最初の挨拶
パンダとジョン

BBC制作、現代版シャーロック・ホームズのドラマ「SHERLOCK」ファンのブログです。
①正典/聖典(原作)と比較しながらドラマを観て、元ネタ探し
②ドラマでまだ出てこない原作の事件は、SHERLOCKだとどんな話になるのかな?と妄想する

…を一人で(主にトイレとかお風呂で)楽しんでいたのですが、
さまざまな方にご意見をいただけたら楽しいだろうなあ、と思って始めました。
ネタバレ満載ですのでお気をつけください!
★原作の文章を引用する際、主に新潮文庫版(延原謙・訳)を参考にさせていただいております。
★全ての記事は、推測やこじつけを基にしており、たまに妄想も入っております。ご了承の上ご利用ください。
★このサイト及び記事へのリンクは、どうぞご自由になさってください。
【お願い】 ★記事における間違いは、できる限り修正したいと考えております。お気づきの点がありましたら、ご教示いただけるとありがたいです。
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レストレードの抱擁

シャーロック生存説を唱えるアンダースンに「それはお前に罪悪感があるからだ」と厳しく指摘しながらも、延々2年も相手していたレストレード。もう部下じゃないはずなのに、つくづく面倒見のいい人ですよね。

突然姿を現したシャーロックにもレストレードは包容力を発揮し、温かく抱きしめます。シャーロックも嬉しそう。

原作ではこんな感じ。

「レストレード君ですね?」
「ホームズさんでしょう?自分で出かけてきましたよ。よくロンドンに帰ってきましたねえ、ホームズさん」
「非公式な助力も少しは必要かと思ってね。迷宮入りの殺人事件が一年に三つでは、困りますよね。しかしあのモールセイ事件だけは日ごろの君にも……いや実にお手際でしたよ」



皮肉もまじっていますが、こちらも温かい再会シーンです。

ところで、生存を知らせなかったことに怒りもせず、ただ抱きしめてくれたレストレードですが、シャーロックはジョンにもこういう反応を期待していたのではないでしょうか。ジョンに会いに行く前にも「驚かせてやろう。喜ぶだろうな」とマイクロフトに漏らしていましたし。

原作の「帰還」の場面は、ワトスンが現代版のレストレードのような迎え方をしています。
抱擁こそありませんでしたが、怒ったり責めたりする描写もありません。
ジョンは「知りたいのは、どうやって生き返ったかじゃなくて、どうしてそんなことをしたかだ」と言ってましたが、ワトスンは「どうやって生き返ったか」だけを聞きたがり、ホームズはそれに応じる形で「自分の賢さを披露する」という居心地のいい役にすんなりと返ります。

「ホームズ君! ほんとにホームズ君かい?まさか、君が生きていようとは!いったいどうしたら、あの怖ろしい深淵からはいあがれたんだい?」

「やっぱり幽霊じゃないんだね。君が帰ってきたなんて、僕は狂喜するばかりうれしいよ。まア掛けないか。そしてあんな怖ろしい断崖から落ちて、どうやって生き返れたのか、そいつを聞かせてくれたまえ」

「僕は好奇心でいっぱいだよ。説明はいまのほうがいいねえ」



先ほど「抱擁はなかった」と書きましたが、「空家の冒険」はホームズとワトスンの肉体的な接触の描写が多い気もします。

私は思わず彼の腕をしっかりつかんだ。

私はもう一度彼の腕にさわってみた。細いが筋ばった彼の腕が服の下に感じられた。

ホームズの痩せた冷たい手が私の手首を握って、ながい廊下をぐんぐん奥に引張っていった。

ホームズは私の肩に手をおいて、耳へ口をよせてささやいた。

あまりの驚きに私は思わず手をのべて、そこにほんもののホームズのいるのを確かめてみたほどだった。

とつぜん、彼は部屋の隅の暗いところへ、私を引きずりこんで、声を出すなとその手を私の唇におしあてた。



描写はありませんが、気絶してしまったワトスンを介抱したのも無論ホームズでしょうね。

挙げたうち、あとのほうのものは「張り込み」という仕事中ゆえ発生したのでしょうが、たとえば二人のどちらかがヤードの刑事と一緒に張り込んでいて、同じように触れ合ったかといえばそうでもないでしょうし、ホームズとワトスンが普段からこんなにお互いに触っていたような印象はありません。やっぱり、久しぶりに親友に会えて(しかもワトスンの場合は、相手はすでに肉体を失ってしまったと思い込んでいて)、お互いの存在が実際にそこにある、というのが嬉しかったんじゃないかなあ、と思います。
そうすると、ローラばりに夢見がちな女子としては、抱擁くらいしててもいいんじゃないかとまで思っちゃうわけですよ。時代的な背景に詳しくないので当時の男性の意識とかはわからないんですが、少なくともグラナダ版のホームズは抱擁しようとしてましたし。
ホームズが帰ってきたのが1894年、オスカー・ワイルドが投獄されたのが1895年、「空家の冒険」の発表が1903年ですよね。もしホームズとワトスンの間に、現代版シャーロックとレストレードのような「再会の抱擁」があったとしても、読者の無用な誤解を避けるためにワトスンが描写を控えた、という考え方もできますかねえ。どっかのジョンじゃないですけど……
(あー、アンダースンに"Are you out of your mind?!" とか言われそう)
同じように、ワトスンがホームズに怒りや憤りを感じていたとしても、その描写をしなかったのかもしれませんね。殴ってたりして……
「抱きしめる」と「殴る」、どちらかの反応がより愛情が深いということではなく、あり様が違うだけで、どちらも思いのこもった反応だと思います。

以前、ジョンとマイクロフトについて書いた記事で、「原作のシャーロック・ホームズ」の役割が、現代版のホームズ兄弟に少しずつ振り分けられている」というようなことを書きました。第3シリーズを観て確信を深めたのですが、さらにワトスンの役割も、少しずつレストレードやその他の人々に振り分けられていると感じています。今回とりあげたレストレードの反応は、その好例ではないでしょうか。
原作の「最後の事件」にはレストレードやハドスンさんは登場しませんが、現代版のジムはジョンだけでなく、ハドスンさん、レストレードもシャーロックの親しい友人として同等に扱っています。原作と現代版、それぞれの登場人物たちの、役割の違いを追っていくのも面白いと思います。

(※原作からの引用はすべて延原謙訳 『空家の冒険』より)
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失礼な説明

"I won't insult your intelligence by explaining it to you."
"No, please, insult away."
「いちいち説明して、君たちの知性をバカにすることもないだろう」
「いやいや、 どうぞどうぞ」 (拙訳)



このやりとり、原作でもどこかでしてたなあ、と思ったのですが、とりあえず「赤髪組合」「三破風館」で見つけました。

「ふうむ!ではかぎタバコのことは?フリーメーソンのことは?」
「それを詳しく申しあげるのは、賢明なるあなたにたいして、かえって失礼にあたりますから、控えておきましょう。(I won’t insult your intelligence by telling you how I read that)ことにあなたが現に、弧とコンパスの元部長章を胸におびていらっしゃることなどは、厳格であるべきフリーメーソンの規則にちと違反していらっしゃるらしく思いますからね」(『赤髪組合』)



「説明の必要はないでしょう、マダム。明敏なあなたには説明などかえって失礼かと――。もっとも正直に申せば、その明敏も近ごろはすっかり怪しくなったと思いますけれどね」(『三破風館」)



いずれも、依頼人や関係者に対してのセリフです。ワトスンや刑事たち相手にもあったと思うのですが……見つかり次第、追記していこうと思います。
【追記:2014.5.31】「悪魔の足」にワトスンに対しての台詞がある由、RMさんに教えていただきました。コメント欄をご覧ください。

それにしても「(こんな簡単なこともわからないはずがないので)失礼にあたるから説明しない」という宣言自体が失礼なのに、さすがレストレード。シャーロックへの耐性が半端ない……

【事件の重要なネタバレ】スマトラ通り

側線のある古い駅を特定しようとするシャーロック、ジョン、シリコット君。

"St Margaret Street, Bridge Street, Sumatra Road, Parliament Street..."
「セント・マーガレット・ストリート、ブリッジ・ストリート、スマトラ・ロード、パーラメント・ストリート…」



googleで地図検索すると(いい時代に生まれた!)、すべてロンドンに実在する通り。



でも、他の3本はちゃんとウェストミンスター宮殿周辺にあるにも関わらず、問題の「スマトラ通り」だけちょっと遠いですね。違ったらご指摘いただきたいのですが、おそらく、スマトラ通り下にある廃駅が実在しないので、この通りだけはフィクションなのではないかと思います。



ではなぜ「スマトラ通り」が問題の場所として選ばれたのか。
これは前々からアナウンスされていたこのお話のキーワード、"rat"に関わるのだと思います。

ドラマの中で、「ネズミ」という言葉はシャーロックが「指標」にしている人々を表します。
船が沈没する前にネズミが逃げ出すように、彼らのいずれかに動きがあると、何かが起こるはず。
その中でも、モラン卿は一番の「大ネズミ」です。

後ほど「キャラクター」カテゴリで詳しく書きたいと思いますが、原作ではモリアティの右腕で、退役した元英国軍大佐。
射撃の名手で、猛獣狩りの名人でもあります。特に虎射ちでは有名なようです。
ワトスンと同じくアフガニスタンにいたのですね。ワトスンも虎の子を撃ったことがありますが(『四つの署名』)、「スマトラ」と関連づけられたのは、インドネシアのスマトラにも虎がいることからの連想でしょうか。(Wikipedia:『スマトラトラ』)

原作で「スマトラの大鼠」といえば、「語られざる事件」。

「マティルダ・ブリッグスといったって若い女の名じゃないぜ、ワトスン君」ホームズは古いことを追想しながらいった。
「スマトラの大ねずみに関係のある船の名なんだ。この話はまだ世間に知れ渡っていないがね。(後略・『サセックスの吸血鬼』延原謙訳)」



原作での言及はたったこれだけなので、マティルダ・ブリッグズ号とスマトラの大ねずみについては想像するしかないのですが。
現代版では、実在する動物ではなく隠語として解釈したようです。「実在しない動物」が「実在しない通り」の下で蠢いていると考えると、なんとも不気味な感じですね。
マティルダ・ブリッグス号事件を元ネタにした事件を、シャーロックとジョンも経験しているようです。
(関連記事:『ティリー・ブリッグズ号の語られざる事件』)

【事件の重要なネタバレ】消えた車両

事件の真相にたどりついたシャーロック。

I've been an idiot, a blind idiot!
「僕は大バカだった! 何も見えていなかった!」



時代のモラルが許せば、後半も延原先生風に訳してリズムを整えたいところですが……
まあそれは置いといて、(本人としては)時間をかけて真相にたどり着いたホームズが、こんなふうに自嘲する場面はいくつかありますね。

ホームズは驚いてヒュッと口笛を鳴らした。「こんどはワトスン君、僕のことを馬鹿と書いてもいいよ。こんな獲物が網にかかろうとは思いもしなかった」(『ブルース・パティントン設計書』)



「(前略)ワトスン君、いま君の鼻先にいるのは、ヨーロッパ一のとびきりの大馬鹿者だという気がするよ、僕は。ここからロンドンのチャーリング・クロスまでひと思いにけとばされたって、文句のいえないような大馬鹿だったんだ。しかしこんどこそは、どうやら解決の鍵を握ったつもりだよ」(『唇の捩れた男』)



「ねえワトスン君、きみは気ちがいか馬鹿か、正気を失った男と一つの部屋に眠るのはいやかい?」(『恐怖の谷』)


(引用はセーフかな……)
思いつくままに挙げてみましたが、結構ありますね。「そのものズバリ(目●●の大馬鹿)」もどこかにあったかしら。
一見自虐的ですが、ホームズがこう言う時は推理に確信を持ってるので、「一旦落としてアゲる」というテクニックを伴った自分褒めバリエーションの一つと考えてよいと思います。(最後のなんか、高度すぎてワトスンに通じてないですけど……)

ここからネタバレです。
シャーロックのたどり着いた真相とは、消えた地下鉄車両に爆破物が仕掛けられているということ。
使われていない引き込み線を利用したトリックは「消えた臨急」ですね!

長編4編、短編56編からなる「シャーロック・ホームズ」シリーズ。
熱心なファン(シャーロッキアン/ホームジアン)たちは、これを聖書 になぞらえてcanon(正典/聖典)と呼びますが、「正典」に対する「外典」も存在します。
詳しくはリンク先をごらんください。
コナン・ドイルの小説として発表されていて、ホームズらしき人物が登場するにも関わらず、はっきりホームズの名が出てこない「消えた臨急」「時計だらけの男」もそれにあたります。


ドイル傑作集 1 ミステリー編 (新潮文庫 (ト-3-11))ドイル傑作集 1 ミステリー編 (新潮文庫 (ト-3-11))
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コナン・ドイル

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どちらも「ドイル傑作集」 に収録されていますが、「正典」に比べると本屋さんで見かけづらいかもしれません。「青空文庫」にもありますので、リンクを貼らせていただきます。

「臨時急行列車の紛失」 新青年編輯局訳

お金を出せば臨時特急を出してもらえる、というのは過密ダイヤの現代日本ではちょっと想像しにくいですが、その料金もわかって興味深いです。
「ホームズらしき人物」と「モリアーティらしき人物」の存在に気付かれたでしょうか。
この二人がホームズとモリアーティだというはっきりした証拠はないのですが、「最後の事件」でモリアーティは「特別列車」を仕立てていますよね。

「ほら、もう来たぜ」
はるかの森かげに一団の黒煙が現われたと思うと、みるみるそれは近く大きくなり、一分後には一輛の客車をひいた機関車が、カーヴにのって突進してくるのだった。いそいで荷物の山へ身をかくすのとほとんど同時に、特別列車はすさまじい轟音をたてて、熱気を吹きつけながら通過していった。
「乗っているぜ」列車がポイントでひどく動揺するのを見おくりながらホームズがいった。



この2編は1898年に「ストランド・マガジン」に発表されています。「最後の事件」の発表年は1893年。
長編「バスカヴィル家の犬」の連載は1901年8月号から1902年4月号にかけてでした。
ホームズが帰ってくる「空家の冒険」の発表は1903年。(Wikipedia:『シャーロック・ホームズの帰還』より)

物語の中での年表上は「最後の事件」より前に発生した事件ですが、当時の(現実の)読者の気持ちになってみれば、この事件もある意味『#SHERLOCKLIVES』≒『空っぽの霊柩車』の一環だったわけですね。現代版ドラマのスタッフが、このタイミングで事件の大きな「元ネタ」にこの短編を持ってきたのには大きくうなずけます。

(※原作からの引用はすべて延原謙訳)

17段の階段

「元ネタ」探し好きとして、第3シリーズで一番うれしかった場面。

晴れた朝、お茶の道具を持ったハドスンさんが、221Bの階段を一段一段登っていきます。
思わず息をひそめてその歩数を確認すると……17段!

ひょっとしたら今までも確認できたのに、ぼーっとしてる私が見逃してただけかもしれないのですが、この場面ではハドスンさんがゆっくり上ってくれたので、「段数」が確認できて本当にうれしかったです。

「推論の根拠を聞くと、いつでもばかばかしいほど単純で、僕にだってできそうな気がするよ。それでいて実際は、説明を聞くまでは何が何だかわからないのだから情けない。眼だって君より悪くなんかないつもりなんだがねえ」
「それはそうさ」とホームズは巻きタバコに火をつけて、肘掛椅子にどかりと腰をおろしながらいった。「君はただ眼で見るだけで、観察ということをしない。見るのと観察するのでは大ちがいなんだぜ。たとえば君は、玄関からこの部屋まであがってくる途中の階段は、ずいぶん見ているだろう?」
「ずいぶん見ている」
「どのくらい?」
「何百回となくさ」
「じゃきくが、段は何段あるね?」
「何段?知らないねえ」
「そうだろうさ。心で見ないからだ。眼で見るだけなら、ずいぶん見ているんだがねえ。僕は十七段あると、ちゃんと知っている。それは僕がこの眼で見て、そして心で見ているからだ。(後略・『ボヘミアの醜聞』延原謙訳)」



現代版ではジョンの結婚式の朝ですが、原作では、ワトスンの結婚後会っていなかったホームズとワトスンが久しぶりに再会する場面。おそらく、221Bに戻ってくるのも、結婚以来初めてでしょう。
ホームズは、ワトスンとメアリの結婚をどう思っていたのか、二人の結婚式には出席したのか、後ほど記事を改めて考えてみたいと思いますが、この場面では二人がそれぞれに、すこし感傷的になっているように見えます。
シャーロックが感傷的になっているのは、ハドスンさんの話への反応からも、空っぽになったジョンの肘掛け椅子を見やる様子からも見て取れます。

私はまだ結婚したことがないのですが、仮に結婚したとして、しばらくぶりに実家に顔を出したら、椅子とか、階段とか、何気なく使っていたものの一つ一つを懐かしく感じるのではないかなあ。もし、一緒に暮らしている人が家を出て行ったら、戻ってきたときには同じように感じてほしい、とも思います。
ワトスンと一緒に暮らしていた7年もの間、一度も触れることのなかった「階段の段数」にホームズが急に言及したのは、ひょっとしたらそういう心理が働いているのかもしれません。彼が私と同じようにセンチメンタルな人間だとは思いませんが……
現代版の方では、221Bの階段や部屋の様子を丁寧に映し出すことで、穏やかな、晴れ晴れとした、でもすこし寂しい朝を表現しています。
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プロフィール

Author:ナツミ
シャーロック・ホームズが好きです。どちらかというとワトスン君がより好きです。

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