- 最初の挨拶
- BBC制作、現代版シャーロック・ホームズのドラマ「SHERLOCK」ファンのブログです。 正典/聖典(原作)と比較しながらドラマを観て、元ネタ探しをしております。 ネタバレ満載ですのでお気をつけください! ★原作の文章を引用する際、主に新潮文庫版(延原謙・訳)を参考にさせていただいております。 ★全ての記事は、推測やこじつけを基にしており、たまに妄想も入っております。ご了承の上ご利用ください。 ★このサイト及び記事へのリンクは、どうぞご自由になさってください。 「あの場面の元ネタは?」という時はこちらへ →ブリキの文書箱
H.I.S.ロンドンのオンラインツアー

SHERLOCK10周年
Good evening Gold fish
Or indeed, good morning.
It has fallen to me to say some few words during this unprecedented global crisis.
With all of us had to make sacrifices, we've all had to get used to Zoom calls and to step off the pavement to avoid strangers and totally to avoid friends and family.
This has become known as social distancing, or as I prefer to call it, ”paradise”.
(自らカメラを操作する様子のマイクロフト。リモートワーク風?)
金魚の諸君、こんばんは。もしくは、おはよう。この世界的な未曾有の危機に際し、二言三言、話をさせてもらう機にあずかった。
我々はみな強いられている……Zoomを使って話すことを。見知らぬ者との接触を厭い、舗道を外れて歩くことを。そして友人や家族さえ、避けることを。
そうした行為は「ソーシャル・ディスタンシング」の名で誰もが知るところになったが、私はこう呼びたい…「楽園」と。(いい笑顔)
It's long been a maxim of mine that not engaging with any other human beings in anyway, whatever is bound to lead to the maximum of……What is that word? Oh, yes. "Happiness".
これは私の長きに亘る信条なのだが、どんな人間とも、どんな絆であれ、結ばないことこそが最大の「アレ」につながるのだ……何だったかな?そう、「幸福」。
This is a lesson I am afraid my younger brother Sherlock has yet to heed.
In fact, rather than using his considerable powers for the right purpose, he continues to get involved in all sorts of strange adventures and to form alliances and friendships and to, well, mingle.
残念ながら、我が弟シャーロックはその辺りのことがまだ学べていない。
彼の力は注目に値するものだが、正しい目的に使われていないのが事実だ。
未だに「巻き込まれること」にかまけているよ、ありとあらゆるおかしな冒険やら、絆やら友情やら……そうだな、「交わる」ことに。
Now it's come to my attention that it is ten years since a highly fictionalised account of my brothers' adventures were brought to the screen.
This was a mistake.
Detection is or should be an exact science.and should be treated with the same cold and unemotional manner.
These programmes have attempted to tinge it with romanticism which has rather the same effects as if one were to work a love story or an elopement into the fifth proposition of Euclid.
However, in their defence, the one who plays me is very handsome.
さて、そろそろ言及せねばなるまい。あの番組~弟の冒険をやたらと脚色した代物~が10周年を迎える。
あの番組を放映したのは大きな間違いだ。
推理とは、厳正な科学であるべきで、冷静に、感情抜きで扱われなければならない。この番組はロマンチックな味付けをされているから、まるでユークリッド幾何学の第五定理に恋物語を持ちこんだようになってしまっている。
しかしながら、長所を挙げるとすれば……私を演じる俳優は非常にハンサムだ(めっちゃいい笑顔)
So, if you want to see these programmes again and if you do, there must be something wrong with you then tune into……Youku.
Some of us have re-read Proust during lockdown or learn another three languages, but if you chose to vegetate on the sofa watching the television, that is entirely your concern. Goodbye.
Or indeed, go away.
もしこの番組を見直そうとしているなら君は正常とは言い難いが、あれを利用するといい(眼鏡をかけて画面外の何かを凝視しながら)……ヨウク。
このロックダウン期間中にプルーストを読み直す人間もいれば、新たに3カ国語をマスターする者もいる。しかし、ソファに寝そべってテレビを見ることを選択しても、それは全く君の自由だ。
さようなら。というか……さっさと立ち去れ。
もう~、マイクロフト節健在!
私の拙い訳で、あの溜めに溜めて最後の単語を吐き出しにんまりする話し方が伝わるかどうか……(たぶん伝わらないので元の動画をごらんください!)
"It is an old maxim of mine that when you have excluded the impossible, whatever remains, however improbable, must be the truth."
「(前略)あり得べからざることを除去していけば、あとに残ったのがいかに信じがたいものであっても、それが事実に相違ないというのを、昔から私は公理としております。」(後略・『緑柱石の宝冠』)
“You wonder,” said my companion, “why it is that Mycroft does not use his powers for detective work. He is incapable of it.”
“But I thought you said– –”
“I said that he was my superior in observation and deduction. If the art of the detective began and ended in reasoning from an armchair, my brother would be the greatest criminal agent that ever lived. But he has no ambition and no energy.
「どうしてマイクロフトが探偵の仕事に力をそそがないのかと君は不審に思うだろうが、じつはその力がないのだよ」
「だけどさっきの君の言葉では……」
「いや、兄は観察力や推理力では僕より優れているといったのさ。探偵術というものが、安楽いすに坐っていてするただの推理に終始するかぎり、僕の兄はまったく前代未聞の大探偵家といえるだろう。しかし兄にはそれを実行するだけの野心もなければ精力もない。(後略・『ギリシャ語通訳』)
The same great powers which I have turned to the detection of crime he has used for this particular business.
「同じ大きな能力を僕は犯罪の操作に向けているが、兄はこの特殊な仕事に注いでいるのだ。」(後略・『ブルース・パティントン設計書』)
He shook his head sadly.“I glanced over it,” said he. “Honestly, I cannot congratulate you upon it. Detection is, or ought to be, an exact science and should be treated in the same cold and unemotional manner. You have attempted to tinge it with romanticism, which produces much the same effect as if you worked a love-story or an elopement into the fifth proposition of Euclid.”
ホームズはかなしげに頭を振って、「僕もちょっと見たがね、正直なところ、あれはあんまり褒められた出来じゃない。探偵するということは、一つの厳正科学なんだ~~であるべきはずなんだ。したがって冷静に、無感情な態度でとり扱われなければならないところを、君はロマンチックな味つけをしているから、まるでユークリッド幾何学の第五定理に、恋愛物語か駆落ちの話を持ち込んだような結果になっている。(『四つの署名』)」
第1話 「はじめまして探偵諸君」
襲われる221B
秋はなんとなくホームズが似合う気がするのはどうしてなんでしょうね。読書の季節だからか、秋の装いにイングランドやスコットランドを思わせるものが多いからか。都会のデパートで「英国展」が行われるのも秋ですよね。
そして今秋、日本のテレビでホームズものが熱い!
かつて「トレンディドラマ枠」として洒脱な恋愛ものをよく放送していた(つまり私には縁遠かった)フジテレビ月曜9時で、ドイル正典を原作とした「シャーロック アントールド・ストーリーズ」が始まりました。
「ワトスン君、けさの新聞みたかい?」
「いいや」
「じゃべーカー街でなにがあったか知らないんだね?」
「べーカー街でなにがあった?」
「ゆうべあの部屋へ火をつけられたよ。大したことにはならなかったがね」
「へえ! 怪しからんやつだ!」(『最後の事件』)
私たちの昔いた部屋は、マイクロフト・ホームズの管理と、ハドスン夫人じきじきの注意とで、以前と少しも変わっていなかった。じっさいはいってみると、部屋の中は片づきすぎるくらいきれいになっていたが、調度にしても家具にしても、ちゃんとそれぞれの場所にそのままだった。一隅に科学実験の場所もあるし、酸で汚れた松板ばりの実験台もあるし、たなのうえには恐るべき切抜帳や参考書の類が並んでいる。これはロンドン市民のなかにも、焼きすてたがっている連中が少なくないのだ。それから図表類、ヴァイオリンのケース、パイプ架、ペルシャのスリッパまでが、そのなかに煙草がはいっているのだが、ひと目で見てとれた。(『空家の冒険』)
ワトスンと最新医学
本が届いた!今日はいい日……どころじゃないよね本日は何の祝祭⁉︎⁉︎⁉︎ pic.twitter.com/F4pHJT29gs
— ナツミ (@723221b) June 22, 2019
「夢遊病なんだ」
「なんですって?」
「寝ながら歩いてしまう、それだけのことだ。これは実にありきたりの疾患だ。君は医師だと思っていたが!」(後略・訳は書籍本文より)
この部分に対する解説にはこうあります。
ジョンは医師だが、Somnambulismを知らない。それ故すぐにユースタスに怒鳴られたわけだが、この病名が辞書に登録されたのが1797年※となっていることを考えると、作品の舞台となっている1895年には、この病気がまだそれほど認知されていなかったのだと考えられる。
※原文ママ~1897年の誤り?(ナツミ)
「夢遊病」という病名を知らなかったジョン。知らなかったことを隠しもしないところに『瀕死の探偵』のこの場面を思い出しました。
「君の善意はわかっているんだ」病人は泣くようなうめき声をだした。「君の無学ぶりをさらけ出さなきゃならないのかい?タパヌリ熱って何だか知っているかい?台湾の黒爛病って何だか知っているかい?」
「そんな病気は聞いたこともないね」
そもそもホームズがでっちあげた存在しない病気なので、ワトスンが「聞いたこともない」のは当たり前。このお話の終わりでホームズが「僕が医者としての君の才能を、それほど見くびっているとでも思うのかい?」と言いますが、知ったかぶりをしなかったことでも、ワトスンの医師としての誠実さが窺われます。
また、ワトスンには最新の医学研究に興味を持っている描写があります。
「私はパーシイ・トリヴェリヤンと申す医者で、ブルック街四○三番に住んでおる者です」
「朦朧性神経障害に関する論文をお書きになったトリヴェリヤン博士じゃありませんか?」
自分の労作が私に知られていた喜びで、彼は青じろいほおをぽっと染めた。
「まるで反響がありませんので、あの論文はもう埋もれたものと思っていました。それに出版社に売れゆきの具合をたずねてみて、すっかり失望させられました。そうすると、あなたもやはり医学の方をおやりですか?」
「私は退役の外科軍医です」
「私の道楽はずっと神経科でして、何とかしてこいつを独立した専門に育てあげてやりたいと思うのですが、むろん人はまずやれることから手をつけてゆかなきゃならないので……(後略)」
ワトスンは外科医なのに、神経障害に関する論文をちゃんと読んでる。
ちなみにトリヴェリヤンは「反響がない」と言ってますが、この論文で「ブルース・ピンカートン賞とメダルを獲得」しています。ただし、専門医としてやっていくには、開業後しばらく無収入でも良いくらいの金額が必要だと言って、資金を貯めるために一般医として開業しています。当時はまだ、神経科という分野がひろく一般には注目されていなかったわけですね。でも、意識の高いお医者さんたちはちゃんと評価していた、ということかな。
『入院患者』の発表は1893年。朦朧性障害と夢遊病の研究にどれほどの時間差があったかはわからないのですが、原作のワトスンに沿うならば、1895年のジョンに夢遊病に関する知識があっても、そう不自然ではない気がします。
ただし『忌まわしき花嫁』19世紀パートのジョンはシャーロックの頭の中で作られたジョンなので、原作のワトスンどころか本物のジョンともちょっと違う感じがします。この時点での「シャーロックの中のジョン」は鈍くて愚かな人っぽい描写が多いのですが、21世紀のジョンはどうだったんでしょう。先進医療に興味を持っているのかしら。
ビジュアルの伴う二次創作では、どうしても「頭脳担当はホームズ、ワトスンはそれ以外(腕っぷしだったり、ボケ役や癒やし役だったり)担当」にしたほうがコンビとしてバランスよく映るわけですが、このように原作のワトスンには知的な面も描写されています。
映像化作品でも、たとえば『Elementary』のジョーンは、性別でホームズとの対照を見せられる分、知的で落ち着いた性格がよく描かれていると思います。
(原作からの引用はすべて延原謙訳)