最初の挨拶
パンダとジョン

BBC制作、現代版シャーロック・ホームズのドラマ「SHERLOCK」ファンのブログです。
①正典/聖典(原作)と比較しながらドラマを観て、元ネタ探し
②ドラマでまだ出てこない原作の事件は、SHERLOCKだとどんな話になるのかな?と妄想する

…を一人で(主にトイレとかお風呂で)楽しんでいたのですが、
さまざまな方にご意見をいただけたら楽しいだろうなあ、と思って始めました。
ネタバレ満載ですのでお気をつけください!
★原作の文章を引用する際、主に新潮文庫版(延原謙・訳)を参考にさせていただいております。
★全ての記事は、推測やこじつけを基にしており、たまに妄想も入っております。ご了承の上ご利用ください。
★このサイト及び記事へのリンクは、どうぞご自由になさってください。
【お願い】 ★記事における間違いは、できる限り修正したいと考えております。お気づきの点がありましたら、ご教示いただけるとありがたいです。
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「あの場面の元ネタは?」という時はこちらへ
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ベストマンと『白面の兵士』

先日Twitterでことりさんと『白面の兵士』についてお話していてふと思ったのですが、『白面の兵士』事件には、ワトスンを連想させるキーワードが含まれています。

・依頼人のドッドは帰還兵。ホームズは"From South Africa, sir, I perceive."(南アフリカからお出でになりましたね)と口火を切る
・ドッドは「最も親しい友人」ゴドフリー・エムズオースを救おうとする
・ホームズは、「友人で絶対に信頼できる医師」サー・ジェームズ・サンダーズを同行する

このお話には、二重の意味でワトスンが不在です。
まず、語り手がいつものワトスンではなく、ホームズ。
ワトスンの記録に「浅薄」「厳正なる事実の記録に止めないで、大衆の興味に阿るもの」と文句を言い続けてきたホームズは、「じゃ自分で書いてみたまえ、ホームズ君」と反撃されてしまい、ペンを執る羽目になります。
書きながらも「書くとなるとやはりできるだけ読者に興味を与えるようにしなきゃならないということに、いまさら気のついたことを告白せざるを得ない」とか「ワトスンがすでに言ったかもと思うが」とか「いや、自分で話すとなると、うっかり手のうちを見せてしまうところだった。ワトスンがいつもフィナーレの俗受けで成功するのは、鎖の中のこういう一環を伏せておくからなのだ」とかワトスンワトスンうるさいんですが、「ワトスンがホームズの話を書く」ように、ホームズの語るお話にもワトスンの影を強く感じるのは面白い。
ちなみに後年、引退後のホームズによって綴られる『ライオンのたてがみ』では、ワトスンの影はずっと薄いと思います。

『白面の兵士』では、作中にもワトスンは出てきません。その理由は、ホームズの手で

当時、ワトスンは私を置きざりに結婚していたが、知りあってから後にもさきにも、これがただ一度の自分本位な行動であった。私は一人ぼっちだったのである。

と書かれています。

ホームズが初めて自分の手で書いた「事件簿」は、ワトスンのいない、しかし、だからこそワトスンを強く感じられるもの。
この事件を通し、ホームズは述懐します。

こうなってくるとワトスンのいないのが悔まれる。彼がいてくれたら、急所の質問をしたり嘆声を発したりして、常識を組織化したにすぎない私の簡単な技巧を、一大不思議にまで高揚してくれるところだ。



普通に読めばすごい皮肉なんですが……裏を返せば、ホームズにとっては理論の証明に他ならない捜査でも、そこにワトスンがいるだけで、血湧き肉躍る冒険に昇華される、とも言えます。
それは、『緋色の研究』で描かれた、二人の最初の事件からずっと変わらないことです。
『白面の兵士』には、ホームズの「一人ぼっち」になったからこその気付きが記されているのだと思います。

ワトスンの話が出たから、この機会に述べておくが、私が今日まで多くのつまらない事件にこの古い友人であり伝記作者でもある男と行動をともにしてきたのは、感傷や気まぐれからではない。ワトスンにはワトスンなりに著しい美点があるからであって、彼は謙譲な性格から、私の実績を誇張して評価するのあまり、自分のことにはあまり思い至らないのである。
自分で結論を出したり、これからの行動を予見したりするような男と行動をともにするのは、つねに危険であるが、事件の展開するごとに眼をみはるような男、さきのことは何一つわからないような男こそは、じつに理想的な協力者というべきである。


冒頭のこの部分だけ読むと、ワトスンは苦笑してしまうかもしれない。でも、読み進めていくと、ホームズが依頼人や事件のそこかしこにワトスンの面影を見出しているように見えなくもない、と思います。
また、医師の協力者、退役軍人の友人や親子の描写は、「ワトスンがいなくても同じような人は山ほどいる。問題はないんだ」と見せつける一方で、「いてくれたら君に意見を聞けたのに」という思いが見え隠れするように思えてくるのは、私の考えすぎでしょうか。

ホームズは、書こうと思えば他の事件も書けたはずなんですよね。この頃だけでもアベイ学校事件(グレイミンスター公爵にふかい関係のある事件)やらトルコ皇帝から委託された事件やら、何だかすごそうな事件に関わってるし。まあこの二つは偉い人のプライバシーに関わるアレコレで難しいにしても、面白い事件が山とある中で、あえて『白面の兵士事件』を選んで筆にしたのには、理由があるはず。
そんなこんなで、『白面の兵士』という作品には、「君がいてくれたらいいのに」という、ホームズからワトスンへの不器用なメッセージが隠されている、という読み方もできるのではないでしょうか。

さて、シャーロックのスピーチですが、これもメアリと一緒になって221Bを離れたジョンに向けたもの。
このスピーチにも、『白面の兵士』からの引用があります。

過去記事『引き立て役の真実
救うということ
(事件の重要なネタバレ)殺人リハーサル

『SHERLOCK』の共同制作者の一人で脚本家でもあるスティーブン・モファット氏は、こちらのインタビューでこう語っています。

“I remember being a 12-year-old kid thinking, Oh, why didn’t we see Sherlock be the best man? Please, can we see that? That would be the best story in the whole world, and I don’t care if there’s a crime in it or not, because it must have been the best and worst speech of all time!” he says.

「12歳の頃思ったんだ。ああ、どうしてベストマン姿のシャーロックを書いてくれなかったんだろう?本当に観たかったよ。世界一いい話だったはずだよ。この際犯罪なんて起きなくても構わないさ。人類史上最高で最低のスピーチだったろうに!(拙訳)」


Vulture.com
Steven Moffat Explains the Origins of Sherlock’s Best-Man Speech By Denise Martin より

そして数十年後、彼はその夢を形にしたことになります。

"John, I am a ridiculous man. Redeemed only by the warmth and constancy of your friendship.
.But, as I am apparently your best friend, I cannot congratulate you on your choice of companion.
Actually, now I can."
"Mary, when I say you deserve this man, it is the highest compliment of which I am capable.
John, you have endured war, and injury, and tragic loss — so sorry again about that last one. So know this, Today, you sit between the woman you have made your wife and the man you have saved.
In short, the two people who love you most in all this world. And I know I speak for Mary as well when I say we will never let you down, and we have a lifetime ahead to prove that."

「ジョン、僕はちっぽけな男だ。君の優しさや友情のおかげで、やっていけてるようなものだ。
君は僕を親友と思ってくれているようだが、だとしたら僕は、君の相棒を選ぶ眼は祝福できない。
でも、相手が彼女ならできる。」
「メアリ、君はこの男に相応しいひとだ。これは、僕としては最高の賛辞だよ。
ジョン、君は戦争や怪我や別れに苦しんできた……最後のヤツについては、本当にすまなかったと思ってる。
だから、わかってほしい。君の隣に座っているのは、君の生涯の伴侶。反対側にいるのは、君に人生をもらった男。
つまり君は今、世界で一番君を愛している二人に挟まれているんだ。
だから僕は……僕たちは、絶対に君を失望させたりしない。一生かけて、それを証明するよ。(拙訳)」



モファットさん、このスピーチを書きながらボロボロ泣いちゃったそうです。私も訳しながら泣きそうなんですけど、原作のホームズはこんなにストレートな言葉を使わなかったんじゃないかしら、と考えてしまうのは、私が「秘すれば花」の文化を持つ国の人だからなのか、モファットさんが挙式経験2回あるのに対し、私はゼロ回だからなのか……(ひ、ひがんでなんかいませんよ!?)

ワトスンとメアリの結婚式にホームズが出席して、シャーロックがジョンに贈ったような、温かな言葉をかけたと想像するのも楽しいのですが、ホームズの友を慕う気持ちが、誰にもわからない暗号のようにひっそり残っている、と妄想するのも、また楽しいのです。

蛇足ですが、シャーロックがジョンに「君を絶対に失望させない」と誓うのは、『瀕死の探偵』や『マザリンの宝石』でホームズがワトスンを評して「君が僕を失望させたことは一度もなかった(You never did fail me/you have never failed to play the game)と言っていることの、ちょうど裏返しですね。ジューン・トムスンによれば、これは当時のイギリスにおける最高の賛辞だそうです。(『ホームズとワトスン~友情の研究』ジューン・トムスン 押田由起訳)

(原作からの引用はすべて延原謙訳)
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アプルドアで何が起こったか

やばい、もう11月か!広告が出ちゃってます……
今年はスパイ映画の当たり年で、柄にもなく遊びまわってしまいました。まだU.N.C.L.E.観てないんで映画館に行きたくて仕方ありませんが、体のどこかにあるガイ・リッチー専用スイッチを押されると当分ヒャッハー状態になるので我慢する!財布も全力で「出かけるな」って言ってる!!!

平常時でも思慮が浅いのにとんだ浮つきモードで恐縮ですが、今日はマグヌッセンの「アプルドア」について原作とドラマを比べてみたいと思います。(表記は延原訳準拠です)

『SHERLOCK』の方は、まあ結論から言っちゃうとマグヌッセン版「マインドパレス」なんですが、
書類に交じって女の子の人形の首や、ヘッドホンをした石膏像などが置いてあるのが印象的です。
221Bにもヘッドホンした水牛の首が飾ってあるけど、何なんだろう?私にはわからないシャレオツな世界か……

その外箱としてのアプルドアは、螺旋状の構造にガラスを多用した現代的な建物。
英国に君臨しようとしているマグヌッセンなので、水晶宮をイメージしているのかな、と(少ない建築の知識で)思ったのですが、原作のアプルドアにもガラス張りの温室があります。(現代版でジョンやシャーロックと話している場面でも、階下にたくさんの植物が見えますね)
原作でホームズがミルヴァートンを蛇と表現したのに対し、シャーロックはマグヌッセンを鮫と言っているので、水槽のイメージもあるのかも。

関連記事:『蛇から鮫へ

The place was locked, but Holmes removed a circle of glass and turned the key from the inside. An instant afterwards he had closed the door behind us, and we had become felons in the eyes of the law. The thick, warm air of the conservatory and the rich, choking fragrance of exotic plants took us by the throat. He seized my hand in the darkness and led me swiftly past banks of shrubs which brushed against our faces.

温室の入口にも鍵がかかっていたが、ホームズはガラスを円く切りとって、手をさし入れて簡単にあけてしまった。そしてなかへはいると、急いでドアを閉めたが、これで私たちは法律的にはりっぱに罪人になったわけである。むっとする温かい空気のなかに、エキゾチックな植物のむせぶような芳香がまじって、息づまりそうだった。暗いなかでホームズは私の手をとって、ぐいぐいと進んでゆく。私は木の小枝に顔をなでられたが、ホームズは暗中で物が見えるという特殊の能力を、長年の注意深い鍛錬によって作りあげていた。(延原謙訳)



これ、ホームズシリーズでも指折りの官能的な描写ではないか、と私は思うのですが……
エロい、というより触覚に訴えるというか、温度を感じるというか。
ホームズが「メイドを誘惑」なんて手段をとったせいかもしれないし、ワトスンが不法侵入に興奮しているせいかもしれないですが、現代版マグヌッセンがスモールウッド夫人の顔を舐めたり、人んちの暖炉に放尿したり、シャーロックのパスタに指を突っ込んでオリーブを食べたりする描写にもつながってる気がします。
他人がいとも簡単にパーソナルスペースを踏み越えてきたら、たまらなく不快に感じますよね。コケにされた、というか、人間として大事な部分を踏み躙られた気がする。
北欧の人はパーソナルスペースをことのほか大事にしていて、バス停などに並ぶときにも間を空けると聞いていたので、なおさら異様な感じがします。
余談ですが、ワトスンが木の枝に顔をなでられた、っていうのはジョンがマグヌッセンに顔を弾かれたとこの元ネタじゃないか、と一瞬思ったんですけど考えすぎかな……延原先生の訳だとホームズはうまくよけてるように読めるけど、これ二人とも当たってますよね。

「犯人は二人」はいろんな意味で異色作だと思います。
ミルヴァートンに激怒しているホームズはいつになく感情的になり、いつも以上に手段を選ばない。ハニートラップ?も本当に珍しいことです。
ホームズとワトスンの犯罪行為が描かれる一方で、結末は唐突で曖昧。『ノーウッドの建築士』の兎同様、「そういうことにしておいて?」という含みを感じる終わり方です。第三者が突然現れてミルヴァートンを射殺し、警察もホームズたちの関与に気づかない原作と、現代版の結末は正反対のように見えますが、実は原作もこういう展開だったのかも、と思わせますよね。
どこまで本当に起こったことで、どこからがワトスンの創作なのか、非常にわかりにくい。
アプルドアという舞台の上では、虚と実の境目が曖昧なんですね。だから、ワトスンの描写もいつもと違った感じなのかも。
現代版では、マイクロフトが弟に幼い頃の姿が重なって見えた、という場面でその感じが表現されているようにも見えます。

Appledore Towersという建物名から単純に果物のリンゴを連想していいものかどうかわからないのですが、
SHERLOCKというドラマにおいて、リンゴはいつも重要な場面に出てきます。
まず、"A Study in Pink"でジョンのマグの横にあったリンゴ。
これは蛇をあしらった英国軍医師部隊のマークの横に位置することもあり、イヴが齧った「知恵の実」を思わせます。
これから出会うシャーロックという人間を表しているようにも見えるし、戦争を「知ってしまった」ジョンの悲しみの象徴のようにも、「シャーロックとの冒険に足を踏み入れたらもう戻れない」というジョンへの警告のようにも見える。
第二シリーズでは、ジムからシャーロックへのメッセージとして"I O U"の文字が刻まれたリンゴが。
この頃のジムは好んで童話のモチーフを用いていたので、これは白雪姫の毒リンゴ、と言う感じがしますね。
第3シリーズの「アプルドア」は……やっぱり世界を席巻するあの会社のマーク、なんでしょうか。
似てますよね、マグヌッセンとジョブズ……

シャーロックとジムは、シャーロックが「天使の側」にいるかどうか、という話をしていましたが、リンゴのモチーフは、シャーロックやジョンが「向こう側」に足を踏み入れる時に現れるのだ、と思います。

Do your research !

"Oh, do your research. I'm not a hero, I'm a high-functioning sociopath."
「ああ、もっとよく調べろ。僕はヒーローじゃない。高機能型ソシオパスだ。」



A Study in Pinkではアンダースンに、このお話ではマグヌッセンに向けられたセリフ。
アンダースンが言われてた時から元ネタを探してたのですが、『恐怖の谷』でアレック・マクドナルド警部に向けられたセリフに似ているのかなあ、と思います。

“Mr. Mac, the most practical thing that you ever did in your life would be to shut yourself up for three months and read twelve hours a day at the annals of crime. Everything comes in circles – even Professor Moriarty. "
「マクドナルド君、君は三ヶ月間家にとじこもって、毎日十二時間ずつ犯罪記録を読破したまえ。おそらくこれほど実際的な行動はありません。そうすれば何でもわかる。むろんモリアティ教授のこともわかるようになります。(後略)」



ホームズは「温故知新」みたいなことをよく言う気がします。
ていうか結構説教くさいなこの人、ということに今更気が付いた……
シャーロックになるとあんまりそういう印象を受けなかったのですが、これは若さとベネディクト・カンバーバッチの人徳のおかげかも。
まだキャラが定まってなかった"The Blind Banker"では、若いディモック刑事に教師じみた態度もとってましたね。
するってえと、ディモックの元ネタはマック君かもしれないなあ。よく考えると名前が似てる。

「ではむろんこの血は第二の人物のものだ。もし他殺だとすると、おそらく加害者のものだろう。これで思い出すのは一八三四年にユトレヒトで起ったファン・ヤンセン殺しの状況だが、君あの事件を覚えていますか、グレグスン君?」
「覚えてませんなあ」
「一度読んでみるんですな。日の下に新しきものなし、ですよ。すべてかならず前にあったことの繰り返しにすぎないんだからな」



旧約聖書からの引用、「日の下に新しきものなし」は現代版ジョンのブログにも採用されてますね。
他にもホームズの「勉強しろ」セリフがあったら教えていただけたら嬉しいです。リストにして、怠けたくなったら眺めます……

(原作からの引用はすべて延原謙訳)

一番素晴らしい人

秋の大型連休、久々に録画を観返してみて、鑑賞メモから記事にするのを忘れているネタをいくつか見つけました。
(他の話題のついでに出したり、コメント欄でご指摘いただいて『それでよし』としてしまっているものもあるので、かぶっていたら申し訳ありません。)

"Look, I find it difficult. I find it difficult, this sort of stuff."
"I know."
"You were the best and the wisest man that I have ever known.Yes, of course I forgive you."
「苦手なんだよ、こういうのは」
「わかってる」
「君は、誰よりも素晴らしくて賢い人間だ。許すに決まってる」(拙訳)



爆弾を詰め込まれた地下鉄車両で、狼狽したジョンが思わず本音を吐露してしまう場面。
これは、「最後の事件」の結びから。

Of their terrible chief few details came out during the proceedings, and if I have now been compelled to make a clear statement of his career, it is due to those injudicious champions who have endeavoured to clear his memory by attacks upon him whom I shall ever regard as the best and the wisest man whom I have ever known.
首領モリアティのことは、裁判にもほとんど出てこなかったが、ここにその経歴をはっきり書きしるさざるを得なかったゆえんは、私が生涯にもっとも愛しかつ尊敬した一人物にたいして不当の攻撃を加え、もってモリアティへの記憶を新たにせんとつとめる浅薄な輩に報いんがためである。



「最後の事件」の結びが怒ってる感じなのは、この短編が、モリアティ教授を弁護する文書を発表したモリアティ大佐(教授の兄弟)への反論として世に出されたものだからです。その一件がなければ、ホームズの死の経緯はワトスン一人の胸にしまわれているはずでした。
時系列で言うと、「冒険」「思い出」所収の短編群と長編「バスカヴィル家の犬」は、ホームズがライヘンバッハの滝で「死んで」から続々と発表されたことになります。
開業医であり、一家の長でもあったワトスンはとんでもなくハードな生活を送ってたことになりますが、ホームズの活躍を作品にして、発表することがワトスンの追悼であり、復讐であったのだと思います。ホームズに次いでメアリも亡くした後は、絶望を遠ざける唯一の手段でもあったのでしょう。
その流れに沿うためなのか、延原訳では「最も良い、賢い男」ではなく、「私がもっとも愛しかつ尊敬した一人物」とワトスンの主観が強調されています。

現代版では、ジョンの結婚式のスピーチでシャーロックが似た言葉をジョンに返すのが、いいなあと思います。

過去記事:「シャーロックのスピーチ

同時に、ジョンがベストマン(結婚式の付き添い役)を頼むが、シャーロックは意味を取り違えてよくわからない男を推薦する、というくだりにもつながるはずなのですが(過去記事:『最高の男とは』)、何でもマインドパレスに入れるシャーロックが、この言葉は忘れてるということになる。
撮影順とか、いわゆる大人の事情のせいかもしれないのですが、褒められることに敏感なシャーロックがジョンのこの言葉を忘れているのだとしたら、自己評価に偏りがあるんだなあ、と思ってしまう。第3シリーズを通して描写される、マイクロフトの「お前は馬鹿な子だ」という刷り込みと無関係ではないのでしょうね。第3シリーズでは、徹底してシャーロックの内面を掘り下げてるんですね。

ところで、モリアティに兄弟がいたという話は、「恐怖の谷」にも出てきます。

(前略)弟はこの国の西部地方のどこかで駅長をしている始末、(後略)



名前がかぶってたりするので、多少捻じ曲げてる(実在の人物に配慮して、名前などを変えてる?)印象もあるのですが、ワトスンの書いたことを素直に受け取れば、モリアティ兄弟は数学の教授、軍人、駅長の3人がいることになります。(グールド説ではホームズ兄弟も3人で、対称になってる!)

このことから、"His Last Vow"ラストで蘇ったジムの正体は彼の兄弟ではないか、という説も出ているそうですね。
そっくりの姿で蘇ったといっても、今のところテレビジャックの映像だけなので全くの他人の犯行である可能性もありますが、"The Empty Hearse"を介して鉄道というモチーフで繋がってるとしたら、駅長さんのモリアティが黒幕のモデルなのかもしれません。

(原作からの引用はすべて延原謙訳)

最先端の男

Portable Appledore. How does it work? Built-in flash drive? 4G wireless?
「ポータブル・アプルドア。どういう仕掛けだ?フラッシュドライブ内臓か?4Gワイヤレス?」(拙訳)



マグヌッセンが眼鏡から脅迫相手の情報を得ている、と読んだシャーロック。しかし、眼鏡は普通のものでした。

「あんまり時代おくれになるまいとしすぎると、かえって損するよ。いつも時代に先行しているので、僕たちが罰をうけたんだ。」(恐怖の谷)



フレームが細くいかにも華奢で、そんな細工はできなそうな眼鏡なので、シャーロックの推理にはちょっと無理がある気がしました。(私が知らないだけで、技術的には可能なのかもしれませんが……)
でも、そういう発想が出てくるというのは、シャーロックが最先端機器に興味を持っている証拠ですよね。

スマートフォンで情報を検索したり、IP電話で現場のジョンに指示を出したりと、現代のガジェットを使いこなしているシャーロックですが、ホームズも、蓄音機(『マザリンの宝石』)や電話(『隠居絵具師』)など、当時の新しい機器を活用しています。
参照:過去記事『演奏の録音』『遠隔捜査

上記の引用は、『恐怖の谷』から。
この時、ホームズとワトスンは年鑑を利用した暗号を解いていました("The Blind Banker"の元ネタですね)。
この日は一月七日で、二人は前年末に出版されたばかりの新しい年鑑を見ていました。暗号を送った人物は前年版を使っていたことが、引用したセリフにつながるわけです。
「年鑑」とは、

ある特定の地域や分野について、最新のできごと、動向や統計などを内容とし、毎年あるいは1、2年おきに刊行される出版物。
「コトバンク」日本大百科全書(ニッポニカ)の解説より


ホームズが参照したのはホイッティカー年鑑
英国の出版業者ジョゼフ・ホイッティカーが1868年に創刊した、政治・経済・文化関係を扱う年鑑です。「普遍的に使用されている」というホームズの口ぶりからすると、かなりポピュラーなものだったようです。
この時は暗号の材料として使用されましたが、年鑑はホームズにとって、ちょうどシャーロックのスマートフォンのようなものだったのでしょう。
もちろん、新聞も活用しています。

といって彼は、ロンドン中のいろんな新聞から切りぬいて日付けの順にはりこんだ大きなファイルをとりおろして、ページを繰った。
「どうだい、まるでうめき声と哀訴と嘆願のコーラスだね。それぞれ事情のある事件でごったがえしている。異常事の研究者にとっては、見のがしがたい格好の猟場だよ。(後略・『赤い輪』)



情報を求める時は、自ら広告を出すことも。

「この広告を読んでみたまえ。あのあとですぐに、全市の新聞に僕が送ったものだがね」
そういって彼が夕刊を投げてよこしたので、示されたところを見ると、拾得物広告欄の最初につぎのような広告が出ていた。

 今朝ブリクストン通りのホワイト・ハート酒場とホランド・グローヴの中間の路上にて、金製カマボコ型結婚指輪一個拾得す。今夕八時より九時までにベーカー街二二一番Bワトスン博士まで申し出られたし。 (『緋色の研究』)



アプルドアの元ネタは別項に譲りますが、ミルヴァートンが恐喝に使う証拠の手紙などは、金庫に保管されていました。
原作のホームズは、自作のアーカイブで情報を整理しています。

シャーロック・ホームズは暖炉の片側に陣どって、むっつりと、例の犯罪記録に索引をつけているし、(後略・『オレンジの種五つ』)


「(前略)ちょっとその本だなから、僕編集の伝記便覧をとってくれたまえ」
彼はいすの背によりかかって、葉巻の煙を盛んにはきながら、のらくらとページをくって、
「 Mの部は秀逸ぞろいだな。モリアティは全巻を通じての大ものだが、そのほか毒殺業者のモルガンがあるし、ここには思い出しても胸の悪くなるメリデューがあるし、マシューズがいる。こいつはチャリング・クロス駅の待合室で、僕の左の犬歯をたたき折った奴だ。それから、ああ、ここに今夜の先生がいた」(『空き家の冒険』)



電報や電話、年鑑、新聞、索引帳など、原作のホームズが活用していたものがインターネットで賄えてしまうのが21世紀版の大きな特徴ですね。インターネットの普及以前でも、それなりに「現代版」は作れたはずですが、少なくとも捜査の場面は、原作とそれほど変わらない印象だったんじゃないでしょうか。
ネットにおける情報収集や拡散の速さが、シャーロックの失墜や復活と密接に関わっているのもうまいなあ、と思います。

その一方で、シャーロックを演じているベネディクト・カンバーバッチが、新聞の社交欄に広告を出すという「昔ながらの」形で結婚の報告を行ったというニュースはとても興味深かったです。
原作の時代と変わらない伝統や風景と、現代ならではの技術。
その対比をくっきりと描けるロンドンという舞台が、『SHERLOCK』という作品の成功要因のひとつなのでしょうね。

(原作からの引用はすべて延原謙訳から。『アプルドア』『ホイッティカー』の表記も延原訳を参考にしました)
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Author:ナツミ
シャーロック・ホームズが好きです。どちらかというとワトスン君がより好きです。

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