最初の挨拶
パンダとジョン

BBC制作、現代版シャーロック・ホームズのドラマ「SHERLOCK」ファンのブログです。
①正典/聖典(原作)と比較しながらドラマを観て、元ネタ探し
②ドラマでまだ出てこない原作の事件は、SHERLOCKだとどんな話になるのかな?と妄想する

…を一人で(主にトイレとかお風呂で)楽しんでいたのですが、
さまざまな方にご意見をいただけたら楽しいだろうなあ、と思って始めました。
ネタバレ満載ですのでお気をつけください!
★原作の文章を引用する際、主に新潮文庫版(延原謙・訳)を参考にさせていただいております。
★全ての記事は、推測やこじつけを基にしており、たまに妄想も入っております。ご了承の上ご利用ください。
★このサイト及び記事へのリンクは、どうぞご自由になさってください。
【お願い】 ★記事における間違いは、できる限り修正したいと考えております。お気づきの点がありましたら、ご教示いただけるとありがたいです。
★コメントを歓迎しております。初めてコメントくださる方は、こちらの記事をご一読いただければ幸いです。
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#SHERLOCKLIVES

★そろそろ、第3シリーズのネタバレ要素が多くなってきております。
放映まで物語の内容に触れたくない方はご注意ください。


先日、ジョンのブログ再開に関する記事でYOKOさんのコメントへのお返事に
「(S2E3の終了時点でシャーロックの生存がわかっていたので)ファンがBBCにメールをしたり、喪章を付けて歩いたりする必要がなくてよかった」というようなことを書きましたが、これは、原作もお好きなYOKOさんに向けて、「最後の事件」でホームズが「亡くなった」時の読者の反応のことを意識してのことでした。
当時の「ホームズ」ファンの反応について、「最後の事件」のwikiから引用します。

『ストランド・マガジン』に「最後の事件」が発表され、ホームズの死が明らかになると、世間は大騒ぎとなった。ホームズの死を悼んで外出の際に喪章を着けた人々がいたこと、20000人以上の読者が、続けていた『ストランド・マガジン』の予約購読を取り消したこと、ドイルに対して抗議や非難・中傷の手紙が多数送られたことなどが知られている。ドイルは後に、自分が現実で殺人を犯した場合でも、これほど多数の悪意に満ちた手紙を受け取ることはなかったはずだと記している。
ホームズの死は他の雑誌でも取り上げられた。『スケッチ』では「悲劇的な死」と評され、『パンチ』では目撃証言などホームズの死を確認できる証拠がないという指摘がされた。『ストランド・マガジン』を創刊したジョージ・ニューンズは、雑誌の売り上げに大きな影響を与えることから、株主に対して「とんでもない出来事」と話している。
「最後の事件」発表後、ドイルは読者や出版社からホームズを復活させるよう幾度となく要望されることになる。しかし、ドイルは長期間にわたりこの要望を拒絶し続けた。やがて様々な要因からドイルはシリーズの執筆を再開することになるが、ホームズが再登場した1901年の長編『バスカヴィル家の犬』は、「最後の事件」より前に発生した事件だった。ホームズが本当に「復活」するのは1903年の短編「空き家の冒険」で、「最後の事件」の発表から9年と10ヵ月が経過していた。



ところが、その直後に第3シリーズのトレイラーを見て、自分がとんだ思い違いをしていたことに気がつきました。



シャーロックの「復活」に際して、世間が大騒ぎしなくて済んだなんてとんでもない!
BBCは、世界中の「実在する」SHERLOCKファンを巻き込んで「ホームズ死亡→復活」当時の熱狂を21世紀に再現するという、一大プロジェクトを起こそうとしていたのですね!

もちろん、世界中のファンが実際に「#sherlocklives」のハッシュタグを使って動き出します。
さらに、メインスタッフのマーク・ゲイティス、スー・バーチューなどから「明日の朝、ベーカーストリートやガウアーストリート、バーツなどにある車両が現れる」という趣旨のツイートが。

そして予告どおりに、ロンドンの街に現れた車。



第3シリーズ1話のタイトルになっている"The Empty Hearse"!
この車の登場で、ひっぱりにひっぱった「第3シリーズ放映開始日」がついに発表されるという凝りよう!
もう、スタッフにはこの言葉を贈るしかないですよね!心からの賛辞として!

「(前略)ワトスン君はよく知っていますが、私はとかく芝居がかりにやらないじゃいられない癖があるもんで……(海軍条約文書事件・延原謙訳)」




きっと、この他にも取りこぼしている情報がたくさんあると思います。
このブログはあくまで原作との比較がテーマなので、最新情報は知らなくても別にいいや、というスタンスでやってきたのですが、この「究極の原作リスペクト」には、できるだけしっかりついていかなくては!

「作る人」もまたホームズの「ファンである」ということを、しみじみと思いました。
そして、提供側のプロモーションとファンによる口コミの広がりがソーシャルネットワークによって地続きとなっていることや、ただ「作品を見せる」「見せられるのを待つ」だけではない、製作者と視聴者の双方向的な関係に、「現代」らしさを感じます。
過去にも何度か「作品に対する現実の読者の反応が、物語に取り入れられている」例を挙げましたが(関連記事:「ヘイミッシュ」ビリーは二人いる」など)、この作品が、ホームズ物語の舞台を現代に移しただけのものではないこと、ヒット作としてシリーズを重ねてなお、わくわくするような趣向が随所に仕掛けられていることにも、ひたすら感心させられます。
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再開と再会

実はついさっきまで別の記事を書いていたのですが、急遽差し替えます!

ジョンのブログ、再開していますね!

「シャーロック・ホームズの冒険」「シャーロック・ホームズの思い出」に収録されている短編群(『ボヘミアの醜聞』~『最後の事件』)がホームズの失踪中(ワトスンにとっては、ホームズの死後)に発表されたものであるということには、以前の記事で触れました。(関連記事:『不名誉と友情』)あと、長編ですが「バスカヴィル家の犬」もですね。

このうち、ワトスンがホームズの「死」に触れているのは「最後の事件」だけです。
「最後の事件」の発表は1893年12月。「空家の冒険」によれば、ホームズがロンドンに帰ってきてワトスンと再会するのは、1894年4月。たった4ヶ月しか間が空いていないんです。
「空家の冒険」で、ホームズはワトスンの作品を読んでいた様子がうかがえます。すぐ隣の国・フランスにいたホームズは、ワトスンのモリアティ教授の兄弟に対する怒りや、親友を喪った悲しみが今なお生々しいことを、「最後の事件」を読んで思い知らされたのではないでしょうか。また、まるでモリアティの残党を挑発するかのようなワトスンの文章に、友の身を案じたのかもしれません。表向きにはアデヤ卿事件が引き金となって「モリアティの残党を捕らえる準備が整ったから戻ってきた」ということになっていますけれど、あまりにもタイミングが良すぎるような気がしてしまいます。

そして、シャーロックも今日のこの更新(日付は4月ですけど…)世界のどこかで読んでいるんですよね。生まれる100年以上前に書かれた原作を読んでいた時はありえなかった、このリアルタイム感覚!ぞくぞくしてしまいます。(とか言って、更新久しぶりすぎて読んでなかったりして…RSS登録くらいしといて!シャーロック!)

では「最後の事件」冒頭とジョンのブログの記事を比較してみたいと思います。

It feels odd. Coming back here. This blog. It's taken me about a week to write this. I kept coming back. Deleting bits. Adding bits. The thing is, I'm not an emotional person. I'm emotional, obviously. I have emotions but I don't embrace grief. I guess I'm very British.

ここに…このブログに戻ってきたのは、なんだか変な感じだ。これを書くのに1週間はかかってる。書いては消したり、また少し書いたり。僕は感傷的なタイプじゃないけど、今はそうなってる、明らかに。でも、悲劇のヒーローを気取るつもりはない。我ながら、いかにも英国人って感じだ。

I don't like to talk about it.
But I've been told that I should talk about it. That if I don't talk about it I'll be how I was pre-Sherlock. And I can't go back to that. I've a life now.

あのことについては、話したくはない。
でも、話すべきだと言われ続けてきた。もし話さなかったら、シャーロックと出会う前の自分に戻ってしまうと。そうなるわけにはいかない。いま僕は生きているんだから。(拙訳)



この後、ジョンはシャーロックが「本物」であったと信じているが、一方でシャーロックの死を現実として受け容れていること、すでにシャーロックとの時代は終わり、前に進まなければならないのだと述べた上で、過去に書き溜めた記事や写真のいくつかを投稿することを宣言します。

この辺りは、ワトスンが「ボヘミアの醜聞」以下の短編を発表し続けたことと呼応していますが、ホームズ(シャーロック)の死に触れる順番が違いますね。ワトスンは、ホームズの死には一切触れずに作品群を発表したあとで、モリアティの兄弟に触発されるかたちで「仕方なく」ホームズの死を綴っています(※いつものごとくドイル先生の事情はちょっと置いといてください)。

シャーロック・ホームズの世に卓絶する不思議な才能を記録する最後の物語を書くため、このペンをとるのは、私にとって心おもき業である。支離滅裂な、ほんとに回らぬ筆をもって私は、「緋色の研究」時代に偶然彼と知り合ったころから、最後の「海軍条約文書事件」にいたるまで―これは面倒な国際関係の紛糾を未然にふせぎえたものと信じているが―彼とともになし得たかずかずの経験を伝えることに努めてきた。私はこの種の物語のペンを以上でとめておき、その後私の生活に空虚を生じたまま、二年後の今日にいたってもなお満たされないでいるところの、あの事件には口を閉じているつもりだった。
けれども最近ジェームズ・モリアティ大佐の書いた死んだ弟の名誉を支持しようとする二、三の文書は、私の出馬を強いた。かくなるうえは私もペンをとって、あるがままの事実を公表せざるを得ないのである。事件の絶対的真相を知るものは私だけである。私としてはこの真相を秘しておいても、もはや何の役にもたたない時節の到来したことを満足に思う。(空家の冒険)



ジョンの場合、シャーロックの名誉が傷つけられるタイミングが早かったのと、それが世間を大きく騒がせたのでちょっと状況が違いますが、ブログ再開の最大の動機は「過去にけりをつけ、新しい人生を始めよう」と思い立ったことのようです。
おそらくそのきっかけは、さっそくコメントを寄せてくれている友人たちの励ましと、同じくコメント欄でジョンへの思いやりを見せている「ある女性」。
なんと、わたしたち視聴者の見えないところで、既に彼女に出会っていたのですね!

原作で、ホームズの「死後」のワトスンに訪れたのは、彼女との「出会い」ではなく「別れ」でした。ホームズもそのことをちゃんと知っていて、再会時にあたたかく励まします。

私の孤独の悲哀については、いくぶん聞き知っていたらしい。彼の同情は言葉よりもむしろ態度の方にそれが現れていた。
「悲しみには仕事が最良の解毒剤だ。今晩これから二人でやれる小さな仕事がある。これが成功すれば、一人の男がこの世に生き永らえていた意義が見出せるというものだ」(空家の冒険)



そして、結婚のため221Bを出ていたワトスンは、またホームズとの生活を再会するのですが、現代版はあえて真逆を行くのでしょうか。ワトスンにとっての終わりが、ジョンにとっての始まり。ワトスンにとっての別れが、ジョンにとっての出会い。だからといって、ワトスンは悲しんでいるばかりでもなかったのかもしれません。この悲しい話を書くことで、「ホームズとの時代」を終え、新たな人生を歩もうとしていたのかもしれません(実際、アデヤ卿事件では、ホームズのやり方を思い出しながら、なんとか自分で事件が解決できないかと頑張っていますよね)。
同じように、ジョンが悲しみから完全に立ち直っているわけでもありません。でも、生きているならとにかく前に進まなければならない。彼の言葉を借りれば、"And that's what life is." それが人生と言うもの、なのでしょう。

いろんな意味で気になる第3シリーズです。とりあえずシャーロックには、一刻も早く帰ってくることをお勧めします(言われなくても本人が一番焦っているでしょうが…)。

(原作からの引用はすべて延原謙訳)

続きはまた今度

前回の記事の「予告」からだいぶ間が空いてしまいましたが、予告を滅多に守らなかったワトスンをリスペクトしているだけで決してさぼっていたわけでは…あります。midoriさま、申し訳ありません。
midoriさんのメールでのご指摘とは、こんな一言でした。

「次のエピソードはチャイナ系!て振りもあったのかな」



確かに、"SHERLOCK"には次のエピソードへの「引き」があることが多いです。色々な意味でインパクトの強かった、第1シリーズ3話→第2シリーズ1話のつながりは有名ですが、そのほかにシリーズ2・2話の最後にモリアーティの独房が映し出されたり、シリーズ2・3話の最後の最後で大事なことが明かされたり。
シリーズ1・2話の「引き」はシャンとモリアーティーのやりとりかと思っていましたが、「シャーロックが読んでいる新聞にコニー・プリンスの記事が載っている」と以前メールで教えていただいて、目からウロコでした。
綺麗に終わっているシリーズ1・1話とシリーズ2・1話には「引き」はないように思えたんですが、こんなところがつながっていた、と思うと楽しいですね。
同じ話の中ではありますが、"The Great Game"でジョンがサラのフラットにいる場面では、ベーカー街の爆発のニュースの前に「フェルメールの名画発見」のニュースが流れているのも芸が細かいと思いました。

原作では、ワトスンが「こんな事件も、こんな事件もあったのだが、今日はこの事件について書く」という書き始め方をすることが多いので、たくさんの「予告」があるように見えるのですが、実際にその事件の記録が発表されたことはめったにありません。
数少ない例外として、「第二の汚点」事件の記録は「海軍条約文書事件」と「黄いろい顔」で言及された後に発表されています。この、何度も出てくる事件名"The Adventure of the Second Stain"は、なんだか語呂がよくてかっこいいですよね。単に音が似てるだけですが、ジムが"Stayin' Alive"を聞いている場面では、なんとなくこの事件を思い出しちゃいます。
それと「花婿失踪事件」についても、「メアリー・サザランド嬢の持ち込んだちょっとした簡単な事件」として「赤髪組合」でホームズが口にしていますね。他にもあったら教えていただけたらうれしいです。

「語られざる事件」以外で"SHERLOCK"の「引き」に近い例といえば、「恐怖の谷」で出てくるモリアーティの影、ではないでしょうか。
"SHERLOCK"では第1話で既にモリアーティの名前が出てきて、シリーズを通してその存在をちらつかせています。対して原作では「最後の事件」で唐突に現れて、ホームズと対決することになります。
これは、モリアーティが「ホームズシリーズを書くのをやめたかったドイルが、ホームズを葬り去るために作ったキャラクター」であるという裏事情を考えると仕方ないことかもしれませんが、グラナダ版シリーズのスタッフもこの唐突さが気になったようで、「最後の事件」のひとつ前の放送回「赤髪同盟」では「モリアーティが影で糸を引いていた」という設定になっています。
「恐怖の谷」は、「最後の事件(1893年発表)」よりもずっと後(1914年~1915年)に発表された事件。時代を遡って「打倒モリアーティ」に燃える若き(?)ホームズの姿が見られるのは嬉しいですけれど、「最後の事件」ではワトスンがモリアーティの名を「聞いたこともない」と言っているので、ちょっと矛盾しちゃってるのが残念ですね。ここら辺、現代版では合理的な説明をしてくれるのではないかと思っていたのです(ジョンの負傷箇所の矛盾をみごと解決したように)。せっかく『モリアーティ』の名をジョンのいない場所で明かしたので、ジョンに対しては偽名で通す(シャーロックとジョンで、違う情報を持っている)という趣向もできたのではないかと思うのですが、続きの製作が不確定なシリーズものでは、難しいかもしれませんね。
何よりも、そうするとシャーロックとジョンが「一緒に戦っている」という感じが薄れてしまうので、やはりあれで良かったのかも。
むしろ、原作のワトスンのほうが「実はずっとモリアーティとホームズの確執を知っていたが、思いがけない形でその顛末を発表するにあたって、読者への説明をスムーズにするために自分は知らなかったという設定にした」と考えるほうが良いのかもしれません。

なお、wiki(英語)によると、モリアーティの名前は「空家の冒険」「ノーウッドの建築士」「スリー・クオーターの失踪」「高名な依頼人」「最後の挨拶」などに出てくるそうです。いわゆる「外典」にあたる「消えた臨時列車」でもその存在を感じさせます。
大部分は「死後」ではありますが、シリーズを通して大きな存在感を持ち続けるキャラクター、といえます。ジムもそうなるのでしょうね。

(原作からの引用はすべて延原謙訳)
プロフィール

Author:ナツミ
シャーロック・ホームズが好きです。どちらかというとワトスン君がより好きです。

ご閲覧やRSS登録ありがとうございます!まだ廃墟じゃありませんよ~!亀の歩みですが、過去の振り返りも含めてのんびり元ネタ探し続けていきたいと思います。

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