最初の挨拶
パンダとジョン

BBC制作、現代版シャーロック・ホームズのドラマ「SHERLOCK」ファンのブログです。
正典/聖典(原作)と比較しながらドラマを観て、元ネタ探しをしております。
ネタバレ満載ですのでお気をつけください!
★原作の文章を引用する際、主に新潮文庫版(延原謙・訳)を参考にさせていただいております。
★全ての記事は、推測やこじつけを基にしており、たまに妄想も入っております。ご了承の上ご利用ください。
★このサイト及び記事へのリンクは、どうぞご自由になさってください。
「あの場面の元ネタは?」という時はこちらへ
記事索引「ブリキの文書箱

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ユーラスは姉か妹か

お久しぶりです。本業のほうがだいぶ正念場に入ってしまい、正月も山のように宿題を抱えている身でございます……資料を読んでも読んでも、ゾンビのように新しいのが追っかけてくるよ!

そんな日々ですが年末年始休めて、不義理を続けていた方々とちょっぴりお話できたり、、(再放映の恩恵で)アクセスいただいたり、新たにコメントもいただいたりして、生きることに必死過ぎて見失ってた承認欲求がちょっぴり回復してきましたよありがとうございます!!今のうちにちょっくら新しい記事でも書いてみようかと思います!あ、S4の元ネタを求めていらっしゃった方は、大御所がやってらっしゃるんでそちらへどうぞ!!



……さて。ちゃんとした元ネタを求めていらっしゃった方は既にハヤカワ書房に行かれたと思うので、もう友人知人しか読んでないと信じてぶっちゃけますが、S4は大ネタが過ぎますよね!

ただでさえどったんばったん大騒ぎな第4シリーズで存在感が大きいのは、やはり「ホームズ家のもう一人のきょうだい」ユーラス・ホームズ。ていうか、あり過ぎるわ存在感。 7年間一応ミステリーという体裁を保ってきたシリーズを、たった1.5話かそこらでサイコ・スリラーに塗り替えた実力の持ち主です!もうアンタが優勝!ちゃんぴよん!!次点は数世紀にまたがって友情+ほのかなブロマンスを貫いてきたホームズとワトスンの仲をドロドロにした、メアリ・モースタン!おめでとう!おめでとう!ありがとう!【新世紀エヴァンゲリオン:終】

……そんな無意味なランキングはいいんですよ。(ごめんなさい、更新久しぶり過ぎてだいぶとっちらかってます)
グールド説を下地に「もう一人兄弟がいるのか」と思わせておいて女性だった、というのは、第1シリーズ1話でシャーロックがジョンのきょうだいの性別を間違えたことの裏返し。こういうのがすごく巧いですよね、このドラマは。
第4シリーズには、これまでにシャーロックとジョンの二人がしたこと、されたことが「返ってくる」描写がいっぱいある。少しずつ追っていきたいと思います。

ところで、英語で書かれたものを読む時たまに立ちはだかるのが「兄か弟か/姉か妹か」問題。
brotherにもsisterにも、年上か年下かという意味は含まれてませんからね。「姉・妹・兄・弟」の漢字一文字で年齢差まで表現するのは、何につけても年上を重んじる文化だからこそ、なんでしょうね。

このブログの初期の記事でも、ジョンのきょうだい・ハリエットを「姉」ということにしちゃってますし、たしかNHK版でもそうなってた。
のちにSHERLOCK CONでジョンのプロフィールが発表され、妹だと判明したと聞きました。あの時はびっくりしました。
私も含め多くの人がハリエットを「姉」だと思ってしまったのは、彼女の元ネタのせいなんです、たぶん。

“Quite so. The W. suggests your own name. The date of the watch is nearly fifty years back, and the initials are as old as the watch: so it was made for the last generation. Jewellery usually descends to the eldest son, and he is most likely to have the same name as the father. Your father has, if I remember right, been dead many years. It has, therefore, been in the hands of your eldest brother.”

「そうさ。Wは君の姓だ。制作日付は五十年ばかりまえで、彫りこんだ頭文字もおなじくらい古くなっている。つまりこれは、われわれの親の代の代物なんだ。貴重品というものは親から長男にゆずられるのが普通で、その長男は父親とおなじ名をあたえられることが多い。君のお父さんはたしか、だいぶ前に亡くなったとか聞いている。だからこの時計は、君のいちばん上の兄さんが持っていたのだ」(『四つの署名』)



ね?原作ではもうはっきり「長兄」ということになってる。原作読んでる人はこれを踏まえるから、「ハリエットはジョンより年少」というはっきりとした根拠がない限りは「姉」と訳すと思うんですよ。
ユーラスも、NHK版ではシャーロックの「妹」ということになってます(スクリプトをきちんと読み込んでいないので、もし作中にシャーロックとユーラスの年齢差に言及があったら、お教えいただければありがたいです)。
幼少時の二人の描写を見ると、シャーロックが弟のように見えなくもないのですが、ユーラスが妹なのだとしたら、こちらがその元ネタかもしれません。

“But you would not advise me to refuse?”
“I confess that it is not the situation which I should like to see a sister of mine apply for.”

「でもそれでは、断ったほうがよいとおっしゃるのでもございませんのね?」
「正直に申しますと、これが自分の妹か何かだったら、こういう質問はいやだと思いますね」



And yet he would always wind up by muttering that no sister of his should ever have accepted such a situation.

そのくせそのあとではかならず、自分の妹ならけっしてあんな家へやりはしないとつぶやくのがきまりだった。



上記2つの引用は、『椈屋敷』から。
家庭教師の職に就くヴァイオレット・ハンター嬢が、雇い主の提示した奇妙な条件について、ホームズに相談に来る場面。日頃女性に関心のないホームズが見せた保護者的な態度に、ワトスンも驚いています。事件の解決とともにホームズはハンター嬢に関心を示さなくなるので、「自分の妹なら就職には賛成しない」というのは「根拠が足りないので探偵として引き止めることはできないが、なんだか嫌な予感がする」くらいの意味でしょうが、ヴァイオレット・ハンターの描写には、確かに「ホームズの妹」的な賢さと勇敢さがあります。
ハンター嬢の年齢ははっきりと書かれているわけではありませんが、the young ladyとなっていますし、家庭教師としての職歴も5年ほどのようですから、ホームズやワトスンより若いはず。「妹」と訳されるのは自然な感じがします。

ユーラスの名は『最後の挨拶』の「東の風」から来ていますが、シャーロックの姉妹、という設定は『椈屋敷』も意識されているかもしれません。
『椈屋敷』は郊外の一家庭という閉鎖的な環境で、若い女性が監禁される話です。
それが現代版の(郊外にある)ホームズ家や、「長男の名」から転じて特殊な監禁施設となった「シェリンフォード」を想起させるような気もします。

「君はこういうことに気がついているかい。僕のような傾向をもつ男には、何を見ても自分の専門にむすびつけて考えないじゃいられないという精神的苦痛のあることを?君はこうした農家の点々としている景色を見て、美しいと感嘆している。だが僕にとっては、こういう景色を見ておこる感じは、家のちりぢりにはなれていることと、したがって人知れず罪悪が行われるだろうということだけなんだ」
「驚いたな。このふるい農家が点在するのを見て犯罪を連想するやつがあるもんか!」
「ところが僕にはいつでも一種の恐怖なんだ。僕は自分の経験に照らして信じているが、美しく平和そうな田園というやつは、ロンドンのどんなに卑しい裏町にもまして、怖るべき悪の秘密をひめているものだよ」
「嚇かしちゃいけない」
「嚇かしなもんか。それにはちゃんとした理由があるんだ。都会では法律の手が届かぬところにも、世論の力というものがあって、代りをつとめてくれる。どんなにひどい裏町へはいっても、子供の苛められる泣き声とか、酔っぱらいのなぐりあいの物音とかは、必ず隣近所の同情をひき、憤慨をかもすものだ。そして司法機関はいたるところ手近に備わっているのだから、ひと言それと訴えさえすれば、たちまちその出動をみるので、犯罪から断罪まではほんの一歩に過ぎない。
けれどもあの寂しい家々を見たまえ。みんなはなればなれにひろい地所にそれぞれ独立していて、多くは法律のほの字も知らないような無知な人たちが住んでいるのだ。こういうところでひそかに悪事が行われたとしてみたまえ。おそらく何年でもその秘密は埋もれたままで、世に知れることはないのにちがいない。(後略)」



『椈屋敷』で郊外に向かう列車の中での、ホームズとワトスンの会話です。
『海軍条約文書事件』でのホームズは、逆にロンドンに入っていく列車の中で、高架から町並みを見下ろすのは心楽しいことだと語り、レンガ作りの公立学校を未来を照らす灯台だと、そこからより賢くて素晴らしいイングランドの未来が生まれてくると表現します。
(後年田舎で暮らすことを選択しますが)この頃のホームズは、都会化していくこと、無知で閉鎖的な人々が啓蒙され均質化されていくことで世界がより良くなっていくのだと、信じていたのかもしれません。
対して現代版のシャーロックは、インターネットを駆使してホームズよりもずっと多くのデータを手に入れられる時代に生きながら、自身の家族の記憶に大きな穴を抱えていた。この対比も面白いと思います。

(原作からの引用はすべて延原謙訳)
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ラングデールとポーロック

お久しぶりです。日本語版の放映も終わってしまった頃にやっとエンジンをかけたものの、さぼりすぎてもう記事タイトルとかすっかり思いつかなくなってる……!

昔話になってしまいますが、私がSHERLOCKにはまった頃は、まだ情報がそんなにありませんでした。元ネタ情報は英語で検索してもなかなかまとまったものが見つけられず、ならば自分でやろう、とブログを始めました。
しかし今やSHERLOCKの人気は高く、放映の1分後からあらゆる言語であらゆる情報がまわっています。私が拙い英語力と文章力で頑張らなくても、検索すればすぐに「正解」にたどり着けます。
もともと怠け者なのもあってここ最近は「やらねば」という気が起きず、SHERLOCK情報に対しても後手後手だったのですが、この6年間で出会ったさまざまな方にお気遣いをいただいて(ありがとうございました)、S4を鑑賞したら、やはりワクワクしました。

S4の展開に関して、賛否両論飛び交っているのは知っています。ミステリとしての出来がいいか悪いか、原作に忠実か逸脱してしまっているか。あらゆる基準でこの作品が裁かれているのを知っています。私自身にも、思うところがないわけではありません。
誰にでも、作品に対するさまざまな理想があって、その数だけさまざまな鑑賞があります。どのように期待するのも、意見するのも、視聴者の自由だと思います。

ただ、人から必要されているかはどうあれ、私は引き続き「元ネタ探し」というかたちでシャーロックやジョンに関わっていきたいと思います。
「鑑賞」や「批評」に能力差があるとすれば、私のそれはとても低いと思います。「元ネタ探し」の速さや詳しさを競うのも、作品の抱える問題点や矛盾を鋭く突くのも、私には無理でした。
SHERLOCKに関して私が誇れることがあるとすれば、「ずっと見てきたこと」だけです。始まる前から一応の終わりまで、ずっと見てきました。人気が上がっていくところ、下っていくところ。美点を褒められるさま、欠点を叩かれること。そういう「物語の外の物語」も含めて、ずっと見てきました。

S4も、同じように「見ていこう」と思います。作品全体が「いいもの」か「悪いもの」かをすぱっと決める能力が、たぶん私にはありません。だったら、「元ネタ探し」を取っ掛かりとして、ゆっくりと作品世界に留まってみたい。そうやって、作品の中に(でもきっと、半分以上は自分の中に)生きている彼ら、彼女らに向き合ってみたい。自分なりに作品の中に入っていって、シャーロックたちの気持ちになったつもりで考えるということをしていきたい。いい年して幼稚な鑑賞法だなあ、とは思うのですが……

そんなわけで、今まで以上に最新情報も鋭い批評もないブログです。
それでもいいよ、という方がいらっしゃれば、もうすこしだけお付き合いいただけたら嬉しいです。

さて、一番はじめの場面。
たった4分間の「島流し」から、ホワイトホールに呼び戻されたシャーロック。ハイ。hi じゃなくhigh。
極秘って言われてるそばからツイートして怒られるんですが、この時彼が使った#ohwhatabeautifulmorningというタグは実際にTwitterに溢れましたね。
2017-01-05 (1)2

(実際に彼が取得した体というよりも、BBCの宣伝用として)シャーロックのTwitterアカウントも存在し、BBC ONEのアカウントで推理クイズをする、というイベントもありました。日本吹替版放映時もNHKで「謎解きライブ」という企画番組が。もう、放映自体がお祭りですよね。
これだけ期待値が高まれば、応えていくのも大変でしょう。今更ながら、ドイル先生がホームズを殺した気持ちがわかるような。作品の人気が上がっていく時や、過去のヒット作として振り返られる時は「良い面」を中心に語られるけれど、フォロワーが多いければ多いほど叩かれることも増えたはずですよね。「新作は駄作」とか「ホームズにこんな台詞を言わせるなんて許せない」とか、当時も散々言われてたんだろうな……

S1でベネディクトは「ホームズは物食べない」と言ってたものですが、S2あたりでそのへんグダグダになり、今やなんの迷いもなくジンジャーナッツビスケットにがっつくシャーロック。後ほどジョンが赤ちゃんの教父を引き受けさせる場面でも「(洗礼式には)ケーキがあるよ」とか言われてて、もはや甘いもの大好きっ子です。ここでは棒アイスの話も出てくるので、後ほど「シャーロックとごはん」記事にまとめますね。

この場面での原作ネタは、やはり「コードネーム」。
シャーロックの犯罪はここにいるメンバーの胸に留められ、機密事項となったわけですが、メンバーはコードネームで呼ばれます。

"Only those within this room, code names Antarctica, Langdale, Porlock and Love, will ever know the whole truth."
「この部屋にいる人物だけ……コードネーム・アンタークティカ、ラングデール、ポーロック、そしてラブ、 以上の者だけがすべての事実を知ることになる」(拙訳)



この後の展開で、ラブはスモールウッド夫人と判明。マイクロフトはアンタークティカ(南極大陸)だろうとネットで囁かれていました。メタ視点では「ああ、Ice man だもんね!」なんだけど、シャーロッキアン流に作品中につながりを見出すなら、過去のミッションで「地名」をネタに命名されたのかな、と考えるのも面白いかも。
というのも、ラングデール・パイク(Langdale Pikes)は湖水地方の地名にあるので・・・・・・
この諜報機関がどういう基準でコードネームを命名するものか(自分で名乗るのか人がつけるのかも)わからないですが、ラブは「感情の名前」というのも面白いですね。

ラングデールは『三破風館』に、ポーロックは『恐怖の谷』に登場する、原作由来の人物。
この部屋にいるのは5人なのに、マイクロフトが挙げたコードネームは4つ。誰がポーロックで、誰がラングデールなんでしょう。
コードネームなしになるのは、対象者であるシャーロックか、秘書であるヴィヴィアンのどちらかのはず。
明らかに要職にあるエドウィン卿(端っこに座ってた、スタイリングが百田尚樹さんっぽい人)が、ポーロックかラングデールのどちらかなのは間違いないので、残った一つがどちらかに割り当てられることになるのですが……エドウィン卿の人となりがよくわからないので、とりあえずシャーロックとヴィヴィアンに注目してみます。
まず、ラングデール・パイクと二人の共通点について。

その日はそこでホームズに別れたきりになったが、ラングデール・パイクというのは社交界のスキャンダルの生字引のような男だから、その一日を彼がいかに有効に費したかは、想像にかたくなかった。
この不思議な怠けものは、起きている間じゅうをセント・ジェームズ街のクラブの出窓のところにがんばっていて、大ロンドンじゅうのスキャンダルの受信局件放送局をつとめているのだ。人のうわさによれば、せんさく好きな大衆に阿ねる赤新聞に寄稿して、毎週数千ポンドの報酬を得ているのだといわれる。混濁をきわめるロンドン生活のどん底に、もし何かのうずまきでも生ずると、それはこの人間ダイアルによって自動的な正確さをもって、表面に描きだされるのである。ホームズはこの男に慎重に知識を補給するかわりに、ときどき力を借りているのである。(『三破風館』)


ラングデール・パイクが「人間生き字引」と呼ばれるのは、メアリの"You'd be amazed what a receptionist picks up.They know everything"(秘書はなんでも知っているのよ)という台詞と呼応します。では、ヴィヴィアンがラングデール?

ちなみにパイクには「槍」や「カワカマス属」の意味があり、アメリカの潜水艦の名前でもあります。もしヴィヴィアンがラングデールなら、水族館好きの設定に関係があったりもする?そんな風に考えていくのは楽しいのですが、「パイク」ではなく「ラングデール」が引用されているわけですから、深読みし過ぎの感あり。

ヴィヴィアンの言動を見ると、何でも知っている割に不当な扱いを受けているような印象があります。「この部屋にいる者」という前置きがありながら、彼女だけコードネームが与えられていない可能性もあるかもしれません。S2でモリーが「自分は数に入っていない」と言っていたように、あるいはS3でカメラマンが「その場にいるのにいない者」としてフォーカスされたように、SHERLOCKは「縁の下」にいる人たちにスポットを当てることが多いですよね。
ヴィヴィアンが「コードネームなし」だとしたら、シャーロックがラングデールかもしれません。ラングデールとホームズは職業を異にしながらも対等な取引をする関係なので、マイクロフトたちとシャーロックの関係になぞらえることもできますね。
大陸とご近所という違いはあれど、兄弟で地名つながり、にも一応なります。

いずれにしても、ラングデールの情報通ぶりや独自のポジションを築きあげているところ、「孤立した変人」っぽい印象は、シャーロックにもヴィヴィアンにも通じるところがあると思います。

では、ポーロックはどうでしょう。

「ポーロック、ポーロックって、いったい何ものなんだい?」
「ポーロックは一種の雅号だよ。人体符号にすぎない。ご本尊は正体のはっきりしない、策略に富む男だ。前によこした手紙で、彼はあからさまに、これは本名ではないが、といってはたして何ものであるか、ロンドンにうようよしている幾百万の人の中から、探しだせるものなら探してみろと、見えをきっている。
ポーロックそのものは何でもないけれど、何しろある大物と関連があるのでね。鱶の露はらいをする鰆というか、ライオンのまわりにいる豺というか、いずれにしても本人は取るにたりない人物ではあるけれど、その仲間には真に恐るべき人物が潜んでいるのだ。(後略・『恐怖の谷』)



「ある大物」というのは、言っちゃうとモリアーティなんですが、この描写はヴィヴィアンを思わせるような気がします。
ポーロックはホームズに対して挑発的だけれど、ホームズからの評価はいまいち高くない。この後、「重要なものにくっついている鎖の、そこからほんの少し離れただけのところを占める鎖の環の一つだ。この場かぎりのはなしだが、環としては丈夫なほうではない」とも評されています。シャーロックはメアリの制止も聞かずにヴィヴィアンのコンプレックスを描写し過ぎ、殺意を抱かせてしまった(ように私には見える)のですが、彼もヴィヴィアンと他の査問会メンバーの関わりをこんな風に捉えていたのではないでしょうか。シャーロックのヴィヴィアンに対する「侮り」は、この後大変な事態を招いてしまうのですが、そこについては「ノーバリ」の記事でまた書きたいと思います。

このようにポーロックとヴィヴィアンの共通点は物語のキーに深く関わってきますので、私の結論としては

ポーロック=ヴィヴィアン・ノーバリー
ラングデール=エドウィン卿


ではないかなあ、と。
ホームズによるポーロック評には「鱶の露はらいをする鰆」というのもありましたが、ヴィヴィアンは水族館にいるのが好きでしたよね。水族館には大きなサメがいて、何度も象徴的に映し出されていました。

(原作からの引用はすべて延原謙訳)

キティ・ライリー

"The Reichenbach Fall"でシャーロックを偽物扱いする記者、キティ・ライリーの元ネタって誰でしょう。
シャーロックをして「君には吐き気がする」と言わせるほどのキャラクター。脚本の方が個人的に、この手の「話を作っちゃう」ゴシップ記者にうんざりしてるんじゃないか、と想像してしまうくらい、インパクトありました。

原作でキティといえば、『高名な依頼人』のキティ・ウィンター。

It seems that he had dived down into what was peculiarly his kingdom, and beside him on the settee was a brand which he had brought up in the shape of a slim, flame-like young woman with a pale, intense face, youthful, and yet so worn with sin and sorrow that one read the terrible years which had left their leprous mark upon her.

得意の世界に潜りこんできたらしく、そのしるしをそばのソファに控えさせていた。きゃしゃな、燃えるような若い女である。青じろい情熱的な若い顔はしているが、罪悪と悲嘆の生活に疲れはて、ライ病めいた痕跡さえのこして、永く荒んだ生活をしてきたことが見てとれる女であった。



There was an intensity of hatred in her white, set face and her blazing eyes such as woman seldom and man never can attain.
彼女の白い、決意にみちた顔や、ぎらぎら光る眼つきには、はげしい憎悪があった。男には決して見られない顔つきである。



激しい性格が似ているといえば似てる。
キティの部屋の窓からジムが逃走する場面(原作ではホームズが逃走)や、ジムがジョンに縋り付く描写は、グルーナー男爵の部屋での出来事を思わせます。ジムの容姿や女性を簡単に騙しちゃうとこは、グルーナーっぽくもあるんだよな……(←この間ジョン・クレーって言ったくせに)。

れすとら様は「花婿失踪事件」からの元ネタ引用をご指摘の上で、"A Case of Identity"という原題と"The Reichenbach Fall"のテーマの類似性にも言及なさっています。なるほど~!!

GET SHERLOCK 「SHERLOCK S2E3 ライヘンバッハヒーローと”A case of identity”」

れすとらさんの鋭いご指摘にはもちろん大賛成なのですが、ひとさまの引用で終わるのも何なので、私なりに屁理屈を付け足してみたいと思います。
"The Reichenbach Fall"というお話の元ネタは『最後の事件』に間違いないのですが、私には、『赤髪組合』の影もあるように思えるんです。
ロンドン塔、イングランド銀行、ペントンヴィル刑務所に「侵入」したジムが、『赤髪組合』の犯人ジョン・クレーに似ている、と感じたことは前にも書きました(過去記事;『ジム・モリアーティーとジョン・クレー』)。
それを前提に、「ジョン・クレーが目をつけて利用したジェイベス・ウィルスン」=「キティ・ライリー」という説を立ててみる(という暴挙)。
ちなみにれすとらさんご指摘の「机仕事による圧迫痕」は、ジェイベス・ウィルスンにもあります。

『最後の事件』と『赤髪組合』のつながりといえば、グラナダ版。
『赤髪組合(グラナダ版和訳は「赤髪連盟)』は黒幕が実はモリアーティだった、という原作にないエピソードでお話が終わり、そのまま『最後の事件』につながっていく、という構成になっています。
『赤髪組合』の大掛かりなトリックには、犯罪王モリアーティがバックについていたという「裏設定」がいかにも相応しく、すごい説得力だ!と感じ入ったものです。
グラナダ版『赤髪組合』の印象的な改変はこれだけではなくて、相場の半額でクレーを雇ったウィルスンを、「ホームズからの伝言」と言ってワトスンが批判する場面もありました。その時の台詞と、「モリアーティの正体はシャーロックが雇った俳優リチャード・ブルック」と主張するキティ・ライリーが「もっと彼に給料を払っておけばよかった(裏切られずに済んだ)のに」と吐き捨てる台詞も呼応してる、かもしれない。立場は逆ですけど。


悪党たちにいいように使われてしょんぼりするウィルスンは、愛すべきキャラクターと言えないこともないのですが、ホームズとワトスンに爆笑されてしまいます。グラナダ版でも、鈍い人物として描かれている。
れすとらさんもご指摘なさっていますが、キティ・ライリーはジムに騙されているので、彼女もある意味被害者です(NHK版では省略されていましたが、ジムにダーリンと呼ばれているので、多分モリーと同じような騙され方をしてます。キティ・ウィンターも男に弄ばれたクチ)。
シャーロックの疑惑が晴れ、The SUN紙に謝罪文を寄せた(ジョンのブログ参照)キティ・ライリーのその後は描かれませんでした。

従業員に正当な報酬を払っていないのに、降って沸いた儲け話に夢中になるウィルスン。
「ジョン・ワトスンとはプラトニックなのか」などと、端から扇情的な記事を書く気満々で、ジムの持ってきた話の裏をとることもなく(←ここ重要ですよ、ジャーナリストなのに!)乗ってしまうキティ・ライリー。
二人共「悪い人」ではないものの、悪気なく人を食い物にしてしまうタイプ。愚かであることが、罪というべきか。

ちなみにキティ・ウィンターは硫酸浴びせという、ものすごく「悪いこと」をやってのけるのですが、復讐100%でなく、自分と同じように騙される女を救いたい、という義侠心めいたものも見て取れる。後日、裁判で情状酌量されるところまでが描かれています。
ホームズはキティ・ウィンターのような、何ていうんでしょう、同情の余地ある?気骨ある?犯罪には寛容(たとえそれが殺人であっても!)な一方で、「法の上では罪にならない、小狡い悪党」には厳しい。ミルヴァートン然り、"A Case of Identity"のウィンディバンク然り。庶民の代弁者というか、いかにも娯楽小説の主人公らしい感覚ですが、それは独りよがりの正義と言えないこともない。

キティ・ライリーは名誉欲にまみれた愚かな記者として描かれていますが、少なくともこの場での彼女は、自分こそ正義の代弁者だと自負していたんだと思います。「あなたには吐き気がする」とシャーロックに言われた言葉を突き返す彼女には、人の顔に硫酸を浴びせるくらいの迫力がある。
いや、まさに浴びせたんでしょう。本物の硫酸を浴びせるよりも、強烈な何かを。「高名になりたい」という欲望を持った彼女にとって、「評判を地に堕とす」行為は殺人以上の攻撃のはずです。
「誰が正しいのか」が一瞬揺らぐからこそ、この場面は怖い。"You repel me"(君には/ あなたには吐き気がする)という台詞の応酬が力関係の崩れを象徴していますが、ひょっとしたらこの「揺らぎ」の予兆は、ウィルスンやウィンターなどの「愚かな」キャラクターと、シャーロックの行動を巧みに入れ替えることで、演出され続けていたのかもしれません。

ウィルスンやキティ・ウィンターに潜む「悪気のない悪」。それを、キティ・ライリーも受け継いでいます。
自分が絶対的な正義の側にいるという確信は、「愚かさ」がないと生まれない。そこにこそ、本物の狂気があるような気がします。そういう意味では、シャーロックもジムも、狂い損ねてしまった人たちなのかなあ、と思いました。


……と、色々屁理屈こねたんですけど、まあ「ウィルスン=キティ・ライリー説」の一番の理由は、キティ・ライリーの髪色が赤っぽいっていうことですよね……(そんなことかい)。
キティ・ウィンターはどうだったんでしょう。先の引用には髪色の描写がないのですが、顔の青白さといい、気性といい、この記事にある「赤毛の人の(ステレオタイプな)印象」には合致してる気もします。

NAVER 「赤毛はなぜ差別?映画や小説キャラへの理解が深まる豆知識!」

ハドスン夫人の買い物

第4シリーズの放映に向けて、NHKで今までのお話が再放映されていますね。今日は"The Blind Banker"(邦題:死を呼ぶ暗号)。
何度も観たつもりでしたが、時間をおいて観るとまた新たな気づきがあったりします(まあ私の場合、『気づき』ニアリーイコール『こじつけ』なのですが……)

ジョンのガールフレンド候補・サラが(予定外に)221Bにやってきます。
出すものがなくてキッチンを漁りまくるジョンに、飲み物とおつまみを差し入れしてくれる「聖女」ハドスンさん。(この後、彼女はもっと大きな意味で聖女になっていくのですが……)
お酒は果物の入ったパンチ。おつまみはポテトチップスに何かのディップ、といったところでしょうか。置いてあるものでささっと準備してしまうハドスンさん、頼れるベテラン主婦!

感謝するジョンに彼女がささやく台詞が

"If it was Monday, I’d have been to the supermarket! "
「今日が月曜日だったらねえ、スーパーに行ってたのに!」



"the supermarket"とは、たぶん冒頭でジョンがセルフレジと戦ってた"TESCO"ですよね。BBCが公開してたスクリプトにもTESCOと明記されてるし、地理的にも、少なくとも当時はTESCOが一番近かった。(ハドスンさんはもっと大きくてお得なスーパーに行っていたのかもしれませんが)

参考:TESCOの場所について 過去記事『シャーロックの住所

この「本当ならもっとおいしいものを出せたのよ~~、今日はこれでひとつねえ、我慢してちょうだいねえ」と言わんばかりのおばちゃん口調、7年前より俄然共感できるし、それどころか似たようなこと言うようになってる自分に愕然としてるんですが、まあそれは置いといて。
腰が痛いにしても、ハドスンさんは自分でスーパーに買物に行くわけですよね。でも行く日を「月曜」と決めてる。
過去記事のリンクもう死んでるんでこちらに貼り直しますが、近所のTESCOが無休で6時から23時まで営業してるんですよ。
英国の主婦はスーパーに行く曜日を決めているものなのか、それとも何かのついでがあるとかで、ハドスンさんが個人的に「月曜」と決めているのか?または、私がしらないだけで「食料品は月曜に買う」という暗黙の了解があるのでしょうか。
そこらじゅうにスーパーがあっていつでも買い物できる現代の台詞として、ちょっと不自然な気がします。
ただハドスンさんと「買い物」については、原作の解釈に「定説」があり、そこから持ってきた「曜日の話」なら納得が行きます。
その定説は私の大好きな漫画『シャーロッキアン!』でわかりやすくまとめられていたので、そこから引用したいと思います!

『海軍条約事件』は1889年夏の出来事とされている
事件が解決をみたのは8月1日……問題の朝食が出されたのはこの日だ
この日は木曜日だった

当時のイギリスでは各種の支払いは週ぎめで土曜日に金銭のやりとりが行われていた
今もその名残は随所に見られる……たとえばイギリスのサッカー選手の契約賃金は年俸ではなく週給で報道される

さてハドスン夫人も毎週土曜日にホームズから部屋代を受け取っていたと考えられる
となるといきおい食料品や生活必需品の買物も土曜日にすることが多かっただろう

一方木曜日ともなると懐具合もだいぶ淋しくなってくる……
そんな時来客の分も含め3人前の朝食を用意しなければならなかったハドスン夫人は……
頭を悩ませたのではないかな
新たに買物をせずに何か作らなければならない 手持ちの食料品を使って

『シャーロッキアン!』4巻 第29話『カレーの問題(後編)』より 



車先生は、『海軍条約事件』でハドスン夫人が朝食にチキンのカレーを出した理由を「古い肉を美味しく食べる工夫だった」と指摘します。
急な来客、手持ちの食料品がない状況、ハドスンさんの機転……この3つからこの場面の元ネタは『海軍条約文書事件』だったかも、と推測できるわけですが、さらに先輩シャーロッキアンに倣って推測を進めると、シャーロックとジョンも週に一度家賃を手渡ししていて、その日は月曜日であると言えるかも。原作同様土曜日に家賃を渡していて、土日の人混みを避けて月曜に買い物している、という考え方もできるかもしれませんね。
ハドスンさんの財源は他にもありそうですし、今時手渡し?と言われてしまうかもしれないんですけどね……(ちなみに私は大家さんに家賃を手渡ししてます。カナダにいた時もそうしてました。日本では銀行引き落としが多いと思うんですが、英国ではどうなのかな)

"The Blind Banker"は終始「おカネの話」でもあるので(参考:過去記事『シャーロックとジョンとお金』)、私にとっては今頃気づいたことでも、自然に連想なさっていた方も多かったのかもしれません。

『シャーロッキアン!』に話を戻すと、前述の車先生の台詞を受けて愛里ちゃんが「冷蔵庫もないし……」と呟くのですが、言われてみれば『SHERLOCK』には冷蔵庫がしょっちゅう出てくるような気がする。これも現代らしさの強調だったんでしょうか。ホームズの時代に冷蔵庫があったらこんなものを入れてたかも、と想像するのは楽しかったでしょうね。

ところでハドスンさんが用意してくれた「ポテトチップスとディップ」ですが、アメリカやイギリスの方のおうちにお邪魔すると、本当によく出てきます。デイップは残念ながら見えなかったのですが、アボカドやアンチョビなどの高級(?)食材(日本では結構高いです……)を使わなくても、キャンベルなどの水や牛乳を足すタイプのスープ缶で美味しく作れるよ!と友人に教えてもらったことがあります。スープ缶(マッシュルームがおススメ)を開けて、サワークリームとかマヨネーズとか、なんかそこら辺にあるもので味を調整するだけ!料理とも言えない料理ですが、本当に常備してあるものだけで作れるし、ポテトチップスだけよりはぐっとおつまみっぽいムードが出る!ような気がする!玉ねぎやセロリ、パセリ、トマトなどの野菜があれば刻んでいれてもよし。
深夜に来客と事件を解決することになった折には、ぜひお試しください!

ワトスンガイド


荒れている探偵を前に途方に暮れているお友達へ

私たちもおんなじでした。
あなただけではないんです。

探偵は、思う通りにはいきませんね。
でも、だからこそ楽しいこともあるんですよ。

探偵とワトスン役の幸せの道しるべになればと、思いをこめてこのガイドを贈ります。

ジョン・H・ワトスン




【解説】S4終了済み、日本での放映は未定という微妙な時期のエイプリルフール。
当日のブログ名は「わとすんさん」。元ネタは当日最終回を迎えたのNHK朝の連続テレビ小説「べっぴんさん」でした。
「べっぴんさん」の主人公のモデルはこども服店「ファミリア」の創業者です。
「泣いている赤ちゃんを前に途方に暮れているお母さんへ」という書き出しで始まる子育てハウツー冊子「キアリスガイド」の序文を、探偵も赤ちゃんもそんなに変わんねえ、という大雑把な把握で拝借致しました。

後日、相談者の答え合わせがTwitterで細々と行われたのですが、皆さん文章が上手過ぎて、本当に誰が誰だかわからなかった……!


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プロフィール

Author:ナツミ
シャーロック・ホームズが好きです。どちらかというとワトスン君がより好きです。

今年の目標は、とにかく仕事も遊びも「後悔がないように」。今はたまたま元気だけど、いつ明日がなくなっても不思議じゃない。やりたいことをやって、会いたい人に会うこと。
しかし、財源が心もとないのが問題ですね……小金持ちになりた~い!

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このブログで考察した「元ネタ」を、ドラマの時系列に沿って探すための索引サイトです。 順次更新致します。 「21世紀探偵・ブリキの文書箱」
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