この名前が原因でからかわれた経験があるのではないか」と考察されていました。
私も、短期間ですが海外にいたことがあって、イングランド、アイルランドやスコットランドの人々の、お互いへの複雑な感情はほんの少し垣間見たことがあります。まちるださんのご意見にも賛成させていただいた上で、私なりの考えを書いてみようと思います。

まず、原作のワトスンがミドルネームをHとしか発表しなかったのも理由の一つではないかと思います。
「ヘイミッシュ」は、原作でメアリがワトスンを「ジェームズ」と呼んだことから、シャーロッキアンであるドロシー・L・セイヤーズの考察によって導き出された名前です。(関連記事:『ヘイミッシュ』)
では、どうしてワトスンはミドルネームを公表しなかったのか。
ワトスンが触れたがらなかった問題はもうひとつあります。それは、自らの家族の問題です。

ワトスンは長男ではなく、兄がいて、その兄が父の名前を受け継いでいます。
この件についてワトスンは一切語っていませんが、彼が入手した古い懐中時計から、ホームズが「見破る」のです。

「ちがったら訂正してもらうとして、この時計は君のお父さんから兄さんに伝わっていたものだと思う」
「裏にH.Wと彫ってあるからだろう?」
「そうさ。Wは君の姓だ。制作日付は五十年ばかりまえで、彫り込んだ頭文字もおなじくらい古くなっている。つまりこれは、われわれの親の代の代物なんだ。貴重品というものは親から長男にゆずられるのが普通で、その長男は父親とおなじ名をあたえられていることが多い。君のお父さんはたしか、だいぶ前に亡くなったとか聞いている。だからこの時計は、君のいちばん上の兄さんが持っていたのだ」
「そこまでは間違いない。それだけかい?」
「兄さんは不精な人――ひどく不精でずぼらな人だった。いい前途をもちながら、いくたびか機会を逸し、時には金まわりのいいこともあったが、たいていは貧乏で、おしまいには酒を飲むようになって、亡くなった。わかるのはそんなところだね」


ホームズの「推理」を聞いて、珍しくワトスンは激昂します。

私はおもわず椅子からとびあがった。そして悲痛のあまり痛さもわすれて、傷ついた足でせかせかと部屋のなかを歩きまわった。
「ホームズ君、君にも似あわないね。君がそんな人身攻撃をする人だとは思わなかった。君は死んだ兄のことをかねてから調べておいて、それをいま時計でいいあてたような顔をしてるんだ。こんな古時計から読みとったような顔をしたって、誰が真にうけるもんか!あんまりだよ、はっきりいっていんちきじゃないか」
「ワトスン君」ホームズはおだやかに、「どうか許してくれたまえ。僕はこれをひとつの抽象的な問題とみて、その解決にばかり熱中したあまり、それが君の悲しい思い出にふれるということを忘れていたんだ。まったく君からその時計を僕の手にわたされるまで、君に兄さんがあるか――あったかすら、僕は知らなかったんだよ」



おそらくこの会話のほんの少し前に、ワトスンは兄を亡くしています。天涯孤独のワトスンにとって「四つの署名」は、家族の辛い思い出から始まり、メアリという新しい家族を得ることで終わるお話なんです。

ジョンの姉ハリエットも、Hで始まる名前です。ハリーとジョンの間に横たわる問題がまだ解決していないのは、ハリーが弟の結婚式に顔を見せなかったことでわかります。

つまり、Hで始まるHamishという名前には、ワトスンやジョンを父や兄、姉と結びつける意味が込められている、そして、その家族の思い出はワトスンやジョンにとって辛いものであり、親友のホームズやシャーロックにさえ、触れられたくないものである。だからワトスンはイニシャルしか名乗らないし、ジョンもミドルネームを使いたがらない。それが私なりの考えです。
ジョンの抱えている傷に関しては、過去記事でもすこし書いたことがあるので、よろしければごらんください。
→「ジョンの孤独

ここで一つ疑問が生じます。
そんなに触れたくない名前だったら、どうしてジョンは"The Scandal of Belgravia"で自ら「ヘイミッシュ」の名を持ち出したんでしょうか。

ジョンが「ヘイミッシュ」の名を出したのは、シャーロックとアイリーンが話している場面です。黙ってじっと二人の会話を聞いていて、唐突に口を出す、という感じでした。
普通に考えれば、お似合いの男女に自分の名を「赤ん坊の名前」として提案するのは「からかい」なんですが、それが本人の嫌っている名前となると、ちょっと話が違ってきます。

親友を奪われる「嫉妬」と考えられなくもないですが、ジョンがシャーロックとアイリーンの関係に対して抱く気持ちは、とても複雑だと思います。
まず、謎の着信音の正体がアイリーンからのメールだと気づいた時のジョンは、明らかに嬉しそう。これは、「椈屋敷」でホームズとヴァイオレット・ハンター嬢のロマンスを期待していたワトスンの気持ちに通じますね。
そして、メールの着信回数を数えているところからは、「好奇心」や「心配」が感じられます。
死んだと思われたアイリーンが生きていたことを知った時、シャーロックの心を弄ばれたと感じたジョンは怒ります。
それから、「ヘイミッシュ」と言い出す直前。シャーロックを頼ってきたアイリーンを見つけたジョンは、やっぱり少し嬉しそうなんです。

ジョンのアイリーンに対する感情の変遷は私の推測でしかありませんが、こうしてまとめてみると、好意のみではないにしても、悪感情とは思えない。「赤ん坊に自分の名を」という提案は、冗談ではありますが、悪意の込められたものだとは思えないのです。
ジョンらしく、公正に、そして冷静に感情を整理した上で、シャーロックとアイリーンの関係を受け容れようという意思表示がこの「ヘイミッシュ」発言だったのではないでしょうか。

そうだとしたら、シャーロックが「ジョンはヘイミッシュという名を嫌っていた」と言うのは誤解だったか、またはジョンの「ヘイミッシュ」という名に対する複雑な思いの一部しか理解できていなかった、ということになります。
シャーロックの恋を祝福する思いがジョンにあるのなら、冗談でも忌まわしい名前は提案しないはず。ジョンにとって、自分とハリー、そしてひょっとしたら父親をもつなぐ"H"のついた名前は、辛い思い出もいっぱいあるけれど、心の奥底では愛おしいものなのではないでしょうか。

もしこの「推理」が原作のワトスン夫妻にも適用できるなら、メアリがワトスンを「ジェームズ」と呼んだのは、それまでに夫婦でたくさん話し合って、お互いの(決して幸せなばかりではなかった)家庭環境で負った傷もわかり合って、そして乗り越えたからできたことではないかと思います。
「隠したくなるような、触れられたくないような傷も含めて、それぞれの過去があるからお互いの今がある」
「今まで目を背けてきた傷は、痛いだけのものではなく、家族と自分をつなぐ絆でもあった」
ワトスンにとってメアリは、そんなふうに思わせてくれた人だったんじゃないでしょうか。「唇の捩れた男」冒頭場面のこの一行からは、ワトスンがメアリの内面を深く愛していたことが伝わってきます。

悲嘆にくれる人たちは、まるで鳥が灯台へ集まるように、妻のところへやってくるのである。



現代版でのメアリとジョンも、傷だらけの過去を背負っています(メアリもまた孤児であることは、結婚式準備中の彼女自身の発言や、マグヌッセンからの祝電でわかります)。
クリスマス、メアリは初めてジョンに「過去がどうであっても、それも含めて」受け入れられます。メアリの過去がどんなものであるにしろ、きっと、この二人は乗り越えていくでしょう。原作のワトスン夫妻のように。

さて、その舞台がなぜか「シャーロックの実家」であることも見逃せません。
なんでお前まで過去さらけ出してるんだよ!……というツッコミは冗談として、この頃にはシャーロックも、「ヘイミッシュ」を隠したり、突然口に出したりしたジョンの気持ちを理解したんじゃないかなあ、と思うんです。
「僕の十字架」と言っていたはずの「平凡な」実家の温かいクリスマスに二人を連れてきたのは明らかにシャーロックの気遣いだし、何よりラストシーンでこう言っています。

"William Sherlock Scott Holmes. That's the whole of it, if you're looking for baby names."
「ウィリアム・シャーロック・スコット・ホームズ。これがフルネームだ。もし赤ん坊の名前を探してるなら」(拙訳)


このフルネームもまた、シャーロッキアンの考察…というか創作によるもの。ベアリング・グールドの書いたホームズの伝記、「シャーロック・ホームズ ガス燈に浮かぶその生涯」に出てきます。

シャーロック・ホームズ―ガス燈に浮かぶその生涯 (河出文庫)シャーロック・ホームズ―ガス燈に浮かぶその生涯 (河出文庫)
(1987/06)
小林 司、W・S・ベアリング=グールド 他

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隠していたわけではないにしても、シャーロックはまた一つ、飾らない、素のままの、名探偵ではない自分をジョンに教えたことになります。そして、ジョンがそうしたように、「子どもの名前」としてそれを提案しています。
「名前」は、家族がくれたものの象徴です。やはりシャーロックにとっても、自分の生い立ちや家族は時に疎ましくはあっても、完全に嫌えるものではないのでしょう。

「家族」には虚飾が通じません。だからこそ誰よりも厭わしく、誰よりも愛おしい人たちです。逆に言うと、他人と家族になるなら、虚飾のない関係にならなくてはならないのかもしれません。そして、もし誰かとそうなれたら、その人は家族と同じくらい近しい存在と言えるでしょう。
メアリとジョンも、シャーロックとジョンも、自分で作り上げた今の自分だけではなく、そこに至るまでの過去の自分も見せ合える、虚飾のない関係になれました。まさにこのお話が、結婚式の日シャーロックが言っていた「新しい章の始まり」なのだと思います。

まちるださん、さまざまに妄想できる、面白い問題提起をありがとうございました。
記事にするのが遅くなってしまい、申し訳ありません!

(原作の引用はすべて延原謙訳)
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プロフィール

Author:ナツミ
シャーロック・ホームズが好きです。どちらかというとワトスン君がより好きです。

ご閲覧やRSS登録ありがとうございます!まだ廃墟じゃありませんよ~!亀の歩みですが、過去の振り返りも含めてのんびり元ネタ探し続けていきたいと思います。

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