最初の挨拶
パンダとジョン

BBC制作、現代版シャーロック・ホームズのドラマ「SHERLOCK」ファンのブログです。
①正典/聖典(原作)と比較しながらドラマを観て、元ネタ探し
②ドラマでまだ出てこない原作の事件は、SHERLOCKだとどんな話になるのかな?と妄想する

…を一人で(主にトイレとかお風呂で)楽しんでいたのですが、
さまざまな方にご意見をいただけたら楽しいだろうなあ、と思って始めました。
ネタバレ満載ですのでお気をつけください!
★原作の文章を引用する際、主に新潮文庫版(延原謙・訳)を参考にさせていただいております。
★全ての記事は、推測やこじつけを基にしており、たまに妄想も入っております。ご了承の上ご利用ください。
★このサイト及び記事へのリンクは、どうぞご自由になさってください。
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ベストマンと『白面の兵士』

先日Twitterでことりさんと『白面の兵士』についてお話していてふと思ったのですが、『白面の兵士』事件には、ワトスンを連想させるキーワードが含まれています。

・依頼人のドッドは帰還兵。ホームズは"From South Africa, sir, I perceive."(南アフリカからお出でになりましたね)と口火を切る
・ドッドは「最も親しい友人」ゴドフリー・エムズオースを救おうとする
・ホームズは、「友人で絶対に信頼できる医師」サー・ジェームズ・サンダーズを同行する

このお話には、二重の意味でワトスンが不在です。
まず、語り手がいつものワトスンではなく、ホームズ。
ワトスンの記録に「浅薄」「厳正なる事実の記録に止めないで、大衆の興味に阿るもの」と文句を言い続けてきたホームズは、「じゃ自分で書いてみたまえ、ホームズ君」と反撃されてしまい、ペンを執る羽目になります。
書きながらも「書くとなるとやはりできるだけ読者に興味を与えるようにしなきゃならないということに、いまさら気のついたことを告白せざるを得ない」とか「ワトスンがすでに言ったかもと思うが」とか「いや、自分で話すとなると、うっかり手のうちを見せてしまうところだった。ワトスンがいつもフィナーレの俗受けで成功するのは、鎖の中のこういう一環を伏せておくからなのだ」とかワトスンワトスンうるさいんですが、「ワトスンがホームズの話を書く」ように、ホームズの語るお話にもワトスンの影を強く感じるのは面白い。
ちなみに後年、引退後のホームズによって綴られる『ライオンのたてがみ』では、ワトスンの影はずっと薄いと思います。

『白面の兵士』では、作中にもワトスンは出てきません。その理由は、ホームズの手で

当時、ワトスンは私を置きざりに結婚していたが、知りあってから後にもさきにも、これがただ一度の自分本位な行動であった。私は一人ぼっちだったのである。

と書かれています。

ホームズが初めて自分の手で書いた「事件簿」は、ワトスンのいない、しかし、だからこそワトスンを強く感じられるもの。
この事件を通し、ホームズは述懐します。

こうなってくるとワトスンのいないのが悔まれる。彼がいてくれたら、急所の質問をしたり嘆声を発したりして、常識を組織化したにすぎない私の簡単な技巧を、一大不思議にまで高揚してくれるところだ。



普通に読めばすごい皮肉なんですが……裏を返せば、ホームズにとっては理論の証明に他ならない捜査でも、そこにワトスンがいるだけで、血湧き肉躍る冒険に昇華される、とも言えます。
それは、『緋色の研究』で描かれた、二人の最初の事件からずっと変わらないことです。
『白面の兵士』には、ホームズの「一人ぼっち」になったからこその気付きが記されているのだと思います。

ワトスンの話が出たから、この機会に述べておくが、私が今日まで多くのつまらない事件にこの古い友人であり伝記作者でもある男と行動をともにしてきたのは、感傷や気まぐれからではない。ワトスンにはワトスンなりに著しい美点があるからであって、彼は謙譲な性格から、私の実績を誇張して評価するのあまり、自分のことにはあまり思い至らないのである。
自分で結論を出したり、これからの行動を予見したりするような男と行動をともにするのは、つねに危険であるが、事件の展開するごとに眼をみはるような男、さきのことは何一つわからないような男こそは、じつに理想的な協力者というべきである。


冒頭のこの部分だけ読むと、ワトスンは苦笑してしまうかもしれない。でも、読み進めていくと、ホームズが依頼人や事件のそこかしこにワトスンの面影を見出しているように見えなくもない、と思います。
また、医師の協力者、退役軍人の友人や親子の描写は、「ワトスンがいなくても同じような人は山ほどいる。問題はないんだ」と見せつける一方で、「いてくれたら君に意見を聞けたのに」という思いが見え隠れするように思えてくるのは、私の考えすぎでしょうか。

ホームズは、書こうと思えば他の事件も書けたはずなんですよね。この頃だけでもアベイ学校事件(グレイミンスター公爵にふかい関係のある事件)やらトルコ皇帝から委託された事件やら、何だかすごそうな事件に関わってるし。まあこの二つは偉い人のプライバシーに関わるアレコレで難しいにしても、面白い事件が山とある中で、あえて『白面の兵士事件』を選んで筆にしたのには、理由があるはず。
そんなこんなで、『白面の兵士』という作品には、「君がいてくれたらいいのに」という、ホームズからワトスンへの不器用なメッセージが隠されている、という読み方もできるのではないでしょうか。

さて、シャーロックのスピーチですが、これもメアリと一緒になって221Bを離れたジョンに向けたもの。
このスピーチにも、『白面の兵士』からの引用があります。

過去記事『引き立て役の真実
救うということ
(事件の重要なネタバレ)殺人リハーサル

『SHERLOCK』の共同制作者の一人で脚本家でもあるスティーブン・モファット氏は、こちらのインタビューでこう語っています。

“I remember being a 12-year-old kid thinking, Oh, why didn’t we see Sherlock be the best man? Please, can we see that? That would be the best story in the whole world, and I don’t care if there’s a crime in it or not, because it must have been the best and worst speech of all time!” he says.

「12歳の頃思ったんだ。ああ、どうしてベストマン姿のシャーロックを書いてくれなかったんだろう?本当に観たかったよ。世界一いい話だったはずだよ。この際犯罪なんて起きなくても構わないさ。人類史上最高で最低のスピーチだったろうに!(拙訳)」


Vulture.com
Steven Moffat Explains the Origins of Sherlock’s Best-Man Speech By Denise Martin より

そして数十年後、彼はその夢を形にしたことになります。

"John, I am a ridiculous man. Redeemed only by the warmth and constancy of your friendship.
.But, as I am apparently your best friend, I cannot congratulate you on your choice of companion.
Actually, now I can."
"Mary, when I say you deserve this man, it is the highest compliment of which I am capable.
John, you have endured war, and injury, and tragic loss — so sorry again about that last one. So know this, Today, you sit between the woman you have made your wife and the man you have saved.
In short, the two people who love you most in all this world. And I know I speak for Mary as well when I say we will never let you down, and we have a lifetime ahead to prove that."

「ジョン、僕はちっぽけな男だ。君の優しさや友情のおかげで、やっていけてるようなものだ。
君は僕を親友と思ってくれているようだが、だとしたら僕は、君の相棒を選ぶ眼は祝福できない。
でも、相手が彼女ならできる。」
「メアリ、君はこの男に相応しいひとだ。これは、僕としては最高の賛辞だよ。
ジョン、君は戦争や怪我や別れに苦しんできた……最後のヤツについては、本当にすまなかったと思ってる。
だから、わかってほしい。君の隣に座っているのは、君の生涯の伴侶。反対側にいるのは、君に人生をもらった男。
つまり君は今、世界で一番君を愛している二人に挟まれているんだ。
だから僕は……僕たちは、絶対に君を失望させたりしない。一生かけて、それを証明するよ。(拙訳)」



モファットさん、このスピーチを書きながらボロボロ泣いちゃったそうです。私も訳しながら泣きそうなんですけど、原作のホームズはこんなにストレートな言葉を使わなかったんじゃないかしら、と考えてしまうのは、私が「秘すれば花」の文化を持つ国の人だからなのか、モファットさんが挙式経験2回あるのに対し、私はゼロ回だからなのか……(ひ、ひがんでなんかいませんよ!?)

ワトスンとメアリの結婚式にホームズが出席して、シャーロックがジョンに贈ったような、温かな言葉をかけたと想像するのも楽しいのですが、ホームズの友を慕う気持ちが、誰にもわからない暗号のようにひっそり残っている、と妄想するのも、また楽しいのです。

蛇足ですが、シャーロックがジョンに「君を絶対に失望させない」と誓うのは、『瀕死の探偵』や『マザリンの宝石』でホームズがワトスンを評して「君が僕を失望させたことは一度もなかった(You never did fail me/you have never failed to play the game)と言っていることの、ちょうど裏返しですね。ジューン・トムスンによれば、これは当時のイギリスにおける最高の賛辞だそうです。(『ホームズとワトスン~友情の研究』ジューン・トムスン 押田由起訳)

(原作からの引用はすべて延原謙訳)
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引き立て役の真実

れすとら様とコメント欄でお話させていただいて、ひさしぶりに「競技場バザー」を読み返しました。(その時ご紹介した、望 岳人様のブログ「日々雑録 または 魔法の竪琴」へのリンクも再び貼らせていただきます。「競技場バザー」の原文と全訳を載せてくださっています→こちら)、
"The Sign of Three"にここからの引用と思われる場面がありましたので、忘れないうちに記録しておこうと思います。「消えた臨急」といい、第3シリーズは「外典」からの引用が続きますね。「シャーロックのスピーチ」という記事に追記しようと思ったのですが、スピーチ前半への言及があまりなかったので、新たに記事を立てることにしました。見落としがあれば、また付け足していきたいと思います。

"If I burden myself with a little helpmate during my adventures ,this is not out of sentiment or caprice, it is that he has many fine qualities of his own that he has overlooked in his obsession with me. Indeed, any reputation I have for mental acuity and sharpness comes, in truth, from the extraordinary contrast John so selflessly provides. "
「僕の冒険にちょっとした助手を頼むのは、感傷や気まぐれからではありません。僕のことを過大評価するあまり 彼自身見落としているものの、ジョンにはジョンの美点がたくさんある。
実のところ、僕に鋭敏、有能と言われるなら、それはジョンが引き立て役を買ってでてくれるおかげだ(拙訳)」


この辺は「白面の兵士」からだと思います。

Speaking of my old friend and biographer, I would take this opportunity to remark that if I burden myself with a companion in my various little inquiries it is not done out of sentiment or caprice, but it is that Watson has some remarkable characteristics of his own to which in his modesty he has given small attention amid his exaggerated estimates of my own performances.
ワトスンの話が出たから、この機会に述べておくが、私が今日まで多くのつまらない事件にこの古い友人であり伝記作者でもある男と行動をともにしてきたのは、感傷や気まぐれからではない。ワトスンにはワトスンなりに著しい美点があるからであって、彼は謙譲な性格から、私の実績を誇張して評価するのあまり、自分のことにはあまり思い至らないのである。(延原謙訳)



続いて、「競技場バザー」が混ざってきますね。

"It is a fact, I believe, that brides tend to favour exceptionally plain bridesmaids for their big day. There is a certain analogy there, I feel. And contrast is, after all, God's own plan to enhance the beauty of his creation."
「自説ではありますが、結婚式で花嫁は、ことのほか地味なブライズメイドを選びたがる。
それと同じだと思います。つまるところ対比とは、創造物の美を引き立てるための、神の摂理なんです(拙訳)」



"You will not, I am sure, be offended if I say that any reputation for sharpness which I may possess has been entirely gained by the admirable foil which you have made for me. Have I not heard of debutantes who have insisted upon plainness in their chaperones? There is a certain analogy."
「こう言っても君は気を悪くはしないと思うんだが、僕が鋭敏だと言われているとすれば、それは君が素晴らしい引き立て役を演じてくれるおかげだね。社交界にデビューする淑女が介添えの女性に望むのは、目立たなさだと言うじゃないか?それと同じだよ。(拙訳)」



「白面の兵士」のほうは引き立て役がどうこう、という話にはならず、ワトスンが先のこと全然見えてないからやりやす~い(大意)みたいな続きがあります。どっちにしても失礼ですが、ひょっとしたら皮肉ではなく、純粋にワトスンがもたらす利益に感謝し、文字通り褒めてたのかもしれない、と、シャーロックを見てると思えてきます。
以下は「シャーロックのスピーチ」に書いたことと重なってしまいますが……

この後、シャーロックのスピーチは感動的な「どんでん返し」を見せます。イヤ、たぶんシャーロック自身は一貫して事実を言ってるだけで盛り上げてる意図ははないんでしょうけど、聞いてるほうは泣きそうです。シャーロックがどんなにジョンを大事に思っているか、「第三者にわかりやすく」伝わってくるんですね。

原作のホームズも、ワトスンにずけずけものを言います(ホームズ自身が書いた『白面の兵士』を読むと、作中に描写がないだけでワトスンも負けてはいなかったんだろうなあ、と察することはできますが)。
まあいいんですよ、当人同士がよければ。それこそがホームズの個性だ、とワトスンが一番よくわかっていたろうし、友情のあり方に他人が口出しするのは野暮かもしれません。でもやはり読者には、もやっとくるものがあったんじゃないでしょうか。
二人が考えていてもお互いに言葉にしなかったこと、あるいはわざわざ他人に見せなかったこと。このスピーチには、そんな「語られなかった友情」に対する読者の想像が、詰め込まれています。

レストレードの推理

なぜか毎年、年末になると「書き忘れていたこと」に気づきます。
(『なぜか』と書きましたが、シャーロックに推理してもらわなくても原因はわかってます、年賀状制作からの逃避です……)

レストレードが、シャーロックも解けなかったベインブリッジ殺害未遂事件への推理を披露するさせられる場面。

"If the blade was propelled through the, erm......grating in the air vent, maybe a ballistaor a catapult, um...Somebody tiny could crawl in there. So, yeah, we're looking for a dwarf."
「もし凶器にプロペラがついていたら……え~、換気扇から入れるかな、投石器、かカタパルトかも……
小人なら這って入れるはずだ。だから、そう…ドワーフをあたればいい」(拙訳)



言ってるそばから「違う」と思ってそうな口調に、涙が出そうです。シャーロック、無茶振りはやめてあげて!

一見トンデモ説のようではありますが、カタパルト説はちょっと「ソア橋」のトリックを思わせるような……違うような……(←お前もか)。
ドワーフ説は「四つの署名」のトンガからですよね。(トンガのキャラクターは、『毒の巨人』という事件で現代版にも採用されているので、レストレードの推理もあながち突飛とは言えないかも)
"A Study in Pink"のRACHEのくだりなんかもそうですが、"SHERLOCK"は原作で麗々しく登場したものごとをしれっとひっくり返してみせるのが面白いです。

ホームズには、

"Once you've ruled out the impossible, whatever remains, however improbable, must be true."
「不可能なことを取り除いたら、どんなにありえなそうでも残ったものが真実だ」

という名言がありますし、実際、作中で起こる事件は、常識人として描かれるレストレードには思いもよらないような奇想天外なものばかり。現代版レストレードがとっさにひねり出した迷推理には、もちろん刑事としての経験も生かされているでしょうが、「ホームズ」が書かれてから21世紀の現代までに書かれた、幾多のミステリー小説や映画が影響しているような気がします。一世紀以上経過するうちに、「犯罪捜査にありがちな発想」がひっくり返っちゃった、という感じでしょうか。

現代版レストレードは、推理力よりも人柄の良さ、懐の深さが強調されています。捜査能力に関しては、登場時点ですでにシャーロックに兜を脱いでいました。
一方、原作のホームズとレストレードは、仕事で切磋琢磨する間柄(少なくとも、レストレード側はそのつもり)。ホームズがレストレードに負けそうになって弱音を吐いたことだってあるんですよ。

ホームズの帰りはだいぶおそかった。憔悴し、いらいらした顔をひと目みて、あれほど張りきって出かけた目的が、満たされなかったなと知った。帰ってくるなり物もいわずに、ヴァイオリンをとって一時間ばかり、いらだつ心を鎮めるらしかったが、やがてそれを投げだすと、とつぜん、きょうの失敗の説明をはじめた。
「駄目だ。なにもかも駄目だ。僕はきょうレストレードの前で、大きな見えをきったが、今度というこんどはあの男のほうが正しくて、僕の見こみが誤っているのかもしれないよ。僕の本能の指示するところ、ことごとに事実とくいちがっている。この国の陪審員たちは、僕の理論を、レストレードの事実の羅列以上に買うだけの叡智の高峰にはまだ達していないからね」(『ノーウッドの建築士』)



レストレードに負けることを本気で怖れているというよりは、捜査が思うように進まない苛立ちが大きいのでしょうが、この短編では「ホームズ対レストレード」の意見の対立を主軸に捜査展開が描かれており、少なくとも途中まではレストレードが優勢です。物証と経験を総合して、考え得る仮説を立ててからそれを立証しようとするホームズと、「事実」を探し出して、そこからわかることのみを淡々と積み重ねていくレストレード。二人のスタイルの違いが、よく表れています。
そもそも、レストレードはけして無能な刑事ではありません。観察力・推理力ではホームズにかなわないし、想像を働かせて捜査するのは苦手ですが、事実を冷静に分析する力はありますし、何より、捜査官としてとても大事な特性を備えています。

「あの男も推理のほうはからっきしだめだけど、逮捕するだけなら信頼してまかせておける。やるべきことさえのみこんだら、まるでブルドッグのように粘りづよいからね(『緋色の研究』)」


"The Sign of Three"冒頭のウォーターズ事件では、原作のレストレードのように「粘り強さ」で逮捕にこぎつけたのだろう、と思わせる描写がありますよね。
レストレードの性格については、過去にもまとめたことがあるのでご参照ください。

過去記事:「レストレードについて

「ノーウッドの建築士」では、捜査方針でホームズと対立するレストレード、自分が正しいという確信を得てホームズを挑発するレストレード、負けを認めてホームズを称賛するレストレードなど、彼のさまざまな表情が見られます。
現代版レストレードが活躍するお話も、見てみたいです。シャーロックとの出会いや、彼の探偵としての力を認めるまでのなりゆきも知りたいですよね。

(原作からの引用はすべて延原謙訳)

ドラマ・クイーンはどっち?

"You're a drama queen!"



ジョンのこの台詞、ちょっと訳しにくいですが、よく聞く表現です。「ドラマ・クイーン」とは、些細なことでも大げさに反応する、芝居がかった人を揶揄して言うのだと思います。
対して、シャーロックも

"Though in fairness, he's a drama queen too. "
「公平に言えば、彼だって芝居がかってる」(拙訳)



とメアリに言いますが(そして同意されてる)、物語の終わり近くでも"murderers"と犯人を複数形で表現したジョンを"One murderer... One nearly murderer."(犯人は一人、それも未遂」と訂正し、ジャニーンに
"Loves to exaggerate. you should try living with him.(『いつも大げさなんだ、彼と一緒に住んでみたらわかる』)と話します。

シャーロックは行動が、ジョンは発言が、と、ポイントはちょっと違うものの、二人とも相手のことを「オーバーなやつ」と思ってるわけですね。

原作でも同じような戦いが繰り広げられています。
原作のホームズがワトスンを「大げさ」と責めるのは、主に記録における演出過剰について。
同じくらい、ジョンもブログの文章をシャーロックに責められていますね。
(関連記事:『ブログを巡る戦い』)

ホームズとワトスン、シャーロックとジョンを見比べていると、「言葉」というものに対する考え方がそもそも違うのだな、と思います。
記録に関する限り、ホームズとシャーロックにとって、「言葉」とは「事実を正確に伝えるためのもの」(二人には芸術を愛する一面もありますが、まあそれは一旦置いておいて)。ワトスンとジョンにとっては、「受け手の感性を刺激するためのもの」。このすれ違いが、「まるでユークリッド幾何学の第五定理に、恋愛物語か駆落ちの話を持ち込んだような」(四つの署名)というホームズのワトスン批判や、シャーロックのジョンに対する執拗なまでの綴りや数量の訂正につながるのでしょう。
しかし、この基本的な認識の違いが、「ワトスンやジョンが何気なく贈る賛辞が、ホームズやシャーロックを高揚させ、事件解決」という良いパターンを生み出しているともいえます。コミュニケーションとは、面白いものです。

「ドラマ・クイーン」と言うからには、文章だけでなく日頃の言動も含まれているのでしょう。
シャーロックの特徴ある動きや、もったいぶった話し方を思うと、ジョンがシャーロックを「ドラマ・クイーン」と呼ぶのは納得がいくのですが、シャーロックもジョンを「ドラマ・クイーン」と思っていたんですね。
原作でワトスンがホームズに対してどんな態度をとっていたか、(当人が記録してるため)実態がわかりにくいのですが、ジョンに関していえば、どんどん遠慮がなくなってきたような気がします。第1シリーズ3話あたりでは、シャーロックの理不尽な発言にも耐えていたり、タバコ代を出そうとしてあげたり、「心優しい助手」という感じでした。第2シリーズではすっかりシャーロックの扱いに慣れ、落ち着き払った相棒に。第3シリーズに至っては、後輩にパンを買いに行かせる不良のようなノリでマインドパレスに行かせてる……
「ドラマ・クイーン」のシャーロックに口で勝つには、そりゃ大げさな言い方もしますよね。
シャーロックの考え方や行動のパターンがわかって、最大限に効果的な伝え方ができるようになったという考え方もできますが、メアリもジョンのことを「ドラマ・クイーン」と思っているのなら、だんだんジョンの「素」が出てきたということかもしれません。

ワトスンがホームズを「大げさ」「芝居がかってる」と感じるのは、事件のタネ明かしに演出を加える時ではないかと思います。「演出家」ホームズの活躍は、「海軍条約文書事件」での朝食の演出、「白銀号事件」での競馬場での演出、「六つのナポレオン」の鞭を使った演出など、枚挙に暇がありません。ホームズ自身もこうコメントしています。

「ワトスン君は私のことを、実生活における劇作家だというんですよ。私の内部からは芸術的な素質が湧きおこって、好演出をしつこく求めるのですな。われわれの職業というやつ、ときに結果を美化するような膳立てでもしないことには、まったく単調で目もあてられないことになりますよ。
いきなり肩に手をかけたり、のっそりとお前が犯人だといったり――これじゃあんまり芸がなさすぎるじゃありませんか。そこへゆくと電光的な推理や巧妙なわな、起こりうべき事がらへの鋭い洞察、大胆な仮定の見事な的中――こうしたものこそわが生涯の誇りであり、生きがいというものじゃないでしょうか?
いま現にあなたがたは、情勢への魅力で心をおどらせ、猟人の期待で興奮しているけど、もし私が時刻表のように明確なやりかたをしたら、心のときめきなんかあるでしょうか?ほんのしばらくの辛抱です、いまに何もかもわかりますよ」(『恐怖の谷』)



シャーロックは兄のマイクロフトを」「芝居がかったことが好き」と揶揄しますが、彼自身も、バスカヴィルの研究所でジョンを騙したり、わざわざ変装してジョンの前に現れたりと、相当芝居がかっています。"The Sign of Three"では聴衆の前でスピーチをしたり、バイオリンを弾いたり。「ダンスが大好き」という新たな一面も披露しました。
もともと、エンターテイナーの才能があるのですね。ジョンはジョンで大人気ブロガーですから、二人とも、それぞれに人を惹きつけるスター性を備えているということになります。
そう考えると、「シャーロックとジョン」(もちろん『ホームズとワトスン』も)は、一人でもスターになれる表現力を持ち合わせた二人が常に鼻を突き合わせているわけで、お互いの突出した部分が鼻につくのもしょうがないよなあ、という気がしてきます。ロックバンドや漫才コンビなんかも、よく「方向性の違い」とか言って解散したり、ソロ活動したりしますもんね。
原作のホームズとワトスンも、ずっとべったり一緒にいたわけではなく、トータルで見るとくっついたり離れたりしてたわけですが、なんだかんだと60過ぎまで友情が続いたのは、芸能人も学ぶべきところが多いのかもしれません(←何だかよくわからない〆になってしまいました)。

(原作からの引用はすべて延原謙訳)

【追記 2014.10.26】RMさんのブログ「Jeremyのことが知りたくて」で連動記事を書いていただきました!
なんと、あのジェレミー・ブレットも……? こちら からどうぞ!

(事件の重要なネタバレ)殺人リハーサル

ジョンのブログでは"The Bloody Guardsman "というタイトルだった、衛兵さんが襲われた事件。これは、「白面の兵士("The Adventure of the Blanched Soldier")」から発想されたのかもしれません。
字面も似ていますが、それだけではなく、この事件はワトスンに代わってホームズが書いた設定になっています。ドラマの中でも、ジョンではなくシャーロックによって語られました。
若い兵士絡みの事件というところも同じですね。原作は友人の行方を案じて、現代版は自身のストーカー被害を訴えて、と依頼の内容は異なっているものの、「窓から覗かれる」依頼人、という原作の印象深い場面が再現されています。
また、「白面の兵士」で田舎に引っ込んだきり連絡がとれなくなったエムズオースと、ひたむきに戦友を救おうとするドッドは、どこかショルトーとジョンの関係を思わせます。

ジョンとメアリの結婚式というシチュエーションや、ショルトー、スモールなどのゲストキャラクターの命名、何よりタイトルからして、第3シリーズ2話のメインになる元ネタは「四つの署名」に間違いないはずです。
でも、「白面の兵士」が元ネタの一つに採用されているとすると、シャーロックが一人で会場を去るシーンにじわじわ効いてくるんです、このくだりが……

当時、ワトスンは私を置きざりに結婚していたが、知りあってから後にもさきにも、これがただ一度の自分本位な行動であった。私は一人ぼっちだったのである。



シャーロック!!(号泣)

この事件は、ジョンの結婚式で未遂に終わったショルトー少佐殺害の「リハーサル」となっています。原作でリハーサルが行われた事件といえば「白銀号事件」。
調教師のストレーカーが競走馬の足を傷つけようとしますが、その前に羊を使って「練習」を行います。凶器に使われたのが「非常に細くて鋭い、それでいて曲りにくい刃をもつ」ナイフである点も、現代版スモールの犯行に似ています。
また、シャーロックはスモールを評して"Brilliant, ruthless ,and almost certainly a monomaniac.(明晰で、冷酷で、ほとんど間違いなく偏執狂)"と形容を3つ並べますが、白銀号を拾ったブラウンを"A more perfect compound of the bully, coward, and sneak(あんな高慢で臆病でずるくて、三拍子そろった男 )とホームズが表現するのに、ちょっと似てます。
スモールは「もっと早く殺しておけばよかった」と悔やみますが、車で立ち去りかけていた彼にシャーロックは"You should have driven faster(もっと速く走っておくべきだった)"と繰り返します。この台詞からも、名馬・白銀号を連想しました。

ホームズやワトスンの活躍で、白銀号は無事にレースに出場できましたが、スモールも結局一人も殺さなかったことになりますね。シャーロックをあれだけ手こずらせた賢く周到な犯人ですから、再登場して欲しいなあ、なんて思います。写真も上手だし……

(原作からの引用はすべて延原謙訳)
【追記:2014.12.20】読み返していたら、鑑賞メモからの書き移し漏れがあったので追記致します!

シャーロックが「写真に写っていない人」に目をつけたのも、やはり「白銀号事件」でのこの会話を思わせます。

「あの晩の、犬の不思議な行動に、ご注意なさるといいでしょう」
「犬は全然なにもしなかったはずですよ」
「そこが不思議な行動だと申すのです」(延原謙訳)

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プロフィール

Author:ナツミ
シャーロック・ホームズが好きです。どちらかというとワトスンがより好きです。

2017年エイプリル・フールお片付けしました。お付き合いありがとうございました!片付けきれてないところがあったらお知らせいただければありがたいです。

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