最初の挨拶
パンダとジョン

BBC制作、現代版シャーロック・ホームズのドラマ「SHERLOCK」ファンのブログです。
①正典/聖典(原作)と比較しながらドラマを観て、元ネタ探し
②ドラマでまだ出てこない原作の事件は、SHERLOCKだとどんな話になるのかな?と妄想する

…を一人で(主にトイレとかお風呂で)楽しんでいたのですが、
さまざまな方にご意見をいただけたら楽しいだろうなあ、と思って始めました。
ネタバレ満載ですのでお気をつけください!
★原作の文章を引用する際、主に新潮文庫版(延原謙・訳)を参考にさせていただいております。
★全ての記事は、推測やこじつけを基にしており、たまに妄想も入っております。ご了承の上ご利用ください。
★このサイト及び記事へのリンクは、どうぞご自由になさってください。
【お願い】 ★記事における間違いは、できる限り修正したいと考えております。お気づきの点がありましたら、ご教示いただけるとありがたいです。
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ジム・モリアーティーとジョン・クレー

『忌まわしき~』どころか"His Last Vow"も1周めが終わってないのに、何で今さら第2シリーズ!?って話ですよね、ホントすみません!
でもたぶん第1シリーズにも戻ると思う……ザルもいいとこの元ネタ探しブログ・21世紀探偵です。
別件で原作を読み返していて、あれ、これ書いてたっけ?書いてなかったっけ?と思って一応このカテゴリを見直したらなかったので……(どこかの記事に書いてたらすみません!ジムはまだ『キャラクター』カテゴリでも記事がないので、たぶん書いてないと思うですが!)

ロンドン塔で、ジムが展示されているクラウン・ジュエルを身に着けて、玉座に座っている場面。
この後逮捕されるわけですが、この「高貴な罪人」ぶり、赤髪組合のこの場面を思い出しませんでしたか?

「そんなけがれた手でさわるのはよしてもらいたいね」ジョン・クレーは手錠をはめられながらいった。「君は知るまいが、僕はこれで王室の血をうけている身だからね。僕に何かいうときは、『あなた』とか『どうぞ』とかいうきれいな言葉を使うようにしてもらいたい」
「よろしい」ジョーンズが眼を丸くし、苦笑をうかべていった。「では、恐れいりますが、どうぞ上へおあがりください。馬車を求めて、殿下を警察へご案内申しあげたいと存じます」
「それならよかろう」ジョン・クレーは静かにそういって、われわれ三人に頭をさげておき、ジョーンズに護られてしずしずと歩みさった。



"No rush."(急ぐことはない)と落ち着き払って逮捕されるジムと、よく似てる気がします。

この時ジムはロンドン塔だけでなく、イングランド銀行、ペントンヴィル刑務所のセキュリティも破っています。
現代ではコンピューター管理なのでハッキングという形ですが、銀行破りを開始するための携帯のアイコンに、ジムは「豚さん貯金箱」の絵を使っています(貯金箱が豚さんって、どこの国由来なんだろ)。タップすると金貨が溢れ出すのですが、これはきっと、シティ・エンド・サバーバン銀行の地下にあった3万枚のナポレオン金貨。
それにしてもこの場面、皆が皆お茶してるのが可笑しくてたまらない私。お茶の時間律儀に守りすぎだよ、英国人!
クレーは逃亡の時間を稼ぐために、銀行が休みの週末を狙うのですが、ジムも「泥棒カササギ」ぴったりの時間で犯行を終えるために、ちょっと皆の初動が遅れる時間を狙ったのだったりして。

また、ジムはさまざまな機関に内通者を作っていましたが、『赤髪組合』では依頼人の質屋さんに入り込んだ店員が、地下道を掘っていたわけです。銀行の情報が漏れていることから、銀行上層部にも内通者がいたと考えられます。
前代未聞の大胆な手口で「金庫破り」をやってのけたジョン・クレーとジム、似てないでしょうか。

私は、モリアーティにはどうしても「教授」のイメージがあります。『恐怖の谷』で若いマクドナルド警部が「息子を見守る父親」になぞらえたように、ホームズよりだいぶ歳上な印象。
現代版ジムは、どちらかというとこのジョン・クレーに似ている気がずっとしてたんですが、この場面で決定的になりました。
「小柄ですが肉付きがよくて、万事に抜け目のない」「もう三十はすぎていますのに、髭というものが一本もありません」「つるつる顔」「クッキリした子供っぽい顔」「女のような白い手」を持っているというクレーの容姿もジムっぽい。耳にピアスホールがあるのもクレーの特徴なんですが、ジムはどうだったかしら。

ホームズによると、犯罪者としてのクレーの人物像はこんな感じ。

「ジョン・クレーは殺人犯で窃盗犯で、偽金使いでかつ偽造犯人ですよ、メリーウェザーさん。まだ若い男ですが、悪事にかけては怖るべき腕をもったやつです。ロンドンに悪人は多いですが、たとえ他のやつは全部取り逃がしても、あいつだけはぜひ押えてやりたいと思っているくらいなんです。それほどこのジョン・クレーというやつは若くてすごいのです。
祖父は王族公爵で、彼自身もイートンの貴族学校やオックスフォード大学に学んだ男です。手先もよく動けば、頭も鋭くて、いたるところで痕跡は見うけるけれど、なかなか所在を知らせません。たとえば、今週スコットランドでどろぼうを働いたと思うと、来週はもうコーンウォールに現われて、孤児院建設をたねに金を集めているというやつです。私は多年、どうかしてこの男を捕えてやりたいとねらってきましたが、まだその正体を見たこともないという有様なのです」


大絶賛じゃないですか!……と言ったら語弊がありますが、ホームズにここまで言わせる犯罪者もなかなかいないんじゃないでしょうか。
あと、ジムにしてはちょっとフットワーク良すぎか。ジムが自ら動いたのって、この時が初めてですもんね。モリアーティが犯罪界のナポレオンなら、この人は犯罪のデパートっていう感じ。

『赤髪組合』でホームズは見事にクレーを捕らえますが、その前に「二、三回小ぜりあいをやったことがある」らしい。礼を言うメリーウェザー頭取に「私はこのジョン・クレーには、返してやらなければならないちょっとした借りがあったのです。きょうこそその借りをかえしてやったわけです。(後略)」と答えています。これは、ジムがシャーロックに対して繰り返す"I owe you"(君には借りがある)という台詞に呼応しているのではないでしょうか。

それにしてもジョン・クレーがこれっきり出てこないの、もったいないですよね。いいキャラなのに。
どうにか刑務所から出て、暗躍してたりしたら面白いんですが。
クレーがトンネルを掘る肉体労働なんてやらなそうなこと、赤髪組合のトリックには協力者が必要なことから、この事件は組織的な犯罪だと見る研究者もいるそうです(Wiki『赤毛組合』
逮捕されたクレイが余裕綽々なのにも、何か裏がありそうですよね。
グラナダ版ではこの事件、モリアーティーが裏で糸を引いてたことになってました。やっぱり『赤髪組合』は、犯罪王にふさわしいお話なんだと思います。

(原作からの引用はすべて延原謙訳)
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ジョンの孤独

先日、ある方からメールをいただいたのですが(ありがとうございます!)その中に"The Reichenbach Fall"のラストシーンのジョンの台詞についての疑問がありました。以下に引用させていただきます。

第2シーズン第3話の最後、シャーロックのお墓の前でジョンが
「僕はずっと孤独だった」と言いますが、それが凄く謎なのです。
(中略)
友達がすぐ出来るタイプに見えるのですが、どうして孤独だったのかが気になります・・・



ご指摘のように、アフガニスタンからの帰還直後を除けば、ジョンはとても親しみやすい人物に見えますよね。
また「ブラックヒース」の元チームメイトや、心配してくれるスタンフォードなど、良い友達にも恵まれているようです。

"I was so alone..."
「僕は、ほんとうにひとりぼっちだった」(拙訳)



ファイルを読み返すと、鑑賞直後の私はこう訳していました。

「ぼっち」って…ショックのあまりジョンがおっさんだということを一瞬忘れていたようですが、まあおいといて、台詞だけ見ればジョンが指しているのは帰還直後("A Study in Pink"の時点)の状態だけとも受け取れるのではないかと思います。
現代版では、脚に心因性の障害を抱えていたり、カウンセリングを受けていたりと、戦場で得たPTSDの問題にも触れているのですが、原作でも、シリーズ全体を見ると大らかで人の良いワトスンが、第一作の「緋色の研究」ではささいなことでイライラしたり、静かな環境を望んでいたりします。これは、普通に考えれば「ドイルの設定が甘いから」なのですが、あくまでワトスンを実在の人物として議論するシャーロッキアンの人々は、アフガニスタンでのトラウマが癒えていなかったからだ、という説をとっているようです。

でも、日本語訳には「ずっと」がついていたのですね。
翻訳なさった方が原作を頭においていたかどうかはわかりませんが、原作のワトスンはホームズと出会った時、「天涯孤独」に近い状態だったようです。以下に、ワトスンの家族に関する情報を並べてみます。

・イギリスには一人の親類も友人も持たない(『緋色の研究』)
・父はかなり前に亡くなっている。長兄は酒で身を持ち崩し、借金を繰り返したあげく亡くなっている。(『四つの署名』)
「四つの署名」ではワトスンがホームズに出会ってから6年が経っていますが、ホームズが言い当てるまで、ワトスンは兄の存在をホームズに話していません。ホームズが兄の人となりを言い当ててみせた時、ワトスンはひどく動揺しています。兄のことは、ワトスンにとって触れられたくない、彼の中の深いところにある問題だったのでしょう。
・「ボヘミアの醜聞」では、メアリ・モースタンと結婚して「一家の主」となったことをたいへん喜んでいる。

ワトスンが抱えていた「家族の問題」は、現代版のハリエットとジョンの姉弟も受け継いでいますね。
ここから先は私の勝手な妄想になってしまうのですが、もしかしたらジョンは、かなり以前から誰にも言えない孤独を抱えていたのではないでしょうか。

ジョンには、自らの意志よりも人が自分に望むことを優先する傾向があるのではないかと思います。
もちろん、本人としても「そちらの方がより重要」という判断があってのことでしょうが、「どんな時も自分の意志を通す」ような人に比べると、ジョンのような人は、ついつい人の問題に協力することが多くなってしまい、自分の抱えている問題を人に話す機会があまりないのではないでしょうか。

その問題は、「人に話すようなことではない」という判断の下に、誰にも見せないまま心の奥深くしまいこまれてしまい、しまいこまれたがゆえに痛みを保ったまま、その人の人生に影を落とすこともあると思うのです。特に、虐待や不和などの「家庭の問題」はそうなるケースが多いのではないでしょうか。
ジョンがずっと抱えてきたそれを、あっさりとシャーロックが「暴いて」しまった。大抵の場合、「秘密を暴かれる」ということは気持ちのいいことではありません。でも、ジョンにとっては、明るい「表向きの自分」の陰に隠してきた問題を見抜いてもらうことが必要だったんじゃないかな、と思います。

ジョンが、シャーロックに共感して欲しかったとか、なぐさめて欲しかったとは思いません。
でも、自分の心に重くのしかかっていたことでも、淡々と事実として言われると、「そうか、客観的に見ればそれだけのことだったんだ」と、すっと心がラクになることってありますよね。それにシャーロックは次から次に人様の秘密を暴きまくるので、相対的に自分の問題が「たいしたことない」と思えたりもするのかもしれません。
また、シリーズ1の3話でマイクロフトが来訪した時、シャーロックと兄の不仲を目の当たりにしたジョンは、"Sibling rivalry"という言葉を使っています。ホームズ兄弟に姉と自分を重ねて、弟としてのシャーロックに共感していると思います。
シャーロックが兄への反感をはっきりと表すのに対し、ジョンがハリエットに「電話してあげなきゃ」「会いに行ってあげなきゃ」と責任のようなものを感じているのは、二人の性格の大きな違いですね。

というわけで、私としては、ジョンが「(シャーロックに出会う前の)僕は孤独だった」という理由は二つ考えられると思うのです。

ひとつは、「戦争で負った心の傷による孤独」。心的・身体的外傷を負って戦場にい続けることができず、生きる気力を失くし、その苦しみを誰にもわかってもらえないと思っていたということ。

もうひとつは、「ずっと抱えていた孤独」。家族に関する心の傷をずっと抱えていたけれど、それが自分にとって重いものであるということをなかなか吐き出せなくて、結果として「明るい外向きの自分」を演じてしまい、その陰で孤独を感じていたということ。

といってもほとんど妄想なので(すみません…)、ジョンのこの台詞をみなさんがどう受け取られたか、教えていただけたら嬉しいです。



新聞の利用法

"Genius detective proved to be a fraud. I read it in the paper so it must be true. I love newspapers."
「天才探偵は実はペテン師。新聞で読んだから本当だよね。 新聞大好きだ」(拙訳)


このお話でつくづく感じるのは、シャーロックが有名人になるのも速ければ、その名声が地に堕ちるのもあっという間という、そのスピードの恐ろしさ。21世紀の今、テレビやインターネットを経由して、情報は瞬く間に広がっていきます。これは、現代のテレビ界に身を置くスタッフだからこそ実感を持って描ける恐怖なのかもしれません。

シャーロックが名画「ライヘンバッハの滝」奪還で得た名声を地に堕とすため、ジムはマスコミを巧みに利用しますが、原作ではホームズもよく新聞を捜査に利用していました。
一番よく使っているのは「広告欄」だと思います。ワトスンと二人で手がけた最初の事件「緋色の研究」でも、この手を使っています。

「この広告を読んでみたまえ。あのあとですぐに、全市の新聞に僕が送ったものだがね」
そういって彼が夕刊を投げてよこしたので、示されたところを見ると、拾得物広告欄の最初につぎのような広告が出ていた。

 今朝ブリクストン通りのホワイト・ハート酒場とホランド・グローヴの中間の路上にて、金製カマボコ型結婚指輪一個拾得す。今夕八時より九時までにベーカー街二二一番Bワトスン博士まで申し出られたし。


今更言うまでもないですが、もちろんワトスンに無断の投稿ですよ!
まあそれは置いといて、人捜しやもの捜しをする時、当時はこれが数少ない手段のひとつだったんでしょうね。指輪を探している容疑者が、夕刊の拾得物広告欄にかならず目を通すであろうという確信がホームズにはあったようです。

上の広告欄の件もそうなんですが、ホームズは捜査によく新聞を利用するんですね。
「六つのナポレオン」事件の捜査中、ホームズとワトスンは「中央通信組合」のベテラン記者、ホレース・ハアカー氏に出会います。現代版にも同名の人物がいるようですので、ご興味のある方は過去記事をご参照ください。

関連記事「六つのサッチャー像」

このハアカー氏を利用して、ホームズは自分の捜査から犯人の目をそらし、油断させようとします。

「これからピット街にひきかえすのだったら、ホレース・ハアカーさんに私からといって伝えてください。いよいよホームズのはらはきまった、ゆうべあなたの家に忍びこんだのは、たしかにナポレオンに関してあるまぼろしをいだいている危険きわまる殺人狂なのだとね。きっと記事をこしらえるのに役だつでしょうよ」
「まさかほん気でそんなことをお考えじゃないでしょう?」レストレードは眼をまるくした。
「さあね」とホームズは微笑して、「あるいはそうかもしれませんよ。しかしそういってやれば、ホレース・ハアカーも喜ぶし、中央通信の読者も喜ぶにきまっていますよ。(後略)」



このホームズの伝言を受けて、ハアカー氏は「きわめて扇情的に、華やかに、二段にも渡って詳しく」ホームズが達した(間違った)結論を書きたてます。それを読んだホームズはくすくす笑い、

「(前略)新聞というものはね、ワトスン君、その利用法を知っていれば、きわめて重宝な機関だよ。(後略)」



この性格の悪さもとい、狡猾さは、シャーロックだけじゃなくジムにも受け継がれているなあ、と思うのは私だけじゃないはず……

いや、でも気にすべきなのはそこじゃないですよね。ホームズは、自分の「間違った推理」をでかでかと書きたてられても平気なんですね。
この頃は、現代に比べたら情報源が限られていますから、今よりももっと「新聞に書いてあることはみんな真実」と思われても仕方なかったんじゃないかと思うんですが、取材も困難な分、むしろ読者のメディア・リテラシーが高かったんでしょうか?
それとも、ホームズは事件解決のためなら、「一度は間違った結論に到った」と皆に思わせることも厭わなかったんでしょうか。だとしたらすごく懐が深い、大人物です(推理バカともいえないこともないけど…)。

「最後の事件」冒頭では、ジェームズ・モリアーティー教授の兄弟がホームズの名誉を貶めようとし、ワトスンが大きな怒りを感じて真実を筆にした、という経緯が語られます。
シャーロックに関しても、彼の名誉を地に堕とそうとするジムの行為には、本人よりもむしろジョンを苦しめようとする意図があったのかもしれません。
ジムにはシャーロックを自分の同類と考えている節もありますが、二人の決定的な違いは「君にはジョンがいる」というところでしょう。ジョン、ハドスン夫人、レストレードという、シャーロックの「友人」の存在がこの「ゲーム」におけるシャーロックの弱みであり、ジムにとっての切り札となります。
一方、ゲームに勝ってみせることよりも彼らを守ることを選んだ時点で、シャーロックにとっては不名誉な死を書き立てられることなど、どうでもよかったのかもしれません。そして、ジムもそれを見越していたのではないかな。もともとシャーロックは、自分が正しいかどうかにはすごくこだわるものの、世間の評判への関心は薄かったですものね。ジムは"The Great Game"の時点ではジョンを「ペット」呼ばわりしていましたが、あのプールで二人と渡り合って以来、自分が相手にしているのはシャーロックとジョンの「チーム」であり、片方を傷つけることがもう片方を苦しめるということを、よくわかっていたのでしょうね。

同じように、ホームズにとっても、世間が自分をどう思うかはそんなに重要なことではなかったのかも。
自分の手柄をヤードの刑事たちの功績として新聞に書かれても、それを不満に思っているのはいつもワトスンで、ホームズは大して気にかけていない様子ですよね。
ホームズは決して自分への評価に関心がないわけではなくて、功名心もあると私は思っているのですが、少なくともワトスンが真実を知っているというだけで、ホームズにとっては十分だったのかもしれません。
「六つのナポレオン」には、レストレードの手放しの称賛を受けたホームズが感動して「ありがとう」と言う場面があります。シャーロックとレストレードのそんな場面も、いつか観てみたいですね。

「最後の事件」そして"The Reichenbach fall"に話を戻すと、ホームズは自分が死んだという報道をうまく隠れ蓑にし、いつかモリアーティの残党を一網打尽にするべく、潜伏生活を始めます。シャーロックも、おそらくそうなのでしょう。「新聞の利用法」に一番長けているのは、やはりホームズであり、シャーロックなのかもしれません。

(原作からの引用はすべて延原謙訳)


マイクロフトと王様の馬

ジムによる、ジョン、ハドスン夫人、レストレード抹殺命令を止めさせる、と言うシャーロック。
それに対するジムの台詞。

"So do you. Sherlock, your big brother and all the King's horses couldn't make me do a thing I didn't want to."
「できるのか、シャーロック。君の兄さんも王様のお馬も、僕に強要はできなかったっていうのに」(拙訳)


直接の「元ネタ」は、「マザーグース」の童謡の一つ、「ハンプティ・ダンプティ」。
リンク先のwikiから、歌詞を引用します。

Humpty Dumpty sat on a wall.
Humpty Dumpty had a great fall.
All the king's horses and all the king's men
couldn't put Humpty together again.

ハンプティ・ダンプティが 塀の上
ハンプティ・ダンプティが おっこちた
王様の馬みんなと 王様の家来みんなでも
ハンプティを元に 戻せなかった


マイクロフトはking's men(王様の家来)の一人ですものね。正確には女王様の家来ですけれど。
落ちた卵はけして元通りにならない、という意味の歌詞も、状況に合っていますね。

これは原作ネタではないので、スルーしていたのですが、同じくマイクロフトが登場する「ブルース・パティントン計画書」に同じ歌からの引用を見つけたので、一応書いておこうと思います。
「必要なら国の軍隊すべてがおまえに協力する」(The whole force of the State is at your back if you should need it)というマイクロフトの電報に対するホームズの言葉。

“I’m afraid,” said Holmes, smiling, “that all the queen's horses and all the queen's men cannot avail in this matter.”
「どうもね」とホームズは笑いながらいった。「女王陛下の馬や兵隊をすっかり貸してもらっても、この問題には役にたちそうもないね」(延原謙訳)



ちゃんとqueenに言い換えてるホームズの律儀さがかわいらしい……

原作が元ネタというよりは、たまたま同じになったように思えます。
それほど、時代を超えて耳に馴染んだフレーズなのではないでしょうか。英文学の素養がない私が気づいていないだけで、そういう引用は多いのかもしれません。

それにしても、「SHERLOCK」を観て以来、原作でも弟の言葉の端々に兄への反感が読み取れるような気がしてしまう私です。
原作でのマイクロフトとシャーロックははっきり「仲が悪い兄弟」とはされていませんし、私の知る限りでは映像化された作品でも仲良しの設定が多いと思います。
でも同じように天才的な頭脳を持っていながら、片方は国家公務員、もう一方は自由業という設定は、能力は認め合っていても生きる姿勢に違うところがある、ということを意味しているのかもしれません。それが悪いことだとは全然思いませんが、少なくとも、何もかもあけっぴろげな関係の兄弟ではないのでしょうね。

マイクロフトとシャーロックの関係については以前にも記事を書いたので、ご興味があればごらんください。
過去記事 シャーロックとマイクロフト

ここからは「卵つながり」のおまけです。
シーズン2の1話で、マイクロフトが221Bにやってきた時、シャーロックとジョンは朝食中でしたが(なんでいつも朝来るんだろう)、主なメニューは半熟卵とトーストだったようです。
シャーロックたちは普通のトーストでしたが、このトーストを細く切ったものを半熟卵につけて食べる料理を、イギリスではBoiled egg and soldiersということを、先日「めざましテレビ」を観ていて知りました。
Wikiによると、soldiersは細く切ったトーストのこと(兵士の隊列を意味しているらしいです)。
別の記事では、「半熟卵を帽子に見立て、『兵隊さんに帽子をかぶせて食べるのよ』と、お母さんが子どもに教える」ともありました。
「兵隊さん」は卵と同じくらい国民にとって身近な存在だったのかもしれませんね。今もそうなのかな?
私も「兵隊さん」と言われると、あの黒い帽子に赤い服の「イギリスの兵隊さん」をまず思い出します。

【事件の重要なネタバレ】最後の嘘

シャーロックからジョンへ、そしてホームズからワトスンへ宛てられた「最後の言葉」。
手段としては、シャーロックは電話。ホームズは、手帳を三枚ちぎった手紙。

思えば、シャーロックからジョンへの連絡手段は、いつも携帯メール(ショート・メッセージ)でしたよね。
ホームズは、「電報の届く場所なら、決して手紙なんかよこしたことのない男(『悪魔の足』・延原謙訳)」。
その二人が「最後」だけ、いつもと違う媒体を使ったということが、なぜか胸に響きます。
「電報が使えない状況だったから」「メールを読ませる時間の余裕がなかったから」と言ってしまえばそれまでなのですが、自分に降りかかった重大な出来事を振り返る時、人は細かなことまで「そういえば、いつもと違った」と特別視してしまいがちです。「ずっと晴れだったのにその時だけ雨が降った」とか、「いつもならまっすぐ行くのに、たまたま違う道を通った」とか。シャーロックやホームズが手紙や電話を使ったことは、ジョンやワトスン、ひいては視聴者や読者の心に強く残ったのではないかと思います。

さて、シャーロックの電話はおおむね次のような内容。

1、ジム・モリアーティの存在は、自分による捏造だったという告白
2、探偵としての能力も偽物だった。ジョンに自分の実力を印象づけるため、ジョンの姉のことなど、ジョンの身辺を事前に調査していたということ
3、以上の「事実」を皆に伝えて欲しいということ
4、別れの言葉


ホームズの手紙は

1、これからモリアティとの対決を行うということ
2、ワトスンへの呼び出しは偽のものだとわかっていて、あえて帰したこと
3、今後の裁判の資料の場所や遺産の管理など、事後処理について
4、別れの言葉


こうして見ると、シャーロックの電話は「シャーロックらしくない」反面、ホームズの手紙は実に「ホームズらしい」です。てきぱきと必要事項だけ伝えるところもですが、病気の英国婦人の懇望に応じてワトスンが宿に戻るのを止めなかったのは「あとでこうしたことの起こるのを予期したからこそ」だと言うのがいかにもホームズっぽい。こんな状況でも、自分の推理が正しかったことをワトスン君に知らせずにはいられないんだね、ホームズ……(『水道みたいに出したり止めたりできるものじゃない』って言ってたのはシャーロックでしたっけ)。

ホームズの手紙は、帰ってきたホームズの言を信じるなら「書いた気持ちに嘘いつわりはない(空家の冒険)」。
この手紙は対決前に、モリアティの好意で時間をもらって書かれたもので、ホームズとしては本当に死ぬつもりで書いたものだから、ホームズらしいものになっているのでしょう。
一方、シャーロックの電話がいやに神妙で「シャーロックらしくない」のは、全体として「嘘」を言っているから。この電話自体が、ジョンやレストレード、ハドスンさんなど、友人たちを守るためのシャーロックの作戦の一部だからです。
ただ、実は死ぬつもりのないシャーロックにも、この先無事に戻ってきてまたジョンに会えるかどうかは、確信がなかったのかもしれません。最後の最後に告げた「別れの言葉」には、かすかにシャーロックらしさが表れています。

「頼む。ぼくのために、やってくれるか?この電話は…これは、遺書だ。皆がやることなんだろ?
書き置きをのこすのは。 ……さよなら、ジョン」(拙訳)



ジョンとの会話を見ていると、シーズン2のシャーロックは、「世間一般の人はどうするか、どう考えるか」ということを気にかけるようになっていたように思います。いや、そのもっと前から、マイクロフトも、ジムも、ずっと"people"と自分の間の齟齬を思っていたのかもしれません。「皆がやること(That's what people do)」というのはもともとジムの台詞だったし(1期3話)、2期1話、クリスマスのホームズ兄弟の会話は、感傷を抱える人々と自分たちの距離をしみじみと噛み締めているように思えます。

ところで、ラストシーンでジョンも口にする「ぼくのために(○○をして欲しい)」という言葉は元ネタがありますね。

「それ、馬車の音が聞こえてきた!早く!僕を思ってくれるならさ!(後略・『瀕死の探偵』)」


この「僕を思ってくれるなら」は原文では"If you love me"ですから、厳密に言うと違いますね。「僕のために」(for me)は他にもありそうですが、ホームズが死にかけている(ふりをしてる)こともあり、やはりこのくだりが思い出されます。

ホームズの「別れの言葉」はとことんシンプル、そして儀礼的。

Pray give my greetings to Mrs. Watson, and believe me to be, my dear fellow,
Very sincerely yours,
SHERLOCK HOLMES.
奥さまにどうぞよろしく。ではこれで。  君の忠実なる友 シャーロック・ホームズ



むしろグッとくる私のような変態はほっておくとして、紳士的な礼儀を重んじる時代だったということを置いても、親友への最後の別れにしては「そっけない」と思われる方もいるかもしれません。
ワトスンによると、ホームズの手紙は「つくえの上で書いたのと変らぬくらい字体も文句もはっきりしていた」そうです。シャーロックの電話の内容が、あらかじめ用意されていたものであろうことを考えると、ホームズの手紙も、事前にある程度内容を考えてあったのかもしれません。

ホームズはライヘンバッハまでの道中、何度もワトスンに「もし社会がモリアティ教授の毒手から解放されさえするならば、自分はよろこんで一身をささげてもよい」のだと語っていたようです。そう語るホームズと、聞いているワトスンの心情を思うとたまらないものがありますが、シャーロック同様、「死んでみせること」までが彼の計画に入っていた可能性も否定できません。それが「死んだふり」だったか、「本当に死ぬこと」だったかはわかりませんし、どの時点でそうしようとしたのかもわかりませんが。

ハドスンさんが撃たれたと聞いたジョン(この部分の元ネタは、先述の英国婦人とワトスンのエピソードですね)が、動じないシャーロックに怒って"You…machine!"と言うところは、「四つの署名」でメアリの魅力に興味を示さなかったホームズにワトスンが叫ぶ言葉を思い出させますね。

“You really are an automaton – a calculating machine,” I cried. “There is something positively inhuman in you at times.”
「ほんとに君は自動人間―計算機だな。どうかすると君は、まるで人間ばなれのしたところがあるよ」



この言葉を、ジョンは後悔したんじゃないでしょうか。シャーロックの墓石に「君は人間だった」と語りかける場面に、それがあらわれています。


今回原作を読み返して気づいたのですが、ワトスンが滝に戻ってきて、ホームズとモリアティの痕跡を「ホームズ流をまねて」検証する場面は、「緋色の研究」でホームズがまず足跡を確かめるところ、現場に腹ばいになるところに呼応しているのですね。初めての事件でホームズから学んだ捜査の技術を、その本人の死で使うことになるとは、なんて悲しい場面なんだろう、とあらためて感じ入りました。

ジョンはシャーロックの死を信じ込まされているようですが、彼のブログを見る限り、シャーロックが偽ものだったという「嘘」は、本人が言ったにも関わらず信じていないようです。
ひょっとしたら、ジョンも「シャーロック流」をまねて、推理をめぐらせたのかもしれません。
というのも、「初めて会った時、君は僕の姉の事を全てわかったじゃないか」と聞くジョンに対してシャーロックが「君の事を調べたんだ」と言うのは、少し考えればすぐに分かる嘘ですよね。「姉のことを全てわかった」というのはジョンの言葉のあやで、シャーロックはハリーのことを男だと勘違いしていましたから。
もしまだ気づいていないにしても、遅かれ早かれジョンはこの「嘘」に気づくでしょう。ジョンの頭に浮かんだ「シャーロック流推理」が、彼を少しでも力づけてくれたら、と思います。

(原作の引用はすべて延原謙訳)
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プロフィール

Author:ナツミ
シャーロック・ホームズが好きです。どちらかというとワトスンがより好きです。

2017年エイプリル・フールお片付けしました。お付き合いありがとうございました!片付けきれてないところがあったらお知らせいただければありがたいです。

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