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最初の挨拶
パンダとジョン

BBC制作、現代版シャーロック・ホームズのドラマ「SHERLOCK」ファンのブログです。
正典/聖典(原作)と比較しながらドラマを観て、元ネタ探しをしております。
ネタバレ満載ですのでお気をつけください!
★原作の文章を引用する際、主に新潮文庫版(延原謙・訳)を参考にさせていただいております。
★全ての記事は、推測やこじつけを基にしており、たまに妄想も入っております。ご了承の上ご利用ください。
★このサイト及び記事へのリンクは、どうぞご自由になさってください。
「あの場面の元ネタは?」という時はこちらへ
ブリキの文書箱

襲われる221B

秋はなんとなくホームズが似合う気がするのはどうしてなんでしょうね。読書の季節だからか、秋の装いにイングランドやスコットランドを思わせるものが多いからか。都会のデパートで「英国展」が行われるのも秋ですよね。

そして今秋、日本のテレビでホームズものが熱い!

かつて「トレンディドラマ枠」として洒脱な恋愛ものをよく放送していた(つまり私には縁遠かった)フジテレビ月曜9時で、ドイル正典を原作としたシャーロック アントールド・ストーリーズが始まりました。


発表当初は、キービジュアルがあまりにもBBC SHERLOCKにかぶっていた(タイトルロゴや、主人公たちの服装など)のでちょっと心配だったのですが(ロゴとタイトルは後に変更)、いざ始まってみると
・「語られざる事件」を絡めてくる
・毎回テーマカラーを設けて視聴者に関連を見つけさせる
などなど、大いにシャーロッキアン心をくすぐる作品。

リアルタイム視聴しながらSNSで気づきを共有して楽しんでいる方も多いようです。
そういう「メディアミックスの巧さ」は、ドラマと並行して登場人物のブログをアップしていたSHERLOCK初期を思い出させます。視聴者が参加して楽しめるのはいいですよね。

主人公の誉 獅子雄(ほまれ・ししお)を演じるおディーン様ことディーン・フジオカもかっこいい。
上記の流れからどうしても過去作と比べてしまって申し訳ないのですが、ベネディクト・カンバーバッチやロバート・ダウニーJr.に比べると、顔立ちが端正すぎて「変人探偵」としてはいまいちフックに欠けるかなあ、と思ってたんです。
でも、3話あたりで気がつきました。このホームズ、潜入捜査が巧い!
近年のホームズ役者さんたちはみんな個性的で素敵なんですが、癖が強い故に変装の場面になると「イヤイヤイヤ!ホームズ滲み出てるだろ!」という感じで、ギャグっぽい場面に落とし込まれることが多かったように思います(まして現代物の場合、19世紀に比べて服装・髪型にバリエーションが少ないのも難しいところ)。その点ディーン・フジオカ・ホームズは、どんな役にも自然に溶け込めてる感じ。役者さんの天性の雰囲気はもちろん、演技の巧さも地道に発揮されてるんじゃないかな。

アメリカやロシアのホームズと比べると、人種、文化や言語の「原作からの遠さ」に違和感を持ってしまうのはしかたないのですが、様々な国でホームズが再解釈されている流れの中で、既存の名作たちに肩を並べる物語に育つといいなあ。

個人的には、ワトスンが甘い顔立ちに反して「善良な人」ではないことが面白いと思う(ある過ちを犯したことが語られています。日本を舞台にした現代版では『従軍』という過去を背負わせられない分、良心に呵責のない医師として設定されるのかなあと思ってたので、意外な切り口だった)。佐々木蔵之介のレストレードや山田真歩のグレグスンも、奥行きを感じられるキャラクターで好きです。

このドラマへの考察を、Tomoさんが様々な方のツイートも含めまとめてくださっています。
【シャーロック】新月9ドラマ「シャーロック」第一話をシャーロッキアン的に見てみる
いまのところ毎話更新してくださっていますよ~(そして更新が速い!)ドラマ視聴と併せて、とても楽しみにしています。

それから、アニメ「歌舞伎町シャーロック」。
こちらは正典をベースにした事件を絡めつつ、様々な探偵たち、2丁目のママ?ハドソン夫人、推理を落語っぽく語るホームズや少年モリアーティなど、さまざまなキャラを惜しみなく出してくる楽しい作品。
シリーズを貫く事件として「切り裂きジャック事件」を用いるという王道パスティーシュ感と、現代の新宿に19世紀のロンドンを持ち込んだような軽いSF感。正道と混沌のバランスが良くて興味深い。
私は「おそ松さん」以来の深夜アニメ視聴なんですが、ほんとに昨今のアニメはセンスがいいというか、絵も綺麗でセリフまわしも面白くて、いい大人が夜中に一人で吹き出してしまうことしばしばです。

この2作品をチェックしているだけでも忙しいのに、D-Lifeで日本語吹替版のSHERLOCKが放送されてたりして、久々にホームズ度の高い日々を過ごしています。
原作やパスティーシュを紐解く機会も増え、今更ながら取りこぼしてたSHERLOCKの元ネタにはたと気づくことも多いです。

上述のTomoさんのブログで、誉の部屋が雨漏りで水浸しになったことの「元ではないか」と引用されていたこの場面。

「ワトスン君、けさの新聞みたかい?」
「いいや」
「じゃべーカー街でなにがあったか知らないんだね?」
「べーカー街でなにがあった?」
「ゆうべあの部屋へ火をつけられたよ。大したことにはならなかったがね」
「へえ! 怪しからんやつだ!」(『最後の事件』)


ということは、S1e3(第1シリーズ3話)"The Great Game"でシャーロックとジョンの部屋が爆発したり地下室に侵入されたり、S2e1”A Scandal in Belgravia”でハドスンさんが暴漢に襲われたり、全然元ネタ探し追いついてないけどS4e3”The Final Problem"でドローンに部屋が爆破されたりする場面の元ネタにもなり得るわけですよ!今更ですけど!!
こう列挙してみると、S3はハドスンさんにとっていい時代だったんですね。マグヌッセンに放尿される程度で済んで……(※『いい』の基準がおかしい)

S4の最後にシャーロックとジョンが221Bを片付けて、壁の落書きや銃痕まで再現している場面がありましたが、原作では『最後の事件』と『空き家の冒険』の間のどこかでハドスンさんかマイクロフト(の、よこした人たち。多分)があの作業をやったわけですよね。

私たちの昔いた部屋は、マイクロフト・ホームズの管理と、ハドスン夫人じきじきの注意とで、以前と少しも変わっていなかった。じっさいはいってみると、部屋の中は片づきすぎるくらいきれいになっていたが、調度にしても家具にしても、ちゃんとそれぞれの場所にそのままだった。一隅に科学実験の場所もあるし、酸で汚れた松板ばりの実験台もあるし、たなのうえには恐るべき切抜帳や参考書の類が並んでいる。これはロンドン市民のなかにも、焼きすてたがっている連中が少なくないのだ。それから図表類、ヴァイオリンのケース、パイプ架、ペルシャのスリッパまでが、そのなかに煙草がはいっているのだが、ひと目で見てとれた。(『空家の冒険』)


「大したことにならなかった(No great harm was done)」とホームズは言うけれど、ホームズ基準で言う「大したこと」とはどの程度の被害やら……
まああまり被害がなかったにしても、3年間の不在を感じないくらいに細かいところまで「元通り」というのはすごい。ワトスンのこの細やかな描写が、シャーロックとジョンの「えっそこまで戻すんだ……」とツッコみたくなるような「再現作業」の元ネタになっています。

19世紀末、『最後の事件』でのホームズの死を悲しんだ読者は、世紀をまたいで復活したホームズに狂喜しました。そんな彼らは「変わらない221B」の描写のひとつひとつがきっと嬉しかったはず。
現代版では「部屋の再現作業」が、一度は壊れかけたシャーロックとジョン、そしてホームズ一家の人間関係が新たな形で息を吹き返す過程にオーバーラップするかたちで描かれています。
そのようにして「冒険の存続」を願うメアリ、そしてドラマ視聴者の気持ちに応えているわけですね。

(原作からの引用はすべて延原謙訳)


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ハドスン夫人の買い物

第4シリーズの放映に向けて、NHKで今までのお話が再放映されていますね。今日は"The Blind Banker"(邦題:死を呼ぶ暗号)。
何度も観たつもりでしたが、時間をおいて観るとまた新たな気づきがあったりします(まあ私の場合、『気づき』ニアリーイコール『こじつけ』なのですが……)

ジョンのガールフレンド候補・サラが(予定外に)221Bにやってきます。
出すものがなくてキッチンを漁りまくるジョンに、飲み物とおつまみを差し入れしてくれる「聖女」ハドスンさん。(この後、彼女はもっと大きな意味で聖女になっていくのですが……)
お酒は果物の入ったパンチ。おつまみはポテトチップスに何かのディップ、といったところでしょうか。置いてあるものでささっと準備してしまうハドスンさん、頼れるベテラン主婦!

感謝するジョンに彼女がささやく台詞が

"If it was Monday, I’d have been to the supermarket! "
「今日が月曜日だったらねえ、スーパーに行ってたのに!」



"the supermarket"とは、たぶん冒頭でジョンがセルフレジと戦ってた"TESCO"ですよね。BBCが公開してたスクリプトにもTESCOと明記されてるし、地理的にも、少なくとも当時はTESCOが一番近かった。(ハドスンさんはもっと大きくてお得なスーパーに行っていたのかもしれませんが)

参考:TESCOの場所について 過去記事『シャーロックの住所

この「本当ならもっとおいしいものを出せたのよ~~、今日はこれでひとつねえ、我慢してちょうだいねえ」と言わんばかりのおばちゃん口調、7年前より俄然共感できるし、それどころか似たようなこと言うようになってる自分に愕然としてるんですが、まあそれは置いといて。
腰が痛いにしても、ハドスンさんは自分でスーパーに買物に行くわけですよね。でも行く日を「月曜」と決めてる。
過去記事のリンクもう死んでるんでこちらに貼り直しますが、近所のTESCOが無休で6時から23時まで営業してるんですよ。
英国の主婦はスーパーに行く曜日を決めているものなのか、それとも何かのついでがあるとかで、ハドスンさんが個人的に「月曜」と決めているのか?または、私がしらないだけで「食料品は月曜に買う」という暗黙の了解があるのでしょうか。
そこらじゅうにスーパーがあっていつでも買い物できる現代の台詞として、ちょっと不自然な気がします。
ただハドスンさんと「買い物」については、原作の解釈に「定説」があり、そこから持ってきた「曜日の話」なら納得が行きます。
その定説は私の大好きな漫画『シャーロッキアン!』でわかりやすくまとめられていたので、そこから引用したいと思います!

『海軍条約事件』は1889年夏の出来事とされている
事件が解決をみたのは8月1日……問題の朝食が出されたのはこの日だ
この日は木曜日だった

当時のイギリスでは各種の支払いは週ぎめで土曜日に金銭のやりとりが行われていた
今もその名残は随所に見られる……たとえばイギリスのサッカー選手の契約賃金は年俸ではなく週給で報道される

さてハドスン夫人も毎週土曜日にホームズから部屋代を受け取っていたと考えられる
となるといきおい食料品や生活必需品の買物も土曜日にすることが多かっただろう

一方木曜日ともなると懐具合もだいぶ淋しくなってくる……
そんな時来客の分も含め3人前の朝食を用意しなければならなかったハドスン夫人は……
頭を悩ませたのではないかな
新たに買物をせずに何か作らなければならない 手持ちの食料品を使って

『シャーロッキアン!』4巻 第29話『カレーの問題(後編)』より 



車先生は、『海軍条約事件』でハドスン夫人が朝食にチキンのカレーを出した理由を「古い肉を美味しく食べる工夫だった」と指摘します。
急な来客、手持ちの食料品がない状況、ハドスンさんの機転……この3つからこの場面の元ネタは『海軍条約文書事件』だったかも、と推測できるわけですが、さらに先輩シャーロッキアンに倣って推測を進めると、シャーロックとジョンも週に一度家賃を手渡ししていて、その日は月曜日であると言えるかも。原作同様土曜日に家賃を渡していて、土日の人混みを避けて月曜に買い物している、という考え方もできるかもしれませんね。
ハドスンさんの財源は他にもありそうですし、今時手渡し?と言われてしまうかもしれないんですけどね……(ちなみに私は大家さんに家賃を手渡ししてます。カナダにいた時もそうしてました。日本では銀行引き落としが多いと思うんですが、英国ではどうなのかな)

"The Blind Banker"は終始「おカネの話」でもあるので(参考:過去記事『シャーロックとジョンとお金』)、私にとっては今頃気づいたことでも、自然に連想なさっていた方も多かったのかもしれません。

『シャーロッキアン!』に話を戻すと、前述の車先生の台詞を受けて愛里ちゃんが「冷蔵庫もないし……」と呟くのですが、言われてみれば『SHERLOCK』には冷蔵庫がしょっちゅう出てくるような気がする。これも現代らしさの強調だったんでしょうか。ホームズの時代に冷蔵庫があったらこんなものを入れてたかも、と想像するのは楽しかったでしょうね。

ところでハドスンさんが用意してくれた「ポテトチップスとディップ」ですが、アメリカやイギリスの方のおうちにお邪魔すると、本当によく出てきます。デイップは残念ながら見えなかったのですが、アボカドやアンチョビなどの高級(?)食材(日本では結構高いです……)を使わなくても、キャンベルなどの水や牛乳を足すタイプのスープ缶で美味しく作れるよ!と友人に教えてもらったことがあります。スープ缶(マッシュルームがおススメ)を開けて、サワークリームとかマヨネーズとか、なんかそこら辺にあるもので味を調整するだけ!料理とも言えない料理ですが、本当に常備してあるものだけで作れるし、ポテトチップスだけよりはぐっとおつまみっぽいムードが出る!ような気がする!玉ねぎやセロリ、パセリ、トマトなどの野菜があれば刻んでいれてもよし。
深夜に来客と事件を解決することになった折には、ぜひお試しください!

大いなるオレンジの種

トランプ氏が新大統領になってアメリカの話題が気になる今日この頃、「正典」を読んでいても、アメリカ絡みのお話を目で追ってしまいます。
『オレンジの種五つ』は南北戦争の後遺症や当時の船舶、郵便事情がわかって興味深いお話なのですが、唐突に第1シリーズ3話(The Great Game)との関連に気づきました(たぶん皆気づいてた)。

『オレンジの種五つ』は、この話でシャーロックに送られてきた携帯電話の「五つの警告音」の元ネタでもありますが(過去記事『五つの警告音』、それだけではないようです。

1.シャーロック(ホームズ)の失敗

今思うと、第1・第2シリーズは主にジョンの目を通してシャーロックを描いていて、シャーロック視点を中心に描かれる第3・第4シリーズと対になっているような気がします。
"The Great Game"では、[シャーロックはゲームに夢中になるあまり人命を軽んじているのではないか」というジョンの疑念がストーリーの柱のひとつになっています。実際、シャーロックは「勝ちにこだわるあまり被害者の一人を助けられなかった」格好になってしまいますが、『オレンジの種五つ』には「ホームズが完全に解決できなかった事件ではあるけれど、ぜひ紹介したい」というワトスンの前置きがあります。
ホームズやシャーロックの予想よりも事態は逼迫していたのに出足が遅れ、結果として彼らを頼ってきた人を死なせてしまう、という展開が似ています。

待っているあいだにと、卓上に置いたままの新聞を手にとって、ひろげてみた私は、ふと目についた見出しにたちまち心がひやりとした。
「おいホームズ君、もう間にあわないぜ!」
「えッ!」ホームズは静かにコーヒー茶碗をおいて、「そんなことではないかと思っていたんだ。どんなふうにやられている?」と言葉はおちついているが、内心はかなり動揺しているらしい。
「オープンショウという名と『ウォータールー橋の惨劇』という見出しが目についたばかりだが、ひとつ記事を読んでみよう」


2、小道具と地名

シャーロックの言動に傷ついたジョンは、それでも彼の指示通り新聞を調べだしますが、いち早く「ウエスト青年の事故死」を見つけます。これは、ワトスンが朝食の席で何気なく手に取った新聞でオープンショウ青年の死を見つける場面に通じていたのかもしれません。
オープンショウはウォータールー駅付近で誤ってテムズ河に転落したと見なされます。(ジョンが見つけた記事" Archway suicide"はつながってる?)
アレックス・ウッドブリッジの死体が見つかったのはテムズ側南岸、サウスワーク橋とウォータールー橋の間。ほぼ一致してますね。

昨夜九時から十時までのあいだに、H署のクック巡査はウォータールー橋付近で服務中、救いを求める悲鳴と水音を耳にしたが、何しろ真の暗夜のうえあの嵐のなかとて、ニ、三通行人の協力もあったけれど救助はとうてい不可能なので、ただちに警報を発し水上署の助力を得て結局死体は発見した。ポケットから出た封筒によりホーシャム付近のジョン・オープンショウという青年紳士と判明したが、たぶんウォータールー駅発終列車に乗るつもりで急ぐうち、あまりの暗さに道にまよい、河蒸気乗り場から墜落したものと推定される。死体になんら膀胱の痕跡が残っていないところからみて、過失死であるのは間違いないであろうが、それにつけてもこのような危険な乗船場の存在することに関して当局の一考をうながさざるをえない。



3、ジョン(ワトスン)によるシャーロック(ホームズ)像の見直し

「(前略)僕の記憶に誤りがなければ、君はいつか、僕たちの知り合った当初だったか、僕の知識の限界をうまくいい現わしたことがあるね」
「そうそう、あれは珍記録だったっけ」私は笑って答えた。
「たしか哲学、天文学、政治の知識は皆無で、植物学は不定、地質学はロンドンを中心として五十マイル以内の土地ならば、服についたどろを見てその地域を指摘しうるほど該博、化学は偏倚、解剖学は系統的でなく、扇情文学と犯罪記録には特異の知識を有し、ヴァイオリンに巧みで拳闘をよくし、剣客にして法律に通じ、コカインとタバコの中毒者というのがだいたいの内容だったと思う」


二人はワトスンの処女作『緋色の研究』について話しています。冒頭でシャーロックとジョンも、ジョンのブログ中のシャーロックの描写について喧嘩していましたよね。
ここでワトスンは、ホームズに対する認識に誤りがあったと認めているわけですが、ジョンも"The Great Game"事件を通してシャーロックをより深く理解することになります(過去記事:『The Great Gameの構造』)。

あと、根拠のない妄想として読んでいただくとして、個人的に『オレンジの種五つ』には『最後の事件』同様、水のイメージが付きまとうんですね。嵐の夜、海洋小説、河蒸気乗り場、船着き場。それが、"The Great Game"のテムズ河岸やプールの場面に結びつくのかも。まあ他のエピソードにだって河もプールも水族館も出てくるんで、ほんとに妄想なんですけど。

『オレンジの種五つ』が思ってたよりも大きな「元ネタ」だったとすると、もともと『海軍条約文書事件』と『ブルース・パティントン~』が絡み合ってる"The Great Game"はほんとにグレートだ……もう詰め込めるだけ詰め込んだな~!!って感じですね。
さらに"The Abominable Bride"、略して『忌嫁』にも絡んでくるとなると、ほんとに『オレンジの種五つ』は使い勝手がいい原作……SHERLOCKに置けるコストパフォーマンスの高さでは『花婿失踪事件』に次ぐかもしれない。(まず『原作コスパ』って何なんだよ、って話ですが、フィーリングでわかってやってくださいますか……)

(原作からの引用は延原謙訳)

ジョンの発見

ものすごく久しぶりに第1シーズンの記事を書くので、以前書いたことをすっかり忘れて同じネタを書いてないか、若干心配ですが……

先日、別記事を書くために、これまた久しぶりに「白銀号事件」を読み返しました。
私だけかもしれませんが、「名作はかえってあまり読み返さない法則」があるのです。もう展開が頭に入っている、と思い込んでいるせいかもしれませんが、私の頭でそんなにしっかり覚えているはずもなく、「これ、ひょっとして元ネタかも……」と思える場面がぽろぽろと出てきたので、書き留めておこうと思います。

シャーロックよりも早く、ジョンが壁に書かれた暗号を発見する場面。
ワトスンは観察力不足をホームズに責められている場面が多いので、「ぼんやりした人」という印象を持たれがちですが、意外と目ざとい一面もあり、ホームズより早く真実に到達することもあります。「恐怖の谷」冒頭で、暗号に使われた本を特定するのも速かったですね。「隠居絵具師」では、自分の学生時代の番号と同じだったという理由で、大事な情報を逃さず覚えていたこともありました。
「白銀号事件」では、「足跡」を見つけます。

そして彼はじっと足跡ばかり見て歩いていたが、私はふと横のほうへ目をやってみると、驚いたことには、少しはなれたところに同じ足跡が、再びケープルトンのほうへ向かっているのを発見した。ホームズにそのことを注意してやると、
「ワトスン君、お手柄だ!おかげでうんとむだ足をふまされるのが助かった。さ、その足跡について進もう」



現代版シャーロックも原作のホームズも観察力に溢れていますが、前に進もうとするあまり、ちょっとしたことを見落とすこともあります。それを相棒のジョンやワトスンがしっかりフォローしているわけですが、原作はワトスン自身の手で書かれているので、自分の「手柄」をあまり書きとめていないのではないかと思います。そういえばジョンも、自分が暗号を見つけたことをブログに書いていませんでしたね。(彼の場合は、暗闇でシャーロックに肩を掴まれたことに触れて、誤解を招きたくなかっただけかもしれませんが……)

ワトスンの話が出たから、この機会に述べておくが、私が今日まで多くのつまらない事件にこの古い友人であり伝記作者でもある男と行動をともにしてきたのは、感傷や気まぐれからではない。ワトスンにはワトスンなりに著しい美点があるからであって、彼は謙譲な性格から、私の実績を誇張して評価するのあまり、自分のことにはあまり思い至らないのである。(『白面の兵士』)



この後ホームズが挙げる「美点」はちょっと変な方向に流れていきますが、「謙譲な性格から、私の実績を誇張して評価するのあまり、自分のことにはあまり思い至らない」という評価は本気なのではないかと思います。ご存知のように、ジョンは何度もシャーロックを助け、シャーロックはそのことについての感謝をジョンの結婚式のスピーチで述べます。(関連記事::『救うということ』)
同じようにワトスンも、彼自身の記録に書かれていないところで今回取り上げたような「お手柄」を立てていることが、十分考えられます。

(原作からの引用はすべて延原謙訳)

おいしい店とブラックジョーク

(この記事は、『人種差別』に関する記述や引用があります。筆者にはどなたかを貶める意図はないのですが、不勉強ゆえの配慮に欠けた記述などがありましたら、教えていただければ幸いです。)


夕食もとらずに深夜まで走り回って、腹ぺこの二人。
シャーロックは、この時間でも開いているおいしい店を知っている様子。

"End of Baker Street there's a good Chinese. Stays open till two.
You can tell a good Chinese by the bottom third of the door handle."
「ベーカー街のはずれに、おいしい中華の店があるんだ。2時までやってる。
いい中華料理屋は、ドアの取っ手の下3分の1を見ればわかる(拙訳)」



ここで、マイクロフトの姿を見つけたジョンに遮られるのですが、さて、どうしてドアの取っ手で良い店がわかるのか。

私は、こと"SHERLOCK"に関しては自分のペースで謎解きを楽しみたいタイプで、わからないことがあっても滅多にその語句でのネット検索はしません。一方、「たまたま目にしたり、ここのコメント欄やメールで教えていただくのはセーフ」という変な自分ルールがあるので、すごく時間が経ってから、書き込みで教えていただくこともしばしばだったりします。(『おへそ事件』や『バリツの免状』がそうでした…)

この件に関しても、「?」と思いつつ長いこと放置だったのですが、ある日突然気がつきました。
こういうことではないでしょうか。


1、おいしい中華料理店には、本場の人(中国人)がたくさんやってくる
2、アジア人は背が低い人が多い
3、ドアノブの下の方によく握られた形跡がある(擦れてピカピカになっている、手垢がついているなど)


これをプロフィール欄(という名の日記欄)に書いておいたところ、midoriさんからこんなメールをいただきました。

最近原典読み直してて、ふと目についた『ホームズの思い出』内の『株式仲買店員』冒頭。

メアリと結婚して開業したワトソンの居宅へホームズが来訪、ワトソンを誘って外に出た際、ワトソン宅と隣の医院を観察していたらしいホームズが、

『となりも医者だね』…中略…『じゃ君はいいほうを手に入れたわけだ』
『僕もそのつもりだがね。君はどういうところからそれがわかるんだい?』
『石段でさ。君の家のはとなりのより三インチもふかくえぐれているよ。…以下略…』

流行ってる中華料理店→流行ってる医者、
ドアノブの下3分の1→石段が3インチも…、
どうでしょう???



なるほど~!私の推理が合っているかどうかは別にして、midoriさんのこのご指摘には深く納得しました。
3分の1→3インチというのも芸が細かいですね!

midoriさんのおかげで、ホームズ≒シャーロックの考えそうなこと、という裏付けがひとつできたのですが、気になるのは、背が低いからと言ってドアハンドルの下の方を握るかしら?ということ。
ドアハンドルにも色々なタイプがありますが、この場合は縦に長い棒状のものでしょうか。
それにしても、3分の1は大げさですよね。もし、私の推測が当たっていたとしたら、これは、シャーロックの推理というよりも一種のブラックジョークなのでしょう。
私はこのブログの開設前に半年ほどSNSのアカウントを持っていたのですが、当時の私が知る限り、これと同じような「推理」は大っぴらに流れていませんでした。(この記事を書くにあたって検索してみたところ、質問サイトで同じように考えている方の回答にヒットしましたので、リンクを貼っておきます)

How can you tell a good Chinese restaurant by examining the bottom third of the door handle per Sherlock Holmes?

もっとも、SNSの世界は無数の小さなコミュニティーの連なりですよね。この「推理」が出なかったのは私の周りだけだったのかもしれません。おそらく、ぴんときていた方も、私がアジア人であることに気を遣って言及しないでいてくれたんじゃないかなあ、と思います。誰かに向かって「小さいね」と指摘することに悪意が伴うとは限りませんが、揶揄の意味がある場合も多いですからね。
今さらながら、その思いやりに感謝です。ていうか3年も気付かなくてすみません。

もともとイギリスはブラックジョーク好きの国だと思いますが、他の国の人にとってデリケートな問題をジョークのネタにしてしまい、国際問題になることもあります。BBCの番組で、広島と長崎で二度被爆した方を「世界一運の悪い男」と面白おかしく紹介して、日本大使から抗議を受けたのもまだ記憶に新しいです。
差別ジョークといえばまず思い出す人が、BBCの長寿番組「トップ・ギア」のホストの一人、ジェレミー・クラークソン。以下、「トップ・ギア」のホストたちがメキシコ人をジョークのネタにして、大使から抗議を受けた後の「謝罪文」の一部を引用します。「茶化す側の心理」をかなり本音で語っているんじゃないかと思います。

(前略)と言うわけでありまして、メキシコと国民のみなさまへ率直に謝罪する次第です。番組の一部で、怠け者で無気力と呼んでしまい本当に申し訳ありません。もちろん実際は違います。しかしながら質問もあります。みなさんは少しユーモアというのが欠けているのではありませんか。

 例を挙げましょう。もう何十年もフランス人たちは我々イギリス人を料理ができないとバカにしてきました。オーストラリア人は我々が風呂に入らず不潔だと言い、アメリカ人は我々の歯が腐った黄色い切り株のようだと言います。

 ほとんどのイタリア女性は大きな声で、イギリス人とベッドインするくらいならネズミと入ったほうがマシだとか、中には多分ネズミとあまり差はないとまで言われていますが、それらだってスコットランド人が言ってることよりはマシです。

 我々はこれらのどれも気にしません。なぜなら害のないものだからです。そして害がないからこそ、我々のほうもこきおろします。私がフランス人を傲慢だと言うときは、彼らが本当に傲慢で嫌いなので、全員とっとと死んで欲しいという意味ではないのです。私の本当の意味は、「彼らは傲慢だ、さぁビールでも飲もうか」と言いたいだけなのです。

アメリカのコメディアンが指摘していたように、イギリス人だけが友人を紹介するときに、「ビリーを知っているかい?こいつはちょっと最低なヤツなんだ」と言うのです。それが我々です。そして我々は自分たちのこともジョークにします。

(中略)

 もちろん無礼なユーモアはすべて禁止せよといった動きもイギリスでは出てくるでしょう。しかし人々がよくわかっていないのは無礼なしにはジョークは成り立ちません。(後略)

(以上、ニュースサイト『らばQ』の記事より引用させていただきました。
訳もらばQさんによるものです。引用元の記事はこちら→「メキシコを侮辱したとBBC放送が謝罪…でもイギリスらしく皮肉めいた文面だと話題に」



いっそ清々しいほどお前ら(イギリス人)基準の論理だな!とも思いますが、「無礼なしにはジョークは成り立たない」という主張にはちょっと納得しますし、ひょっとしたら彼(ら)のアイデンティティに関わる問題なんじゃないか、というほどの切実さを感じます…

何が笑いのネタにしてもいいことで、何がダメなのか。これは難しい問題だと思います。
ジェレミー・クラークソンの言うように、どういう文化が発言者の背景にあるか、によっても違ってくるし、「ネタにする」対象への、心理的な距離の差も大きいのでしょう。誰かにとっての悲劇が、違う誰かにとっては喜劇になる。誰かにとっての「当たり前」が、ほかの誰かにとっては からかいたくてたまらないことである。これはもう、人間が二人以上いたら起こり得ることです。

原作のホームズにも、差別的な言動をとった描写がある、と言われています。ジューン・トムスン著『ホームズとワトスン―友情の研究』によると、「三破風館」で黒人ボクサーのスティーヴ・ディキシーが家に殴りこんできた時、「お前の匂いがいやだから」と椅子を薦めなかったり、「ピストルを探しているのか」と言われて「なあに、香水のびんを探しているのさ」と言い返すくだり(←しつこい)などがそれにあたるそうです。「あいつの縮れ頭」などとくさしたりもしてます。
トムスンは、ホームズの嗅覚が人より鋭敏なことや以前からディキシーを殺人犯としてマークしていたことを指摘してすこし弁護する口調ですし、私の感覚ですとホームズはディキシー個人が嫌いでそう言ったのであって、差別ととらえてしまうことも差別的なのではないのかなあ、などと感じたりもしたのですが、だとしてもやはり面と向かって身体的特徴を馬鹿にするのはマナー違反ですよね。もしディキシーが日本人だったら、私もまず怒りや不快感を感じるのかもしれません。

その一方で「黄色い顔」では、妻がひた隠しにしていた黒人との混血児の連れ子が登場しますが、とてもさわやかな結末を迎えます。子供の父親も、立派な人物として描かれています。推理に失敗したホームズは、この結末から何かを学んだような描写がされます。

 ホームズと私たちは彼らの後について下へおり、表へ出た。するとホームズは歩きながら私の袖をひいて、
「ノーバリにいてももう用はなさそうだから、ロンドンへ帰ろうよ」
 ホームズはそれきり事件のことは少しも口に出さなかったが、その夜おそく、ろうそく片手に寝室に引込むというときになって、
「ワトスン君、これからさきもし僕が、自分の力を過信したり、事件にたいしてそれ相当の骨折りを惜しんだりするようなことがあったら、ひとこと僕の耳に、『ノーバリ』とささやいてくれたまえ。そうしてくれれば僕は非常にありがたい」



だいぶ時間が経ってからわざわざこんなことを言ったホームズは、ずっとこの事件について考えていたのでしょう。
これは私の想像ですが、彼が気にしていたのは、推理の上の失敗だけではなかったのではないでしょうか。自分には思いもよらなかった、妻の抱えていた真実と、依頼人自身による愛溢れる「解決」に、何か深く心打たれるものがあったのかもしれません。

たとえばホームズの時代には、同じ人種でも階級の低い相手を人間扱いしないような言動が普通に行われてますし(そういえばホームズも、『レディ』を救うために『メイド』を騙しておいて『仕方ない』って言い切ったときあったな!)、現代に生きる私も「まったく男ってやつは…」とか「これだからバブル世代は…」とか言ったり思ったりすることがあります。こうして人間をカテゴライズすることによって見えてくるものもあるのですが、誰かと、個人対個人として向き合うことをやめて、カテゴリーで括り上げて自分から切り離すことで思考停止してしまったとしたら、それを差別というのかもしれません。
一方で、そこで終わらずに考え続けるという選択もあります。ジェレミー・クラークソンは他国人を笑いのネタにするだけで終わらず、「そんな俺たち英国人」についても一応考えていますし、ホームズは、どういう思考を辿ったかはわかりませんが、この事件を忘れずに自らを戒める鍵にしたようです。(全然関係ありませんが、ワトスンはこの後何回ノーバリノーバリ言ったんでしょう)

さて、シャーロックに「お前ら小さい」と言われた件について(いや、言ったかどうかはっきりわからないですが)、そして「トップ・ギア」のジョークについて、私自身はどんな意見を持ったらいいか、まだ決めかねているのですが…(『トップ・ギア』の件は、『謝罪文』を探すために検索したらさまざまなニュースサイトで取り上げられていたのですが、反応は本当に千差万別ですね。らばQさんはかなり好意的でしたが)

自分と違う考えを持った人、自分と違う文化、理解できないこと、居心地の悪いことを切り捨てず、そういう人や物やことに対してどういう態度をとるか、自分の問題として受け止める。そして考える。そういうことをいちいちしている大人は案外少ないように思います。社会における自分の位置が定まってくるにつれて、理解できないことに疑問を持つよりも、理解できる世界だけに留まって、その枠からはみ出たものに関しては考えることをやめてしまうこと、反射的に「あの人は○○だから」と決め付けることのほうがラクになってきますから。
   
笑うにしても怒るにしても、口を慎むにしても悪し様に言うにしても、人の世界は、人が人を思うことでできているのかもしれません。自分ではない誰かについて「思う」こと、「考える」ことを(そういうことに伴う煩わしさも受け容れながら)きちんとすることは、必要なのではないかと思います。そこから出てきた結論が「良い」か「悪い」かは、本当に批判する側の立場次第なのですが、まず問題意識を持って「考える」人を私は尊敬したいです。

ホームズシリーズは、万能な名探偵が難事件を鮮やかに解決するだけのお話ではありません。ホームズ自身が何かを学んでいく物語でもあります。"SHERLOCK"もそうですよね。
そんな彼らから、読者や視聴者もまた学べるのかもしれません。

midori様、引用を快くお許しいただき、ありがとうございました!
更に、midoriさんのメールにはまだまだ、とても興味深いことが書かれていたのです。
テーマが変わるので、続きは次の記事で書かせていただきます。

(原作からの引用はすべて延原謙訳)
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プロフィール
Author:ナツミ


シャーロック・ホームズが好きです。どちらかというとワトスン君がより好きです。

エイプリルフール記事を片付けました。

例年、背景画像を変えて違うサイトに擬態したり、ブログ名を変えたりと派手派手なネタが多かったのですが、すっかり過疎った状態で地味にひとつ記事を追加しただけの今年、多くの人の心にひっかき傷を残すことになろうとは……(追記参照)
マジすみませんでした……

ネットを見渡して思ったんですが、ウェブサイトがエイプリルフールに全力でウソをつく!という風習(?)自体が古びつつあるのかもしれませんね。
私は好きなんでやりたいですけど。

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このブログで考察した「元ネタ」を、ドラマの時系列に沿って探すための索引サイトです。 順次更新致します。 「21世紀探偵・ブリキの文書箱」
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