最初の挨拶
パンダとジョン

BBC制作、現代版シャーロック・ホームズのドラマ「SHERLOCK」ファンのブログです。
①正典/聖典(原作)と比較しながらドラマを観て、元ネタ探し
②ドラマでまだ出てこない原作の事件は、SHERLOCKだとどんな話になるのかな?と妄想する

…を一人で(主にトイレとかお風呂で)楽しんでいたのですが、
さまざまな方にご意見をいただけたら楽しいだろうなあ、と思って始めました。
ネタバレ満載ですのでお気をつけください!
★原作の文章を引用する際、主に新潮文庫版(延原謙・訳)を参考にさせていただいております。
★全ての記事は、推測やこじつけを基にしており、たまに妄想も入っております。ご了承の上ご利用ください。
★このサイト及び記事へのリンクは、どうぞご自由になさってください。
【お願い】 ★記事における間違いは、できる限り修正したいと考えております。お気づきの点がありましたら、ご教示いただけるとありがたいです。
★コメントを歓迎しております。初めてコメントくださる方は、こちらの記事をご一読いただければ幸いです。
→「コメントをくださる方へ
「あの場面の元ネタは?」という時はこちらへ
記事索引「ブリキの文書箱

シャーロックとジョンのディオゲネス・クラブ

さあ、みんな大好きディオゲネス・クラブのお時間ですよ!
もちろん私も大好きです!が、現代版の方(第2シリーズ3話)で出てきた時、マイクロフトの言っていることがよくわからなくて、そこがわからない限りは原作と現代版の比較も無理だろう……と、長い間アンタッチャブル案件でした(※わからないのもアンタッチャブルなのも私だけです)。
しかしそこに『シャーロックの脳内19世紀版』まで登場したとなるとですよ、もう恥をしのんで、一回記事にしとかないと!放置したらいよいよ闇に葬られていくじゃないですか!私の中だけで!

まず、ディオゲネス・クラブの所在地ですが、マイクロフトの自宅があるペルメル街(Pall mall street)を「セント・ジェームズ寺院の方から歩いていった」とあります。

「シャーロック・ホームズはカールトン(The Carlton)からちょっと離れたとある家の戸口に立って、口をきいてはいけないよと私に注意をしてからホールへはいっていった。硝子の羽目板ごしに、ひろい贅沢な部屋がちらりと見えた。そこにはかなりの頭数にのぼる人たちが、おのおの好きなところに陣どって、新聞など読んでいる。ホームズはペルメル街に面した小部屋へ私をつれこんでおいて、ひとりでどっかへ行ってしまったが、すぐに、一見して兄弟と思われる人をつれて帰ってきた。」


Google mapのThe London of Sherlock Holmesによると、ここらへんみたいです。



「ここらへん」って、マークが密集してて分かりづらい!真ん中より少し左下辺りに見つかりましたか?はい見つかりましたね!(←つい最近行ってきたので、いつになく強気ですよ!)
ペルメル街(ポールモールって言ったほうが通じそうなんですが)を東に歩いて行くと、クリミア戦争の記念碑があるウォータールー・プレイス。
ディオゲネス・クラブの所在を探るには"The Carlton"の位置が決め手になるはずなのですが、現代版でのディオゲネス・クラブの場面は、ウォータールー・プレイスからペルメル街を挟んで南のCarlton House Terraceで撮影されたそうです。元々セントジェームズ宮殿の一部で、今も王室所有だとか。その偉大な歴史を語ってたらきりがないので割愛しますが、もうここ、貴族やら政治家やら、V.I.P.ばっかり住んでたんですね。ホームズの登場人物では、『プライオリ学校』のホールダーネス公爵がここの住人でした。

そして、さまざまな公的機関も入ってる。Wikiによると、MI6の一部もここにあったんですね。だから、ビリー・ワイルダーの映画"The Private Life of Sherlock Holmes"の「ディオゲネスクラブ=シークレットサービスの施設」という設定を"SHERLOCK"も踏襲している(参考:Wiki "Diogenes Club")と、建物が語っているということになるのでしょうか。

私がずっとひっかかってたマイクロフトの台詞はこのへんです。(第2シリーズ3話より)

”Tradition, John, our traditions define us.”
”So total silence is traditional, is it?You can't even say pass the sugar?”
"Three-quarters of the diplomatic service and half the government front bench all sharing one tea trolley, i
t's for the best, believe me. They don't want a repeat of... 1972."
「伝統だよ ジョン。ここでは伝統が何にも勝る」
「完全な沈黙が伝統ってことですか?『砂糖をとって』も言えないの?」
「外交官の4分の3と政府の幹部の半分がひとつのワゴンからお茶を飲む。それが一番だ。 そうだろう?皆繰り返したくないんだ…1972年を」(拙訳)



「1972年」が「血の日曜日事件」を意味しているのだ、ということは(調べたし人にも聞きまくったので)わかりますし、負の歴史を繰り返さないために、横のつながりを持つのもわかる。ただ、それと「沈黙の伝統」がどう繋がるのか、ずっとわからなかったのです。
原作でははこう説明されていましたよね。

「どうもそんなクラブは聞き覚えがないね」
「それもそのはずだよ。内気とか人間ぎらいとかが原因で、人なかへ出たがらない連中が、ロンドンにはずいぶんいるからね。それかといって、坐り心地のいいいすや、新刊の雑誌類がまんざらきらいなわけではない。こういう人たちの便宜のためディオゲネス・クラブができたわけだが、いまではロンドン中の社交ぎらいの男たちを大半網羅している。クラブ員はおたがいにほかのクラブ員に絶対関心をもってはいけないし、外来者室以外では、どんな事情があっても談話することを許されない。もしこの禁を犯し、委員会の注意をうけること三回におよべば、話をした男は除名処分になる。兄はこのクラブの創立者の一人だが、実見して知っているけれど、なかなか感じのよいところだよ」



まあようするに、「社交嫌いの人のための社交しないクラブ」だから「沈黙する伝統」があるってことですよね。
この時点でのホームズは、マイクロフトの仕事を「数字に対する特殊な才能があるので、政府のある商の会計簿の検査を引き受けている」と説明していますが、後年の『ブルース・パティントン設計書』ではこう変わります。

「あのころは君というものをよく知らなかったからね。国家の大事を語るには慎重を要する。兄が政府のもとで働いていると考えるのは当っている。だがある意味では、兄は政府そのものなんだといっても、まちがいではない」
「政府そのものだって?」
「驚くだろうと思った。マイクロフトは年俸四百五十ポンドの下級官吏に甘んじ、どんな意味でも野心なんかもたず、名誉も肩書も望みはしないが、それでいて国家に欠くことのできない人物なのだ」
「ほう、どんなふうに?」
「そうさね、まずその地位が特殊なものだ。自分で作りあげたものだが、前例もなければ、おそらく今後も踏襲する人は現われないだろう。頭がじつに整然としていて、事実を記憶する力にいたっては当代その右に出るものはいない。同じ大きな能力を僕は犯罪の捜査に向けているが、兄はこの特殊な仕事に注いでいるのだ。
各省で決定したことは、すべて兄のところに回付されてくる。中央交換局というか手形交換所というか、均衡を保つところになっているのだね。ほかのものもすべて専門家ばかりだが、兄の専門は全知というところにある。たとえばいま、ある大臣が海軍、インド、カナダ、あるいは金銀両貨複本位制の問題に関する知識を必要とするとしよう。もちろんこの大臣は各省から個々の問題についての報告なり助言なりは得られるが、そいつを集中的に報告し、即座におのおのの関連を指摘し得るのはマイクロフトあるのみなんだ。
そこでみなは、手っ取早くもあるし便利なので兄を利用するようになった。いまではなくてはならない人物になっている。兄の偉大なる頭脳のなかには、あらゆる問題が整理分類されていて、すぐに取り出せるようになっている。マイクロフトの一言が国家の政策を決定したことが幾度だか知れない。兄はそこに生命をうちこんでいるのだ。決してほかのことは考えない。ただどうかして僕がつまらない事件の相談でも持ち込んだときだけは、知力の鍛錬という意味で、その節を曲げるくらいのものだね。
そのジュピターがきょうは下界に降りてくるというのだ。いったい何を意味するのだろうね?カドガン・ウェストって何者だろう?マイクロフトとどう関係があるのだろう?」



『ギリシャ語通訳』と『ブルース・パティントン~』を読み比べると、「マイクロフトの設定、ずいぶん『盛った』な……」と思っちゃいます。「優秀なのに怠惰な変わり者」という印象だったのが、「影の英国政府」にまでなってますもんね。
マイクロフトはディオゲネス・クラブの創立者の一人でもあります。ホームズのこの台詞は、マイクロフト本人のみだけでなく、クラブの役割をも説明しているのかもしれません。
マイクロフトを中心として、政府幹部や外交官が機密事項を持ち込みつつ、交流を図る。それがディオゲネス・クラブの目的だとすれば、「決して口を開かない」「互いに関心を持ってはいけない」伝統には重い意味があり、「社交嫌いのためのクラブ」は表向きの姿ということになります。裁判所で働いてたというメラスさんも、『たまたまご近所に住んでるスーパー通訳さん』ではなくて、クラブに出入りすべくマイクロフトの保護下に置かれてたと考えるほうが自然ですね。
まあ、そうは言ってもマイクロフトも弟も立派に社交嫌いだろうし、プレッシャーの大きい仕事をしている人たちにとっては「フツーに居心地がいい」側面もありますよね。ディオゲネス・クラブを漫画喫茶やネットカフェに例える人がよくいますが、賛成です。

そんなマイクロフトとディオゲネス・クラブですが、現代版ではジョンの目を通して描かれ、『忌まわしき~』では19世紀の描写全体がシャーロックの頭の中の出来事ですから、当然シャーロックの視点で描かれるのが面白いと思います。
つまり、二人が考える「マイクロフトその人」≒「英国政府そのもの」の本質が、そこにあらわれているのではないでしょうか。

ジョンは、ATMからお金を下ろそうとして、おなじみの車に拉致されてディオゲネス・クラブに連れて行かれます(もはや抵抗なし)。
ジョンはこの時が初めての来訪だったのでしょう。「伝統」を知らないので、わけがわからず大声で質問をしてしまい、スタッフらしき人に捕まってしまいます。【追記:2016.10.22】「シャーロック・ホームズ完全解析読本」(宝島社)によると、ジョンの大声もちゃんと「3回目」までは見逃されているそうです。すごい!ドラマも気付かれた方も、素晴らしいこまやかさ!
当然クラブの「伝統」には批判的な態度。その印象は、弟・シャーロックの危機だというのに本人に接触せず、まわりくどい手順を踏もうとするマイクロフトへの非難につながります。
ただ、マイクロフトを心の底から疎んじているようには見えないですよね。
"SHERLOCK"では、原作では描かれなかった「ジョンとマイクロフトがシャーロック抜きで会う場面」が何度も繰り返されるのですが、それによって、マイクロフトの兄としての心配や苦悩を、視聴者とジョンは感じ取ることができる。マイクロフトは傲岸不遜ですが、決してそれだけの人のようには描かれていません。だから、ジョンがマイクロフトに向ける目には批判や非難だけではなく、同情というか共感というか、ある種の親愛の情が感じられます。

知識も実体験も乏しいので曖昧な言い方になってしまうのですが、時々「愛国心」や「紳士たるもの」なんて表現が持ちだされた原作に比べ、現代の若者、言ってしまえば「庶民」の、「祖国」に対する思いに通じるものがあるのかも、って言ったら斜め上に考えすぎでしょうか。ジョンがマイクロフトに対する時の、苛立ってるような諦めてるような、信じてるような信じてないような、頼ってるような頼られてるような、ビビッドさのない淡い表情が、私にとってはとても興味深かったりします。

シャーロックが見た19世紀のディオゲネス・クラブは、大変優雅な空間ではありますが、手話(という、使わない人にとっては非日常的な手段)でコミュニケーションをとり、それがわからなければコミュニケーションが成り立たない世界。
「談話室以外では声を出せない」という状況から考えていくとそうなるのかもしれませんが、ワトスンが手話で滑稽なことを言ってしまう場面では、クラブの排他性が強調されていると言ってよいと思います。
その中心であるマイクロフトは、動くのが困難なほどに肥え太っていて、自ら死へのカウントダウンをしながら、なおも貪欲に食べ物に手を伸ばします。月並みな解釈ではありますが、マイクロフトの体型は「大英帝国」を表しているのでしょう。ここでのワトスンは、当時の男たちの代表として、頑迷さや偏見の多さが強調されます。

カリカチュアライズされてもそこはマイクロフトなので、シャーロックの考えることを逐一理解し、さらに導く役割を担ってもいる。シャーロックにとってのジョンの導き方とマイクロフトの導き方の違いが比べられるのも、この作品の面白いところじゃないかと思います。
(関係ないんですけど、マイクロフトの余命『2年11ヵ月4日」って何の数字からきてるんだろう。 『緋色の研究』のワトスンの一日あたりの収入『11シリング6ペンス』でしょうか。11しか合ってないから違うかな)

ところで、ご存知かとは思いますが、ディオゲネス・クラブの名は古代ギリシャの哲学者から取られています。
Wikipedia 「ディオゲネス(犬儒学派)」
私には哲学の難しそうな用語は全然わかんないので、ついヘンタ……変人エピソードばっかり拾っちゃうんですが、『ギリシャ語通訳』を一読した限りでは、ディオゲネス・クラブの命名はディオゲネスの社会性のなさというか、世俗を超越してるというか、人を食ったところに関連するような気がしていました。そもそもクラブって社交のためにあるのだろうに、社交しないクラブっていうのがもう、ディオゲネスのシニシズムそのものですよね。
ただ、『ブルース~』での再登場に際して、ドイルはマイクロフトの設定を「盛った」と書きましたけれど、ディオゲネスとアレクサンダー大王のエピソードや、海賊に奴隷として売られた時の台詞なんかを読むと、初めから「影の為政者」にふさわしい名前を与えられていたのかもしれない、と思えてきます。

そんなこんなで、整理すると

・ディオゲネス・クラブには二つの顔がある。『ギリシャ語通訳』で語られた『社交嫌いのためのクラブ』としての顔と、『ブルース・パティントン計画書』で説明されたマイクロフトの特殊な業務に関わる顔。
・ディオゲネス・クラブは、「変わり者」マイクロフトその人のカリカチュアであり、それは「英国政府」のカリカチュアでもある。

という感じでしょうか。目新しい結論でもなくて恐縮ですが……

おまけとして、この場面で気づいた原作ネタをすこし。

・この場面には『ギリシャ語通訳』でのディオゲネス・クラブの場面からそのまま引用されている台詞がいくつかありますが、マイクロフト登場時のi>"To anyone who wishes to study mankind, this is the spot."という台詞もそのひとつです。原作ではホームズ兄弟が張り出し窓からペルメル街を見下ろしながら、通りかかった男について推理合戦を繰り広げます。
そこで男の子どもの数が云々されるのですが、『忌まわしき~』ではそれが「マイクロフトの寿命の年数」のやりとりに変換されているのが、皮肉な感じで面白い。

「初めてお目にかかります」とマイクロフトはアザラシのひれのように平たくて幅の広い手を出して、「あなたがシャーロックの記録を発表されるようになってから、私はあちこちでシャーロックの評判を聞かされますよ。(後略)」
このマイクロフトの「アザラシのひれのような手」、よくできていますよね。特殊メイクすごい!

・『ブルース・パティントン計画書』で、ホームズは自宅と職場とクラブ以外の場所に行かないマイクロフトを「決して軌道をはずれない(なんと、221Bを訪れたのも『ギリシャ語通訳』以来。みっちょん様おすすめのフォルソム年表によれば、7年ぶり!)惑星」に例えています。ホームズが「カドガン・ウェストって誰?」状態なのに対し、新聞を読んでいたワトスンはすぐ反応しましたから、珍しく「ホームズのみが事情に疎い」状態です。マイクロフトの登場にホームズが苦手とする天体の話題が絡んでいたことは、これらの原作エピソードにも第1シリーズ3話”The Great Game"にも、違和感なくつながっています。(参考記事『ホームズと宇宙』)

(原作からの引用はすべて延原謙訳)
スポンサーサイト

ホームズと宇宙

『忌まわしき花嫁』の中で、ホームズは「黄道傾斜角」にずいぶんこだわってましたね。

ホームズも現代版のシャーロックも、知識量はすごいのに、本人が必要ないと判断した分野にはまったく興味を示しません。
"The Great Game"で、シャーロックは「太陽系のことを知らない」件でジョンにドン引きされてました。

「だって太陽系の知識ぐらい!」
「くそ!それが何だっていうんだ! 僕らが太陽の周りを廻ろうと、月の周りを廻ろうと、テディベアみたいに庭を廻ろうと、何の違いもない!」(拙訳)


原作でも、『緋色の研究』でワトスンドン引き。

だがそんなのはまだよいとして、偶然のことから、彼が地動説や太陽系組織をまったく知っていないのを発見したとき、私の驚きは頂点に達した。いやしくもこの十九世紀の教養ある人物で、地球が太陽の周囲を公転しているという事実を知らぬものがあろうとは、あまりの異常さに私はほとんど信じがたくさえあった。
(中略)
「だって太陽系の知識くらい……」と私は抗議した。
「僕にとってそんなものがなんになるものか!」彼はせきこんで私の言葉をおさえた。「君は地球が太陽の周囲を回っているというが、たとえ地球が月の周囲を回転しているとしても、そんなことで僕の生活や僕の仕事に、なんの変化もおこらないんだからね」



あまりにホームズの知識が偏っているので、ワトスンはリストまで作っちゃってます。

一、文学の知識---ゼロ
二、哲学の知識---ゼロ
三、天文学の知識---ゼロ
四、政治学の知識---きわめて薄弱
(以下略)


ここに「天文学の知識ゼロ」とあるのに、『ギリシャ語通訳』では、太陽黄道傾斜角についてワトスンと話す場面があるのです。

ある夏のこと、午後のお茶のあとで、話はゴルフ・クラブのことから、黄道の傾斜度変化の原因におよび、ついには隔世遺伝と遺伝的特性の問題にとぶといった具合で、いたってとりとめないものだった。
ある人物に与えられた特別の才能というものが、どの程度その祖先によるものか、またその人の少年時代のしつけによるものかというのが、論点となった。



ここから兄のマイクロフトの話になり、二人はディオゲネス・クラブに向かいます。記念すべき、マイクロフト初登場の場面ですね。
それにしても、『緋色の研究』の時点でホームズの天文学の知識は本当にゼロだったのか。

1.ホームズには天体の知識があったが、そのことをワトスンに隠していた
2.この時点でのホームズは、本当に天文学のことを知らなかった(あるいは、SHERLOCK風に言うと『ディスクの容量を空けるためにデータを消去していた』)。その後、必要に応じて勉強しなおした


この2つのうちのどちらかだとしたら、私は1じゃないかと思っていました。中学生くらいにはよくいますからね、殊更常識はずれなところを見せつけて、友達を驚かせようとする子が……。それに、「文学の知識ゼロ」とワトスンに断じられてますが、後にホームズはさまざまな文学作品の引用をします。(過去記事:『引用と矛盾』)

しかし、『SHERLOCK』では一貫して2のスタンスを取るようです。
"The Great Game"では、シャーロックが「知らない」と言っていたはずの天体の知識を使って人質の子どもを救うので、私は「ギリシャ語通訳だ!」と思ったのですが、よく考えれば直前のプラネタリウムの場面で「インプット」が行われているんですよね。
(原作同様、もともと知っていたのか、プラネタリウムで学んだから事件解決できたのか、はっきりさせないところが作り手の巧さで、シャーロックというキャラクターに奥行きを与えているんだとも思うのですが)

そして、『忌まわしき花嫁』。(前から謝ろうと思ってたのですが、サブタイトルが日英混ざっててすみません!『忌まわしき花嫁』だけは日本語での公開が早かったから、日本語でインプットされちゃってるもので……)
こちらでは、冒頭で話題に登った「マナーハウスの事件」が、実は天文学絡みだったということになってます。
この「マナーハウスの事件」も『ギリシャ語通訳』から。原作とほとんど同じ会話が繰り返されます。

"By the way, Sherlock, I expected to see you round last week to consult me over that Manor House case. I thought you might be a little out of your depth."
“No, I solved it,” said my friend, smiling.
“It was Adams, of course.”
“Yes, it was Adams.”

「ところでシャーロック、先週は例のメーナ事件で僕のところに相談にくるかと思っていたが、何しろあれは、お前にはすこし荷がかちすぎているからな」
「いや、あれはもう解決をつけましたよ」ホームズはにこにこしている。
「あれはやっぱりアダムズだったろうね」
「ええ、アダムズでした」



原作では、アダムズについてはこれ以上は語られません。
『忌まわしき花嫁』では、このアダムズが王立天文学会に黄道傾斜角についての論文を書いたところ、もっと優れた論文を読んでしまい、嫉妬に駆られて殺してしまったということになってます。

(『忌まわしき花嫁』の)ホームズが黄道傾斜角の論文を読んでいるのは事件解決後、レストレードが来ていた時でしたから、『マナーハウスの事件』では、シャーロックやホームズの言うとおり、天体の知識は「仕事」自体には必要なかったのかもしれません。
しかし、ホームズは「もっと賢い男(ワトスン談)」であるマイクロフトに「理解できた」と言いたいがために、論文を読みふけります。そんなホームズに、マイクロフトは

"It is no easy thing for a great mind to contemplate a still greater one."
「偉大な頭脳にとって、さらに偉大な頭脳に向き合うのは簡単なことじゃない(拙訳)」


と突きつけます。

オチがわかってから見れば、このマイクロフトもまた、シャーロックの頭のなかのマイクロフトです(『英国政府そのもの』だから、英国が肥え太ってる時代はマイクロフトも巨大なんでしょうか)。
シャーロックが取っ組み合わなければならない、「自分よりも優れたもの」って何なのでしょうね。
本人が死んでいるにしても、胸に巣食う「ジム・モリアーティの亡霊」が正解といえば正解なのかもしれない。
でも、この場面でのマイクロフトの文脈から言うと、それはシャーロックが深く理解し得ない「女性」かもしれないし、あるいは自分より優れたものに「殺人的な嫉妬」を抱かなければならない、業のようなものが真の敵なのかもしれない。
作品が深いのか、私が勝手に庭をぐるぐる回っているだけなのかわからないのですけど、これだけ視聴者の妄想を掻き立てるような台詞を畳み掛けてくる『SHERLOCK』って、やっぱり「偉大」だな~、と思わずにいられません。

(原作からの引用はすべて延原謙訳)


メイドとワトスン

ちょっと(?)生意気なメイドとワトスンのやりとりが可愛らしい……

ベルを鳴らしてもなかなかやってこないメイドにしびれを切らして、懐中時計を取り出して時間をチェックするワトスン。
この懐中時計は、『四つの署名』に出てきた、ワトスンのお父さん→お兄さん→ワトスン、と譲られてきた品ではないでしょうか。

「ちがったら訂正してもらうとして、この時計は君のお父さんから兄さんに伝わっていたものだと思う」
「裏にH.Wと彫ってあるからだろう?」
「そうさ。Wは君の姓だ。制作日付は五十年ばかりまえで、彫り込んだ頭文字もおなじくらい古くなっている。つまりこれは、われわれの親の代の代物なんだ。貴重品というものは親から長男にゆずられるのが普通で、その長男は父親とおなじ名をあたえられていることが多い。君のお父さんはたしか、だいぶ前に亡くなったとか聞いている。だからこの時計は、君のいちばん上の兄さんが持っていたのだ」



『ピンク色の研究』では、妹※・ハリエットからジョンがもらったスマートフォンになっていました。(※上記のような経緯があったので私は『姉』と思い込んでいましたが、SHERLOCK CONでハリーは妹と判明したようです)

さて、ワトスンに叱られてしまうメイドさん。

"The fires are rarely lit, there is dust everywhere and you almost destroyed my boots scraping the mud off them. If it wasn't my wife's business to deal with the staff, I would talk to you myself."
「暖炉にはめったに火を入れてないし、そこら中ほこりだらけ。靴の泥を掻き落とそうとして傷だらけにした。
もしこれが妻の領分じゃなければ、僕が直接言ってやりたいくらいだ」(拙訳)


このメイドさん、ちゃんと原作に出てきます。

"(前略)As to Mary Jane, she is incorrigible, and my wife has given her notice; but there, again, I fail to see how you work it out.”
「女中のメアリー・ジェーンなら、こいつは何とも始末に終えない女でね、たまりかねて家内が、お払い箱の予告を申し渡したが、それにしてもどうしてそんなことまでわかるんだろう?」


ホームズがワトスンの靴にキズがついているのを見て、「靴底の縁にこびりついたどろをかきおとそうとして、そそっかしい者がつけた疵」と推理したわけです。
家事一切を取り仕切るのは女主人の仕事で、いかにメイドが生意気でも、ワトスンはクビを言い渡す立場にはないのですね。
原作を読んだ時は「ワトスン同様、メアリも彼女に手を焼いている」と思い込んでいましたが、本当に、この後すぐクビになったのかしら。
このお話を観て、実はこのメイドさん、意外にメアリと仲良しだったのかもしれないなあ、なんて想像してしまいました。
家庭教師時代にフォレスタ夫人に可愛がられていたメアリのことですもの、たとえ家事の腕前に問題があっても、彼女(メアリー・ジェーン)が賢い子で話が面白かったりしたら……
もっとも家庭教師と雑役女中では違いますから、原作ではその可能性は低いですけれど、このドラマなら、ひょっとしたらそういうこともあるような気がします。

また、ワトスンに"Are you incapable of boiling an egg?!(君は卵をゆでることもできないのか)"と言われてしまったり、電報を渡し忘れた言い訳として「本を読んでいた」と返すくだりもありますが、本に夢中で仕事を疎かにしてしまうのは、実は221Bのコックさんです。

「君を煩わすほどのこともないが、まあ新しいコックがわれわれのために作ってくれた二個の固ゆで卵を君が平げたら、ディスカッションをやってもいい。どうもこのゆで加減ときたら、きのうホールのテーブルで見た”家庭雑誌”と関係がないでもないらしい。卵をゆでるというだけのささいなことでも、時間の経過に気をくばるという注意力を必要とするんだね。あの結構な雑誌の恋愛小説を読みふけっていては成立しないわけだ」(『ソア橋』)



ちなみに、原文にあたると「結構な家庭雑誌」とは"The Family Herald"。 よくこの頃の小説の脚注に出てくる。大衆的な週刊誌って感じなんだと思います。The Strand Magazine との違いはどんな感じなんでしょう。メイドさんがストランド誌を読んでるのって意外なのかな?文藝春秋をギャルが読んでるみたいな……?わ、私でもわかるようなご教示、お待ちしております!

『緋色の研究』の頃は、ハドスンさんともう一人のメイドさんの描写しかないので、ペイジのビリー少年やコックさんは後年雇い入れられたのでしょう。ホームズの家賃払いが良くなったのと、ハドスンさんがお歳を召していったのと、両方の理由からなのでしょうね。

メイドさん側の事情も考慮すると、この頃は大変な人手不足だったようなんです。
この頃、使用人を雇うのはステイタスシンボルのひとつでした。上流階級はもちろんですが、中産階級の家庭に「一人でも使用人を置いていれば、我が家もひとかどの家である」という意識があって、メイドの需要は大変大きかったようです。
ドラマ『ダウントン・アビー』や篠田真由美先生の『レディ・ヴィクトリア』を鑑賞するとよくわかるのですが、大きなお屋敷ではメイドの仕事は細分化されているのに対して、それほどでもない家庭では、膨大な家事をすべて一人のメイドがやらなくてはなりません。
最近の表現で言えば「ブラック」もいいところ。産業革命が進んだことによって、工場などでも働き手の需要はある。
要するに、売り手市場だったのですね。こうした背景を考え合わせれば、彼女のワトスンへの態度にも納得がいきます。

……まあ、マーティンワトスンにもちょっと隙があるというか、単に「上司として言いやすそう」なのも、2世紀後とはいえ同じ労働者として、共感できるんですけどね。

ホームズからワトスンへの電報は、『ピンク色の研究』でのメールと同じ。おなじみのアレ、ですね。

DR. JOHN WATSON 
COME AT ONCE IF CONVENIENT.
IF INCONVENIENT, COME ALL THE SAME.
HOLMES

「都合ヨケレバコイ、ワルクテモコイ(『這う男』)」


原作では差出人がS.H.となってます。

(原作からの引用はすべて延原謙訳)

「花嫁」に続く事件

馬車の中で「もういくつか考えがあるんだろ?」と尋ねるワトスン、「もっと深く潜らなければ」と独りごちるホームズ。
初見の際は、これは『緋色の研究』の馬車での会話から、と思い込んでいました。

「データがない。証拠材料がすっかり集まらないうちから、推理を始めるのはたいへんな間違いだよ。判断がかたよるからね」(『緋色の研究』)



この「データが足りない」という言い回しは原作に複数回出てきますが(過去記事『データ、データ、データ!』)、今回はシャーロック自身の呟きでもあったんですね。2度めの鑑賞からは、違う意味に感じられるのが面白い。

エミリア・リコレッティ事件後の数ヶ月間に、この事件を模倣したというか、エミリアの仕業にみせかけた犯罪が起こったようです。ホームズの顔の上に、いくつかの新聞記事が浮かび上がります。

STATEMENT FROM CAB DRIVER “IT WAS MRS RICOLETTI”「御者が証言『犯人はリコレッティ夫人』」
GHASTLY MURDER IN THE WEST END DREADFUL END OF PEER. 「怪奇殺人 ウェスト・エンドで」
ALARMING DISCOVERY IN ISLINGTON 「船長 変死体で発見」
MANCHESTER SHIP CANAL AT EASTHAM ’GHOST’ IDENTIFIED? 「亡霊の身元判明?」
WHO WILL BE NEXT? In the notorious ‘Bride’Murders.「次は誰だ?」
SCOTLAND YARD BAFFLED MYSTERIOUS DEATH OF VISCOUNT HUMMERSKNOT「スコットランド・ヤードお手上げ 子爵謎の死」 (訳はNHK版から)



新聞の切り抜きは、ホームズお手製の犯罪記録帳からでしょうか。シャーロックはスマホで何でも検索しちゃいますけど、原作では新聞記事を地道にアーカイヴしてましたものね。

シャーロック・ホームズは暖炉の片側に陣どって、むっつりと、例の犯罪記録に索引をつけているし、(後略・『オレンジの種五つ』)



科学捜査にしても、犯罪記録作成にしても、ホームズはほぼ「創始者」で、現代に生きるシャーロックは「先人の作ったものを活用する人」なんですよね。だからシャーロックはただホームズを現代に連れてきたというキャラクターではなく、すこし性格が違う。
ベネディクト・カンバーバッチの演じ方も(この場合同一人物であるにも関わらず)、ちゃんと変わってると思います。19世紀ホームズの方が落ち着いていて、ワトスンとのパワーバランスもまた違いますよね。物語の上では、シャーロックの自己像があんな感じだということなんでしょうが……

さて、レストレードによると、少なくとも5人の男が自宅で殺され、米を撒かれ、壁には『YOU』の血文字があったとか。

後に切り抜きがアップになる場面を参照しながら、記事をチェックしていきましょう。
まずイズリントンの事件から。ある月曜日、イズリントンのユニオン・チャペルで、清掃作業員のエリザ・バートンが、頭部を撃ちぬかれた海軍大佐レオ・マスターソンの死体を発見しました。(階級はwikiを参考にしたのですが、違ったらすみません。ご教示いただければありがたいです)
死体の上には「まるで結婚式のように」大量の米が撒かれていたようです。

元ネタとしては、『海軍条約文書事件』に出てくる、『疲労せる船長の事件(“The Adventure of the Tired Captain”)』しか思いつかないかなあ……Captainの一言しかつながりがないので、信憑性はないですが……

また、肉屋のフレデリック・ヴァ…ヴァニスタート?(よく見えない)さんが自宅の庭で喉を切られて殺され、やはり米が撒かれてたケースも。
「米を撒く」ってオリジナルではやってないのに、しっかり受け継がれてるのがちょっと可笑しいですね。結婚式っぽい演出なのね。

もう一つは、ハマーズノット(この読み方でいいんだろうか)子爵の事件。
SCOTLAND YARD BAFFLEDという見出しは、内容的にはそんな珍しい事じゃないですが(レストレードごめん)、今作は過去のホームズ映画へのオマージュが特に多いですから、ここで世界初のホームズ映画、"Sherlock Holmes Baffled"を挙げておくべきかもしれません。
1900年に作られたショートフィルムなのですが(私は日暮雅通先生のトークイベントで教えていただきました)、まさに「カツオホームズ大慌て」って感じです……



新聞記事に戻ると、この事件では高名な子爵が硫酸を浴びせられたらしいです。
まんま『高名の依頼人』じゃないですか!あの事件のグルーナー男爵、いつThe League of Furiesにやられてもおかしくない男ですからね!SHERLOCK世界のキティ・ウィンターはうまくやったね!!

「関係ない殺人をエミリアの仕業に見せかけようとする」人もいたでしょうが、、エミリアに共感したり、触発されて行動を起こした人たちもいたんじゃないかしら。
これらの新聞記事はきっと、シャーロックがマイパレにデータ保管してた「現実の」事件なんですよね。メアリのように参政権を求めて運動する女性たちもいた一方で、エミリアたちのように抑圧されたエネルギーを復讐に向けるひとも、少なくなかったと思うんです。

ところでホームズ、紺色ガウンを着てますね。このガウン、原作では『唇の捩れた男』に出てきます。
このガウン、友人は紫って言ってました。紺色に見えるのが私のモニターのせいで、紫色だとしたら『青いガーネット』ですかね……

過去記事:『シャーロックのガウン』

う~ん、どっちとも取れる色かな。
やたらファッション・チェックが細かいことに定評があるワトスンですが、「同じガウンを青って言ったり紫って言ったりしてる疑惑」が湧いてきたぞ!

レストレードに「無能なスコットランド・ヤードを代表して言わせてもらえばその椅子はからっぽ」と言われて、「ワトスンが進歩したと思った」と返すのも『唇の捩れた男』からですね。

「君はすばらしい天禀をもっているよ、寡黙というね。これがあるから君は相棒としてもってこいなんだ。(後略)」



次の場面の「メアリがいない椅子」に繋がる「ワトスンがいない椅子」は、『SHERLOCK』本編でも描写されてきましたが、原作でも何度か言及がありました。

「(前略)ロンドンに着くと、まずベーカー街の旧居に自身乗りこんで、おかみさんのハドスン夫人を気絶せんばかりに驚かしてしまった。旧居は兄のマイクロフトの骨折りで、書類などもそっくりそのまま、以前の通りに保存されていた。というわけで、きょうの午後二時には、昔なつかしいあの部屋の坐りなれた肘掛いすに僕は納まったわけだが、親友ワトスン君が昔どおり、おなじみのいすに掛けていないのだけが物足りなかった」(『空家の冒険』)



過去記事『ジョンの肘掛け椅子』

黄道傾斜角の話については、また別記事にまとめようと思います。

(原作からの引用はすべて延原謙訳)

モルグにて

現代版の青白い光(蛍光灯かな)を見慣れたせいか、「青い炎のちろちろするブンゼン灯(『緋色の研究』)」に「ホントだ!めっちゃチロチロしてる!」とやたら感激するモルグのシーン。 

モルグでのホームズの第一声は、”Please tell me which idiot did this(どこの馬鹿がこんなことをした)!"。
『緋色の研究』のホームズも、現場に到着するなり怒ってました。現場保全の重要性を理解せず、前の道についた足あとを踏み荒らした警官たちに怒っていたわけですが、こちらでは「死者による犯罪」を本気で信じているアンダースンたちに苛立っているようですね。
原作でも
この事務所は大地にしっかり足をおろしているのだ。今後もそうでなければならない。世の中は広いのだ。幽霊まで相手にしてはいられない。(サセックスの吸血鬼)

というスタンスです。

そして、まさかのモリー男装!「いや、見抜けない人のほうが珍しいだろ!」と思わざるを得ませんが、シャーロックの脳内では

ワトスン→気づいてる
アンダースン→気づいてない
自分→気づいてない

という設定なんでしょうか。あとでモリーが女性として登場した時に驚いてるので、気づいてたけど気づかないふりをしてる、というわけじゃなさそうですよね。
そうだとしても、「気づかない自分」という設定はシャーロック本人によって行われたわけで、よく考えるとたいへん複雑なことになってます。

原作では、アイリーン・アドラーの男装に、ホームズ・ワトスン共に気づけないんですよね。

ベーカー街に帰りつき、戸口でホームズがポケットの鍵をさぐっているとき、通りがかりに声をかけた者がある。
「シャーロック・ホームズさん、こんばんは」
通行人は幾人かあったが、言葉をかけたのは、急ぎ足に遠ざかっていったやせ形に長外套を着た青年だったらしい。
「聞きおぼえのある声だ」ホームズは街灯のほのぐらいなかにじっと瞳をこらした。「はて、どこのやつだろう?」(『ボヘミアの醜聞』)
これが、ホームズにとってながく忘れられない大失敗になってしまうわけですが、逆パターンもあって、男性の女装は見抜いてるんです。

「どうだい、うまくいったね」ホームズは逸りたつスパニェルの首輪に紐をつけながら、
「女主人だと思ったのが別人だったのだ。犬はけっして人違いはしないからね」
「あの声は男だったぜ!」
「そうさ。これでカードがまた一枚手に入ったわけだ。だがこのカードを使うには、やっぱり慎重でなければならないよ」(『ショスコム荘』)
だから単純に「異性装を見抜けない」わけではなくて、ホームズにはどこか、女性に対して腰のひけてるところがあるという解釈もできるかもしれない。
もちろん、上記のケースだけでは何とも言えません。その場面に至るまでの経緯も異なるし、それだけアイリーンの演技が見事だった、という見方もできるでしょう。
しかし『忌まわしき花嫁』という作品は「ホームズと女性」というテーマに深く切り込んでいますから、シャーロックによるモリー男装設定にも「19世紀に女性の検屍官はいないので、苦し紛れに」以上の意味があるのでしょうね。 【追記:2016.7.23】ミナミナさんに教えていただいたのですが(ありがとうございます!)、男装したモリーのモデルは、ジェイムズ・バリーという実在した男装のお医者さんだと、脚本のマーク・ゲイティス氏がおっしゃっていたそうです。全然知りませんでした!事実は小説より奇なり……! もっと言うと、シャーロックには「自分だってモリーやジャニーンにとっては、『女を弄んだ男』なんだ」という自覚があるんですよね。後に彼女たちが登場する場面にたどり着いたら、またゆっくり考えたいです。

”There are two features of interest,as you are always saying in Dr.Watson's stories.”
”I never say that.”
”You do, actually, quite a lot.”
「ワトスン先生の小説で君がよく言うように、『興味深い点が二つある』」
「そんなこと言った覚えはない」
「それが言ってるんだよ、しょっちゅう」(拙訳)
映像化ホームズの醍醐味のひとつに、「ワトスンが語った話」と「ホームズとワトスンに実際に起こったこと」のズレを楽しめる、ということがあります。ホームズの台詞をワトスンが脚色する、ということもありそうですよね。 そこから更に読者がホームズの台詞を作ってしまう、ということもあり、その代表格が「初歩だよ、ワトスン君(Elementary, My dear Watson)」。 
ElementaryもMy dear Watsonも作中には出てきますが、組み合わせて用いられたことはない、というのは、わりと有名な話だと思います。でも、誰かに「ホームズのものまねして」と言ったら、この台詞を言うんじゃないかな。それくらい有名な台詞ですよね。『忌まわしき花嫁』のラストシーンでも、印象的に用いられています。 

さて、こちらは他作品のネタバレになるので閲覧に注意していただきたいのですが、ワトスンが「双子説」に固執するのは 
 

 2004年のBBCドラマ"The Case Of The Silk Stocking"から、と教えていただきました(ありがとうございました!)。ルパート・エヴェレットがホームズ、イアン・ハートがワトスンのシリーズです。日本でも『淑女殺人事件』というタイトルでDVDになってますね。私は未見なのですが……
原作で双子がキーになる話ってありましたっけ。『四つの署名』のショルトー兄弟や『まだらの紐』のストーナー姉妹は双子だったけど、謎解きには特に関係無かったような。語られざる事件はどうだったかな?
それにしても、ジョンは絶対しなそうな、「どうですかこの推理!」と言わんばかりの無垢な瞳、byマーティン……うっかり、新たな性癖に目覚めそうになりましたよ。

血で描かれたyouの文字はもちろんジムの「IOU」に繋がっていますが、原作の元ネタを紐解くなら、『緋色の研究』の『RACHE』でしょう。
「RACHEというのはラッヘと読んで、ドイツ語で『復讐』という意味です。だからレーチェル嬢の捜査なんかに、大切な時間を空費しないようにしたまえ」(『緋色の研究』延原謙訳)
更にこれは現代版『ピンク色の研究』の元ネタでもあるわけで、つくづく、あちこち複雑な入れ子構造になってます。

ワトスンが「ある分野においてはホームズより鋭い」と言うのは、言わずと知れたこれですよね。
「ワトスン君、女性は君の受け持ちだ。あの夫人の目的はなんだと思う?何がほしくてやってきたのだろう?」(『第二の汚点』)
初見の際は「いや、アンダースン以外地球上の全員が気づいてるよ!」とツッコむので精一杯でしたが、このワトスン=シャーロックの頭の中にいるジョン、としてこの場面を見直すと、どうも、「普段は過剰なほど道化を演じているが、実は鋭い」というイメージを、シャーロックはジョンに対して抱いているのかもしれない。
ジョンが「賢さを隠している」という印象は、私にはなくて、「賢さの種類がシャーロックと違う」というように受け止めていたのですが、シャーロックはそういう風には考えないのかもしれないですね。
彼が「ジョンに自分にはない美点がある」と認めているのは、結婚式のスピーチで明らかになっていますが、シャーロックにとって「賢さのベクトル」というのはあくまで一方向しかなくて、自分とジョンの資質の違いを、まだ根本的には理解できていない。その辺に、ホームズ兄弟と「金魚たちの世界」との齟齬を見いだせるのかも、というのは考え過ぎかな。

(原作からの引用はすべて延原謙訳)
NEXT≫
プロフィール

Author:ナツミ
シャーロック・ホームズが好きです。どちらかというとワトスン君がより好きです。

『高名の依頼人』のこと書きましたが、6月24日までグラナダ版がGYAOで無料で観られるそうです。
こちら

メールはこちらへ

Twitter
最新記事
最新コメント
カテゴリ
月別アーカイブ
索引
このブログで考察した「元ネタ」を、ドラマの時系列に沿って探すための索引サイトです。 順次更新致します。 「21世紀探偵・ブリキの文書箱」
最新トラックバック
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム
QRコード
QR
blog mura