最初の挨拶
パンダとジョン

BBC制作、現代版シャーロック・ホームズのドラマ「SHERLOCK」ファンのブログです。
①正典/聖典(原作)と比較しながらドラマを観て、元ネタ探し
②ドラマでまだ出てこない原作の事件は、SHERLOCKだとどんな話になるのかな?と妄想する

…を一人で(主にトイレとかお風呂で)楽しんでいたのですが、
さまざまな方にご意見をいただけたら楽しいだろうなあ、と思って始めました。
ネタバレ満載ですのでお気をつけください!
★原作の文章を引用する際、主に新潮文庫版(延原謙・訳)を参考にさせていただいております。
★全ての記事は、推測やこじつけを基にしており、たまに妄想も入っております。ご了承の上ご利用ください。
★このサイト及び記事へのリンクは、どうぞご自由になさってください。
【お願い】 ★記事における間違いは、できる限り修正したいと考えております。お気づきの点がありましたら、ご教示いただけるとありがたいです。
★コメントを歓迎しております。初めてコメントくださる方は、こちらの記事をご一読いただければ幸いです。
→「コメントをくださる方へ
「あの場面の元ネタは?」という時はこちらへ
記事索引「ブリキの文書箱

アプルドアで何が起こったか

やばい、もう11月か!広告が出ちゃってます……
今年はスパイ映画の当たり年で、柄にもなく遊びまわってしまいました。まだU.N.C.L.E.観てないんで映画館に行きたくて仕方ありませんが、体のどこかにあるガイ・リッチー専用スイッチを押されると当分ヒャッハー状態になるので我慢する!財布も全力で「出かけるな」って言ってる!!!

平常時でも思慮が浅いのにとんだ浮つきモードで恐縮ですが、今日はマグヌッセンの「アプルドア」について原作とドラマを比べてみたいと思います。(表記は延原訳準拠です)

『SHERLOCK』の方は、まあ結論から言っちゃうとマグヌッセン版「マインドパレス」なんですが、
書類に交じって女の子の人形の首や、ヘッドホンをした石膏像などが置いてあるのが印象的です。
221Bにもヘッドホンした水牛の首が飾ってあるけど、何なんだろう?私にはわからないシャレオツな世界か……

その外箱としてのアプルドアは、螺旋状の構造にガラスを多用した現代的な建物。
英国に君臨しようとしているマグヌッセンなので、水晶宮をイメージしているのかな、と(少ない建築の知識で)思ったのですが、原作のアプルドアにもガラス張りの温室があります。(現代版でジョンやシャーロックと話している場面でも、階下にたくさんの植物が見えますね)
原作でホームズがミルヴァートンを蛇と表現したのに対し、シャーロックはマグヌッセンを鮫と言っているので、水槽のイメージもあるのかも。

関連記事:『蛇から鮫へ

The place was locked, but Holmes removed a circle of glass and turned the key from the inside. An instant afterwards he had closed the door behind us, and we had become felons in the eyes of the law. The thick, warm air of the conservatory and the rich, choking fragrance of exotic plants took us by the throat. He seized my hand in the darkness and led me swiftly past banks of shrubs which brushed against our faces.

温室の入口にも鍵がかかっていたが、ホームズはガラスを円く切りとって、手をさし入れて簡単にあけてしまった。そしてなかへはいると、急いでドアを閉めたが、これで私たちは法律的にはりっぱに罪人になったわけである。むっとする温かい空気のなかに、エキゾチックな植物のむせぶような芳香がまじって、息づまりそうだった。暗いなかでホームズは私の手をとって、ぐいぐいと進んでゆく。私は木の小枝に顔をなでられたが、ホームズは暗中で物が見えるという特殊の能力を、長年の注意深い鍛錬によって作りあげていた。(延原謙訳)



これ、ホームズシリーズでも指折りの官能的な描写ではないか、と私は思うのですが……
エロい、というより触覚に訴えるというか、温度を感じるというか。
ホームズが「メイドを誘惑」なんて手段をとったせいかもしれないし、ワトスンが不法侵入に興奮しているせいかもしれないですが、現代版マグヌッセンがスモールウッド夫人の顔を舐めたり、人んちの暖炉に放尿したり、シャーロックのパスタに指を突っ込んでオリーブを食べたりする描写にもつながってる気がします。
他人がいとも簡単にパーソナルスペースを踏み越えてきたら、たまらなく不快に感じますよね。コケにされた、というか、人間として大事な部分を踏み躙られた気がする。
北欧の人はパーソナルスペースをことのほか大事にしていて、バス停などに並ぶときにも間を空けると聞いていたので、なおさら異様な感じがします。
余談ですが、ワトスンが木の枝に顔をなでられた、っていうのはジョンがマグヌッセンに顔を弾かれたとこの元ネタじゃないか、と一瞬思ったんですけど考えすぎかな……延原先生の訳だとホームズはうまくよけてるように読めるけど、これ二人とも当たってますよね。

「犯人は二人」はいろんな意味で異色作だと思います。
ミルヴァートンに激怒しているホームズはいつになく感情的になり、いつも以上に手段を選ばない。ハニートラップ?も本当に珍しいことです。
ホームズとワトスンの犯罪行為が描かれる一方で、結末は唐突で曖昧。『ノーウッドの建築士』の兎同様、「そういうことにしておいて?」という含みを感じる終わり方です。第三者が突然現れてミルヴァートンを射殺し、警察もホームズたちの関与に気づかない原作と、現代版の結末は正反対のように見えますが、実は原作もこういう展開だったのかも、と思わせますよね。
どこまで本当に起こったことで、どこからがワトスンの創作なのか、非常にわかりにくい。
アプルドアという舞台の上では、虚と実の境目が曖昧なんですね。だから、ワトスンの描写もいつもと違った感じなのかも。
現代版では、マイクロフトが弟に幼い頃の姿が重なって見えた、という場面でその感じが表現されているようにも見えます。

Appledore Towersという建物名から単純に果物のリンゴを連想していいものかどうかわからないのですが、
SHERLOCKというドラマにおいて、リンゴはいつも重要な場面に出てきます。
まず、"A Study in Pink"でジョンのマグの横にあったリンゴ。
これは蛇をあしらった英国軍医師部隊のマークの横に位置することもあり、イヴが齧った「知恵の実」を思わせます。
これから出会うシャーロックという人間を表しているようにも見えるし、戦争を「知ってしまった」ジョンの悲しみの象徴のようにも、「シャーロックとの冒険に足を踏み入れたらもう戻れない」というジョンへの警告のようにも見える。
第二シリーズでは、ジムからシャーロックへのメッセージとして"I O U"の文字が刻まれたリンゴが。
この頃のジムは好んで童話のモチーフを用いていたので、これは白雪姫の毒リンゴ、と言う感じがしますね。
第3シリーズの「アプルドア」は……やっぱり世界を席巻するあの会社のマーク、なんでしょうか。
似てますよね、マグヌッセンとジョブズ……

シャーロックとジムは、シャーロックが「天使の側」にいるかどうか、という話をしていましたが、リンゴのモチーフは、シャーロックやジョンが「向こう側」に足を踏み入れる時に現れるのだ、と思います。
スポンサーサイト

Do your research !

"Oh, do your research. I'm not a hero, I'm a high-functioning sociopath."
「ああ、もっとよく調べろ。僕はヒーローじゃない。高機能型ソシオパスだ。」



A Study in Pinkではアンダースンに、このお話ではマグヌッセンに向けられたセリフ。
アンダースンが言われてた時から元ネタを探してたのですが、『恐怖の谷』でアレック・マクドナルド警部に向けられたセリフに似ているのかなあ、と思います。

“Mr. Mac, the most practical thing that you ever did in your life would be to shut yourself up for three months and read twelve hours a day at the annals of crime. Everything comes in circles – even Professor Moriarty. "
「マクドナルド君、君は三ヶ月間家にとじこもって、毎日十二時間ずつ犯罪記録を読破したまえ。おそらくこれほど実際的な行動はありません。そうすれば何でもわかる。むろんモリアティ教授のこともわかるようになります。(後略)」



ホームズは「温故知新」みたいなことをよく言う気がします。
ていうか結構説教くさいなこの人、ということに今更気が付いた……
シャーロックになるとあんまりそういう印象を受けなかったのですが、これは若さとベネディクト・カンバーバッチの人徳のおかげかも。
まだキャラが定まってなかった"The Blind Banker"では、若いディモック刑事に教師じみた態度もとってましたね。
するってえと、ディモックの元ネタはマック君かもしれないなあ。よく考えると名前が似てる。

「ではむろんこの血は第二の人物のものだ。もし他殺だとすると、おそらく加害者のものだろう。これで思い出すのは一八三四年にユトレヒトで起ったファン・ヤンセン殺しの状況だが、君あの事件を覚えていますか、グレグスン君?」
「覚えてませんなあ」
「一度読んでみるんですな。日の下に新しきものなし、ですよ。すべてかならず前にあったことの繰り返しにすぎないんだからな」



旧約聖書からの引用、「日の下に新しきものなし」は現代版ジョンのブログにも採用されてますね。
他にもホームズの「勉強しろ」セリフがあったら教えていただけたら嬉しいです。リストにして、怠けたくなったら眺めます……

(原作からの引用はすべて延原謙訳)

最先端の男

Portable Appledore. How does it work? Built-in flash drive? 4G wireless?
「ポータブル・アプルドア。どういう仕掛けだ?フラッシュドライブ内臓か?4Gワイヤレス?」(拙訳)



マグヌッセンが眼鏡から脅迫相手の情報を得ている、と読んだシャーロック。しかし、眼鏡は普通のものでした。

「あんまり時代おくれになるまいとしすぎると、かえって損するよ。いつも時代に先行しているので、僕たちが罰をうけたんだ。」(恐怖の谷)



フレームが細くいかにも華奢で、そんな細工はできなそうな眼鏡なので、シャーロックの推理にはちょっと無理がある気がしました。(私が知らないだけで、技術的には可能なのかもしれませんが……)
でも、そういう発想が出てくるというのは、シャーロックが最先端機器に興味を持っている証拠ですよね。

スマートフォンで情報を検索したり、IP電話で現場のジョンに指示を出したりと、現代のガジェットを使いこなしているシャーロックですが、ホームズも、蓄音機(『マザリンの宝石』)や電話(『隠居絵具師』)など、当時の新しい機器を活用しています。
参照:過去記事『演奏の録音』『遠隔捜査

上記の引用は、『恐怖の谷』から。
この時、ホームズとワトスンは年鑑を利用した暗号を解いていました("The Blind Banker"の元ネタですね)。
この日は一月七日で、二人は前年末に出版されたばかりの新しい年鑑を見ていました。暗号を送った人物は前年版を使っていたことが、引用したセリフにつながるわけです。
「年鑑」とは、

ある特定の地域や分野について、最新のできごと、動向や統計などを内容とし、毎年あるいは1、2年おきに刊行される出版物。
「コトバンク」日本大百科全書(ニッポニカ)の解説より


ホームズが参照したのはホイッティカー年鑑
英国の出版業者ジョゼフ・ホイッティカーが1868年に創刊した、政治・経済・文化関係を扱う年鑑です。「普遍的に使用されている」というホームズの口ぶりからすると、かなりポピュラーなものだったようです。
この時は暗号の材料として使用されましたが、年鑑はホームズにとって、ちょうどシャーロックのスマートフォンのようなものだったのでしょう。
もちろん、新聞も活用しています。

といって彼は、ロンドン中のいろんな新聞から切りぬいて日付けの順にはりこんだ大きなファイルをとりおろして、ページを繰った。
「どうだい、まるでうめき声と哀訴と嘆願のコーラスだね。それぞれ事情のある事件でごったがえしている。異常事の研究者にとっては、見のがしがたい格好の猟場だよ。(後略・『赤い輪』)



情報を求める時は、自ら広告を出すことも。

「この広告を読んでみたまえ。あのあとですぐに、全市の新聞に僕が送ったものだがね」
そういって彼が夕刊を投げてよこしたので、示されたところを見ると、拾得物広告欄の最初につぎのような広告が出ていた。

 今朝ブリクストン通りのホワイト・ハート酒場とホランド・グローヴの中間の路上にて、金製カマボコ型結婚指輪一個拾得す。今夕八時より九時までにベーカー街二二一番Bワトスン博士まで申し出られたし。 (『緋色の研究』)



アプルドアの元ネタは別項に譲りますが、ミルヴァートンが恐喝に使う証拠の手紙などは、金庫に保管されていました。
原作のホームズは、自作のアーカイブで情報を整理しています。

シャーロック・ホームズは暖炉の片側に陣どって、むっつりと、例の犯罪記録に索引をつけているし、(後略・『オレンジの種五つ』)


「(前略)ちょっとその本だなから、僕編集の伝記便覧をとってくれたまえ」
彼はいすの背によりかかって、葉巻の煙を盛んにはきながら、のらくらとページをくって、
「 Mの部は秀逸ぞろいだな。モリアティは全巻を通じての大ものだが、そのほか毒殺業者のモルガンがあるし、ここには思い出しても胸の悪くなるメリデューがあるし、マシューズがいる。こいつはチャリング・クロス駅の待合室で、僕の左の犬歯をたたき折った奴だ。それから、ああ、ここに今夜の先生がいた」(『空き家の冒険』)



電報や電話、年鑑、新聞、索引帳など、原作のホームズが活用していたものがインターネットで賄えてしまうのが21世紀版の大きな特徴ですね。インターネットの普及以前でも、それなりに「現代版」は作れたはずですが、少なくとも捜査の場面は、原作とそれほど変わらない印象だったんじゃないでしょうか。
ネットにおける情報収集や拡散の速さが、シャーロックの失墜や復活と密接に関わっているのもうまいなあ、と思います。

その一方で、シャーロックを演じているベネディクト・カンバーバッチが、新聞の社交欄に広告を出すという「昔ながらの」形で結婚の報告を行ったというニュースはとても興味深かったです。
原作の時代と変わらない伝統や風景と、現代ならではの技術。
その対比をくっきりと描けるロンドンという舞台が、『SHERLOCK』という作品の成功要因のひとつなのでしょうね。

(原作からの引用はすべて延原謙訳から。『アプルドア』『ホイッティカー』の表記も延原訳を参考にしました)

シャーロックと「赤ひげ」

"The Sign of Three"で、ジョンの結婚披露宴に現れないマイクロフトに、電話をかけるシャーロック。

"Have a lovely day and do give the happy couple my best."
"I will."
"Oh, by the way, Sherlock, do you remember Redbeard?"
"I'm not a child anymore, Mycroft."

「よい一日を。新郎新婦によろしく伝えてくれ」
「そうする」
「ところでシャーロック、赤ひげを覚えてるか?」
「僕はもう子どもじゃない、マイクロフト」 (拙訳)



ここまでのマイクロフトは、スピーチやカラオケなど、これからシャーロックが関わるであろう「退屈な」行事に触れ、「巻き込まれるなと警告してやったのに」と嘆いてみせています。

"This is what people do, Sherlock. They get married.
.I warned you, don't get involved."



このwhat people doという言い方は、シャーロックもジムも使っていた、自らと「凡人たち」を切り離した表現です。
会話の終わりに突然出てきた「Redbeard(赤ひげ)」という名前に引っかかった人は多かったと思います。
おそらく、シャーロックの少年時代の思い出に関わる誰かの名前。
"The Scandal in Belgravia"で、マイクロフトはジョンに「シャーロックは海賊になりたがっていた」と語っているので、海賊のキャラクターかなあ、とも思いましたが(↓これのせいか)



次の回"His Last Vow"で、赤茶色の大きな犬の名前だと判明。
【追記 2015.5.26】れすとらさんに教えていただきました。「赤髭」は実在の海賊だそうです!詳しくはこちらのwikiで。
Oruç Reis
撃たれてショック状態に入ろうとしているシャーロックが、ショックを和らげてくれる記憶を見つけようと、マインドパレス内を探し回った時に出てきます。マイクロフトは、ジョンの結婚でシャーロックがショックを受けていて、ライナスの安心毛布のように赤ひげが必要なんじゃないか、とからかったのでしょうか。
マインドパレスの中のシャーロックは、満面の笑みで赤ひげに語り掛け、優しい言葉をかけながら抱きしめます。そこにいるのは気難しいソシオパスではなく、ごく平凡に見える快活な少年です。

"Hello, Redbeard. They're putting me down too now. It's no fun, is it?"
「やあ 赤ひげ。みんなはぼくも殺そうとしてるんだ。楽しくない。 そうだろ?」



put downは乗物から人を降ろすとか、こきおろすとか、色々な意味にとれますが、シャーロックの状況から言って、おそらく赤ひげは安楽死などの形で周りの人間に殺されたのではないでしょうか。それがシャーロックの心の傷になって残っていたのかな。
"The Hounds of Baskerville"でのシャーロックは、犬を処分することができなかったゲイリーとビリーの感傷を理解できないと言っていたので、読み違いがあるかもしれません。または、理解できないという発言自体が嘘だったのか。

"So they didn't have it put down then, the dog?"
"Obviously. I suppose they just couldn't bring themselves to do it."
"I see."
"No, you don't."
"No, I don't. Sentiment? "
"Sentiment."

シャーロック「彼らは犬を安楽死させなかったのか」
ジョン「そりゃそうだよ、そんな気になれなかったんだろ」
S「なるほど」
J「君にはわからないよ」
S「わからない。 感傷か?」
J「そう、感傷」 (拙訳)



あ、改めて読むとビミョーな会話だったかも……うっかり、飼い犬を殺せなかった飼い主の気持ちが「わかる(I see)」と言ってしまってから、慌てて「人の感傷がわからない自分」を装った、という解釈もできるでしょうか。そうなると、この後ゲイリーとシャーロックがどんな話をしていたのか気になりますね。

さて、少年時代のシャーロックに「赤ひげ」という愛犬がいたということはわかったのですが、元ネタはあるのでしょうか。
字面でぱっと思い浮かぶのは「赤髪連盟(The Red-Headed League)」ですが、ホームズと犬の関わりは深く、捜査にも探索犬のトビイ(『四つの署名』)やポンピー(『スリークォーターの失踪』)を駆使しますし、これらの犬たちをただ利用するのではなく、親し気に話しかけて可愛がっている様子。「緋色の研究」では、ハドスンさんの飼っていた老テリアを気に掛ける(……ということにしときましょう)場面もありました。
また、ワトスンはよくホームズを猟犬に例えますし(関連記事:『猟犬シャーロック』)、ホームズが自らを犬に例えたこともあります。

「私は犬ではあるかもしれないが、決して狼じゃないです」(『緋色の研究』)



そんなホームズの、飼い犬に対する所見は、彼自身の家庭環境を想像する材料としても興味深いです。

「犬は家庭生活を反映する。陰気な家庭には陽気にじゃれつく犬はいないし、幸福な家庭にはみじめな犬はいない。口汚なく乱暴な人の犬はうなるし、危険な人の犬は危険なものだ。そのときどきの一方の気持は、刻々に一方へ反映する」(『這う男』)



「犬」という言葉は、誰かの「手のもの」「まわしもの」というような意味で使われることもあります。
ガイ・リッチー版の映画の冒頭ではワトスンがホームズのroyal dog(忠犬)と呼ばれていましたし(観ていくとどっちが忠犬だかわからなくなるのがあの映画の面白いとこなんですが……)、ジョンもジムにシャーロックのペット呼ばわりされていましたっけ。
忠犬やペットという言われ様は屈辱的かもしれませんが、言い換えれば、非常に強固な関係があるということ。
マイクロフトが、ジョンの結婚式に「赤ひげ」の名前を出したのは、そういう意味合いもあるのかもしれません。ジョンのとの別離を、赤ひげとの別離になぞらえた。つまりジョン≒赤ひげ、ということ?

かなり乱暴な推論ではありますが、ジョンの「外見に出ている(またはホームズ兄弟が観察と推理で導くことのできる)何か」が赤ひげに似ているとすると、なぜ初対面でシャーロック(ホームズ)がジョン(ワトスン)を同居人候補にするほど気に入ったのか、という、ホームズシリーズ永遠の謎の説明になるんですよね。マイクロフトがその展開を即座に飲み込んだことも。
赤ひげが兄弟にとってどんな存在であったかわからないので、煉瓦を焼くにはまだまだ粘土がたりないのですが、もし赤ひげが悲劇的な死に方をしたのだとしたら、マイクロフトはメアリの正体に気づいていたのかしら。
犬扱いされたジョンに怒られそうですが、第4シリーズも赤ひげに注目していきたいと思います。

(原作からの引用はすべて延原謙訳)

シャーロックの家族

"A Study in Pink"でマイクロフトが言っていた、「ホームズ家のクリスマスディナー」をまさか観ることができるとは!(実際にディナーが始まる前にあんなことになってしまいましたが……お母さんがお料理してましたね。クリームのついたケーキと、焼き菓子らしきものと、あと何だろう。マイクロフトのパソコンの上に置かれてたジャガイモは何になったのかな?)

現代版ホームズ家は、郊外にある大きなおうち。凹凸のない箱のようなシンプルな形ですが、何というスタイルの建築なのか、調べたけれどイマイチ自信がないので、ご教示いただけたらありがたいです……

赤い壁が印象的ですね。余談ですが、赤いおうちというと、ミルンの「赤い館の秘密」を思い出します。ミルンもホームズのパスティーシュを書いていますね。

シャーロック・ホームズの栄冠 (論創海外ミステリ)シャーロック・ホームズの栄冠 (論創海外ミステリ)
(2007/01)
A.A.ミルン

商品詳細を見る

原作のホームズがどんな家で育ったかはわからないのですが、「ギリシャ語通訳」で「僕の先祖というのは代々いなかの大地主だったのだが、みなその階級にふさわしい大同小異の生活をしていたらしい」と語っていますから、シャーロックと同じように郊外の大きなおうちで育った可能性は高いでしょう。ホームズの時代から現代に至るまでの間、多くの家が土地を売却したり、使用人を減らしたりとスリム化しているようですから、原作のホームズ家はもっと大きかったんでしょうね。お父さん自ら薪を運んだりしているので、現代版では夫婦ふたりで暮らしているのかな。管理が大変そう。

「田舎の邸宅」について、ホームズは、「椈屋敷」でこんな意見を述べています。

「君はこういうことに気がついているかい。僕のような傾向をもつ男には、何を見ても自分の専門にむすびつけて考えないじゃいられないという精神的苦痛のあることを?君はこうした農家の点々としている景色を見て、美しいと感嘆している。だが僕にとっては、こういう景色を見ておこる感じは、家のちりぢりにはなれていることと、したがって人知れず罪悪が行われるだろうということだけなんだ」
「驚いたな。このふるい農家が点在するのを見て犯罪を連想するやつがあるもんか!」
「ところが僕にはいつでも一種の恐怖なんだ。僕は自分の経験に照らして信じているが、美しく平和そうな田園というやつは、ロンドンのどんなに卑しい裏町にもまして、怖るべき悪の秘密をひめているものだよ」



ですから、ホームズの子ども時代にはなんとなく暗いイメージがつきまといます。パスティーシュのネタバレはあまりしたくないのですが、「シャーロック・ホームズ氏の素敵な冒険」なんてすごく説得力がある。

シャーロック・ホームズ氏の素敵な冒険―ワトスン博士の未発表手記による (扶桑社ミステリー)シャーロック・ホームズ氏の素敵な冒険―ワトスン博士の未発表手記による (扶桑社ミステリー)
(1988/05)
ニコラス・メイヤー

商品詳細を見る


"SHERLOCK"ではそんな不穏なムードを逆手にとって、温かい家庭を見せてくれましたが、まだ油断できない……と思ってしまいます。少なくとも、"The Sign of Three"でマイクロフトがその存在を匂わせ、"His Last Vow"でシャーロック幼少期の愛犬と判明した「赤ひげ(Redbeard)」に関しては、つらい思い出があるようです。
原作のホームズもたいへん犬が好きなようです。「赤ひげ」の元ネタについては、また別に項を立てたいと思います。

ホームズの、マイクロフト以外の家族についてはあまり原作で語られないので、どうしてもパスティーシュのお話が多くなってしまいます。私の拙い筆でご紹介するよりも直接お読みいただきたい名作ばかりですが、シャーロックのフルネームはグールド版からとられているので(関連記事:『ウィリアムとヘイミッシュ』)、仮にグールド版をモデルにしているとして、未読の方にちらっとご紹介します。


シャーロック・ホームズ―ガス燈に浮かぶその生涯 (河出文庫)シャーロック・ホームズ―ガス燈に浮かぶその生涯 (河出文庫)
(1987/06)
小林 司、W・S・ベアリング=グールド 他

商品詳細を見る


この作品は、ホームズ研究家であるグールドによる「伝記」の体裁をとっています。
物語は、若き騎兵隊中尉サイガー・ホームズが、怪我のため帰国して「マイクロフト農場」を相続するところから始まります。彼はヴァイオレット・シェリンフォードと結婚。ヴァイオレットは、高名な軍人、博物学者、探検家である父と、フランス人画家ヴェルネの血をひく母を持っていました。

(リンク先にもあるように、ヴェルネは実在の人物です。『ギリシャ語通訳』でホームズは『祖母がヴェルネの姉妹』と言っていますが、著名な画家を複数輩出したヴェルネ家の、どのヴェルネかは書かれていません。
ヴァイオレットの母はエミール・ジャン・オラス・ヴェルネの妹、ということになっています。史実ではエミール・ヴェルネの娘の一人ルイーズは画家のポール・ドラローシュと結婚しているのですが、ドラローシュはルイーズにぞっこんで、彼女の頭部をもとにした作品「天使の頭部」を出展したとのこと。年をとっても妻に夢中な現代版ホームズ父を思い出します。)

1845年、長男のシェリンフォード・ホームズが誕生。続いて1847年に次男のマイクロフト、その7年後に三男のシャーロックが生まれます。シャーロックは母親似だったとのこと。ここも現代版に引用されてますね。
"His Last Vow"でスモールウッド議員たちがシャーロックの処遇を話し合っていた時、マイクロフトがこんなことを口にしました。

"If this is some expression of familial sentiment..."
"Don't be absurd..I am not given to outbursts of brotherly compassion. You know what happened to the other one."
「もしそれが、家族愛からくる感傷の発露だとしたら……」
「馬鹿なことを。兄弟愛で言っているのではありません。もう一人に何が起きたか知っているでしょう」(拙訳)



The other one は「もう一人の兄弟」とも受け取れますが、それ以外の別の何かとも取れる表現です。
だからまだ確定はできないのですが、グールドの伝記を頭において観ているファンはどうしても「もう一人の兄弟」である長男シェリンフォードを思い出してしまいます。

シャーロックが4歳の時、一家は馬車で放浪の旅に出ます。大地主におさまったサイガーですが、冒険心がうずくのを止められなかったようです。これはちょっと、ジョンみたいですね。
ヨーロッパのさまざまな地に居を構えながらの気ままな暮らしは4年も続きます。ホームズ兄弟の広い見識の素地はここで培われた、ということになっています。このくだりは、「最後の事件」や"Many Happy Returns"でのヨーロッパ大移動につながっているかもしれません。
家族がモンペリエで住んだ家には、「シャーロック兄弟が大喜びをした金魚のいる小さな池があった」(小林司・東山あかね訳)という記述もあり、"The Empty Hearse"でのマイクロフトとシャーロックの会話を思い出します。

"I'm living in a world of goldfish."
「私は金魚たちの世界に住んでいる」
(中略)
"I thought perhaps you might have found yourself a......goldfish."
「君も気づくんじゃないかと思ってたよ、君もまた……金魚だと」(拙訳)



学校に入学した後、シャーロックの健康が思わしくなく、療養のため両親と末っ子だけでもう一度旅立つことになります。旅暮らしの中でシャーロックは、父からはフェンシングやボクシングを、母からは学問の基礎を学びます。
両親にとって手のかかる末っ子は可愛いものでしょうが、その雰囲気も"SHERLOCK"での描写に受け継がれているような気がします。グールドの伝記にはシャーロック命名の由来も出てきますが、長男・次男には先祖伝来の名前がつけられたのに対して、三男には父母それぞれの個人的な思い入れがある名がつけられてるんですね。

父の尊敬するウィリアム・シャーロック(神学者、作家)(リンク先は英語wiki)
母が愛した作家・ウォルター・スコット卿

"A Study in Pink"で「ママを怒らせた(悲しませた?)」なんて言ってたマイクロフトは、あんな態度でも実はお母さんが大好きなんじゃないかと私は思っているのですが、シャーロックの退院祝いの準備をするお母さんへのあの絡み方は、何かと特別扱いされがちな弟に嫉妬するお兄ちゃんが、自分への愛情を測っている姿がそのまま大人になったみたいですよね。

現実の話、原作の話、パスティーシュの話、そして"SHERLOCK"の話の4つが交錯してかなり読みにくい記事になってしまい、申し訳ありません。
今後もシャーロックの家族が登場するとしたら、これらの作品、または別のパスティーシュの影響が見られるかもしれませんね。できるだけ読んだり観たりして、準備しておきたいと思います。

(原作からの引用はすべて延原謙訳)
NEXT≫
プロフィール

Author:ナツミ
シャーロック・ホームズが好きです。どちらかというとワトスンがより好きです。

2017年エイプリル・フールお片付けしました。お付き合いありがとうございました!片付けきれてないところがあったらお知らせいただければありがたいです。

メールはこちらへ

Twitter
最新記事
最新コメント
カテゴリ
月別アーカイブ
索引
このブログで考察した「元ネタ」を、ドラマの時系列に沿って探すための索引サイトです。 順次更新致します。 「21世紀探偵・ブリキの文書箱」
最新トラックバック
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム
QRコード
QR
blog mura