最初の挨拶
パンダとジョン

BBC制作、現代版シャーロック・ホームズのドラマ「SHERLOCK」ファンのブログです。
①正典/聖典(原作)と比較しながらドラマを観て、元ネタ探し
②ドラマでまだ出てこない原作の事件は、SHERLOCKだとどんな話になるのかな?と妄想する

…を一人で(主にトイレとかお風呂で)楽しんでいたのですが、
さまざまな方にご意見をいただけたら楽しいだろうなあ、と思って始めました。
ネタバレ満載ですのでお気をつけください!
★原作の文章を引用する際、主に新潮文庫版(延原謙・訳)を参考にさせていただいております。
★全ての記事は、推測やこじつけを基にしており、たまに妄想も入っております。ご了承の上ご利用ください。
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ジョンの影響

人に辛辣なシャーロックに、人に気を遣うジョン。
美人に目のないジョンに、恋愛に興味がないシャーロック。
2人の性格や嗜好は正反対のように見えますが、どんな人間でも、長く一緒に過ごすうちには、多少なりとも相手に感化されるものです。

シャーロックの変化は、"The Great Game"事件以降、テレビのショーを観るようになったことでしょうか。
ジョンによると、モルグでアイリーンの「死体」を確認した後、しばらく様子がおかしかったそうですが、その間ですらテレビに突っ込む癖は健在だったようです。結構なテレビっ子です。
このお話を観た頃、私はSNSをやっていたのですが、シャーロックがズボンの折り返しに突っ込んでいたのはどんな番組か気になって海外の方に聞いてみたところ、複数の方から「ジェリー・スプリンガーショー」みたいなものだろう、というお返事が返ってきました。日本でも深夜に放映されていたのを覚えています。



原作でも、ホームズはワトスンの影響を色々と受けています。
一番大きな変化は、コカインをやめたことですね。

その輝かしい経歴をいちどはおびやかしかけた麻薬嗜好の悪癖を、私は何年もかかって徐々に捨てさせた。いまでは普通の状態では、もはや彼もこの人為の刺激を求めようとはしなくなったが、それでも根治したわけではなく、邪念が休眠状態に入っているだけなのはよくわかっている。こうした退屈な時期にホームズが苦行僧めいた顔をしかめ、落ち窪んだ測りがたい両目をくもらせているのを見ると、眼をさますのも近いかとひやひやさせられるのである。(『スリークォーターの失踪』)



完全にやめられたわけではないようですが、ワトスンに咎められても悪びれずに注射していた「四つの署名」の頃に比べれば劇的な変化ではないでしょうか。

そして、「トルコ風呂」好きになったこと。

「バスのことだよ!風呂さ!何だってまた、だるくなる上に高価なトルコ風呂なんかへいったんだ?イギリスふうのにすれば、からだが引きしまって元気がでるのに!」
「この二、三日リューマチの気味で老いこんだような気がするものだからね。トルコ風呂は医者のほうでは薬の代用品だというよ―新しい出発点になる体質の清浄剤とでもいうかな」(フランクス・カーファックス姫の失踪)


ところが、1902年9月に起こった「高名な依頼人」事件の時点ではこういうことになっています。

ホームズも私も、トルコ風呂ときたら目のないほうだった。風呂からあがって、休憩室で汗のひく間、快い疲労のうちにぐったりしてタバコをやっているときは、彼もいくらか口が軽く、よほど人間味をおびてくるのだった。



「ノーサンバランド大通りのトルコ風呂屋の階上」の「ほかとは妙にかけ離れた場所に二つ並んだ寝椅子」がお気に入りだったようです。(なんか、『リューマチの気』だの『サウナのお気に入りスポット情報』だの、"SHERLOCK"の若々しい2人がお好きな方の夢を壊しまくる引用ですみません…)

ただ、「フランクス・カーファックス姫の失踪」は年代がはっきりしないですね。少なくとも「聖典」からは、1889年以降ということしかわかりません。「高名な依頼人」より遅い可能性もありますけれど、「目がない」と言われるほど好きなものを突然軽蔑し始めるというのは考えにくいので、

リューマチ気味のワトスンがまずハマる→ホームズ、あまりよく知らないのに否定(これが『フランシス~』の冒頭)→ワトスンに何度かつきあっているうちにハマった(『高名な~』冒頭)

という流れなのではと推察します。


さらに、自然を楽しむようになったこと。
ワトスンとホームズが散歩に出る描写は本当にたくさんあります。

早春のある日、珍しくもホームズは私と公園を散歩するほどくつろいだ気持でいた。楡の梢は緑のわか芽をもちはじめ、槍の穂さきに似てねっとりした胡桃の新芽は五葉にほころびかけている。二時間ばかりそのなかをぶらついたが、どちらからもほとんど口はきかなかった。心の底までふかく知りあった仲として、べつに珍しいことでもない。
べーカー街へ帰ったのは五時に近かった。
「お帰りなさいまし。あの、お留守にお客さまがございました」ドアをあけてくれた給仕がいう。
「だから午後の散歩なんかダメなんだ」ホームズはとがめるように私を見かえって、「で帰っていったのかい?」
(『黄いろい顔』ホームズ失踪前~1891年4月以前~の事件。1893年発表)


「入院患者」でホームズから誘った時は、町の中を散歩していました。公園を提案したのはワトスンだったのかな。

「ま、いずれにしても、ここはこれまでだね。ワトスン君、あの美しい森を二、三時間散歩して、 鳥と花のお相手でもしようじゃないか。」
(『黒ピーター』1895年事件発生)


そして、引退後のホームズ自身による手記。

多年にわたるうす暗いロンドンのまっただ中での生活中も、おりにふれては、自然を相手の静かな生活を待ち望んでいたものだが、念願かなってサセックスに一家をかまえて隠退することができた。
(『ライオンのたてがみ』1907年事件発生、1926年発表)



もともと自然や田舎の生活を愛する資質があったのかもしれませんが(『ぶな屋敷』なんて読むとそうは思えないんですが…)、健康に悪いとワトスンに再三警告されながらもコカイン注射をして退屈を紛らせていた頃のホームズが、田舎で養蜂を営むのを楽しみにしていたとは思えません。きっと、どこかで「自然」に対する心境の変化があったのではないでしょうか。
よくわからないながら、失踪中のダライ・ラマとの会見あたりも影響してるような気がしているんですが、ワトスンとの何度もの「散歩」で過ごした時間も無関係ではないと思います。

そうだとしたら、ホームズの人生はワトスンによって大きく方向が変わったともいえますね(もちろん、要因はワトスンだけではないでしょうが)。シャーロックの人生も、ジョンの出現で変わっている最中なのかもしれません。それを私たちは現在進行形で見ているのだと思うと、ちょっと感動です。
とりあえずは、禁煙の成功を祈っております。

(原作からの引用はすべて延原謙訳)
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ジョンの孤独

先日、ある方からメールをいただいたのですが(ありがとうございます!)その中に"The Reichenbach Fall"のラストシーンのジョンの台詞についての疑問がありました。以下に引用させていただきます。

第2シーズン第3話の最後、シャーロックのお墓の前でジョンが
「僕はずっと孤独だった」と言いますが、それが凄く謎なのです。
(中略)
友達がすぐ出来るタイプに見えるのですが、どうして孤独だったのかが気になります・・・



ご指摘のように、アフガニスタンからの帰還直後を除けば、ジョンはとても親しみやすい人物に見えますよね。
また「ブラックヒース」の元チームメイトや、心配してくれるスタンフォードなど、良い友達にも恵まれているようです。

"I was so alone..."
「僕は、ほんとうにひとりぼっちだった」(拙訳)



ファイルを読み返すと、鑑賞直後の私はこう訳していました。

「ぼっち」って…ショックのあまりジョンがおっさんだということを一瞬忘れていたようですが、まあおいといて、台詞だけ見ればジョンが指しているのは帰還直後("A Study in Pink"の時点)の状態だけとも受け取れるのではないかと思います。
現代版では、脚に心因性の障害を抱えていたり、カウンセリングを受けていたりと、戦場で得たPTSDの問題にも触れているのですが、原作でも、シリーズ全体を見ると大らかで人の良いワトスンが、第一作の「緋色の研究」ではささいなことでイライラしたり、静かな環境を望んでいたりします。これは、普通に考えれば「ドイルの設定が甘いから」なのですが、あくまでワトスンを実在の人物として議論するシャーロッキアンの人々は、アフガニスタンでのトラウマが癒えていなかったからだ、という説をとっているようです。

でも、日本語訳には「ずっと」がついていたのですね。
翻訳なさった方が原作を頭においていたかどうかはわかりませんが、原作のワトスンはホームズと出会った時、「天涯孤独」に近い状態だったようです。以下に、ワトスンの家族に関する情報を並べてみます。

・イギリスには一人の親類も友人も持たない(『緋色の研究』)
・父はかなり前に亡くなっている。長兄は酒で身を持ち崩し、借金を繰り返したあげく亡くなっている。(『四つの署名』)
「四つの署名」ではワトスンがホームズに出会ってから6年が経っていますが、ホームズが言い当てるまで、ワトスンは兄の存在をホームズに話していません。ホームズが兄の人となりを言い当ててみせた時、ワトスンはひどく動揺しています。兄のことは、ワトスンにとって触れられたくない、彼の中の深いところにある問題だったのでしょう。
・「ボヘミアの醜聞」では、メアリ・モースタンと結婚して「一家の主」となったことをたいへん喜んでいる。

ワトスンが抱えていた「家族の問題」は、現代版のハリエットとジョンの姉弟も受け継いでいますね。
ここから先は私の勝手な妄想になってしまうのですが、もしかしたらジョンは、かなり以前から誰にも言えない孤独を抱えていたのではないでしょうか。

ジョンには、自らの意志よりも人が自分に望むことを優先する傾向があるのではないかと思います。
もちろん、本人としても「そちらの方がより重要」という判断があってのことでしょうが、「どんな時も自分の意志を通す」ような人に比べると、ジョンのような人は、ついつい人の問題に協力することが多くなってしまい、自分の抱えている問題を人に話す機会があまりないのではないでしょうか。

その問題は、「人に話すようなことではない」という判断の下に、誰にも見せないまま心の奥深くしまいこまれてしまい、しまいこまれたがゆえに痛みを保ったまま、その人の人生に影を落とすこともあると思うのです。特に、虐待や不和などの「家庭の問題」はそうなるケースが多いのではないでしょうか。
ジョンがずっと抱えてきたそれを、あっさりとシャーロックが「暴いて」しまった。大抵の場合、「秘密を暴かれる」ということは気持ちのいいことではありません。でも、ジョンにとっては、明るい「表向きの自分」の陰に隠してきた問題を見抜いてもらうことが必要だったんじゃないかな、と思います。

ジョンが、シャーロックに共感して欲しかったとか、なぐさめて欲しかったとは思いません。
でも、自分の心に重くのしかかっていたことでも、淡々と事実として言われると、「そうか、客観的に見ればそれだけのことだったんだ」と、すっと心がラクになることってありますよね。それにシャーロックは次から次に人様の秘密を暴きまくるので、相対的に自分の問題が「たいしたことない」と思えたりもするのかもしれません。
また、シリーズ1の3話でマイクロフトが来訪した時、シャーロックと兄の不仲を目の当たりにしたジョンは、"Sibling rivalry"という言葉を使っています。ホームズ兄弟に姉と自分を重ねて、弟としてのシャーロックに共感していると思います。
シャーロックが兄への反感をはっきりと表すのに対し、ジョンがハリエットに「電話してあげなきゃ」「会いに行ってあげなきゃ」と責任のようなものを感じているのは、二人の性格の大きな違いですね。

というわけで、私としては、ジョンが「(シャーロックに出会う前の)僕は孤独だった」という理由は二つ考えられると思うのです。

ひとつは、「戦争で負った心の傷による孤独」。心的・身体的外傷を負って戦場にい続けることができず、生きる気力を失くし、その苦しみを誰にもわかってもらえないと思っていたということ。

もうひとつは、「ずっと抱えていた孤独」。家族に関する心の傷をずっと抱えていたけれど、それが自分にとって重いものであるということをなかなか吐き出せなくて、結果として「明るい外向きの自分」を演じてしまい、その陰で孤独を感じていたということ。

といってもほとんど妄想なので(すみません…)、ジョンのこの台詞をみなさんがどう受け取られたか、教えていただけたら嬉しいです。



シャーロックの偽名

"It's always hard to remember an alias when you've had a fright. Isn't it?"
「驚いてる時、偽名を思い出すのはたいへんよね」(拙訳)



聖職者に変装したシャーロックの正体をあっさり見抜くアイリーン。
原作でもホームズは「独立教会派の牧師」に変装しているのですが、ここは自分で見抜けず人に教えていただいて悔しかったところ…!服はいつもと同じだけど、カラーをつけているんですね。前のシーンでジョンに「結局いつもの服じゃないか」とつっこまれているんですが、シャーロックが「カラー(collar)をつける」と言ったのを「彩(colour)を添える」(=顔に血を流す)のだと勘違いしてました(聞き取る力もないですが、語彙と結びつけるとかそもそも剥ぎ取られたカラーの意味に気づかないとか、いろんな能力の限界が…)。

私の愚痴はおいといて。
元ネタかどうかはわかりませんが、ホームズにも同様に「人の偽名を見抜く」場面がありますね。

鼠男はかすかなためらいを見せてから、「私はジョン・ロビンスンという者です」と横目を使って答えた。
「いいえ、本名をいってくださいよ。変名で話をするのは、気まずいものですからね。
(It is always awkward doing business with an alias.)」



「青いガーネット」の一場面ですが、ホームズが偽名を見抜く場面はほかにもあると思います。
偽名を使うのは犯罪者だけではなく、依頼人が立場を隠したい場合もありますね。
たとえばボヘミア王は「フォン・クラム伯爵」と名乗っていました。
もっと似ている場面をご存知の方がいらっしゃれば、教えていただけたらありがたいです!

ところで、シャーロックはどんな偽名を名乗るつもりだったのでしょう。
失踪中に旅行記を出版した時の名前「シーゲルソン」、「犯人は二人」で使った「エスコット」、「最後の挨拶」の「アルタモント」と、原作のホームズの偽名はいろいろありますね。(シーゲルソンは偽名というより筆名なのかもしれないけれど…)
「高名な依頼人」では、ホームズがワトスンに「ヒル・バートン」という偽名を使わせます。これは、ドイルの幼い頃からの友人ウィリアム・K・バートンからつけられた、という説がwikiの「高名な依頼人」のページに載っています。同作品でグルーナー男爵が見せる日本の正倉院に関する正確な知識は、当時のイギリスではなかなか得られないものだったようで、いわゆる「お雇い外国人」として日本に滞在していたバートンが直接ドイルに教えたのではないか、ということです。

単なるこじつけですが…ドラマには出てこなかったけれど、脚本にシャーロックが使うはずだった偽名があるとしたら、それは脚本家さんの親しい人の名前かもしれませんね。
もっとこじつけると、シャーロックの相対する敵(この場合アイリーン)の「専門分野」に詳しくて、執筆にあたって助言を与えてくれた人だったりして…いえ、もうやめておきましょう。

(原作からの引用はすべて延原謙訳)



プロフィール

Author:ナツミ
シャーロック・ホームズが好きです。どちらかというとワトスン君がより好きです。

ご閲覧やRSS登録ありがとうございます!まだ廃墟じゃありませんよ~!亀の歩みですが、過去の振り返りも含めてのんびり元ネタ探し続けていきたいと思います。

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