最初の挨拶
パンダとジョン

BBC制作、現代版シャーロック・ホームズのドラマ「SHERLOCK」ファンのブログです。
①正典/聖典(原作)と比較しながらドラマを観て、元ネタ探し
②ドラマでまだ出てこない原作の事件は、SHERLOCKだとどんな話になるのかな?と妄想する

…を一人で(主にトイレとかお風呂で)楽しんでいたのですが、
さまざまな方にご意見をいただけたら楽しいだろうなあ、と思って始めました。
ネタバレ満載ですのでお気をつけください!
★原作の文章を引用する際、主に新潮文庫版(延原謙・訳)を参考にさせていただいております。
★全ての記事は、推測やこじつけを基にしており、たまに妄想も入っております。ご了承の上ご利用ください。
★このサイト及び記事へのリンクは、どうぞご自由になさってください。
【お願い】 ★記事における間違いは、できる限り修正したいと考えております。お気づきの点がありましたら、ご教示いただけるとありがたいです。
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シャーロックと子ども

ジョンのブログでも「12歳の子どもみたい」と言われてしまっているシャーロックですが、今回は「シャーロック子ども」ではなく、「シャーロック子ども」です!
原作、現代版それぞれでの「子ども」との接触を見ていこうと思います。

原作に出てくる「子ども」で一番有名なのは、ベーカー街遊撃隊(Baker Street Irregulars)ですね。(延原訳では『探偵局のベーカー街分隊』『ベーカー街特務隊』
自分では入り込めないような場所も含めロンドンをくまなく捜査させるために、ホームズが雇った孤児たちです。リーダー格の少年の名前はウィギンス。
ホームズに雇われた少年たちには、「マザリンの宝石」などに出てくる給仕のビリーや、「バスカヴィル家の犬」でホームズの手助けをしたメッセンジャーのカートライトもいます。それぞれの現代版での役割については、以下の関連記事をご参照ください。 「ビリーは二人いる」「バスカヴィル~の人々
それぞれホームズに才能を認められて、報酬をもらって働いているのですが(加えて交通費などの必要経費も払われています。目的のものを探し当てた者には、成功報酬もあったようです)、どの少年もホームズを深く尊敬し、仕事の内容に興味と誇りを持っているようです。ちょっと、スカウト風景も見てみたかった…(ビリーを雇い入れたのは、あるいはハドスンさんかもしれませんけど)。
母親から情報を得るために、子どもに優しく話しかける場面はありますね。

「坊やはいい子だねえ。おじさんが何をあげよう?」(『四つの署名』)



…今、ここだけ抜き出すと不審者そのものですけど……結果的にお母さんへの聞き込みに成功してるので、結構いい感じの紳士ぶりだったんじゃないでしょうか。

「プライオリ学校」のように、被害者としての子どもに関わる事件もあります。
「サセックスの吸血鬼」では、「吸血鬼」の被害にあった形跡のある赤ん坊を見て事件の全容を察したホームズが、こんな風に一人ごちています。

「バイバイ、ぼうや。あんたの人生行路もずいぶん妙なスタートを切ったものだな」



この台詞には、ちょっとしたひっかかりを感じます。
先に引用した「四つの署名」で子どもを利用して聞き込みする場面では、必要があって「子ども好きの良い紳士」を演じていたわけですが、この台詞には、誰かに聞かせるつもりはないようです。ふと漏れ出たホームズの本音なのではないかしら。
文化的な違いもあるかもしれないですが、この台詞、赤ちゃんに話しかけるものとしてはちょっと珍しくありませんか?まるで、大人に言っているかのよう。先ほどの「いい子だねえ」と比べると、「本音のホームズ」は「演技しているホームズ」と違って、赤ちゃんを人として対等に見た上で、同情を寄せているからではないでしょうか。

ここで思い出されるのが、「椈屋敷」で郊外に向かう列車の中でのワトスンとの会話。

「君はこういうことに気がついているかい。僕のような傾向をもつ男には、何を見ても自分の専門にむすびつけて考えないじゃいられないという精神的苦痛のあることを?君はこうした農家の点々としている景色を見て、美しいと感嘆している。だが僕にとっては、こういう景色を見ておこる感じは、家のちりぢりにはなれていることと、したがって人知れず罪悪が行われるだろうということだけなんだ」
「驚いたな。このふるい農家が点在するのを見て犯罪を連想するやつがあるもんか!」
「ところが僕にはいつでも一種の恐怖なんだ。僕は自分の経験に照らして信じているが、美しく平和そうな田園というやつは、ロンドンのどんなに卑しい裏町にもまして、怖るべき悪の秘密をひめているものだよ」


「ギリシャ語通訳」で「僕の先祖というのは代々いなかの大地主だったのだが、みなその階級にふさわしい大同小異の生活をしていたらしい」と語っていることから、ホームズ自身も、郊外の邸宅で生まれたと考えられています。その家庭で、マイクロフト・シャーロックの兄弟が女性に関心を持たず、独身主義でいることに関わるような「何か」があったのではないか、と推測する人は少なくありません。

原作でのホームズが、少年たちを捜査のために「使っていた」ことは、今の感覚で見るとあまり気持ちの良いことではないかもしれません。しかし、当時の労働階級の子どもたちには現実問題としてお金が必要でしたし、おそらくはもっと理不尽な、非人間的な扱いで働かされることも少なくなかったと思います。
ホームズに雇われた子どもたちは、やる気満々、生き生きと働いていますが、その理由としては、労働条件が良かったことも、仕事の内容が面白かったこともあるのでしょう。しかし、何よりも「安い労働力として利用する」のではなく、能力や特性を認められた上で、一人の人間としてホームズに選ばれたということに誇りを持っていたのではないでしょうか。
それは、初めて会った赤ちゃんにも対等な人間としての感慨を持つホームズだからできることです。
少年時代の彼が大人からどんな風に扱われていたのか、私たちには想像することしかできないのですが、個人的な感覚として、この時代のヨーロッパでは「きちんとした」家庭であればあるほど、男性には男性の、女性には女性の、そして子どもには子どもの「役割」を求められたような気がします。
ホームズに弟妹がいるという描写はないので、7歳年上の兄のマイクロフト、両親や祖父母、使用人たちという家族構成だったと仮定すると、彼はいつも一番年少の「子ども」という役割を強いられていたのかもしれません。そうだったとしても、卓越した頭脳の持ち主である彼がそのことをどう考えていたか、また、その子ども時代が幸せなものだったかどうか、誰にもわかりませんが。
記録からわかるのは、大人になった彼が自らの子どもを持とうとしなかったこと、そして、子どもに対しても大人に対しても、分け隔てのない人間だったということです。

現代版ではどうでしょう。
原作のホームズの年齢が20代終わりから60歳過ぎまでと幅広いのに対し、現時点でのシャーロックはまだ若いですよね。大学時代の友人・セバスチャンと「8年ぶり」に会っていることから、彼の年齢は、広く見積もっても20代終わり~30代前半と思われます。とりあえず、彼から見た「子ども」は20代前半から下、としておきましょう。

ベーカー街遊撃隊こそないものの、シャーロックには街のあちこちに仕事を助けてくれる人たちがいます。彼らがシャーロックに向ける親愛と信頼は、原作の少年たちがホームズに向けていたそれに劣りません。
ナショナルギャラリーの壁に芸術的な(?)落書きをしていたラズとの付き合いは長そうですね。はっきりした年齢差はわかりませんが、ホームレスのネットワークを束ねていると思われるお姉さんもいます(…しかし、よく考えると、シャーロックが偽探偵じゃないって証明できる人は結構いそうだよなあ)。

被害者との関わりに目を向けてみると、モリアーティに利用された子どもたちもいますね。
シャーロックと接触があったのは、"The Great Game"の「5つめのゲーム」で人質になった男の子と、"The Reichenbach Fall"で誘拐された兄妹。
"The Great Game"で人質が子どもだとわかった時、周りの大人たち同様シャーロックも狼狽の色を見せたのは、ちょっと意外でした。普通に考えれば自然な反応なんですが、おばあさんが人質になっていた時は駆け引きをする余裕があったので、誰が誘拐されてもシャーロックにとっては同じなのかな、という印象がありましたから。
自らの判断ミスで彼女が殺された直後というのもあるかもしれないですが、不意に星の美しさを口にしてジョンが驚く場面同様、ゲームに徹しているように見えるシャーロックの新たな一面を覗かせた一瞬だったと思います(関連記事:『The Great Gameの構造』)。

"The Reichenbach Fall"では、スパイ小説に凝っている男の子が襲われた時にどんな行動をとったか、再現してみせたのが印象的でした。誰かの思考の流れを推測し、その行動をなぞるのはホームズ一流の捜査方法でもあるのですが、シャーロック自身に同じような思い出があるのかも。誘拐された経験まではないかもしれませんが、寮のベッドで眠れずに息を潜めて、ドアの窓に写る人影を想像しながら、今悪者が来たらどうしようか、とシミュレーションする…そんな少年時代はあったのかもしれません。

そして、原作にはなかった「子どもが依頼人」というパターンが、少なくとも2件。
おじいさんは天国に行ったのか、と聞く幼い姉妹に、シャーロックは辛辣な答えを返しています(ジョンの、たしなめとあきらめが絶妙にブレンドされた『シャーロック…』というツッコミが忘れられない)。
また、飼っていたウサギが光り、失踪したとメールしてきた女の子、カースティ。ペット探しを頼まれるというのは、名探偵には屈辱的なことなんでしょうかね…ホームズは「紛失した鉛筆を探すとか、寄宿学校出の世間を知らぬ娘の相談相手になるくらいが関の山になりそうだ。どうやらこれで落ちるところまでまで落ちたらしい」って言ってましたね(椈屋敷)。腹立ち紛れに、会ったこともないカースティの物真似までするほど荒れてたシャーロックですが、このメールをしっかり覚えていて、大事な局面で役立てました。

原作のホームズと現代版シャーロックを追ってみると、捜査上の必要によっては「大人らしく」もふるまえるものの、子どもを一人の人間とみなして対等に接している、また、大人として子どもを守る意識を持ちながらも、容易に子どもの視点に立ち返ることのできる(そして、その引き金となる何かを少年時代から継続して持ち続けている)、そんな共通点があるように思います。
これは、常に「大人の男」としての責任感を持ち、無条件に人を「守ろう」とする意識の高いワトスンやジョンとすこし違うところです。
どんな人とも対等に接するからこそ、孤児たちやホームレス、変わり者の老人や非力な婦人と言った、「役に立たない」と思われがちな人々の才能を見出し、活用することができる。その人の実力を評価し、相応の報酬を支払っているから感謝され、尊敬され、信頼される。子どもとの関わりを通して、シャーロック・ホームズのそんな一面が見えてきます。

…あ、これって、以前ちぃさんが「ミセス・ハドスン」のコメント欄でおっしゃってた「理想の上司像」ですね。
ホームズと言うと、傲岸不遜で組織とは相容れない一匹狼みたいな印象がありますが、何かと軽く見られがちな駆け出し時代よりも、年長者やリーダーとして人の上に立った時に、コミュニケーション能力の真価が発揮されるのかもしれません。シャーロックはまだ若いのでなかなかそういう機会に恵まれませんが、年下のディモック刑事の尊敬を受けた時は、温かい言葉をかけていましたよね。

(原作からの引用はすべて延原謙訳)
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シャーロック・ホームズ像を探しに

今年の夏は、YOKOさんのブログのロンドン旅行記を楽しみに拝見しています。
さすがYOKOさん、素敵なエピソード満載で、毎日ちっとも飽きません(Monmouth Coffeeは絶対行きたい)!
夏休みということもあり、めっきり旅心が刺激されてしまいました。
ツアーやコンサート、お店や博物館などどこも素敵ですが、ホームズ好きとしては、なんと言ってもホームズ博物館と現代版221Bがテンション上がりますね~!

日本にもホームズ関係の名所がいくつかあります。ホームズの部屋が再現されている神戸の英国館と、グラナダ版ホームズの撮影で使用された馬車がある群馬のロックハート城は、このブログでもご紹介したことがあります。(関連記事:『ホームズのカクテル』『馬車とタクシー』)

そして、軽井沢は追分にある「シャーロック・ホームズ像」。
まず、知っている人が少ないです。知っている人も口を揃えて「辿りつくのが難しい」と言うので怖気づいていたのですが、実は群馬県民の私にとっては、距離的にはそれほど遠くないのです。

ちょうど、高校からの友人Sさんが「アトリエ・ド・フロマージュ」の生チーズケーキが食べたいと呟いていたので、オフシーズンになるのを待って付き合ってもらいました。さらに、Sさんのお友達でフットワークの軽いAさんが面白がってくださって合流。3人になったので、車も大きい方がよかろう、ということでAさんに旦那様の車を出していただくことに。旦那様のものとはいえ、慣れない大型車で慣れない山間部(Aさんは関西出身なのです)を果敢に運転してくださるAさん、車線変更も含めて細かくナビをしてくれる車好きのSさん、言いだしっぺのくせに後部座席でぼーっとしている私、というメンバーで、お昼前にSさんとAさんの住む前橋市を出発。
「絶対迷う、ていうか迷うの前提の旅なんだ、ごめんよ二人共…」と軽く緊張する私。

案の定迷いました。しかも追分に着く前に。国道だけで着くはずだったのに、トトロがいそうなのどかな場所の細~い道を大型車で走る羽目になりました。考えてみればベルリン旅行なのにベルリンを出そうになったSさんと私のコンビが繰り出す「迷い」は、行政区画でいえば「像が見つからない」などという番地レベルじゃなくて、市町村レベルでした。Aさんすみませんでした…!

さて、私たち地元の若者(どっちもギリギリですが)にとっては、軽井沢は「都会の植民地」。高速道路を碓氷軽井沢インターで降りてすぐの、軽井沢プリンスホテルに併設されたアウトレットモールで買い物をしてそのまま帰る、というのが定番コースです。
近所ゆえに「観光じゃなくて買い物に来てる」と割り切っていて、雲場池や旧軽井沢の町並み、中軽井沢のリゾートなど、ガイドブックに出ているようなところには、なかなか足を伸ばさないんですね。ドライバーとしては、インター付近に霧が出やすいので明るいうちに高速に乗りたい、という事情もありまして…

今回追分方面に行ってまず受けた印象は、「小さい頃来た軽井沢だ!」
まだアウトレットモールも碓氷軽井沢ICもなかった頃、両親の知り合いの親戚あたり(たぶん)の所有する山荘で過ごした夏休みの数日間。おそらくあれは、この辺りだったんだろうなあ。
山荘は本当に小さくて、同じようなものが林の中に点在していました。車道から林の中に折れる道には必ず棒が立っていて、山荘所有者たちの苗字を書いた矢印のような表札がずらりと付いていたのを覚えています。
畳がかびくさくて、昼でもうす暗く、誰かが置きっぱなしにした漫画雑誌が湿気でぐにゃっとなっていて、お便所の壁には常に、異様に大きな虫が貼りついていました。必ず何家族か一緒で、大人たちはわいわいと楽しげに、掃除したり布団を干したり買い出しに行ったりと「山の生活」に取り掛かるのですが、子どもたち(ほぼ初対面)は手伝わせてもらうこともなく手持ち無沙汰で、楽しいんだか楽しくないんだかわからないまま、家にいるのと変わらない鬼ごっこなんかしていたように思います。
まあトータルでは楽しかったんだと思いますが、まだ自分の生活をコントロールする術がなかった頃のやりきれなさというか、所在無さというか、負に近い感情も軽井沢には抱いていたのでした。すみません、ホームズ像には何の関係もないんですが、アウトレットや旧軽銀座では掘り起こされなかったであろう記憶が急に蘇ってきたので書いてしまいました。そういえば水村美苗「本格小説」を読んだ時もこの「じめっとした軽井沢」が鮮明に思い出されたので、ついでに書いておきます。主人公と私の境遇は全然違いますけど…

そんな「昔の軽井沢」の匂いが残る追分に入り、携帯で住所を検索しながら見当をつけて走ってみるのですが、なるほど、像らしきものは一切発見できません。山荘の集まった集落や、企業の保養所ばかりなのですが、カフェを発見したので降りて道を聞いてみることに。
居心地のよさそうな大きなソファが印象的な、素敵なお店でした。じめっとした山荘ともぴかぴかのアウトレットモールとも違う、住人に慈まれている場所特有の、ほっとする空気。綺麗な女性が出迎えてくださり、まるで昔話に出てくる道に迷った旅人になったような気がしました。
「あそこはね、必ず皆さん迷われるから…」(やっぱりか)。
数パターンの行き方と、車を停める方策を丁寧に教えていただいていると、友人たちも車を降りて様子を見に来てくれました。あまりに素敵なインテリアとお店の方の優しい笑顔に、ここでお茶をいただきたくなったのですが(おそらく運転で疲れていたAさんは特に)、雨がしとしと降っていることもあり、ここからでは歩いていくのはすこし大変、ということで断念。「時間があったら戻ってこようね~」と、全員後ろ髪をひかれながら再出発。

ひょっとしたらこれから行かれる方もいらっしゃるかもしれませんので、教えていただいた行き方を詳しく書いておきます。日本ロマンチック街道と呼ばれている(らしい)国道18号線から、浅間サンライン方面にほんの少しだけ入った場所にあります。軽井沢駅方面から来た場合は、追分宿の交差点を過ぎたところにある「追分の分去れ」という分かれ道から右斜め前方に入って行く。佐久方面から来た場合は、「浅間サンライン入り口」という交差点を左折し、すぐに右折です。


大きな地図で見る

地図は正確にピンが打てているか自信ないので、だいたいの目安にしていただければ…

車で行かれるのであれば、平成25年9月現在では18号線沿いの「鐡音茶房」さんというカフェ兼ギャラリーと、「燈」さんというとんかつ屋さんの裏手に位置しますので、こちらでお食事をして、お店の人に断って歩いていくのが、比較的歩かずに辿りつける方法だと思います。また、後述する追分宿からは細かく看板が出ています。元気な人であれば、散歩気分で歩いて行くのも良いかも。最寄りの駅(信濃追分駅)から歩くには、ちょっと遠いですね。30分はかかるでしょうか。

私たちも小さな看板を見つけて、車を降りて歩いていきました。
s看板
看板を撮影していると、前方から「あった!」の声(概して群馬県民は歩くのが速いですが、この二人は特に速い…)公園のような、私邸の裏庭のような、囲まれた場所に分け入っていくと、どうにもホームズとは結びつかない庚申塚や仏像、観音像の群れ。その更に向こうに…
s遠くから
あった~!
sホームズ像
見たことのある方は必ず「あんなところに」と形容されていましたが、ほんとに
何でこんなところに…と思うほど奥まったところにあります。
ロシアのホームズ像のように、隣にワトスン君を作ってあげたいくらいです…
こんなとこで雨に濡れてるのがシャーロックだったら、どうにかして保護者に連絡します。
sホームズ像アップ
若いですね。そして美男です。
モデルはやはりパジェットの挿絵でしょうか。
耳がジェレミー・ブレットっぽいような気もします。
横顔アップ
読書家で、ホームズも良くご存知のAさんが「やっぱりディアストーカー姿なんですね。実際は滅多に着用しなかったらしいけれど」とコメントなさるのに「いや、ここは鹿もいるからセーフじゃないでしょうか」と自分でもよくわからない弁護をしながら写真を撮りまくります。
ホームズ像別角度
心ゆくまで撮ってふと気付くと、特にシャーロッキアンでもない二人がにこにこと見守ってくれています(他にすることないからな)。
ホームズ好きならではのリアクションを期待されているのか…こんなところまで二人を引っ張り出して、しかもトトロに出会うくらい引きまわしておいて、私は何をすればいいんでしょう、写真撮る以外に。追い詰められた私は

拝む
拝んでみました。(それを撮影するSさん)

さて、そろそろお腹も空ききっています。では市街地に入って念願のチーズケーキを!
というところで後部座席から「ちょっと待ってください!」の声。
延原謙の滞在した油屋旅館をちょっとだけ見せてください!外から眺めるだけでいいですから!」

私の懇願で、車は再び18号線をそれて、追分宿に入っていきました。

そもそも、ホームズ像の設立にこの地が選ばれたのは、延原謙がホームズシリーズの訳の改訂を追分の宿場町にある「油屋旅館」の離れで行ったからだといいます(その後、追分の地に別荘を買って『ホームズ庵』と名付けたとのこと)。
小学生の頃から延原先生の訳にさんざんお世話になっている身としては、むしろそちらに手を合わせたいくらいです。既に旅館は廃業したものの、地元の皆さんが建物を活用するプロジェクトがあるとか。まだ廃屋状態だとしても、ぜひ見ておきたい!

文士の宿としても有名な油屋旅館。追分宿には「堀辰雄文学記念館」もあり、8月に公開された「風立ちぬ」効果もあるのか、雨だというのに賑わっていました。
その斜向かいに、油屋旅館を見つけてびっくり!
油屋庭

油屋玄関
すごいおしゃれじゃないですか!
庭では骨董市が立ち、客室にはそれぞれ違ったテーマを持つ古本屋さんやアート、クラフトのギャラリーが入っています。
帳場や回廊はそのまま生かされ、二階は素泊まりの旅館として営業しているそうです。
この古い旅館と、そこに残る文化の香りを愛している人たちが、できるだけそれを残しつつ、てんでに好きなことをやっている、という感じです。ちょっと中野ブロードウェイっぽくもある…
エントランスにあるブックカフェ「猫町珈琲店」は猫好きにもコーヒー好きにも、本好きにもたまりません。建物ごと持って帰りたい!ますむらひろしさんの原画展をやっていました。

内部の様子やイベントの予定は、公式サイトをごらんください。
油やプロジェクト

古本屋さん「追分コロニー」には「ホームズの本棚」もありました。
sホームズの本棚

こちらもブックカフェになっていて、可愛い雑貨なども扱っています。「美しい村」をモチーフにした手ぬぐいがきれいだったなあ。
小さいけれど迷路のように入り組んだ店内は、取り上げられている国別に並べられたり、山のコーナー、植物のコーナーなどと分かれていて、小さな子どもが手に取りやすいように、低い棚に絵本も並んでいます。古本屋さんというよりは本のセレクトショップ、という趣です。
お店オリジナルのホームズ絵葉書セットと、中西裕・著「ホームズ翻訳への道・延原謙評伝」を買いました(サイン本でした!)。レジの優しそうな店員さんが丁寧に包んでくださり、おまけとして、手作りのしおりを選ばせてくださいました。
外国切手を使ったしおり、自分でも作ってみたくなる可愛らしさです。
本

新本だったけれど、やっぱり本の手触りはちょっと「じめっ」としていて、でもそれが嬉しかった。
古本屋さんで掘り出し物を探す喜びや、爽やかな空気の中でのんびりとおいしいコーヒーをいただく幸せは、子供の頃には持っていなかったもの。車を(相変わらず人様に運転してもらっているものの)動かして、はるばる山を越えて、目立たないところに佇む銅像を探しに行くことも。
たぶん、あの頃の大人たちも、わざわざ不便な山荘にやってきてわいわい生活することが楽しかったのでしょう。
自然をいとおしむ気持ちや文人への憧れ、仲間と共にある喜び。子どもには「見えていてもわからない」ことが、大人たちにはわかっていたのかも。
世界を知るということが、そこに自分なりの意味を纏わせていくことだとしたら、大人だけに見える美しい世界があるのかもしれません。それがわかるようになりはじめたこと、そうしてここに戻ってこられたことは、とても幸せなことのように思えました。
延原先生にとって、追分は「美しい村」だったでしょうか。引退に近づくにつれ、徐々に田舎が好きになって行ったホームズは、サセックスを美しい場所だと思えたのでしょうか。

結局たっぷりと追分に長居した後、夕方近くなってから旧軽井沢の「アトリエ・ド・フロマージュ」で完璧なピザや絶品の焼きチーズカレーを食べて、ケーキもしっかりいただき、おみやげ用のチーズやケーキも買い込んで家路に着きました。(Sさんのケーキの箱がありえないほどでかかった…)

Aさん、行きは霧、帰りは豪雨に慄きつつ、長距離の運転ありがとうございました。懲りずにまたアホ企画にお付き合いいただけたら嬉しいです。次にお目にかかる時は、SHERLOCKとElementaryのDVD持っていきます!
Sさん、結局夜中までアパートに居座ってごめんね。ケーキを全種類味見させてくれてありがとう!また遊びましょう。追分コロニーでもらったブローシャーによると10月には北軽井沢でBOOK-NICKというイベントがあるので、今度はこれに行きたいなあ。

さて、この記事で軽井沢に行きたくなった方がいないとも限らないので、最後のもう一押しを!
軽井沢にはホームズだけでなく、「ホビット」ファンにとっての重要な場所もあります!


おお、フロドよ、エレボールだ…
「離山 (wikipedia)」
(むっちゃ街中でアクセス便利ですが)

ワトスンの目

観察が得意なのはシャーロックですが、ジョンも物や人をよく見ていると思います(特に綺麗な女の人)。
221bの周りに住み着いた暗殺者たちの写真をマイクロフトが見せた時、女性の写真には「見覚えがある」と反応していましたね。

シャーロックが気付いてないものを見つけることもあります。
"The Blind Banker"では壁に残された暗号をいち早く見つけましたし、"The Hounds of Baskerville"ではベジタリアンレストランにあった肉の注文票に目をつけました。
これらの「発見」は偶然によるところもありますが、やはり物事をよく見る目がなければ為しえないことでしょう。シャーロックも、データ集めに関してはジョンを頼りにしているようです。
原作でもワトスンの「目」の良さは何度も描かれています。

「話をつづけてくれたまえ。すっかり面白くなってきたよ。君その切符をみたのかい?ひょっとして切符の番号を見なかったかい?」
「それがまた、ひょっとするんだよ」私はいささか得意だった。「三十一番というのは、僕の学生時代の番号なのさ。頭にこびりついているよ」『隠居絵具師』)


発見としては小さなものなんですが、こうした小さな発見こそがホームズが最も大事にするもの。
きっと、ホームズからの影響も大きいのでしょう。
「君は見るだけで観察していない」とホームズに指摘される場面が印象的なので、いつもぼんやりしているように思われがちなワトスンですが、彼の目にはなかなかの鋭さがあります。

観察のほうはどうでしょうか。ホームズはワトスンの観察眼をけなしますが、そもそも、物事をぼんやりと見るだけではなく、観察・分析ができないと小説は書けないのではないかと思います。「花婿失踪事件」で依頼人の女性の服装を描写してみせたワトスンを、ホームズは「色彩の感覚が鋭敏」と褒めます。いつもは「地の文」で読める、登場人物や風景の描写からもワトスンの描写の繊細さはわかりますね。

また、人の容貌や家のインテリアなどの美醜に関する言及が多いような気がします。

ホームズの声に応じてはいってきたのは、内輪に見ても身のたけ六フィート六インチは下らず、神話のヘラクレスのようなたくましい体格の男であった。服装は立派であるが、ただしこんなふうな美々しさは、イギリスではむしろ下品と見なされるだろう。上着の袖と両前の襟には幅ひろくアストラカン毛皮の折返しを見せ、両袖を肩にはねあげた濃紺のマントにはまっ赤な絹裏がつけてあり、キラキラ光る緑柱石一粒を飾ったブローチで襟もとをとめている。そして脛の半ばまである長靴の、上端にふさふさした茶色の毛皮をつけたのをはいたところは、いよいよもって全体の下品なゆたかさの感じを強めていた。それが片手には鍔びろの帽子をもち、顔の上半分は、額から顴骨の下までもある眉庇がたの黒いマスクで隠しているが、ちょうどその具合を直したところと見えて、はいってきたときは、まだ片手をそこへやっていた。顔の下半分の、見えている部分だけから察するに、強い性格の持ち主らしく、厚くつき出た唇、まっずぐにながくのびた顎などは、強情といってもよい剛毅さを思わせた。(『ボヘミアの醜聞』)



結構、「醜い」と思ったものに関しては容赦ありませんね。正直といいますか…
ジョンがブログにヘンリーを"a normal-looking bloke"と書いたのも、このばっさり加減に似ているかもしれません。

自分の感性を基に観察を行うワトスンと、あくまで客観的な事実としてのデータを求めるホームズ。
観察の内容が違うだけで、ジョンやワトスンにも十分な目ざとさがあるように思うのですが、彼らの探偵としての活躍には、やはり「運の良さ(悪さ?)」も大きく作用しているのかも。
先述したように、ジョンは偶然事件の証拠に出会うことが多いですし、ワトスンはホームズに

「(前略)君はもっと面白い事件を持ってきたんだろう?君ときたら、まったく犯罪の海燕だからな(『海軍条約文書事件』この事件は、ワトスンの幼馴染からの依頼)」


なんて言われています。脚注によると、「海燕が現れると暴風雨が来ると言われる」そうです。「ライゲートの大地主」ではホームズが自分自身を海燕に例えています。
確かに、「ライゲート~」もワトスンの友人宅に二人が逗留した時に巻き込まれた事件。「技師の親指」も、ワトスンの医院に持ち込まれた事件。偶然ですが「唇の捩れた男」ではホームズが潜入捜査している場所にワトスンが来ましたし、ホームズとの交流を差し引いても、ワトスンは犯罪に縁があるのかも。
まあ、ホームズとの出会いも含めて、そういう運命なのかもしれません。
プロフィール

Author:ナツミ
シャーロック・ホームズが好きです。どちらかというとワトスン君がより好きです。

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