最初の挨拶
パンダとジョン

BBC制作、現代版シャーロック・ホームズのドラマ「SHERLOCK」ファンのブログです。
①正典/聖典(原作)と比較しながらドラマを観て、元ネタ探し
②ドラマでまだ出てこない原作の事件は、SHERLOCKだとどんな話になるのかな?と妄想する

…を一人で(主にトイレとかお風呂で)楽しんでいたのですが、
さまざまな方にご意見をいただけたら楽しいだろうなあ、と思って始めました。
ネタバレ満載ですのでお気をつけください!
★原作の文章を引用する際、主に新潮文庫版(延原謙・訳)を参考にさせていただいております。
★全ての記事は、推測やこじつけを基にしており、たまに妄想も入っております。ご了承の上ご利用ください。
★このサイト及び記事へのリンクは、どうぞご自由になさってください。
【お願い】 ★記事における間違いは、できる限り修正したいと考えております。お気づきの点がありましたら、ご教示いただけるとありがたいです。
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マイクロフトについて(2)シャーロックとマイクロフト

ところで、ホームズがワトスンに出会ってから兄を紹介するまでにはだいぶ時間がかかっていますが、その後、兄が政府でどんな仕事をしているかワトスンに話すまでには、さらに時間をおきます。
ホームズはその理由を「あのころは君というものをよく知らなかったからね。国家の大事を語るには慎重を要する(ブルース・パティントン設計書・延原謙訳)」としています。

現代版ではさくっと第一話から登場することを考えると、俄かにこの「紹介までにかかった時間」、「職務の内容を明かすまでにかかった時間」が気になってきます。素直に読めば「ホームズがワトスンを信用するまでにそれだけ時間がかかった」からですが、ホームズは秘密主義のようでいて、わりと話したがりのところもあると思うのです。

以前の記事で「兄弟仲はいいらしい」と書きましたが、もし無邪気に兄を慕っていたなら、「ギリシャ語通訳」でした程度の紹介は、もっと早い段階でしていたのではないかな、と私は考えています。
まあ、そもそも「仲良くなったら家族の話をするもの」という固定観念がホームズには通用しない気がしますが、もし、彼にワトスンに積極的に兄を紹介したくない理由があったとしたら、それは「緋色の研究」の段階では仕事の内容でも社会的な地位でも、遠く兄に及ばかったので、ワトスンに自分と兄を見比べて欲しくなかったからだ、という解釈もできないでしょうか。
原作のホームズは、地位や名声には興味がないと言っていますが、権威に全く興味なし、とはいえないように思います。国家の命運に関わるような大事件を見事解決し、高貴な人に記念品をもらったりすると、それをわざわざ「ちらつかせている」と受け取れる場面もあるからです。
「花婿失踪事件」では「ボヘミアの醜聞」でボヘミア王から賜った「蓋の中央に大きな紫水晶を飾った金のかぎタバコ入れ」をワトスンに差し出してみせていますし、「ブルース・パティントン設計書」では事件解決の記念にウインザー宮殿に招かれた折、ワトスンに何も言わず出かけた割には、「すばらしいエメラルドのネクタイ・ピン」をわざわざつけて帰宅します。どうです、ちょっとイラッとしませんかっ(笑)。

意地悪な見方かもしれませんが、自分の「実績」が大きく確かなものになっていくにつれ、兄の偉大さも素直に口に出せるようになった、というのはありそうなことです。
現代版のスタッフは、そんなところから「兄弟ライバル説」を組み立てていったのではないでしょうか。もしそうなら、今後シャーロックが自他共に認める名探偵になっていくのにつれて、マイクロフトとの関係も変わっていくということもあるかもしれません。

また、ジョンはマイクロフトに出会ったことをブログでは伏せています。
同じように、原作のワトスンも、マイクロフトの存在や正体を知っていたのに書かずにいて、時機を得て少しずつ明かしていった、という考え方もできます。(『ブルース・パティントン設計書』発表の段階では、マイクロフトは既に第一線から引退していたのかもしれません)

まあ身も蓋もない言い方をしてしまえば「兄の存在も、仕事の内容もドイルの後付け設定だから」なんですが、それは言わないお約束です。

現代版のホームズ兄弟には、お母さんを巡る問題も何かあるようです。
第1話の終わり近く、

「母さんをいつも怒らせていたろう」(And you know how it always upset Mummy.)
「母さんを怒らせたのは僕じゃない」(It wasn't me that upset her, Mycroft.)

と言い争う場面があります。
これがどの程度深刻な問題なのか、まだ粘土が足りなくてわかりません(お母さんは、どのように心を掻き乱されていたのでしょうか。upsetには、『混乱させる、動揺させる、苦しめる』という意味合いもありますよね)。マイクロフトがジョンに言ったように単なる子供の喧嘩なのかもしれませんが、彼らが母について話すのを聞いて名パスティーシュ「シャーロック・ホームズ氏の素敵な挑戦」(ニコラス・メイヤー著/田中融二訳)を思い出した、という方は少なくないのでは。
物語の面白さもさることながら、ホームズ兄弟の性格について、そして意外な人物の正体について、衝撃的かつ合理的な答えを与えてくれる一編です。
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マイクロフトについて(1)ジョンとマイクロフト

前にも書きましたが、原作でのマイクロフトは、シャーロックの7歳上の兄。セバスチャンとの会話(『8年ぶり』)から察するに、第1シーズンでのシャーロックの年齢は30歳前後でしょうから、原作通りの設定なら37歳(!)
兄弟二人への態度の違いから考えたり、ハリー(36歳)が原作どおり「年上のきょうだい」であると仮定すると、ジョンは二人の間の年齢と考えられます(でも、皆もっと上に見えますよね。これだと役者さんの実年齢から、それぞれマイナス5歳くらいだからなあ…原作の設定を反映するという前提が間違ってるかもしれないし、シャーロックとセバスチャンは卒業後会う機会があったのかもしれませんね)。

ホームズ兄弟の関係が"sibling ribalry"(反目し合う兄弟)に変更されているのはもちろん、ジョンとマイクロフトの出会い方の違い、も大きな変更点です。
原作でのワトスンとマイクロフトの出会いはどうやって訪れたのかというと、ホームズとワトスンの何げない雑談が「才能は遺伝によるものか、環境に育てられるものか」ということに及び、ホームズが自分の場合は遺伝だと思う、と言い出します。

「だって僕の兄弟のマイクロフトなんか、僕より多くその特性を持っているもの」(『ギリシャ語通訳』延原謙訳)

原作のマイクロフトの「特性」については前述の記事にまとめたものを参照していただくとして、この後二人は「ディオゲネス・クラブ」に出かけ、ホームズが兄にワトスンを引き合わせます。既にワトスンの著作を読んでいたマイクロフトは温かく弟の友人を迎える…という、至って穏当な出会い方です。

現代版では、マイクロフトの方からジョンに接近します。いささか特殊なやり方で彼を呼び出し、自らの正体を明かさずにジョンに謎めいた「警告」を与える…という、印象的な登場のしかたです。
この演出は、「モリアーティーではないか」と視聴者をミスリードすることが主な目的と思われますが、マイクロフトをこうした位置に立たせることによって、3人の関係は大きく変わってきます。

まず、兄弟の間にディスコミュニケーションがあることで、ジョンの行動が変わります。
(全然関係ないですが、これ和製英語なんですね!今知りました)
原作ではワトスンが「シャーロック越しに」マイクロフトを見ていたのに対し、現代版では兄弟が「ジョンを介して」交流することになります。3話ではこの構図が上手に使われていて、板ばさみになったジョンの行動を通して、二つの事件が同時進行する様子が描かれました。

もう少し突っ込んで言えば、ジョンの「気持ちのありよう」も違ってくると思います。

原作では、「ギリシャ語通訳」事件までのワトスンは、ホームズのことを「自分と同じように天涯孤独」と思っていたようです。その上でホームズの才能に感動し、無名だったホームズに「僕は事件をみんな日記につけているから、やがて世間の人に発表してやるよ(緋色の研究・延原謙訳)」と言います。
かくして、ホームズとワトスンのコンビが結成され、ホームズの探偵としての本格的な活動期が始まるわけです。
ホームズとワトスンは無名の孤児同士、一人対一人の関係です。

対して、現代版のジョンは、シャーロックの力を知ったその日にマイクロフトにも出会います。
「シャーロックは、初対面の僕のすべてを見抜いた」とジョンはブログに書いていますが、マイクロフトはさらに、シャーロックが口にしなかった、ジョン自身ですら気づいていなかったジョンの心理に言及します。シャーロックにない力がマイクロフトにはあるということを、冒険の初日からジョンは知ることになります。
「緋色の研究」でワトスンがシャーロック・ホームズに抱いた強い印象(プラスの印象もあればマイナスの印象もあると思いますが)の一部が、現代版ではマイクロフトに振り分けられているわけです。

「見抜かれる」ということは、大抵の人間にとっては嫌なことですが(それが災いして、学生時代のシャーロックには友達いなかったわけですもんね…)ホームズ兄弟に出会った時期のジョンにとっては、必要なことでした。
戦闘の記憶、姉との軋轢、そして、戦場こそが彼の生きる場所であるということ。
さまざまな鬱屈を心の奥深くにしまいこんで、「一般市民として」生きていくことを余儀なくされたジョンを、シャーロックとマイクロフトはその闇を暴いてみせることで、本来彼が生きるべき場所に繋ぎ止めました。居場所を与えることで、笑顔を、足を、大切なものを守るために戦うということを、思い出させました。
そして「おかえり」("Welcome back")という決定的な言葉を彼に贈ったのは、マイクロフトでした。

ジョンにとっては、マイクロフトは単にシャーロックの兄というだけでなく、ある部分においてはシャーロックよりも自分のことを理解している人間です。
彼にとって、マイクロフトの存在は、原作よりもずっと大きなものになっていると言えます。

例によって長くなってしまいました。シャーロックとマイクロフトの兄弟関係に関しては、筆を改めたいと思います。




マイクロフトのメール

前記事を書いてて気づいたのですが、携帯でマイクロフトからのメッセージを受信したジョンにシャーロックが
「話せれば、マイクロフトはメールなんかしない(Mycroft never texts if he can talk)」と言っていたのは、「悪魔の足」からですね。
ホームズから電報で記録の発表を促されたという話の中で、ワトスンがこういっています。

――he has never been known to write where a telegram would serve ――
「電報の届く場所なら、彼は決して手紙なんかよこしたことのない男だ(延原謙訳)」


ホームズが手紙より電報を好んだのは、なんとなくわかります。
余分な修飾を嫌い、事実だけを伝えるのが好きな彼にとっては、電報は理にかなった伝達手段なのでしょう。

この場合のtextは「携帯でメールを送る」という動詞ですが、携帯でメールのやり取りをする際、英国ではSMS(ショートメッセージサービス)を利用するのが一般的だそうです。(『イギリス情報サイト UK INFO』より)←このサイトにも書かれていましたが、日本ではすぐに携帯でEメールを送るのが普及したから、SMSってなんか懐かしい響きですよね! ジョンの携帯を見てシャーロックが「Eメールができるスマートフォン」ってわざわざ言ってたのは、そういうことなんですね。

さて、現代版マイクロフトがメールより電話を好むのはどうしてでしょう。
忙しい彼にとっては、メールの方が便利なのではと思うのですが。
ひょっとしたら、弟ほど早打ちできないとか…
実際、7歳の年齢差ってそういうところに出たりするよね…と、同じく弟がいる私は勝手に同情したりしてます。

(追記・2011.11.18)
マイクロフトが電話を好む理由について、RM様がご考察をくださっています。
ぜひ、コメント欄も併せてお読みください!

ワトスンの強さ

第1話ラストでシャーロックの命を救ったジョンですが、原作でもワトスンは、しょっちゅう銃を携帯して(させられて)います。


だが、目的地に近くなったころ、彼は急に私の正面に来て坐り――そのときは二人で一等車を独占していたのだが――私のひざに片手をおいて、こういう気分のときの癖で、妙にいたずらっぽい眼つきで私の目の中をのぞきこんでいった。
「ワトスン君、きみはこうした冒険に出かけるときは、よく武器を忍ばせたような気がするがねえ」
私がそれをするのは彼のためなのだ。ホームズときたら、事件に心を奪われると、自分の安全をも顧みない男だから、私のピストルが物をいったことも一度や二度ではない。(ソア橋・延原謙訳)


「一度や二度ではない」って!
やはり、書いてないだけで、ワトスンは色々やってますよね……
ちなみにこの後、「ワトスン君の拳銃」はとんでもない目に遭わされてしまいます。

ワトスンはずっと「軍用拳銃」を所持していて(ジョンの時も思ったけど、それは合法なんでしょうか)、初めて捜査に参加した「緋色の研究」でも、さっそくホームズに言われて準備しています。
「まだらの紐」「赤毛連盟」などでも持っていってますが、銃を携行するのはワトスンだけのことが多いようです。
ホームズは「棒術、拳闘及び剣術の達人」(緋色の研究)です。「美しき自転車乗り」では酒場で容疑者と拳闘をして怪我して帰ってきたり、「最後の事件」では日本の「バリツ」(柔術?)の心得があったおかげで生き延びたりしています。しかし、ピストルの腕はワトスンの方が上と考えているのか、または単に観察・推理に集中したいからか、危険がありそうなときはワトスンに銃を持って行かせる事が多いようです。

実際にワトスンのピストルが「物をいった」ので印象深いのは、「四つの署名」でしょうか。
この時はホームズも銃を持っていて、実際に人を撃っています。(そのことで間一髪で助かるのですが、同時に発砲したのでどちらの弾が当たったのかはわかりません)

ワトスンがホームズの命を救ったことがはっきりと書かれている事件といえば、「悪魔の足」でしょう。
この事件は、ホームズの健康が思わしくなかったため、二人がコーンウォールに小さな家を借りて転地療養するところから始まります。ワトスンは「ホームズの鉄のような健康体が、たえず過労を強要されるところへ、ときに自らおかす不摂生も加わって、衰弱の徴候を示し始めたのは、一八九七年の春のことだった(延原謙訳)」と書いています。(『自らおかす不摂生』は原文ではoccasional indiscretions of his ownですが、indiscretionの意味は『軽率な行為』『無分別な言動』です。)

事件解決のため、二人はある毒物の効果を確かめる実験をします。
ところが思ったよりも効果が大きく出てしまい、二人ともひどい恐怖に襲われます(ワトスンの描写を読むと、おそらく幻覚症状でしょう)。発狂の一歩手前で、ホームズの顔を見たワトスンは、それが被害者の表情にそっくりなことに気づきます。

ホームズのこの顔をみて、私はハッと正気にたち帰った。椅子からとび出してホームズを両手で抱きかかえ、もつれあうようにしてドアのそとへ出た。そしてつぎの瞬間私たちは芝生へ出て、並んで横になっていた。私たちを包む恐怖の雲をつき破って、輝かしい陽光を意識するだけだった。(悪魔の足・延原謙訳)


グラナダ版のドラマでは、この場面はホームズ視点で描写されます。彼の見た幻覚が奇妙な音楽と映像で表現され、その中には少年時代のホームズらしき姿も出てきます。
また、原作ではホームズとワトスンがファースト・ネームで呼び合う描写は一度もないのですが、グラナダ版では幻覚の中で、ホームズが一度だけワトスンのことを「ジョン」と呼びます。そのこともあって、よりホームズの内面に踏み込んでいる印象を受けます。(ちなみに、グラナダ版のホームズはこのお話の中で個人的な、しかし大きな決断をしています。グラナダ版製作陣は、ホームズの内面を語る上で、この事件を重要なポイントと捉えているのではないかと思います)

死に及ぶような危険がある時、ホームズがワトスンに銃を持たせるのは、銃の腕前云々よりも、生きようとする前向きなエネルギーを持っていること、つまり人としての基本的な強さに信頼を置いていたからかもしれません。

ホームズには薬物(コカイン)摂取の悪癖があり、当時は違法ではなかったものの、ワトスンは心を痛め、何年もかけて徐々にそれをやめさせました(『スリー・クォーターの失踪』)。その意味でも、ワトスンはホームズを救っています。

ホームズには、薬物に頼らずに良い精神状態を保てる心の健やかさこそが、ワトスンにあって自分にないものである、という自覚があったのではないでしょうか。ワトスンには医師としてのスキル、また軍務経験で培ったさまざまなスキルがありますが、多くの冒険の仲間として彼が選ばれた理由は、それだけではないと思います。

ワトスンには、「悪魔の足」事件を発表するつもりはなかったようなのです。
ところが、後年(おそらく、引退して別々に暮らすようになってから)電報でホームズに促され、
「彼がどうした風の吹きまわしでそんな古いことを思いだしたのか、またどんな気まぐれで私にその発表をすすめてきたものか、まったく見当もつかないが(延原謙訳)」と前置きして物語を始めています。

基本的にワトスンの記録が世に出るのを歓迎しないホームズが、この作品の発表を勧めてきた理由ははっきりとはわからないのですが(一応本人は『もっとも怪奇な事件だ』と言ってますが、ワトスンは納得してないみたいです)、あまり自分の功績を書きたがらない友人に対するフェアプレイの精神ゆえであったり、信頼や感謝をかたちとして残すためかもしれません。そうだったらいいなあ、と思っています。

余談ですが、ホームズたちが療養した「コーンウォール」は、「モンティ・パイソン特別講義」で松尾貴史さんだったか他のお二人だったか、「日本でいうと伊豆半島みたいなところ」と解説されていて、行ったことないなりに「なるほど!」と思いました。

現代版第3話で、初めの人質になった女性もコーンウォール在住でしたね。
東京の事件に伊豆で被害者が、と考えるとなんとなく事件のスケールが分かったような、余計分からなくなったような。とりあえず温泉は出てくる気がします。

【追記:2011.10.22】
現代版・ジョンの銃についてらいかみんぐ様が、原作・ワトスンの銃についてマツシタ様が、詳しい情報をくださいました。コメント欄をごらんください。










ジョンの手、マイクロフトの手

マイクロフトがジョンの手をとって、震えを確かめる場面。

原作での初対面の時も、マイクロフトの手に関する描写があります。

「初めてお目にかかります」とマイクロフトはアザラシのひれのように平たくて幅の広い手を出して、「あなたがシャーロックの記録を発表されるようになってから、私はあちこちでシャーロックの評判を聞かされますよ。ところでシャーロック、先週は例のメーナ事件で僕のところに相談にくるかと思っていたが、何しろあれは、お前にはすこし荷がかちすぎているからな」(ギリシャ語通訳・延原謙訳)

「メーナ事件(Manor House case)」は語られざる事件か、と思っていましたが、原文を読むと「マナー・ハウスで起こった事件」と考えた方がいいみたいですね。他の方の翻訳だとどうなっているのでしょうか。

原作でマイクロフトがワトスンに会うのは、ホームズとワトスンが一緒に冒険をするようになってからだいぶ後のことですから、現代版のように「戦場の記憶」をマイクロフトが感じ取ったかどうかはわかりません。

ここではマイクロフトは何も言いませんでしたが、握手を交わす間に、ワトスンについていくつもの事柄がわかったことでしょう。ちなみにこの直後に、窓の下を通った男が「元砲兵」である、とホームズ兄弟が見抜いてみせる場面があります。

余談ですが、マイクロフト(現代版)の手と言えば、右手薬指の指輪が気になりますよね!
原作ではペルメル街に住んでいますが、上の階に住んでいるメラスさんの様子から言っても、おそらく独身者向けの住居だと思います。
現代版のマイクロフトは結婚しているのでしょうか。それにしては、左手じゃないのも気になります。
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プロフィール

Author:ナツミ
シャーロック・ホームズが好きです。どちらかというとワトスン君がより好きです。

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