最初の挨拶
パンダとジョン

BBC制作、現代版シャーロック・ホームズのドラマ「SHERLOCK」ファンのブログです。
①正典/聖典(原作)と比較しながらドラマを観て、元ネタ探し
②ドラマでまだ出てこない原作の事件は、SHERLOCKだとどんな話になるのかな?と妄想する

…を一人で(主にトイレとかお風呂で)楽しんでいたのですが、
さまざまな方にご意見をいただけたら楽しいだろうなあ、と思って始めました。
ネタバレ満載ですのでお気をつけください!
★原作の文章を引用する際、主に新潮文庫版(延原謙・訳)を参考にさせていただいております。
★全ての記事は、推測やこじつけを基にしており、たまに妄想も入っております。ご了承の上ご利用ください。
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【事件の重要なネタバレ】不名誉と友情

なかなか更新できない言い訳でもありますが、"The Reichenbach Fall"も、原作「最後の事件」も、向き合うのにエネルギーがいる作品ですね。「最後の事件」の冒頭でワトスンが「このペンをとるのは、私にとって心おもき業」と言う気持ちを、今更ながらほんの少し分かったような気すらします。

ジョンのブログでも、事件のことは詳しく書いていません。ただ、賑わっていたコメント欄を書き込みできないようにし、事件に触れたニュースの動画を貼った上で、たった一行

"He was my best friend and I'll always believe in him."
「彼は親友だった。僕は彼を信じる。ずっと、これからも。(拙訳)」


と書いています。

短編集「シャーロック・ホームズの冒険」、「シャーロック・ホームズの思い出」は、共にホームズがライヘンバッハの滝で消息を絶った後に発表されています。
「冒険」のはじめに収められた「ボヘミアの醜聞」は1891年7月にストランド誌に発表されていますが、ホームズが「死んだ」のは同年の5月4日。記録は残されていたにしろ、とても速い展開です。
「最後の事件」が発表される1893年12月まで、精力的な短編の発表は続きますが、作業したワトスンの心境を思うと、ホームズがすでに故人ということを全く匂わせない生き生きとした描写が逆に切なく感じられます(ドイル先生の事情についても皆さんいろいろご存知と思いますが、一旦おいといてください)。

作品の中でだけでも、ホームズとロンドンを走り回った日々を蘇らせたかったであろうワトスン。
しかし「最後の事件」だけは、親友の死に触れないわけにはいきません。
もともとワトスンには、彼にとっての深い傷であるこの事件を作品にするつもりはなかったようです。

私はこの種の物語のペンを以上でとめておき、その後私の生活に空虚を生じたまま、二年後の今日にいたってもなお満たされないでいるところの、あの事件には口を閉じているつもりだった。(『最後の事件』)



ワトスンが、己の傷口をこじ開けることになろうとも事件を発表しようと思い立った理由、それはモリアティの兄によってもたらされた、死んだ親友の「不名誉」でした。
先ほど引用した文章は、このように続いています。

けれども最近ジェームズ・モリアティ大佐の書いた死んだ弟の名誉を支持しようとする二、三の文書は、私の出馬を強いた。かくなるうえは私もペンをとって、あるがままの事実を公表せざるを得ないのである。事件の絶対的真相を知るものは私だけである。私としてはこの真相を秘しておいても、もはや何の役にもたたない時節の到来したことを満足に思う。


もうこれは、ただの記録の一篇ではありません。発表と言う名の復讐なのだというワトスンの気迫、そして血を流すような思いが伝わってきて、読むたびに胸を打たれます。最後の一文など、挑戦的ですらあります。
ジョンの記事も、表現は違っても骨子は同じです。亡友が背負わされた不名誉にたったひとりでも抵抗し続けるという、これは宣言です。見えない敵(それはジムやその関係者という具体的な加害者だけではなくて、マスコミや彼を貶める人々、マイクロフトを含め、シャーロックを追い詰める状況を作り出したすべての人間ではないでしょうか。仮にジョンが一瞬でもシャーロックを疑ったとしたら、自分自身さえ含まれているのかもしれません)への、静かな宣戦布告です。

友達、という概念にはいろいろな関係が含まれていて、ここからが親友でここからがただの知り合い、というような定義はできないものと思いますが、私にとってはホームズとワトスンの関係がひとつの基準になっています。
楽しいことだけを共有するのは知人や友人。自分の命やそれに準ずるもの(私は名誉もそれに当たると思います)が侵されそうになったとき、本気になってくれる人は親友。
ホームズとワトスンはそれぞれ違う世界を持っていて、全てをさらけ出しあっているわけではありません。
愛する人も(少なくともワトスンには確実に)別にいるし、人生を賭ける仕事も、一部重なっているだけで全体的に見れば全然違う。口に出さなくても、お互いに批判的な目で見ている部分だっていっぱいあります。
でも、大事なところでは自分の身を顧みずに相手を思うことができる。わざと遠ざけることで友を守ったホームズ(シャーロック)と、精神的な戦いを続けていくことを選んだワトスン(ジョン)は、共に深い孤独を背負うことになりましたが、やはり素晴らしい親友同士です。私も、誰かにほんとうの意味で親友と思ってもらえる人間になれたらと思います。

ところで、この「最後の事件」に書かれた「モリアティ(の兄弟)によってホームズの名誉が傷つけられた」というエピソードは、"The Reichenbach Fall"のお話を作る上で大きなヒントになっていると思います。
同時に、あまりにも突然現れたモリアティという「強敵」に違和感を抱いた読者に「モリアティはホームズの妄想の産物」という説も何度となく唱えられているので、「現実世界の反応のパロディ」でもあるようです。
以前にもご紹介しましたが、このパスティーシュではモリアティの謎について非常によくできた説明がなされていますね。それは物語の種明かしではなく発端なのですが、最後にもうひとつどんでん返しがあるのも、心憎いと思います。

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(原作の引用部分はすべて延原謙訳)


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【事件の重要なネタバレ】ヒーローになる時

今回は「元ネタ探し」ではなく、感想です。

"The Reichenbach Fall"は、"Sherlock"のとても重大な節目にあたるお話で、今までたくさんの方がご感想を書かれたのではないかと思います。
私は、この重要なお話の意味を本当に理解できているかどうかよくわかりません。でも、わからないなりに、今の時点で感じたことや考えたことを、書き留めておこうと思います。
台詞や物語の解釈などで間違っているところがあったら、教えていただければありがたいです。

まず、シャーロックが次々に難事件を解決して、「ヒーロー」となっていく様子が描かれます。
(余談ですが、ここで出てくる『誘拐されたお父さん』=『唇が捩れた男』で、タイピンは口止め料というのが、誰も聞いてくれない私のプチ妄想です)
一方でジョンは「マスコミは態度を変えるもの」みたいなことを言って、あまりに持ち上げられるシャーロックがそのうちにこき下ろされるではないかと心配しています。

ジョンの心配は、最悪の形で現実になってしまいます。
ジム・モリアーティの目的は、ヒーローに祀り上げられたシャーロックを汚辱へと「転落」させることでした。

ところで、世間にどう扱われようと、シャーロックは自分のことを「ヒーロー」とは思っていません。

「勝手に人をヒーローに祀り上げるな、ジョン。ヒーローなんかいない。もしいたとして、僕はそんなものになりたくない(拙訳)」

第一期の三話で、彼ははっきりとそう言っています。

では、原作ではどうだったのでしょう。
これもまた、ホームズ自身の口から語られています。

「君はモリアティ教授の名を聞いたことがあるかい?」
「ないねえ」
「ここに悪の天才、世の驚異がある。彼はロンドン中に幅をきかせておりながら、しかもその名は誰にも知られていない。そこが犯罪史上最高峰に位するゆえんなのだ。これは僕がまじめに考えているところだがね、僕はもし彼をうち倒し、社会をその魔手から救いえたら、そのときこそ僕の経歴がその最高点に達し得た喜びを感じるし、また僕はすぐにでも探偵の仕事をやめて、平穏な生活にはいってもいいとさえ思う。」(『最後の事件』延原謙訳)



モリアティ教授の目的は作中で語られていないのでわからないのですが、ホームズの行動の理由はこの台詞で明らかなように、社会正義のためです。自分の信じた正義で社会を救うためにすべてを賭けてもいいと、彼は言うのです。

ここで、私はいつも考えてしまいます。
正義って、いったい何なのでしょう。
ホームズはとてもシンプルでクリアな思考で、迷いなく動いているように私には見えます。
それは、彼が「社会正義のため」という大義名分を得ているからではないでしょうか。

でも、「ヒーローになりたくない」というシャーロックも、「社会を悪から救いたい」というホームズも、一皮向けば同じ本音を持っています。あまりに卓越した、「空転するエンジン」のような頭脳を持て余して、束の間その回転を受け止めてくれる、犯罪というゲームを心待ちにしています。
ホームズの「社会のために働きたい」という気持ちが偽りなわけではありませんが、犯罪が起こることを望んでいるのも、確かに彼という人間の一面なのです。

では、悪とは何でしょうか。
実際に手を下して、誰かを害する者だけが悪なのでしょうか。
それをわくわくしながら待っている者は、悪ではないのでしょうか。
さらに、フィクションとはいえ、それを面白がって観たり読んだりしている私は、全く悪ではないと言えるでしょうか。

そういう考え方でいくと、まさにシャーロックの言うとおり、「ヒーローなんかいない」のです。
「ソシオパス」として生きてきた彼は、世間の与える慣習や固定観念を簡単に受け入れられません。その分、何が良くて何が悪いのか、人一倍戸惑いながら、考えながら生きてきたのでしょう。シャーロックは、自分が、いや、全ての人間が本質的にヒーローになり得ないことをわかっていたのだと思います。
ジムについては筆をあらためてじっくり書きたいと思いますが、おそらく彼もどこか似た人生を送ってきたのでしょう。ヒーローと犯罪王の違いは、本当に些細なものなのでしょう。

では、本当にこの世にヒーローなんていないのか?というと、そんなことはないと私は思います。


シャーロックのお墓に、ジョンは語りかけます。

「君は…言ってたよな。
 『僕はヒーローじゃない』って。

うん、君は人間じゃないって思ったこともあったよ。
でも、これだけは言わせてくれ。
君は、いいやつだ。
一番……人間だった。今までに僕が出会った誰よりも。」(拙訳)



ジョンはまだ知りませんが、シャーロックはジョンやハドスン夫人、レストレードを守るために、自分を「殺す」ことを選びました。
どうしてシャーロックがそういう行動をとったかというと、かつて命を救ってくれたジョン、危機に陥りながらもシャーロックの携帯を守ってくれたハドスン夫人、立場を超えて友情を示してくれたレストレードが、彼にとっての「ヒーロー」だったからではないでしょうか。
ヒーローは、マスコミが作るものではない。大義をかざすために現れるものでもない。
誰かが誰かのことを守ろうとする時、そこに「ヒーロー」が生まれるのです。

ひょっとしたらジョンは、戦場で「大義のためのヒーロー」になり損ねたのかもしれない。
または、正義のためのヒーローであろうとする人々に疲れたのかもしれない。
それは彼が語らない限りわからないことですが、少なくとも、彼はシャーロックの「ヒーロー」になる道を選びました。それが、別の観点からは責められるような道であっても。

きっと、考えるよりも前に、そうするしかなかったんです。ホームズが、犯罪が起こることを望んでしまう一方で、信じた正義のために命をかけようとするのも、同じことではないでしょうか。
完璧なヒーローは、シャーロックが言ったように、多分いません。でも、本当にいるヒーローというのは、もっとずっと個人的で、ささやかで、愚かですらある存在で、誰かが誰かをほんとうに守りたいと思ったら、不完全でも、不恰好でも、筋が通っていなくても、それになってしまう。
ジョンの言葉に置き換えると、そういう行動をとってしまう者を「人間」というのだと思います。

長く退屈な文におつきあいいただき、ありがとうございました。
次回からはまた、元ネタ探しの短い記事に戻ります。







トバヤス・グレグスン

シャーロックに誘拐事件自作自演疑惑がかけられた時の、レストレードと警視正の会話。

"I'm not the only senior officer who did this. Gregson..."
"Shut up!"
「やった警部は私だけではありません。グレグスン…」
「黙れ!」                              (拙訳)



ここにちらっと名前が出てくるグレグスン警部、「ああ!」と思われた方も多いのではないでしょうか。

ホームズとワトスンが初めて一緒に取り組んだ「緋色の研究」事件。
現代版" A Study in Pink"ではレストレードの連絡がもたらされますが、原作ではまずグレグスンの手紙がやってきます。一部ここに引用しますと、

MY DEAR MR. SHERLOCK HOLMES:
There has been a bad business during the night at 3, Lauriston Gardens, off the Brixton Road.
Our man on the beat saw a light there about two in the morning, and as the house was an empty one, suspected that something was amiss.
(中略)
If you can come round to the house any time before twelve, you will find me there. I have left everything in statu quo until I hear from you. If you are unable to come, I shall give you fuller details, and would esteem it a great kindness if you would favour me with your opinions.

Yours faithfully,
TOBIAS GREGSON.


わざわざ原文を引用してまで私が言いたいのはここ!下線をひいたとこです!
ここ、勢い込んでホームズシリーズを原文で読もうとした英語初心者(具体的に言うと高校一年生の私)が挫折したあたり!
今でこそ、英語の小説にはラテン語やフランス語がさりげなく出てくることが分かっていますが、英語の語彙も少なく、ついでにネットにも縁がなかった高校生は、相当悩みましたよ!
どうやらこれはラテン語らしいです。和訳と照らし合わせると、「そのままの状態」みたいな意味でしょうか。

そんなこんなで、インテリだったばっかりに私に恨まれてるトバヤス・グレグスン警部ですが、レストレードのライバルでもあります。
ホームズには

「グレグスンは警視庁でもちゃきちゃきの腕ききのひとりなんだ。この男とレストレードとは、ボンクラ刑事の中では優秀なほうだ。ふたりとも敏捷で精力家なんだが、ただ型にはまりすぎていてね。まったくあきれるほどね。そしてお互いに対抗意識が強くて、嫉妬しあうところなんか、まるで商売女みたいだな。(後略)」


とまでいわれちゃってます。
ワトスンによると「背のたかい、髪が亜麻いろで、いろの白い男」。
レストレードが「小柄」「鼠のような顔」「やせて血色が悪い」と書かれているのを見ると、現代版レストレードの容姿むしろグレグスンに近いかな?

グレグスンは「四つの署名」「ギリシャ語通訳」「赤い輪」「ウィステリア荘」にも顔を見せます。レストレードの次に出番が多い刑事は彼ではないでしょうか。

IMDbによると、この秋公開されるもうひとつの現代版ホームズ"Elementary"は、ホームズ、ワトスンの次にレストレードではなくグレグスンの名が挙がっていますね。彼も登場するトレイラーを貼っておきますので、容姿を確認したい方はどうぞごらんください。



"Sherlock"にも、見えないけれどグレグスンがちゃんといるというのは、ちょっと嬉しいですね。

ここからは脱線なんですが、レストレードと警視正(Chief Superintendent)の会話を見ていて気になったのは、スコットランド・ヤードの階級制。詳しくはWikipediaのリンクをごらんください。
原作にもレストレードの階級は「警部(inspector)」とあるので、なんのためらいもなく警部と書いていましたが、
現代のヤードにおいて、正確には警部はChief Inspector、Inspectorだと「警部補」ですね。
上記の会話で、レストレードは自分とグレグスンのことをsenior officerと言っていますが、どのへんからsenior officerなんでしょうか。内容によっては、私が「警部」と訳したのは間違いですね。

話していた上司が「警視正」だというのは、彼を殴り飛ばしたらしいジョンの台詞でわかったのですが、それがなくても階級章を見ればわかるのですね。みんな私服だから、結局わからなかったですけど…
警部補はバス勲章の星章が2つ、警部は3つ。警視正は星章1つの上に王冠。
そして、このバス勲章はpipsと呼ばれるのですね!pipsといえば、第1期3話「The Great Game」で登場した5つの警告音を思い出します。関連があるかはわかりませんが……

こういうことって、ミステリードラマのファンの方には常識なのかもしれませんが、私は全く無知だったのでとても面白く感じました。

(原作の引用部分は延原謙訳)

足跡を追う

シーズン2・第3話の大きなモチーフは「最後の事件」ですが、「プライオリ学校」を元ネタにしたと思われるエピソードが入っています。中盤で持ち込まれる、駐米大使の子どもたちの失踪事件がそれです。

「プライオリ学校」事件もまた、名門の寄宿学校からの名家の子息の失踪事件なのですが、いなくなる子どもが原作は一人だったのが、ドラマでは兄妹に変更されています。この話では童話が鍵になっているため、「ヘンゼルとグレーテル」のイメージを重ねたのでしょうね。

また、シャーロックが「足跡」を手がかりにその足取りを追うというところが同じです。
シャーロックは、足跡の付き方や付着した物質から、子どもたちがどのように連れ去られたか特定します。
ホームズもまた、自転車の轍や牛の足跡から、子供と消えた教師の行き先を探ろうとします。

対象の足に付着した物質を頼りに追うというところは、「四つの署名」の犬を使った追跡シーンが近いかもしれません。

現代版では、被害者の子どもが自らの足跡を残すためにリンシードオイル(アマニ油)を使います。
「四つの署名」では犯人の足に付着したクレオソートを優秀な追跡犬・トビイと共に追います。途中で犯人が陸路から水路に移ってしまったため、追跡はそこで一旦止まってしまうのですが、現代版でもオイルが微量だったために、これだけでは最後までは追跡できません。

足跡のほかにもうひとつ。
「プライオリ学校」のラストシーンでは、ホームズが意外な一面を見せます。

1:
「閣下、実を申しますと私ども――ここにおりますワトスン博士と私は、この事件に懸賞金がついているように、ハクステーブル博士の保障を得ておりますが、そのことを閣下の口から直接に確かめておきたいと存じます」
「確かにその通りです」
「令息の所在をお知らせ致した者には五千ポンドくださるとうかがっておりますが?」
「その通りです」
「令息を誘拐監禁した者の名をお知らせ致せば千ポンド追加せられるともうかがっております」
「それも間違いありません」
「後者の場合は、むろん、令息を誘拐した者ばかりでなく、現に監禁している共謀者をも含むと解してよろしゅうございますね?」
「よろしい、その通りだ」と公爵はいらだたしげに、「仕事さえ立派にやりとげてくれたら、決して吝嗇な扱いはしません」
ふだん金銭に恬淡な性質のホームズが、これを聞いていかにも嬉しそうに、細い指を揉みあわせたので、私は意外の感にうたれた。
(中略)
「懸賞金を頂だいしたいと申し上げております。私は令息の所在を知っておりますし、また、令息を誘拐して現に監禁しておる人物を、全部とは申しませぬが承知致しております」




2:
「ありがとうございました」ホームズは静かに箱のふたを閉じて、「これは私がこちらに参りましてから、最も興味あるものの第二でございました」
「ほう、してその第一は?」
ホームズはさっきの小切手を折りたたんで、ていねいに紙入れの中へおさめ、
「私は貧乏なものですから」
と大切そうに紙入れを軽く叩き、内ポケットの奥ふかく収めたのである。



「仕事のために仕事をする」と公言してはばからないはずのホームズが突然見せる、金銭への執着。
1に関してはホームズ好みの人を食った「事件解決のお知らせ」ということで納得もいきますが(『海軍条約文書事件』でも、探し出した書類を依頼者に渡す際に、普通に出さずに一芝居うっていますよね)、2は、私にとっては何度読んでも違和感のある場面です。

もちろん、ホームズが本当にお金に執着しているとは思えません。次に発表された作品「黒ピーター」でも、ワトスンが「しかしホームズは、すべての芸術家がそうであるように、自己の芸術のために生きているのだから、ホールダーネスの公爵の場合は別として、このうえなく大きな仕事をしておきながら、多くの報酬を要求したことはほとんどない。」とはっきり書いています。事件の起こった年代からいって、「貧乏」であったはずもありません。
もっとも、公爵よりは貧乏であることに間違いはないので、財力で劣る者に知力で打ち負かされた、と公爵に思い知らせて愉しんでいるのかもしれません。または、幼い息子を危険に晒した公爵への懲らしめを金銭の徴収という形でおこなっているのかもしれません。

事情はさまざまに想像できますが、いつものホームズを知らず、この作品だけを読んだ人がいたとしたら、かなりお金に汚い人だという印象を受けるのではないでしょうか。凄腕だけれど高額の報酬を請求する、「ブラック・ジャック」のようなダーク・ヒーローを思わせます。明らかに、いつものシャーロック・ホームズとは違う顔です。
ホームズの見せた「もう一つの顔」の記憶が、この後かけられるシャーロックへの疑惑に影を落としているように思います。

(原作からの引用は全て延原謙訳)
プロフィール

Author:ナツミ
シャーロック・ホームズが好きです。どちらかというとワトスン君がより好きです。

『高名の依頼人』のこと書きましたが、6月24日までグラナダ版がGYAOで無料で観られるそうです。
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このブログで考察した「元ネタ」を、ドラマの時系列に沿って探すための索引サイトです。 順次更新致します。 「21世紀探偵・ブリキの文書箱」
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